わだつみの宮にさよなら 小説版

高木解緒 (たかぎ ときお)

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3-6

 川の変遷へんせんとは無関係に、晴海埠頭はるみふとうの裏手にある倉庫街はずっと変わらない。もちろん外壁の素材も倉庫の中身も以前とことなってはいるのだが、雰囲気は昭和の昔からそのままだ。敷地の奥へ行けば行くほど、つらなる建屋たてやの影は夜空より静かに黒々と、ひっそり立ち並んでいる。
 マルタと合流するより先に、二人はコハダを見つけた。帆織は咄嗟とっさに手近な物陰へトヨミを引き込む。新竹芝しんたけしばから芝浦しばうらまでのきらめきを対岸に見て、小さい影がためらいなく暗がりを進んでいる。コハダだとすぐ分かった上、様子が変だというマルタの言葉にも納得がいった。時折ときおり立ち止まり、鋭い目つきで周囲を警戒するコハダには以前の彼女らしい晴れやかな調子が全く無かった。
 そして帆織は、彼女を尾行しているのが未だ合流できないマルタを含めた自分たちだけでないということにも気が付いた。追跡を続け、一番隅の廃倉庫にコハダが入るのを確認したのち、もう一人の追跡者へ背後から足早あしばやに近づいてその肩を叩く。
 振り返ったイナコは声を上げようとする自分の口を慌てておさえ、目を白黒させて二人を見上げた。
「何してるんですか……って、このメンツを見れば分かりますね。マルタ先輩はいないんですか?」
「そのうち来るはずだ。君はどうしてここに? コハダを尾行してどうするつもりだ?」
「ちょっと、確かめたいことがあるんですよ」
 そうだ、とイナコは手を打った。
 いかにも〝いいこと思いついた!〟という顔で、
「ちょうど良かった。お二人とも私のボディガードになってくれませんか?」
「ボディガード?」
「あと、証人にも。お二人は信頼できると思うんです。あの時の様子から考えてなんですけどね。てか、お二人もダメなら、あきらめるしかないでしょうね、私も」
「諦める? 何を諦めるってんだ?」
 その時、廃倉庫の裏手から飛び出し、身をかがめてこちらへける影に帆織は気が付く。
「カジメか……勢揃せいぞろいだな」
「理由があるんですよ。――カジメ先輩、今度こそれましたか?」
「撮れた撮れた。こいつはやばいぜ。敵が多すぎる。俺たちにゃ手の打ちようがない」
 手にしたビデオカメラから録画データを転送しつつ、カジメは首を振った。四つの頭が寄り合って、転送先のシート端末を見つめる。カジメが指先を二回ほど滑らせると画面の内側で動画の再生が始まった。薄緑うすみどりがかった映像で、
「そのカメラも暗視装置付きなのか?」
「当然だろ?」
 倉庫内に子供たちが大勢集まっている。海獣博士を一番最初に発見したが、その他の子供たちにしても水軍のメンバーが大半だ。コハダもいた。つくだだけでない、河口域の各水軍で見かけた顔ばかりだ。式典しきてんの始まりを待つかのように全員しっかり整列し、じっと前を見据みすえている。御喋おしゃべりをする子供の一人とていない。 
「何してるんだ?」
「何もしてない」
 カジメが答えた。
「ただ、じっと並んでる」
「イナコ、これで一体、何を確認しようってんだ?」
「その映像だけじゃ、まだちょっと足りませんね」
 三人が彼女を見れば、イナコはポケットから取り出した数個の小型器機類をそれぞれ自分の端末に無線接続しているところだった。帆織はその器機へ見覚えがある。青の秩序を探るために彼女が使った遠隔カメラだ。
「それ、陸でも使えるのか?」
「当然です」
 いつも以上に得意気とくいげな、そして意味有いみあな微笑みが返り、つかの間、辺りに奇妙な静けさがただよった。
「さて」
 彼女は切り出す。
 名探偵が謎解なぞときを始めるような気取きどりと口ぶりだった。
「私がその存在に気が付いたのは、国立海洋科学技術大学、すなわち国海大こっかいだい大川夜間調査事故おおかわやかんちょうさじこがきっかけでした。井崎博士他二名いさきはかせほかにめいが死亡、水中ガイド一名のみが救助されたこの夏はじめの事故です」
「何を急に――」 
 同時に口を開いた帆織とカジメを、ほっそりと白い手が優雅ゆうがとどめる。
