悪の皇女の幸福論 。どうぞ、お幸せになるならご勝手に。

ごろごろみかん。

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1.皇女の責務

さながら不倫された妻

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ルミエールは人当たりが良く、世渡り上手だ。彼は友人が多い。

対して、私は社交的な方ではない。友人を作るよりも魔道具を触る方が好きなので、友達も少なかった。

だから情報操作はルミエールの方が上手だ。
彼の友人はみな、私のことが嫌いだった。

いつの間にか私は、恋人がいる男を無理に夫にさせた女になっていた。

私のこの容姿も、噂を加速させる理由となったのだろう。

桃色の髪に、薄青の瞳。

男性からは可愛いと評されることが多いものの、女性からの評判はすこぶる悪い。何もせずとも、あざといという評価を下されてしまう始末だ。

(私の口数が少ないのもいけないんだろうけど)

だけど、社交よりも私はその時間を魔法学の勉強に当てたかった。

ただでさえ、私の魔法学は独学で、正規の授業を受けていない。時間が惜しかったのだ。

私に言い返されたことが、まるで信じられないとでも言うようにルミエールが目を見開く。

「は?きみ、今何を言った?」

「軽々しく呼ぶな、と言いました。あなたに名を呼ばれるのは、不快です」

「状況がわかっているのか?きみはいつもそうだ。周りが見えていない!」

「状況が見えていないのは、あなたの方では?」

なにせ、彼はその後ろのローブの人間にすら気がついていない。

(もう少し周りを見ていたら、第三者がここにいることに気がついたでしょうに)

どちらにせよ、構わないわ。
私のすることは決まっている。

「エリセリュン皇国への反逆を企てるとは、大それたことを考えるものですね」

首を傾げて、微笑んだ。
先程の会話を聞かれているとは思いもしなかったのだろう。
ルミエールは石を飲んだように硬直したが、開き直ったのか、認めた。

「全てきみに非がある!きみに責任があるんだよ……!!責任を取って、死んでくれ!マイン」

「ここにきて責任転嫁、ですの。それでハイ、と答えるとでも?」

ルミエールは、私を馬鹿にしている。

「皇女の矜恃……でしたっけ?見たいなら、お見せしてあげましょうか」

「なに──」

その時、ゴオ、と彼らの背後の炎が激しく燃えた。ローブの人間は変わらず動かない。
やはり幽霊なのかしら。まあどちらでも構わない。

ヘレナが思わず、と言ったようにへたりこみ、彼女は口に手を当てて激しく咳き込んだ。
ルミエールがすぐさま彼女の背を撫でた。

「ヘレナ!!クソッ……。僕の人生はめちゃくちゃだ。マイン!お前と結婚してから!」

「立場をお忘れですか?ミューテンバルト公爵。公爵家嫡男として生まれた以上、政略結婚は避けられない。分かっていたはずです」

彼の感情論を、冷たい声で一蹴した。
彼の行動は全てが感情に基づいている。理性が働いていない。

「ハッ……過ぎたことだ!」

ルミエールはバカバカしいとでも言いたげに笑いだした。この状況になって、気が動転したのかしら、と思ったけれどどうやらそうではなかったらしい。
彼は未だに諦めることなく、私に自死を、と迫る。

「このままだと、ここはいずれツァウバーリヒト国の軍隊に囲まれるぞ!今なら、名誉の自死をすることできみは捕虜にならずにすむ。皇女が捕虜なんて、エリセリュンの名が泣くな!」

「信じられない非国民ね……」

私はため息を吐くと、彼らを見下ろした。

「ツァウバーリヒトとの交渉材料は何かしら?」

尋ねてから、すぐに答えを推測した。
私は、顎に指先を当てて思考する。

「ああ、かの国は国民の魔力値が下がっているのですっけ。奇跡の聖女を引き渡すことで、向こうでの地位を確立しようとしているのかしら?どちらにせよ、売国奴ね。あなた」

「──ッ」

にっこりと笑って蔑むと、流石に腹を立てたらしかった。ルミエールはこめかみに青筋を立てると、しかし暴言は飲み込んだようだった。
ヘレナがいよいよ限界そうだからだろう。
ほんとうに、彼はヘレナが大事らしい。

(それなら、婚約なんて断ればよかったのに)

公爵家嫡男として逃れられなかったのなら、身分を捨てるべきだった。

ルミエールは強欲だ。
ヘレナ公爵位ミューテンバルトも手放せなかった。

(ご存知?前世の言葉では、二兎を追う者は一兎をも得ず、と言うのよ)

ルミエールが腰のベルトから短剣を外したのはその時だった。
鞘から短剣を抜き取ると刃先をこちらに向けた。

「あら。皇国への反逆に、皇女殺害の罪まで重ねようと言うの?そんなところまで強欲なのね、あなた」

思わずクスクス笑ってしまうと、ルミエールが得体の知れないものを見る目で見てきた。
この土壇場において、相手の頭がおかしくなったと思ったのだろう。

でも、安心なさって。
私は至って、いつも通りだ。

そう──ただ、ものすごく怒っているだけで。

限界を迎えたヘレナが、その場で泣き崩れた。

「愛し合っているんです!私たち!!」

「そんなこと、二年前から知っているわ」

ヘレナを紹介されたのは、結婚式の夜。
寝室に連れてこられた時は夫の正気を疑った。
ヘレナは、荒い呼吸を繰り返しながら、ボロボロと泣いた。

「もうッ……限界なんです!!マイン様の存在が……辛くて!!辛くて」

(まるで不倫されている妻みたいな言い方だけど、この場合、逆よね??)

略奪女の立場ポジションはあなたの方だと思うのだけど??

「分かってくれ!どうして分からないんだよ!少しはヘレナに悪いとか思わないのか!?きみがいるから、ヘレナは正妻になれないんだ!!」

「それなら、婚約なんて断ればよかったでしょう」

さっき思ったことが、そのまま口に出た。

「あなたには選択肢があった。ヘレナを取るか、公爵位を取るか、という二択が。その結果どちらも、とは。ずいぶんと強欲ですね」

微笑むと、猛然とルミエールが言い返してきた。

「僕は父にミューテンバルト公爵家を任された!僕がやるしかなかったんだよ。まさかきみは、今更そこにケチをつけるのかッ!?そもそもミューテンバルト公爵家の人間でもないきみが口を挟むことじゃないだろ!何様のつもりだ!?きみに指図される覚えはない!」

キレると早口でまくしたてるのはルミエールの特徴だ。
瞳孔が開いている。
初めて見たひとは身の危険を覚えることだろう。
それは、何をしてくるか分からない、といった危うさが、彼にはあるからだ。

そしてついに、ルミエールが短剣を振り上げた。

「もういい。きみの理解を求めた僕が愚かだったんだ!皇国とともに死ぬがいいさ!!」

今にも振り下ろされそうな刃先を、私は真っ直ぐに見つめた。

先程のルミエールの言葉を思い出す。

『これで晴れて、僕もようやく彼女から解放される』

ようやく解放される?

それは、こちらのセリフだ。
気難しい男の機嫌を、これ以上取る必要はなくなるのだから。




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