キャサリン・キングスリーの手記

ごろごろみかん。

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〈前編〉

5.愛は夢のように

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私が言うと、隣にいたオードリーが近くの従僕を呼び出す。
パメラは顔を青くしていたけれど、さすがにこれ以上騒ぎ立てるのは悪手だと思ったのだろう。

最後に私を力強く睨みつけると、彼女はそのままホールを出ていった。



「キャサリン……」

オードリーが、気遣うように私を見てきた。

「オードリー。騒ぎを起こしてごめんなさい」

「それはいいのよ。もともと今日の夜会はお兄様が出席するってことで、何かしら騒ぎが起きるのではないかと思っていたもの」

「……王太子殿下?」

「違うわ。三番目の兄よ」

三番目の兄……というと、第三王子殿下だと思うのだけど──

(…………どうしましょう)

名前が……思い出せない。
まさか、王女本人に『お名前なんだったかしら』なんて言えるはずがない。
いくら友人でも、そんな非礼は働けない。

オードリーは、ため息を吐くと、まさか私が第三王子の名前を失念しているとは思ってもいないのだろう。そのまま話を続けた。

「お兄様もいい加減、逃げられないってことね。今日の夜会はお兄様の婚約者選びみたいなものだし……」

「そうだったの……」

「あなたは、そうよね。興味ないわよね」

オードリーが気遣うように私を見てくる。
それに私は肯定も否定もできず、曖昧に微笑んだ。

(確かに、マシューのことしか頭になかったわ……)

オードリーは、それ以上、この話を続けるつもりは無いようだった。

何せ、パメラが退室したとはいえ、まだ観客は残っている。
彼らは、私たちの動向、というより何を話しているのかが気になって仕方ない様子。
だからだろう。オードリーは短く話をまとめた。

「だから、そんなに気にすることないわよ。どうせ、あっちもあっちで何が起きるはずだし」

「嫌な予感ね……」

「私の占い、結構当たるのよ?」

茶目っ気たっぷりにオードリーが片目を瞑って見せて、私は苦笑した。
恐らく、私に気を使ってくれているのだろう。
私が、必要以上に気にしないように。
彼女の気遣いに感謝して、私は彼女に言った。

「マシューに会ってくるわ」

「ええ。……確か、彼なら向こうの方で見たわ」

オードリーの指す方向は、奇しくも、私が彼と出会ったバルコニーだった。
これは偶然なのか、あるいは故意なのか。

私は頷くと、オードリーに挨拶をしてその場を立ち去った。



初めての出会いは、月の美しい夜。
社交界デビューの日。私は彼に出会った。

会場の熱気に当てられ、疲労を覚えた私は、お兄様の教えも忘れてつい、バルコニーに向かってしまったのだ。
ひとりで、バルコニーに出るな、と何度も言われていたと言うのに。

うっかり、それを忘れてしまったのはきっと──夢のように美しい、彼に出会ってしまったから。

バルコニーに足を踏み入れると、そこには先客がいた。
彼は、柱にもたれたたって、月を見ていた。
その横顔にまず、見とれた。

ひとの気配に気がついたのだろう。
彼は私を見ると、ほのかに微笑んでみせたのだ。

あっけないことに、私はそんなことで。
ただ一瞬。その瞬間、彼に心奪われてしまった。

(一目惚れ、だったのよね)

その時のことを思い出す。
あれから、もう少しで一年。

この一年、私はずっとこの恋心を抱き続けていた。

(……知っているの)

このバルコニーの先が、休憩室に繋がっていること。
このバルコニーここが、逢瀬の待ち合わせに使われていること。

きっとあの日も、彼は──。

私がバルコニーに足を踏み入れると、ひとの声が聞こえてきた。
ひとりは、私の婚約者であるマシュー。
そして、もうひとりは──。

見知らぬ、女性の声だった。

「ふふ、本当にいいのかしら。あなた、婚約者がいるでしょう?」

「だから何?あなたはここまできて、止められるの?」

「ずるいひと。私にも夫がいるのよ」

「ご夫君が羨ましいな。あなたみたいな妻を持つなんて」

「あなたの婚約者は──ああ。あの幼い子ね。確かにまだちょっと……お子様よね。でも、あなたの好みでしょう?」

「冗談。僕は至ってまともだよ」

その時、さざめきのような笑い声が風に乗って、聞こえてきた。

女性の忍び笑いが聞こえてくる。
私の婚約者の、含み笑い。

(子供、っぽい──)

目の前が、真っ暗になるようだった。
確かに──私は、妖艶な容姿とは言い難い。

燃えるような赤毛は緩いウェーブを描いている。
そして、ぱっちりとした大きなはちみつ色の瞳。

丸い瞳は、可愛らしいと褒められることはあっても、美人だ、と言われることは滅多にない。

美人の象徴は、切れ長の瞳。
私の目の形はつぶらで、そして顔かたちもあどけなかった。

(……そういえば、マシューとの関係を示唆したパメラも綺麗なひとだったわ)

女性らしい曲線を描いた、蠱惑的な体だった。
そして今も、彼が戯れている女性は恐らく私とは全く正反対の──美しいひとなのだろう。

「…………」

自分の見た目を、子供っぽいと思ったことは無かった。
私は、自分の容姿を気に入っている。

赤い髪も。
夕日のような橙の瞳も。

平均より低い身長も、そこが私のチャームポイントだとすら思っていた。

(……『可愛いね』って言ってくれたのは)

あれは──。
あれは──。

嘘、だったの。

僅かに残っていた、初恋に縋る気持ちすらも。
未練すらも、バラバラに、砕かれた。
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