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5.王妃シャリゼが死んだ、その後
引導を渡す
しおりを挟むその頃、王城──。
城下町で魔獣が出没するなど、ここ最近では日常茶飯事だった。
だからこそ、ヘンリーは今回の一件も軽く見ていた。
魔獣が襲うのは、あくまで城下町のみ。王城にいれば、彼の安全は保証される。
保証される、はずだったのだが──。
「ノア殿下が裏切りました……!辺境からの軍を率いて、民衆と共に、反逆者ノアが城内に押し入りました。彼らの目指す場所は、ここです、陛下!!」
息を切らせてやってきた近衛は、そう報告した。
ヘンリーは絶句し、硬直したがやがて叫ぶように言った。
「近衛は……近衛騎士は何をしている!?」
「それが──」
跪いた騎士が答えようとした直後。
扉が乱暴に開け放たれた。
その場にいた全員の視線が扉に向く。
そこにいたのは──。
「ノア……」
からからに乾いた声で、ヘンリーが弟の名を呼ぶ。
想像以上に早く、ノアは執務室に辿り着いた。
その背後に、革命軍を率いて。
彼は、顔を真っ青にして固まるヘンリーと、ドレスを抱えたまま座り込んでいる王妃ステラを見た。
そして、僅かに安堵したように笑みを浮かべる。
「良かった。兄上、王妃陛下、こちらにいらっしゃったのですね。ご無事ですね?」
それは、反乱軍を率いているとは思えないほど穏やかな声音だった。
だからこそ、ヘンリーは思ったのだ。
近衛騎士の報告は、嘘で、ノアは自分を裏切ってなどいないのではないか、と。
ヘンリーは一縷の希望にすがった。
希望を抱いた彼は、縋るように弟を見た。
「ノア、助けに来てくれたのか?」
「助け?」
そこで、ノアは笑った。
それは穏やかさとはかけ離れた、ゾッとするほど冷たい微笑だった。
彼は、抜剣すると、その刃先をヘンリーに向けた。
すぐさまヘンリーを守る近衛騎士が臨戦態勢に入るが、ノアは彼を見向きもしない。ただ、ノアの視線はヘンリーに固定されていた。
「ご冗談を。私が助けるのは、この国と──そして、この国に住む、私の愛しいひとだけです。そこに、あなたは含まれない」
「ど、どういうこと!?裏切るの!?ノア!!」
かな切り声を出したのは、妃ステラだ。
そこで、ノアはステラの存在を思い出したと言わんばかりに彼女に視線を向ける。
至極、どうでも良さそうに。
その氷のような視線にほんの少しステラは怯んだが、抱え込んだドレスをそのままに彼女はノアに迫った。
「王を、兄を裏切るのね!?酷い裏切りだわ!!」
「ステラ妃。まさかあなたにそう言われるとは思いもしませんでした。義理とはいえ姉を追い落とし、夫を奪ってその席をも簒奪した。その、あなたにね」
皮肉げな口調は、ありありと悪意が滲んでいて、ステラは言葉を失う。
それに答えたのは、ヘンリーだ。
「ふ、ふざけるな!お前が……お前が王位を狙っていると知っていれば、すぐに殺したものを……!ずっと俺を殺そうとしていたのか!?そんなに王位が欲しかったのか!?ノア!!」
「王位?」
ヘンリーの言葉に、ノアは鼻に皺を寄せた。
それから、嘲笑した。
「私はそんなもの、どうだっていい。私が求めているのは、この国の平穏であり、愛しいひとが理不尽に害されることの無い世界だ。あなたはそれをことごとく破壊し、その度に私を絶望させた。……兄上、その報いを──いえ、責任を、取ってもらいますよ」
「まさか……シャリゼのことを言っているのか」
ごくりと、息を呑んでヘンリーがノアに尋ねた。
ヘンリーは、ノアの後ろで隙なく剣を構えるルイスに気がついたのだろう。
ルイスは、シャリゼの近衛騎士だった男だ。
シャリゼの処刑後、近衛職を辞し、ツァイラー伯爵家とも縁を切ったと聞いていた。
(まさか、ノアについていたのか……)
実際は、生存していたシャリゼとともに行動していたのだが、ノアの背後を守るように現れたルイスを見て、ヘンリーはそう思い込んだ。
