キャサリン・キングスリーの手記

ごろごろみかん。

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〈前編〉

9.夢の終わり

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ざわっと、その場の雰囲気が一変するのがわかった。

「なっ……頭がおかしくなったんじゃないのか!?知らないなそんなこと!」

「言い逃れする気!?最低!逃がさないわよ!!」

パメラの悲鳴のような声とマシューの焦りを含んだ声が、扉越しに聞こえてくる。

彼らの会話の途中途中に、招待客の囁き合う声が聞こえてきた。


「マシューって……タッセル伯爵家の」
「あの方、パクストン家のご令嬢よね?」
「確かタッセル伯爵令息にはご婚約者が……」
「信じられない。未婚で子を?」
「パクストン伯爵はどう責任を……」
「それはタッセル伯爵もよ」



ご婦人の会話は、声は潜められているものの、完全に隠そうとはしていないのだろう。
途切れ途切れ、彼女達の声は聞こえてきた。

マシューも、さすがにまずいと思ったのだろう。
というか、思わない方がおかしい。

「っ……これ以上、あなたのような頭のおかしい女とは話していられない!」

「ちょっと……!ちょっと待ってよ、マシュー!!」

パメラの悲鳴のような声が聞こえてくる。

ここまでの騒ぎになってしまったらもう、言い逃れはできないだろう。

必然、キングスリーもこの騒ぎには巻き込まれる。
それに、ため息を吐く。

……自己嫌悪で、どうにかなりそうだった。

(どうして私)

こんな男が好きだったのかしら。

思わず、首を傾げる。

目の前で(扉越しにではあるけど)、あのやり取りを聞いてなお、恋心を抱き続けられるほど私の頭はお花畑ではなかったようだ。
そのことには少しだけ安堵した。

(……マシューは最低だわ)

そして、その最低男に本気で恋をしていたのが、私。

彼は、全てが中途半端で、誠意のないひと。
ひとの心をいたずらに弄んで、振り回す。
それに、愉悦を覚えているかのように。

──強烈な、出会いだった。

一目で、心を奪われた。

昔、誰かが「一目惚れは厄介だ」と言ったのを思い出す。

見た目ガワが好きだと、それだけで負の感情を抱くのは難しいから、と。

その感情を殺すためには、一目惚れ以上の強い衝動、衝撃が必要になるらしい。

その【衝撃】というのが、きっと私にとっては、この騒ぎだったのだろう。

扉に背を預け、私は彼との思い出を辿った。

過去を、清算するように。
美化していた記憶を、壊すために。

「…………」

贈り物を身につけたら、必ず褒めてくれた。
庭園を歩く時は、手を取ってくれた。
話す時は、必ず私の方を向いてくれた。

他愛のない話も、笑って聞いてくれた。
会話にでてきた細かいことを覚えていてくれて、私が気になっていたオペラのチケットや、パティスリーのバーチディダーマを手土産に持ってきてくれたこともあった。

『きみは、猫が好きだよね。だから、これ』

そう言って、彼が贈ってくれたのは猫の形を模した万年筆だった。
私は未だ、あれを捨てられていない。
ものに、罪はない。
そう言い訳しながら、彼への未練を捨てられずにいた。

だけど──


「……行ったね」

隣の彼の言葉で、私はハッと、物思いから我に返った。
顔を上げると、疲れたように、そのひとは扉に背を預けていた。

「まずは、すまなかった。突然あなたをここに連れ込んでしまって」

「それは……ええ。だけど、構わないわ」

結果的に、私はこれでよかったと思っている。

だって、

(……恋心これを完全に、捨てられた)

思わず、胸元を強く握ろうとして──そこが、酷く汚れていることを思い出した。
手を止めた私に、彼も気がついたらしい。

「それも、…………すまない。本当に。弁償する」

沈鬱な声で、彼が言う。
確か──名前は、そう、ノア様。
先程、フレイヤ王女殿下が言っていた。

フレイヤ王女がそう呼ぶのだから、高貴な方なのだろう。

だけど私は彼の素性よりも、知りたいことがあった。

「……弁償は、不要です」

だから、私は顔を上げて、彼を見つめた。
知りたいと思った。聞きたいと思った。

「その代わり、といっては何ですけれど。ひとつ、お聞きしたいことがあります」
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