業腹

ごろごろみかん。

文字の大きさ
16 / 17

信じることと理由

しおりを挟む
「あんたのような女って?」

「少なくとも、俺の知る彼女は大人しく、静かでーーー雨のような人だった」

「雨って」

詩的なのかなんなのか。思わず呆れた声を出すと、しかしすぐにルアヴィスは私を睨むように見た。どうやら疑われているようである。
まあ、確かにルアヴィスの言う通りよね。前までは『静かで大人しくて夫の言葉に全て従う良妻』を演じていたのだもの。夫の前とは限らずこの十七年間ずっとそう生きてきた。
だからこそ、私は変わりたかった。それがいいことなのか悪いことなのかまだ分からない。今はこうする以外私はすべを知らない。

「それはつまり、暗かったって言いたいのかしら」

「違う。静かで穏やかで、いつも凪いだ目をしていた。しっとりとした雰囲気の、全てを受けいれそうな。そんなあんたが俺は………」

「何よ?」

不意に言葉を切るルアヴィスに思わず聞くと、ルアヴィスは苦虫を噛み潰したような声で続けた。

「嫌いじゃなかったよ。………だけど今のあんたからはそういう雰囲気を感じられない。見た目はそっくりだが………あんたは誰だ?」

いや、本当に?私を疑ってるわけ?
これは私が過去の自分と決別したという証拠なのか、それともそれほどまでに私は変わってしまったのか。いいことなのか悪いことなのか………。いや、いい事ということにしておこう。自分が変わらなければ何も変わらない。私は足掻いてても未来を変えてみせる。

「全く、失礼ね。私はテレスティア・レベーゼよ。確かに過去、そういう風に装ったことがあるわ。だけどあれ全部、演技よ」

「は………?」

「あなたが“嫌いじゃなかった”テレスティアはもういないの。ここにいるのは自分本位で自分勝手なテレスティア・レベーゼよ。私は自分の目的のためなら手段を選ばないわ。そうやってみすみす死にたくないの」

「………?悪いけど、あんたが何を言っているかさっぱりわからない」

ルアヴィスの訝しむような、疑うような視線が突き刺さる。私はそれに苦笑して足を組んだ。時刻はもう夕飯前だ。そろそろ邸に戻らないと怪しまれてしまう。

「別にそれはいいのよ、それより。さっき言ってたわね。一箇所爆破すると、それだけで王都が崩れかねない部分………それはどこ?」

「それを答えて、あんたに悪用されない保証がどこにある?」

「確かにそれは無いけど、ひとつ確実なのは私があなたの秘密を知っているということ。信じて、とは言わないわ。だから、私は無理矢理にでもあなたから聞き出す」

言うと、ルアヴィスは迷うように瞳を揺らした。

そして、長い沈黙の後つぶやくように答えた。 

「【第三聖技術棟】。………あそこには、代々国の防波堤を作る結界の礎が置かれている。あの部分を爆破でもされようなら王都は乱れかねないな」

「意外とあっさり答えるのね」

私が意外そうに言うと、ルアヴィスは顔を上げた。その拍子にフードが僅かに落ちる。彼の空色の瞳と、まつ毛にかかる黒色の前髪が見える。仮面を着用しているせいか、ルアヴィスの肌はとても白い。そして彼は中性的な美貌を併せ持っている。黒玉色の長いまつ毛に、切れ長の瞳。
仮面なんてしてなければ別の意味で有名人となっていただろう。

ともすれば髪型を少しかえ、お化粧をしたら女性でも通用するのではないかと言うほどには………いや、背があるから無理かしらね。
そんなことを考える私に、ルアヴィスはつぶやくように言った。

「別にあんたを信じたわけじゃない。………ただ、あんたの話に思うところがあっただけだ」

「……あら、思うところって?」

「あんたの話が本当だとして、納得のいくところが一つだけあった。ただそれだけだ」

「ああ、そう」

それ以上ルアヴィスは言うつもりはなさそうだったので、それで私も引き下がった。
その日は、すぐに娼館を出て、街の途中でシェリアと合流し邸宅へと戻った。久しぶりの外出は、とても疲れた。


しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...