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王妃の条件
しおりを挟む王妃の条件は3つある。
1つ目は、嫉妬しないこと。
2つ目は、美しくいること。
3つ目は、恋をしないこと。
思えば私はそれのどれ1つ守っていなかったことに気がついた。
王妃であるのであれば、嫉妬してはいけない。美しくなければいけない。そして、恋をしてはならない。その代わりに、王妃は対価として膨大な富と絶大な権力を手にする。だから、そのために王妃は課せられた義務をこなさなければならない。
それは幼いながらに読んだ本でも一番印象に残った。
そして、それを読んだ私は自分たちには関係ない話だと切り捨てた。
私の名前はセシリア・ルーミニア。ルーミニア公爵家の一人娘で、とっても恵まれた環境で育てられてきたことを自覚している。
私が3歳の時に結ばれた王家との婚約は既に十年以上の日がたっている。私は婚約者の彼が好きだった。幼なじみであり、初恋であり、婚約者である彼。初めて会った時に私は彼にお姫様扱いをされてまいあがってしまったのだ。
だから、何もしなくても彼は私を受け入れてくれるし、愛してくれていると無条件に信じていた。
その結果がこれなのだろうか。
「龍神の贄としてセシリア。きみが選ばれた」
そう話す婚約者は私の顔を見なかった。しかしちらりと見えた横顔はとても冷たげで、初めてそんな表情を見た私は息を飲んだ。銀を溶かしこんだような雪色の髪、レモンティーのような橙色の瞳。長いまつ毛が弧を描き頬に影を落とす。
「龍神の贄!?なんで!?なんで私なの!?そんなのありえない!ねぇ、嘘って言って!?」
そう言って騒ぎ立てた私に、婚約者ーーーレイアルド・ネアルミア第二王子殿下は今まで見た事のない冷たい表情で私を見た。ぞくりとした。
「嘘じゃないよ。セシリア。あなたは龍神の贄という栄えある役柄に選ばれたんだ。婚約者として、私はそれを尊重する」
「いやよ!!それって、死んじゃうんでしょう!?レイは私がしんでもいいっていうの!」
「龍神の贄に選ばれたんだから、仕方ない。そこに私の意見は挟まれないんだよ、セシリア」
「どうしてそんなこと言うの!!レイは私のことが好きじゃないの!私と結婚するんじゃなかったの!!」
さんざん騒ぎ立てた私を、黙って見ていたレイが最後に一言だけ、ぽつりと呟いた。
「醜悪だ」
そう呟いたその一言はとてつもない殺傷力を持っていて、初めてそんな言葉を告げられた、そんな切り捨てるような声で言われた私は固まってしまった。婚約者である彼、レイは私をちらりと見て、ゆるりと机に背を預ける形で立った。ため息が聞こえる。
「龍神の贄となったことで、僕とお前の婚約関係は破棄された。もう、僕とお前が話すことはない」
「な………」
「王太子の婚約者という立場にあぐらをかき、やりたい放題やった挙句みっともなく他者に嫉妬し、蹴落とし、民のことは考えず。そんな女、誰が好きになるんだよ。俺がお前に優しかったのはただ単純に、義務だったからだ。それ以上でもそれ以下でもない。お前がすり寄ってくる度に鼻が曲がるかと思うくらいの香水と香油の匂いで毎度毎度死ぬかと思ったよ。あと俺、自己管理もできない女とか、頭が悪そうで嫌なんだわ」
「ーーー」
レイが、そんなきつい言葉を使ったのも、乱暴な物言いをしたのも初めて聞いた。
まるで別人のようだ。ふらつく私に、レイは遠くを見るような顔をして窓の外を見た。窓枠は雪で覆われ、外も吹雪いているのか白くもやがかっている。
「…ら………エミリアがいい」
「は…………?」
「俺は、お前と婚約を破棄してエミリア・ターザメントと結婚する。それで?何か言うことあるか?」
「エミ………リアって、そんな」
エミリア・ターザメントは子爵家の娘で、とうてい身分が釣り合うとは思えない。私が何も言えずにいると、レイは口角を持ち上げて私を見た。射るような、挑戦的な瞳だった。
「エミリアはそこらの貴族にはないものを持っている。なんだと思う?」
「な、…………そん、なの、」
分かるはずがない。戸惑う私に、レイは嘲笑をこぼして、そのまま背を向けた。執務室の扉のすぐそばに立っている私とレイの幼なじみであるケヴィンに、彼が声をかける。
「セシリアを客室に。儀式の日取りまで逃がすな」
ーーーにがすなって、
それじゃまるで、私は罪人みたいじゃない…………。バタン、と扉がしめられる。執務室と彼の寝室は隣続きになっていて、レイは寝室に戻ったようだ。残された私に、不憫そうな、困ったような顔つきでケヴィンが私の前まで歩み寄る。緑髪の彼はお人好しだから、私に同情しているのかもしれない。
「………セシリア、来て貰えるかな」
「……………」
言葉を失った私は、そのままケヴィンに連れられるようにして客室へと向かった。
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