「事故原因は河床乱泥流かしょうがたらんでいりゅうによる遭難とのことでしたが、ある市井しせいの観測者によれば、その晩その時刻、大川河口域一帯でフル装備しただいの大人を流し去るような流れは確認されませんでした。ここで二つの疑問がき起こります。一つは、乱泥流らんでいりゅうが起こっていないのだとしたら、本当の事故原因は何か。二つ目は、なぜ、その原因を隠蔽する必要があるのか。――でも」
 再び微笑むイナコ。
「私にはそんなこと、どうでも良かったんです」
「――なんだって?」
「私が考えたのは隠蔽する人々、つまり、この大川の闇にまぎれてうごめく大人たちの力を、自分のために利用できないかってことだったんです。事故原因に興味がないこともないですが、それが分かったところで私には一文いちもんとくにもなりません。それより、そんな大きな力を私のために少しでも利用できれば、フィンズなんて小さなアウトロー集団にとどまらない、イナコ帝国をきずくことだって夢じゃありません。それにそういうことを目指して動く方が、ずっと面白い、ですよね」
 謎の力の正体を見極みきわめるため、イナコはまず、電脳上の協力者と共に調査を開始した。そして事故の記事や各種データ、関係者を当たっていく中で気が付いたのが、
「どうもその力は、夜の大川に関する情報を集めているに違いない、と言うことでした。夜の川に関する色々な情報を収集し、独占しようとしているらしかったのです。でも、その活動はあまりうまくいっていないようでした。夜間調査事故が良い例です。他にも、彼らは色々な角度から夜の大川を見ようとして、しかしかなり頻繁ひんぱんに失敗していたんです」
 帆織はあの晩を思い出す。
「お前たちは入れないの」というノガレの言葉が、耳鳴りとともによみがえる。
「でも、私の情報提供者などの、この川の子供は、夜の禁忌きんきという自主規制を無視しさえすれば、比較的容易に夜の大川に関する情報を得ることができていました。おそらく日頃から川に出ているため、観測可能なポイントを無意識に選択できたのでしょうが……」
 たしてそうだろうか、と帆織は考えた。
 あの時ノガレが言った「お前たち」が、「大人」を指しているのだとしたら。
 そして「お前たち」でないのぞあらかじめ彼らによって許されていたのだとしたら。そしてもし、そうであるならば、「お前たち」でないものは、すでに彼らから選ばれている――?
「相手の目的を知った私は以前からの協力者であったダゴンネットの管理人〝フック〟と連携れんけいし、ダゴンネットを通じて裏の勢力にアピールすることにしたんです。インスマフェスタは二人の思い付きでした。インスマフェスタの本当の目的は、私たちが夜の川の情報を入手する手段を持っていると誰かに知らせること。それで私たちに連絡を取って来たのが――」
 中津瀬会でした、とイナコは言った。
 キョトンとする他二人を置いて帆織はうなり、
「あの暴走事件の以前から中津瀬会が子供――、君やフィンズとつながりを持っていたというのか?」
「ああ、やっぱり大人は、会のことを御存ごぞんじなんですね。話が早くていいです。トヨミ先輩は御存じないでしょう。青の秩序を裏で支援して、水軍の子供たちを陸上おかあがりさせようとしていた組織です。そう表現しちゃうと陰謀論ぽいですけど、川を子供から取り戻して、資源を有効活用しようと本気で考える経済人のグループ、とでも言えばリアリティがありますよね。青の秩序を使って環境保護を建前たてまえに川を支配し、その実、観光資源やバイオテクノロジーの実験場として再生した大川を利用するつもりになってた大人たちがいるんです」
「帆織さんから聞いてるわ。でもまあ、普通、大人ってそんなもんじゃないかな」
「帆織さんは普通ではない、と」
 確かに、とくぐもった笑い方をするイナコ。
 仕切しきなおして、
「でも、青の秩序みたいな大人たちに、あからさまに子供を追い出させて河川利用を進めるより、子供を手懐てなづけて河川利用させるほう外聞がいぶんが良いことを、私はフックを通じて散々、会へ吹き込んでやりました。そのために私と手を結んで、青の秩序を使い捨ての小道具に、今いる川の子供たちを編成へんせいなおすべきだって」
「彼らがそれに納得したというのか?」
