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フェアリル・ユノン・エルヴィノア ⑧

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私と彼女の言葉はほぼ同時だった。
驚きのあまり立ち上がった私は、しかしすぐに体のあちこちの痛みに呻き、またベッドに座り込むこととなる。

「うぐっ………」

「わぁ、まだ痛むんだろ?無理しちゃダメだよ」

レベッカはメイド服姿のまま、私の方まで歩み寄ると、私の手を握った。相変わらず美しいひとだ。だけどなぜ彼女がここに……?
不思議に思ってレベッカとフェアリル殿下を何度も交互に見る。私の疑問に答えたのは、フェアリル殿下だった。

「彼女が僕の婚約者の──レベッカ・バーチェリー公爵令嬢だよ」

「………………えっ!?」

言われた言葉をすぐに理解出来ず、とっさにレベッカを見た。レベッカがふ、と吐息だけで笑ってみせる。そして、優しい瞳で私を見た。

「ええっ……!?ええええ!?」

そんなことある!?そんなことってあるの!?
驚きのあまり何何度もフェアリル殿下とレベッカを交互に見つめる。レベッカはそんな私の様子が面白かったのか、吹き出して笑った。
私のよく知る彼女だ。

「そう!きみとただの町娘・レベッカの出会いは意図して誂られたものだったって訳だ。|僕(・)はね、きみに会ってみたかったんだよ。リリアンナ王女!なにせあの女嫌い王子が唯一近くに寄ることを許した女性だろ?だから気になっちゃって」

「ちょ……ちょっと待って。レベッカが、フェアリル殿下の婚約者……?ええと……でもあなた、あら……?神殿図書館で偶然………。あれ、仕組まれて………え?」

頭が上手く働かない。
レベッカとは神殿図書館で出会った。私が困っていたら声をかけてくれたのがレベッカで──。
あれは、偶然ではなく仕組まれた出会いだった、ということ?そういうことなの?

でもなぜ?
そうだ、さっきレベッカがこうも言っていたわ。

『なにせあの女嫌い王子が唯一近くに寄ることを許した女性だろ?だから気になっちゃって』

女嫌い王子、というのは……
ちらりとフェアリル殿下を見る。彼は眉を寄せて、頬杖をついていた。不満そうだ。
それを見て、またレベッカが吹き出した。相変わらず豪快なひとだ。

「きみのそんな顔が見れる日が来るとは思わなかったよ!へえ、そうなんだ。そういうことなんだね。……ふぅん?」

「……とにかく、順を追って説明する。混乱しているでしょ」

呼びかけられて、私は曖昧に頷いた。混乱しているか?と聞かれれば混乱しているに決まっていた。




⿻⿻⿻


時間は、今から2日ほど前に遡る。

兵を要請されたフェアリルは、手紙に視線を落としわずかに瞳を細めた。その間に目まぐるしく思考を働かせた彼は、やがてため息を吐く。
ちょうどタイミング良く、ベルティニアを馬車留めまでおくり戻ってきたヴァートンが、妙に緊迫した執務室に入ってきては眉を寄せた。

「………?」

どうしたものかと彼は考えたが、先程なにか伝達を受け取っていたことを思い出し、火急の要件でも発生したのかと彼は考えた。
そのままフェアリルの指示を待つようにしていると、おもむろにフェアリルが口を開いた。

「──至急、近衛兵を集めろ。内々にな」

「は……?」

「口が固く、信頼の厚いものを十五人、今から十分以内に【空】の客室に呼べ」

バッセンノン城には客室が多数存在する。それを区別するために様々な名を付けられた客室の中でも、【空】を冠する部屋は小規模なパーティを開くことが出来る程度には広さがあった。
フェアリルはヴァートンにその指示だけ出すと、そのまま部屋を出た。
十分という僅かなタイムリミットを課せられたヴァートンは目を白黒させていたが、フェアリルの言葉が足らないのはいつものことである。また、彼の緊迫した様子から僅かな猶予もないのだと判じ、彼は手に持っていた書類をそのまま放って、急ぎ足で部屋を出たのだった。

そして、ぴったり十分後。
忠誠心の厚い騎士たちが客室へと集まった。時間通りにヴァートンは彼らを部屋に集めたが、その命を下した本人はなかなか姿を表さない。
一体どういう事情なのか騎士たちはもちろん、ヴァートンも不明だ。
そのまま待つこと数分。ようやくフェアリルは姿を現した。旅装束の姿で。

「やあ、よく集まってくれたね」

フェアリルは先程のぴりついた空気を一切出さずににこやかに言って見せた。
近衛兵と言えど、直接言葉を交わす機会はあまりない騎士たちは緊張の面持ちで彼を見る。
フェアリルは厚手のマントを背中に流しながら、前髪を乱雑にピンでまとめ始めた。
そのまま手をとめずに話し出す。

「今からきみたちは僕と共に辺境の地まで向かってもらう。強行軍になるだろうから、そのつもりで。装備はこちらで用意してある」

それから二、三言激励とも叱咤ともつかない言葉を騎士たちに投げかけると、フェアリルは総員裏口から外に出るよう指示を出した。
客室から近衛兵が立ち去り、ヴァートンとフェアリルふたりになると、ヴァートンが気遣うようにフェアリルへ尋ねる。

「……殿下も向かわれるのですか」

ヴァートンは、フェアリルの父親が過保護なまでに彼を外に出すことを嫌っているのを知っている。
そして、それを息苦しく思いながらフェアリルもまた、父の命に従っていた。……今までは。
それがどうして突然急に。ヴァートンが困惑するのも無理はなかった。フェアリルは、そんな彼を見て薄く笑って見せた。

「父が気がつくのも時間の問題だと思うが……ひとまずは上手くいっておいて。『王太子としてやるべきことをする、そのうえであなたと話がある』──と、そう伝えておいてくれる?」

「近衛兵を動かすのも、陛下には内密とお見受けいたします。陛下が知られたら……注意だけでは済まないのでは?」

「何のために十分、時間を設けたのだと思う?ちゃんと僕だって考えている。………元々、考えてはいたんだ」

半分呟くように言って、フェアリルはそのまま踵を返した。一分一秒惜しい、というような様子にヴァートンは眉を寄せて尋ねた。

「いつもどこか他人事なあなたにしては珍しく我が事のような振る舞い。……あなたをそんなに惹き付けるのは一体何ですか?」

ヴァートンの至極当然な疑問に、フェアリルは振り返ると口角を上げて言った。

「ヴァートン。レロイドルの言ったことは真実、正しかったよ。考えるよりも先に体が動く。まさしく、だね」

ヴァートンに答えるようであり、自己完結のつぶやきのようでもあった。
そして、フェアリルはヴァートンの返答を待つことなく部屋を出た。

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