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悪女
しおりを挟むリアの毒婦、毒花。
税を使い潰す天才。
欲深い思想家。
鈴蘭令嬢。
そして、自身に愛を向けられないミレイユを揶揄して魔女メディアとも彼女は密かに笑われた。彼女が夜会に出席すればご機嫌取りのように擦り寄ってはくるものの、彼女のいないサロンや音楽会、舞踏会、パーティでは彼女の名をあえてそのようにして蔑んだ。
褒められた人生ではなかっただろう。
聖女かと言われれば、それは恐れこそ抱けどその通りと答えられるはずがない。
「どうせ一度は捨てた身ですもの」
愛を追い求めて死んだミレイユ。
それならば次は、愛など求めなければいい。
やり直しをするのが神の慈悲だと言うのなら、その慈悲の心を持ってして、ミレイユは雪辱を果たすべきだ。
彼女はじっと立ち尽くし、長いこと考えをめぐらせていたが、やがて決意する。
「みなが私を悪女だと言うのなら。よろしいわ。その名に相応しくなってみせましょう」
ミレイユは呟くと、そのまま聖堂へと向かった。
内気で大人しく、気も弱い彼女は神に誓わなければうっかり意志を曲げてしまいかねないからだ。悪女になるのだと、決めた。それに付随する覚悟と気合い、そしてそれに求められる度量は彼女の想像以上かもしれない。だけど、やるしかないのだ。
そのために、ミレイユは時戻りをしたのだから───。
その日のミレイユの食事はロザリアが騒ぎ立てたように無いものとなった。腹は空いたが、これで泣き寝入りをしていれば元の阿弥陀だ。何も変わらないことになる。
ミレイユは飛び出しかねない心臓を抑えて、使用人の集う支度部屋へと向かった。彼女がそこに向かうのは初めてのことだ。彼女は寒々しい廊下を歩きながら、誰も彼もがミレイユを批判しているような、彼女の行動を責めるような目をしているような気がしてならなかった。気弱で神経の細い彼女は興奮のあまり、自分が舞台女優にでもなったかのような錯覚にすら陥った。しかし、この時ばかりはそれで良かったのだろう。
自分が悪女役を担うミレイユだと思えば、何だかなんでも出来るような気がしたのだ。やるのはミレイユではない。彼女に命を吹き込まれた、名もない悪女。
ミレイユはそっと支度部屋を覗いた。薄明かりの中、誰もいなかった。そのことにミレイユは肩を落とした。女であれば彼女の役は果たせないが、男すらいなかったのは計算違いだったのだ。予想外のシナリオは悪女に与えていない。
ミレイユがふう、と息を吐いたときだった。
「支度部屋になにかご用事ですか?」
「きゃ……」
驚きのあまり手に持っていたランプを落としそうになったミレイユはそれを抱え込むようにして、振り返る。そこにいたのはミレイユと同年代だろう、青年が立っていた。
ミレイユがいることに怪訝な顔をしている。当然だ。
彼女は震えそうになる冷たい手を握りしめて、彼に話しかけた。
「あなた、お名前は?」
「ユンヴィーノです」
ランプをやや掲げて持つと、上背のある青年の顔が鮮明になる。光に照らされた彼は眩しそうに顔を顰めた。
明かりが反射して色が分からないが、整った顔立ちをしている。巻き毛の彼は童顔で、もしかしたらミレイユよりもずっと年上かもしれなかった。
「ユンヴィーノ。私を助けて」
「一体何を……」
「このままでは私はこの家に殺されるわ。あなたも知っているでしょう。この家の人たちは普通じゃないの。お母様が亡くなってから、私の居場所はなくなってしまったわ……」
ミレイユが突然身の上話をすれば、ユンヴィーノは焦ったようにあたりを見回した。
「落ち着いてください。こんなところ、奥様やお嬢様に見られたら困るのはミレイユ様の方でしょう」
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