「カイギュウ騒動がタイミング良かったんですよ。青の秩序が自分からボロを出してくれましたし。中津瀬会が有能な傀儡かいらいの可能性をこちら、私をちょうとした〝統合水軍〟の設立案へ見てくれるまでに、それほど時間はかかりませんでした」
「じゃあ、あの、カイギュウ暴走直前の騒ぎはなんだ? 子供たちへの代執行だいしっこうだの、なんだのは……」
「統合水軍結成への道のりがいい具合に醸成じょうせいされたところで、青の秩序には退場して頂かなきゃなりませんからね。スポンサーに見限みかぎられた青の秩序は私と会の目論見通もくろみどおり、子供たちへ壮大そうだいな喧嘩を売りました。それも、自分たちで事件をでっちあげた挙句あげくに行政を巻き込むっていう、ばれた時、自分たち自身が一番困るやり方で」
「なるほど。青の秩序が〝やらせ〟をやりかねない傾向にあるってことは、君が暴いた事実だ。中津瀬会や君は、あれを連中がやると分かっていて……」
「もちろん、私のプランにはあれ、カイギュウを傷つけるやらせは無いです。私や、フィンズのメンバーだってカイギュウは嫌いじゃないですから、あんなことする奴がいるなら計画云々けいかくうんぬんの前に裸にいて相生橋あいおいばしからるしますよ。でも、会は予想していたのかもしれません。青の秩序のリーダーがカイギュウを傷つける場面を随分綺麗ずいぶんきれいに隠し撮りしたデータを、あの全面対決の直前に私へ送ってきたんです。コハダ先輩がかなわなかったあの審議官補しんぎかんほを私が説得する、って筋書きだけではやっぱり弱いと思ったんでしょう。カイギュウが暴走していなければ、私がその動画データを空間投影し、相手を本物の犯罪者として糾弾きゅうだんするはずだったんです。そうしろという指示が動画と一緒に送られてきていました」 
「で、その時は使うチャンスが無かったから、後になってそれをマスメディアやネットへ公開したというわけか。それにより青の秩序は、少なくとも国内では完全に息の根を止められた……」
「それも会がやったことです。私は目障めざわりな大人たちを川から追い出して、ついでに彼らに弱みを突かれてろくに戦えなかったとコハダ先輩を責めることで当時の体制の不備をアピールし、統合水軍の初代総漁労長しょだいそうぎょろうちょうに選出されればそれで良かったんですから――」
「そしてそのあとは、裏で中津瀬会と繋がっていることを隠しながら、大人と子供とのうま折衝役せっしょうやくとして、新時代におけるリーダーとしての格をアピールしていけば万全ってわけだ」
 トヨミと顔を見合わせる帆織。大人顔負けだな、とつぶやく。
 だが、
「ま、そのつもりだったんですけどね」
 イナコは肩をすくめた。
「どういう意味だ?」
「前に言ったじゃないですか。全部嘘だったって。私は最初から影の折衝役なんかじゃなかった。私のアイデアは、うばわれていたんです」
「奪われた? 中津瀬会にか?」
 大人ってエゲツナイですねぇ、と少女は皮肉な笑みを見せ、
「青の秩序を使った計画では後々のちのち、青の秩序自体が障害になる可能性がありますよね。会はそれを心配していたんでしょう。青の秩序の後ろには国際的に力のある過激な環境保護主義者たちもひかえていますし、占有せんゆうした大川をどう利用していくかについて一度ひとたび意見が食い違えば、中津瀬会の活動にかなりの制限がかかると予想することは難しくない。一方、大川の子供たちはいくら反抗心旺盛といっても、活動の動機は中津瀬会同様に利益追求、それに、大人に対する絶対弱者ぜったいじゃくしゃでもある。その点ですでに大人であり思想をにする者たちよりずっとくみしやすい。それに元々この川に馴染んでいますからね。ばらばらで自主性のある各水軍を統合して一括いっかつで監視、運営できるならば、青の秩序より使いやすいという私の提案に、彼らはひざを打ったはずですよ」
 ただし、統合された子供たちのリーダーが私という点を除いて――、とイナコ。
「なぜ、君じゃいけない?」
「決まってるじゃないですか。結局は私も青の秩序と同じ。いつ、彼らに対してきばくか分からないからです。夜の川について情報を得るのにしたって、いつまでも私という、彼らが操作しきれない可能性のあるフィルターを通さなければならないのは不本意ふほんいだったのでしょう。それなら、私の持っている観測データやノウハウを得た上で、私をおはらばこにして、この川で最高のカリスマを持つ優等生を統合された子供たちの頂点として据えた上で、観測網を構築しなおしたほうがやりやすい。それも昔の、クソまじめなだけの彼女でない、私の刺激によって、今やだいぶ社会化された彼女が頭領ならば……」
