悪の皇女の幸福論 。どうぞ、お幸せになるならご勝手に。

ごろごろみかん。

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1.皇女の責務

悪の皇女の矜恃

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「マインには死んでもらおう」

今、まさに旦那様を探していた私は、その言葉に足を止めざるを得なかった。
こんなところでぼうっとしている場合ではないのに、呆然としてしまう。

頭がガンガンと音を立てる。今、何を言われたのか、それを理解するのに時間がかかった。

彼らはまだ、私に気がついていない。
廊下に立つ私は、寝室の彼らから死角になっているからだ。

私は、自分の手を握った。

マインは私の名前だ。
このエリセリュン皇国の元皇女で、現ミューテンバルト公爵夫人だ。

寝室にいるのは、私の旦那様と──
彼は、ひとりではないようだった。

「ああ、神様……!!」

その声は、旦那様の愛人、ヘレナだった。

旦那様の愛人のヘレナは、生まれは平民だけれど、豊富な魔力量と、そして幼い時から五属性の魔法を行使できたという神童。

民は彼女を【奇跡の聖女】と呼んだ。

彼女は、旦那様の幼馴染でもある。




──邸は今、敵の手で火をつけられた。

侵入者の情報はまだ明らかになっていない。
だけど、火の手の周りが早すぎて、早く逃げなければならないのは明らかだった。

私は旦那様を探しに来たのだ。
敵に知られていない脱出経路があるから、そこを案内する予定だった。

(だというのに──)

「皇女だったマインの首を渡せば、少なくともツァウバーリヒト国は僕たちを保護してくれる」

聞いたのは、裏切りの告白。

ツァウバーリヒト国は、我がエリセリュン皇国と長年不仲の隣国だ。

ツァウバーリヒトは魔法発展が著しい国ではあるのだけれど、近年の自由結婚が続いたために国民の魔力平均値が下がっていた。
隣国ではそれが社会問題になっている。

(今聞いたのは、何?)

私は今、何を聞かされているのかしら?

マインの首?つまり、私の首。

私は状況も忘れて、自分の首に手を当てる。
これが、役に立つと。なぜ?

(……内通者?)

頭がガンガンと鳴る。
これが現実なのだと頭痛が訴える。

だけど、信じたくないという思いも確かにあって、視界がぶれた。

私は、自身の体を見下ろした。

長い桃色の髪が、体のラインに沿ってくるくるとカールを描いている。
視界の端には、今にもドレスに燃え移りそうな炎が見えるのに、私の足は動かない。

「これで晴れて、僕もようやく彼女から解放される」

(はぁ……?)

解放……?

私が扉のすぐ近くにいるなど、思いもしないのだろう。旦那様の口はよく回る。

むしろ、本懐を遂げる直前だからだろうか。彼の声は興奮しているように感じた。

「僕はマインといるのは苦痛だった。もっと早くこうすればよかったんだ!」

「マイン様には申し訳ないけれど……でもね、ルミエール。これは、神様が与えてくれたチャンスだと思うの。哀れな私を思いやって、こんな機会を与えてくださった……!!」

それはつまり、私が神様に罰されるほどの悪女と言いたいのかしら?

それで、さっきの「ああ、神様」という発言に繋がるわけね。

炎が強まって今にも咳が出そうなのに、私の喉は凍りついたように動かない。

まるで、メデューサに魅入られたかのよう。

「それじゃあマインを探そう。彼女に、栄誉ある自死を、といえば彼女は従ってくれるはずだ。なんと言っても彼女は、このエリセリュン皇国の皇女だったひとだからね。矜恃プライドは人一倍だ」

旦那様のせせら笑う声が聞こえる。
それは決して、私を褒めるものではない。
声で理解した。

「彼女には皇女としての矜持がある。高慢な矜恃がね」

「そうね。ふふ、それに助けられるなんて。皮肉なものだわ」

「国のためだとか、そういった大義名分を与えれば、彼女は喜んで死ぬだろうね。扱いやすくて結構なことだ」


「──……」

私はひたすら、 扉を見つめた。

とうぜんのように、自死を受け入れると思われている。

……馬鹿にしている。
こんなにも、怒りが沸き立つことは今まで無かった。

旦那様──ルミエールが愛人を持つことを、私は否定しなかった。
私たちは政略結婚だったからだ。

互いを愛する必要はなかったし、役目を果たすなら、それも構わなかった。それなのに。

この手酷い裏切りに、どう始末をつけよう?

