【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。

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三章:宝石姫を失った代償

雨のせい

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「宝石姫が……略奪された存在」

ぽつりと呟いた。
信じられない、というのが素直な感想だった。天使とか、悪魔とか、頭が追いつかない。だけど実際、私だって説明がつかない存在だ。絶句する私に、リアム殿下が苦笑した。

「だから、サミュエルとしては宝石姫を取り戻したい。ここからが俺の目的になるけど、俺が見てきた未来では、あなたが死んだあと、我が国とベリアは戦争になる」

「ハッ!?戦争……!?どうして」

そこまで言った後、思い当たる。理由は今、リアム殿下が口にしたじゃない。私がその理由に思い当たったことを察したのだろう。彼が頷いて、答えを口にした。

「サミュエルは、二百八十一年ぶりに生まれた宝石姫を、何としても保護したい。そして、正したいと思っていた。そのために、我が王はベリア王と交渉中だった……んだけど」

「…………私が、殺された」

今度は、私がリアム殿下の言葉を引き継いだ。それに、彼は頷く。
ファルクが、消えた蝋燭に改めて火を灯す。そうすると、室内に明かりが戻ってきた。
雷の音は未だにうるさく、外で度々音を立てている。だけどそれ以上に、私は私の心臓の音の方がうるさく感じて、落ち着かなかった。

(私が死んだ後に、ベリアとサミュエルは戦争になる……私の死が理由で)

まつ毛を伏せる。胸元を強く握ると、リアム殿下が困ったように笑った。

「無かったことになった、もしもの話だよ」

「サミュエル国は『宝石姫は本来、我が国のものだ』……と所有権を主張しているということですね」

私の端的な言い方にリアム殿下が肩をすくめる。

「嫌な言い方をするね。所有というより、保護だよ。現に、あなたは愛し子としての力を使えず、宝石姫としての責務を強要されている。今のあなたには、愛し子としての力は無いはずだ。そうでしょう?」

「愛し子としての力、というのは何なのですか?それを知らなければ答えようがありません」

「それもそうか。だけど、さっきも伝えたように天使だの悪魔だのいった伝承は、建国神話によるものなんだ。つまり、俺も詳しくは知らない。ただ、愛し子は天使の力を与えられているために、人智を超えた力を振るう、ということだけはサミュエル国で知られている」

リアム殿下の説明は不明瞭で、具体的なものではなかった。だけど、伝承ならそれも仕方ないというものだろう。

(その話だけなら、ただの迷信だと答えられた。だけど……魔女という存在が実在する以上、それを否定することも難しい)

私はまつ毛を伏せた。
リアム殿下の話を聞いたら、宝石姫が何か、私という存在は一体何なのか、という疑問に答えが出ると思っていた。
だけど実際は、彼の話を聞いて、さらに謎は深まるばかりだ。

「何もかも、あやふやということですね……」

私の答えに、リアム殿下がふたたび困ったように笑った。



気がつけばすっかり夜になっていて、外は変わらず嵐のようだ。元々行くあてはなかったけれど(私の目的地は魔女の住む家だったので)、この雨の中外に出るのは自ら命を捨てるものだとリアム殿下とファルクに説得されて、私は一晩、この家にお世話になることとなった。

夕食作りは、ファルクが担当するらしい。

(騎士というのは、そこまでするものなの?)

驚いて目を瞬く私に、ファルクが苦笑する。

「我が主は人使いが荒いんですよ。度々ノルトヴァルトに訪れるというのに、最初は護衛騎士すらつけようとしなくて……困ったものです」

ノルトヴァルトは、イネーヴァの森の麓にある街の名前だ。この家は、ノルトヴァルトの端に建てられている。

先程の話といい、ファルクは随分苦労しているらしい。彼を見ると、死んだ魚のような目をしていた。生気がない。

(よほど苦労しているのね……)

思わず頷く。
確かに彼……リアム殿下はなかなか自由奔放というか、目的のためならほかを顧みないところがあるような気がする。先程少し話しただけだけど、三年間わざわざ隣国のベリアからイネーヴァの森に通っているところを見るに、意思が強いのだろう。
魔女と彼のやり取りは至って短くて、彼はすげなく追い返されていた。
あれを三年も繰り返しているというのなら、もはや尊敬する。

しかし、振り回されるファルクは大変だろう。労りの視線を向けるとそれに気がついたファルクが微笑んで言った。

「確かに殿下は困ったお人ですが、私はあの方を尊敬しています。彼の国を愛する気持ち……ご自身の役目を正しく果たそうとされるそのお姿は、本当にご立派ですから」

「……そう。良い、主従関係なのね」

私の言葉に、ファルクがふたたび微笑んだ。

そして、彼は棚の中から麻袋を取り出すと、野菜を手に取る。包丁も用意し、夕食の下ごしらえを始める彼を見ながら、ふと、私は自分がルシア・ステアロンだった時のことを思い出した。

優しいと思っていた。信じていたし、信じられると思ったひとだった。あの冷たい家の中で、唯一私の味方だと思った……思えた人だった。
思い出すのは、私の侍女だった人の顔。

『ねえ、カティア。血がね、血が……止まらないの。気持ち悪い、気持ち悪いわ……』

『お可哀想に、お嬢様。大丈夫です。しばらくすれば止まりますから、ね?』

『私……もう、こんなことやめたい。やめたいの。どうして、私はこんなことをしなければならないの』

『お辛いですわね……。ですが、これは必要な儀式なのです。怖がることはありません、このカティアがついています』

まつ毛を伏せる。

窓の外では、雨が勢いを増していた。雨音が、強く窓を叩く。
その音を聞きながら、私はなぜカティアとこうなれなかったのだろうと考えた。
リアム殿下とファルクは互いに信頼しているように見える。

私とカティアは?
……どうだった?
少なくとも私は、カティアを信じていた。だけど彼女にとって私は【宝石姫】でしかなく、彼女の雇い主はお父様でしかなかったのだろう。

それでも、思い出してしまう。
失血のあまり体調を崩して発熱した夜も、眠れない夜も。彼女はいつだってそばにいてくれた。眠れない夜には絵本を読んでくれたし、彼女の話を聞くのは好きだった。

『お嬢様。朝は必ずきます。そしてカティアは、お嬢様といつも一緒にいます。……約束です』

彼女と交した言葉、彼女と一緒にいた時間。彼女の温もり。
今でも覚えている。忘れることが出来ない。

あの時のことを、あの時間を否定することはしたくなかった。そうしてしまえば、過去の私をも切り捨ててしまうことだと思ったから。

(……私とカティアは、リアム殿下とファルクのような関係を築けなかった)

それを、今になって自覚する。王都を離れてからもう随分経つのに、胸がしくしくと痛んだ。
私は窓に視線を向けると、天候を理由にした。

(……雨が、降っているから)

雨は、古傷を疼かせるというから。
だから、この回顧は雨のせい。
この郷愁も……雨のせいだ。


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