「――コハダか」 
 帆織の言葉に、しぶい表情でイナコはうなずく。
「カムバック運動のリーダーがそのままこの川の子供たちのリーダーであった方が、金藻農場きんそうのうじょうのカモフラージュもしやすくなるでしょうし。それに国際環境団体の目の前で、研究が制限されている遺伝子を組み込まれた海草を堂々植え続けることは難しいでしょうしね。もしかすると農場計画については、じゅんな子供たちの環境保全活動という名目と、無償むしょうの労働力を得られることが決定してから全体へ組み込まれたのかもしれません。いずれにせよ会がアマモの提供先、カムバック運動のトップをコハダ先輩に設定した時点で、彼らが私をはずす未来は確定していたんでしょうけど……」
「君はあのアマモの提供者が中津瀬会だということも知っていたのか?」
「それはこの間、コハダ先輩に襲われた後で調べました。あれが普通のアマモではないことはそれ以前から知ってましたけど、それを先輩も分かった上で移植していると知ったのはあの時です。でもあの時、先輩は提供者までは明かさなかった。先輩は私が裏で中津瀬会と連絡を取っていることを知っていたんですよ。その上で会から選ばれたのは自分であることをほのめかし、何も知らない私を見て内心ないしん嘲笑あざわらってたんでしょうね」
 イナコの目に怒りがみなぎる。おだやかな彼女の口ぶりが、ふつふつと湧き上がる激情をおさえ込むためのものであることに帆織は気づく。
「そうです。コハダ先輩は私を心の中で嘲笑っていた。あの時彼女は、統合水軍の漁労長の肩書きを、私自身に認めさせる形で、奪い取るつもりだったんだと思います。最後には私が尻尾巻しっぽまいて、おかへ上がる様子を想像してたのかも」
「でも、それは失敗した。君が閃光弾まで持ってるとは、さすがに思わなかったんだろう」
「〝それ〟だけ失敗したんじゃありませんよ」
 少女の声に得意気とくいげな調子がよみがえった。ふふん、と鼻で笑った。
「脅しなんていう短絡的なやり方に頼ったせいで、本来の目的を果たす前に全部ばれちゃったんですから」
「本来の目的?」
「反乱の可能性が無いスムーズな政権移譲せいけんいじょう、ですかね。あのあとフックからメッセージが来たんですけど……保安官、覚えてますか? 家まで送ってもらってる時に来たメールです」
「ああ。文面を読んだ途端、君が笑い出したやつだろ。何が書いてあったんだ?」
夜釣よづりどうだった? って書いてあったんです。私、先輩と夜釣りに行くことなんか、一言ひとことも伝えてないのに。他のことは何でも相談してたんですけど、私、先輩の夜釣りのお誘いに乗るかどうかだけは、自分だけで判断なくちゃ、って気持ちだったんです。それが別のところで役に立ったわけですね。それで、メッセージを見て私は思いました。相手の予定では、そのメールを受け取った時の私はもう、そのメールに不審ふしんを感じない、あるいは感じてもどうしようもない、つまりフックが私からコハダ先輩へ乗り換えたと知っているはずだったんじゃないか、って。その上で、実はその時に乗り換えたのではなく、最初からそうだったのだと明かすために連絡してきたのではないかって。私を完膚かんぷなきまでに叩きのめして、周囲は敵ばかりと思わせて、ショック療法りょうほうで反抗する気力をぐことが目的なんじゃないかって。でも、コハダ先輩の失敗が連絡の遅れでフックへ伝わってなくて、それでこういうことになったんじゃないかって」
「なるほど。君が完全に気落きおちする前に、フックが最初から君をたばかっていた事実が君にばれたというわけだ……それは、つまり……?」
「私が全てをあきらめてしまう前に、私が本当に叩くべき相手が誰なのか、私に分かった、ということですよ」
「一連の騒動の中心に、フックがいるということか」
「私はフックこそが大川における中津瀬会の代理人だいりにんだと思ってます」
「なら、ダゴンネットは――」