【シャリゼ】──。
その名前に三者三様の反応があった。
ノアはグッと息を呑み、苦しげに眉を寄せ。
ルイスはただ、静かに、恐ろしく冷たい瞳でヘンリーたちを見据えている。
そして、ステラは──。
その名前に、もっとも取り乱したのは、王妃ステラだった。
突然立ち上がったと思いきや、彼女はいきなりノアの前まで足早にやってきた。
ノアは剣を構えているというのに、気にする素振りすら見せない。
いや、それ以上に彼女は動揺していたのだろう。その、名前に。
「シャリゼ!?シャリゼですって!?」
悲鳴のような声をあげて、ステラはノアに迫った。
ノアは目を細め、剣を引くとステラの前に突き出す。
「それ以上近づかれては、身の安全を保証できませんが?」
「そんなことより、あなた、今シャリゼって言った!?何……何よ、みんなしてシャリゼ、シャリゼって馬鹿らしい!!今になって、何なの!?散々、あなたたちだってシャリゼは悪妃だの毒婦だの言ってたじゃない。それが今更何よ!!手のひら返しもいいところだわ!!」
ステラは吐き捨てるように怒鳴りつけた。
その言葉に、ルイスの肩がぴくりと跳ねる。
だけど、ステラは構わずに笑いだした。
「みんなしてお姉様を悪く言ったわ!私が王妃になれば、この国は変わるって!!そう言うから、私は王妃になったの!!それなのに、何よ!?急に、どうしてこんなに責められなきゃならないわけ!?私に責任なんてないわ!!いけないのは神殿……そう、エイダン・リップスと、ヘンリーよ!!」
ステラは大声で叫んだ。
髪をふりみだす勢いで言葉を次々にまくし立てる彼女に、誰もが呑み込まれて口を挟めない。
ステラは、本気で思っている。
心から、自分に責任はない、とそう思っているのだ。
「エイダン・リップスとヘンリー!!彼らには責任があるわ!!だって、彼らは高貴な生まれなのだもの!生まれついてのお貴族様はずっと贅沢をしてきたのでしょ!?貴族の責務だったかしら!?それを果たす責任がある!!でも、私にはそんなのないわ!だって私、平民だったのよ!?何も知らない孤児だったもの!!」
それだけ言い切ると、彼女は肩で息をした。
興奮しすぎたあまりハァハァと呼吸を乱す彼女に、異様なものを感じとった彼らはみな黙り込んでいたが──やがて、ノアが言った。
誤ちを誤ちだと認められない彼女に、引導を渡すかのごとく。
「その言い分には矛盾がある、王妃ステラ」
「なに……」
「それは、何の権利もなく、贅沢も得られなかったものの言う言葉だ。公爵令嬢、そして王妃という特権階級であったあなたには当てはまらない」
「なんですって……?」
ステラは低く唸るように言った。
今の彼女は、正気ではない。
常習的に精神安定剤を使用していたために、まともに話し合いができる状態ではないのだ。
よって、彼女はノアの言葉など聞いていない。
彼女にとって重要なのは、自分の言葉を否定された、という事実のみ。それを理解したステラは半狂乱になってノアの胸ぐらを掴もうとした。
「私が悪いって言うの!?あなたも!!」
「ステラ妃」
ノアの胸元を掴むより早く、背後からルイスが彼女の手首を掴み、抑えた。
対して乱暴はしていなかいが、彼女は大袈裟に身をよじった。
精神安定剤の乱用で、感情が昂り、何をするにも大仰になってしまうのだ。
「痛い!!離してよ!!離して!!」
ステラの声は廊下の向こうにまで響き渡った。
ノアは、ステラに掴みかかられて乱れた胸元を正すと、顔を青くさせている兄に向かって言った。
「……兄上、私も手荒なことはしたくない。ご同行いただけますか」
ヘンリーも精神安定剤を常用していたが、それはステラほどではなかったようだ。
彼はぐっと黙り込んだ後──諦めたように項垂れた。
もはや、これまでと諦めたのかもしれなかった。
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