(自分だけ、悲劇ぶらないでほしいものだわ)

私だって、好きで結婚したわけではない。

邪魔者扱いされているのは分かっていた。
ヘレナに嫉妬の眼差しを向けられているのも。

だけど、仕方ないじゃない。

これは、政略結婚なのだから。
私がどう、とかではなくて。
このエリセリュン皇国のために必要な婚姻だった。
ヘレナのことは、愛人として遇しているのだから、それで折り合いをつけて欲しかった。

何度も言うがこれは政略結婚。
皇族なら、貴族なら、割り切らなければならない。

結婚して、ルミエールは分かりやすく私を敵対視した。
そもそもの話、私が反論すること自体、気に食わなかったようだ。

例をあげたらキリがない。

王宮への提出書類。
公爵領に関する税率の相談や、神殿から貸し出しされている魔道具の確認など、ほんの僅かでも意見が食い違うと、彼は腹を立てた。

しかも、彼は大人気ないことに、一度腹を曲げたら私が謝罪するまで口を聞かない始末。

フルシカトである。

公の場でもそんなものだから、社交におおきく影響が出た。
仕方なく、私が彼に謝罪をする。

『ごめんなさい。先日の件、私にも非があったわ』
『……?』

確かあの時は──そうだわ。

魔道具の鑑定を行っていて、静かな空間でないと集中できないからと事前に伝えていたにもかかわらず、ルミエールはいきなり扉を開け放ったのだった。
おかげで、鑑定作業は最初からやり直し。

それを注意したら、彼は腹を立てたのだった。

『……次からは外でやるわ』

『そうだよね。あんな言い方しなくてもいいよね。だいたいそんなに大事な作業なら家でなんかやるなよ』

と言った具合に、自分の不注意を棚に上げる始末だ。関わるだけ損である。

だけど、何度も繰り返すけれどこれは政略結婚。

嫌いだから、性格の不一致で離婚しまーす!!
なんて、言えないのである。

これは契約、これは契約、と自分に唱えるようにして、ルミエールとの共同生活を送っていたのだ。

(でも、理不尽よ。
理不尽じゃない!?)

どうして、私ばかり耐えなければならないの?

どちらも折れないのなら、片方が折れるしかない。これは共同生活の鉄則だ。

だけどそれが私ばかりなのは──納得がいかない。

ふと、思い出した。
ルミエールの行動を、確か──

(フキハラって言うのだったかしら?)

前に聞いた時はピンと来なかっけれど今ならわかる。
不機嫌ハラスメント、略してフキハラ。
機嫌を悪くして、相手をコントロールする方法だ。
まさに、ルミエールのやり方。

──この時、私は既に前世の記憶を取り戻していた。

ふらついて、とっさに壁に手をついた。
白かった壁紙は、既に煤けていた。

室内では、未だにB級映画のような寒いやりとりを交わす男女がいる。

「マイン様がもう少し私に寄り添ってくれたら、こんなことには」

「なんてきみは優しいんだ。マインが悪女なら、きみは天使だ」

あらそう。彼らの中で、私は悪役ですか。
さながら、悪の皇女と言ったところかしら。

やがて、クサいセリフもレパートリーが無くなったのだろう。
セリフが品切れしたところで、悲劇に酔ったルミエールが宣言するように言った。

「ツァウバーリヒトに行けば、きみは王女になれる!そしてゆくゆくは、エリセリュンの女王になれるんだ!」

それは、明確なこの皇国への反逆宣言だった。

 
『彼女には、皇女としての矜持がある』


旦那様の言葉がリフレインする。

彼のそれは、皇国も、皇女わたしも完全に愚弄しきっているものだった。

は、と乾いた笑いが零れる。

怒りのあまり、涙が出そうだった。

ひとはここまで愚かになれるのだろうか。
B級映画でも、こんな酷いシナリオはない。

炎の勢いが強まって、息苦しさすら感じる邸の中、私はまつ毛を伏せる。

良いでしょう。

(それなら、見せてあげようじゃない)

皇女の矜恃とやらを。

それをもって、彼らに引導を渡してあげよう。
それが、このエリセリュン皇国の皇女に生まれた私の責務だ。








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