「子供たちの動向を監視したり、扇動せんどうする目的で会が運営させているんです。青の秩序に対する批判記事をせていたのも結局はカモフラージュだった。自分だけはかしこいつもりでじつおろかな女子小学生はそれにまんまと釣られちゃって、うちを全部見せてしまっていた、ってわけです」
 淡々たんたんと話しながらイナコは怒りに満ちていた。
 ほこりを傷つけられた者特有の青白い炎が全身にさかるようで、上品な唇のはし時折ときおりひくついた。
「お祭りで人手ひとでが足りない時から、ちょっと変だなとは感じてたんですが……」
 子供たちが漁をあまりしなくなったこともまた、フックが仕掛けた攻撃なのだと彼女は主張する。
「それだけじゃない。今の川では私が主導する漁や企画にほとんどの子供たちが乗らないよう、工作されてるんです。コハダ先輩のカムバック運動が盛り上がってるのに、私の企画はいつもガラガラで中止。川で私をはぶいて、のけ者にすることで、私がまいっちゃうのを待ってるんですね。私が思ったよりしぶとくて、それで脅しというスマートでない手段にざるをえなかったのかも。きっとここで私が川から上がれば、次の日からでも川はまた、子供たちのバヤックで満ちあふれるはずです。その上で中津瀬会が大っぴらに統合水軍の後援者となり、次の、しん総漁労長そうぎょろうちょうが選出されるはず。でも」
 私は、自分を利用しようとした奴を許せません――、とイナコは断言した。
「そうはいくもんか。絶対、仕返ししてやる!」
「だが、仕返ししようにも、いや、決して仕返しを認めているわけじゃないがな、相手がネットをかいした存在なら誰だか分からないだろ? その、フックの正体が」 
「そうですか? 推理で普通に分かりそうなもんですけど。あとはそれをあばきたてるのに、具体的な証拠が必要なだけで。その証拠を得るために私は今日、ここに来たんです。そのためにコハダ先輩たちを含めた〝向こう側の人々〟を、今日、ここへおびき出したんですよ」
「誘き出した?」
「簡単な暗号を作って、この時刻、この場所に集合するよう、ダゴンネットへ投稿して指示を出したんです。フックが差出人さしだしにんと思わせる内容で、全員集結せよ、って書いてやりました。ここを集合場所にしていることは、青の秩序のために仕掛けた監視ネットで大体見当だいたいけんとうがついていましたから。本物のフックが指示を取り消すかも、って思ってましたけど、大勢集まったのを見るに、反乱分子をあぶり出すチャンスと見て乗って来たんですね」
「コハダも君の投稿を見て動いたってことか。しかし、危なっかしい橋を渡るもんだ」
「そういうのが好きなんですよ、私」
「――そうか、ダゴンネットに嫌がらせしてたのもあなたね。あれもこの作戦のうちなんでしょ」
 トヨミの言葉にイナコがうなずく。
「向こうは川で私を孤立こりつさせるっていう直接的な攻撃方法がありますけど、こっちはネット越しにしか攻撃できませんから。でも随分、雰囲気ふんいき醸成じょうせいできてきたと思うんです」
「あなたの息のかかった生き残りがまぎれ込んでるかもしれない、って疑いがフックの仲間内で伝染させるための〝荒らし〟だったわけか」
「で、結局フックは誰なんだ? ダゴンネットの管理人が中津瀬会と協力して川の子供を支配しようとしてて、コハダもあやつってて、なんて話、俺も今はじめて聞いたぞ?」
 カジメは相当不機嫌ふきげんな顔つきで年下の相棒にった。だが、
「そりゃそうですよ」
 イナコはしゃあしゃあと答える。
「そういうふりをしてなくちゃ。――カジメ先輩も、フックの仲間なんですから」
 気色けしきばむかつての相棒をなだなだめ、策略さくりゃくの美少女は目を輝かせた。
「だってそうでしょう? 私に調査事故の原因が隠蔽いんぺいされている可能性を示したのは、カジメ先輩がメールに添付した観測記録でした。つまり、あなたが私に動機どうきを与えた」
「おいおい、そりゃねぇよ。俺はただ、コハダの迷信めいしんじみたやり方が気にくわねぇ同士で、理系の知識もたいしたもんの、可愛い後輩が喜ぶかなと思って送ってやったんだぜ?」
「それだけじゃない、あなたのデータは子供なら夜の大川の情報を得ることができる、という事実をも私に示した。つまり会の存在に気付かせた上で、会と取引きできる材料まで下さったんですよ?」
 ぽつぽつと、大粒おおつぶの雨が降り始めた。だが、誰も気にかける者はいない。トヨミ、帆織、イナコの三人に見つめられ、濡れた前髪に見え隠れするカジメの瞳が燃えている。そうかよ、と彼はうなり、
「結局、お前も青の秩序の連中と一緒だな。うまくいかない状況に疑心暗鬼ぎしんあんきになって、思い付きだけで、統合水軍設立のために一緒に働いてきたこの俺を、俺らは科学的であるべきだって考えを散々さんざん分け合ってきた俺を悪者にしてよ。やっぱ、お前、リーダーの格じゃねえよ」
「なるほど、その論法でコハダ先輩を返り咲かせるってのもありですよね。あるいは釣り勝負で私が細工さいくした証拠を、あなたが良心の呵責かしゃくに耐え切れず告発するんでもいい。中津瀬会は見返りに何を約束してくれました? 進路の保証でもしてくれたんですか?」
「お前!」
「コハダ先輩に襲われた時、フックが間抜けなメールを送って来たのは計画の成功を確信していたからでもあるでしょうが、連絡係からの報告が遅れていたせいでもあるはずです。カジメ先輩がその係だったんでしょう? それが変に保安官に邪魔されたせいで、計画の失敗を報告できなかった。それで、全てのタイミングがずれてしまった」
「もういいよ。お前はそうやってずっと陰謀ごっこやってろ。俺は向こうに、コハダの側に帰る」
「帰る必要はありません。元々、ずっと向こう側だったんですから」
 微笑み、イナコが自分の端末を操作する。
 ディスプレイの表面を幾筋いくすじすべる雨粒が動画を屈折させ、奇妙に凸凹でこぼこして見せる。それらをさっとぬぐい、画面を皆へ示して、
「隠しカメラ、って私、大好きなんですよね。やっぱり」
 うつっている場所は夕方頃のこの場所だ。倉庫の出入り口まえに大人が一人、こちらに背を向けて立ち、数名の子供たちへ指示を出している。これがフックだろう。日除ひよけのつば広帽子びろぼうしかぶっているから髪型などは分からない。しかしどうやら女だ。帆織は少し狼狽うろたえた。中津瀬会につながりのある女性を身近みぢかに知っているからだ。
 だが、今見るべき場所はそこでない。指示を出されている子供たちのほうをよく見れば、
「コハダ先輩と……それから、カジメ先輩」
 証明終了、とでも言いたげにイナコが話を終えた。画面の中では以前からは考えられないくらい、ひどく従順な眼差まなざしで子供たちがフックの指示を受け続けている。しかし帆織は、それらのひたむきな面持おももちにふと、違和感を覚えた。原因は分からない。
 もう少し動画を流せば、フックの正体も明らかになりそうだった。だが、
「それ、本物じゃねぇよ」
 ぎょっとして画面から顔を上げた三人の視線の先で、カジメが低く笑っていた。
 ――違和感の、正体。
「本物の俺じゃねぇよ」
 遠雷えんらい。稲妻のひらめきを背景に少年の影が視界へ焼きつく。
「何、言ってるんですか?」
「よく見てみろよ。もっとしっかり、よく見てみろよ」
 その言葉に何気なにげなく自分へディスプレイを向けたイナコが、ヒッと息を飲んだ。
「何これ……何なのよ、これ!」
 さけび、汚いものを触ったかのようにイナコが端末を放り出す。帆織やトヨミからも再び画面が見えるようになる。
 子供たちが笑っていた。にやにやといやらしい笑顔で、こちらを見て、笑っていた。明らかにカメラを向いて、画面のこちら側へ向けて、うちに満ちる邪悪をしに嘲笑あざわらっていた。
「大勢で集まったのは、とりあえず今日で全員、かたがつきそうだったからさ」
 土砂降どしゃぶりの中、現実のカジメも画面の子供たちと同じ笑い方をしていた。れてねばつく笑い。帆織はこれに見覚えがある。調査事故の晩。あるいはダゴンネットのインスマフェスタで、彼だけが見た投稿。
「見るってことは、見られてるっていうこと……」
 トヨミが呟き、
「……だけど、見せられてるのだとしたら、結局は、見られてばかり、ってことだ」
 即座に応じた帆織をトヨミは見上げた。
 その目が大きく見開みひらかれ、
「帆織さんッ!」
 緊迫きんぱくした雰囲気とはげしい雨音が聴覚を麻痺させていたのだ。その結果、帆織は背後から素早すばやく歩み寄る影に接近を許してしまった。振り返る時間は一瞬とて与えられなかった。
 重い何かが風を切る音。
 直後、全てを闇がざした。
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