だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

十和とわ

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第一章・救国の王女

20.初外出で厄介事とは。4

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 何とか人目につかずあの場を離れて少し歩き、大通りの一角にある賑やかな食堂で一休みする事にした私は、頬杖をついて考えを巡らせていた。
 ──帝国騎士達の目を掻い潜る奴隷商、デイリー・ケビソン子爵……。
 ──それと、突然動かなくなった猫シルフ。どうなっているのかは分からないがずっと私の肩に乗り続けている。
 あんなに動き回ったのに一切落ちる気配が無かった。…というか、鞄と猫シルフの影響で体の重心が少しブレてやりづらかったわね……今度からはそういう不測の事態に備えた特訓もしようかしら。
 現在進行形で私の肩に乗り続けている猫は、それはもう凄い注目を集めている。何せ肩に乗る猫が微動だにしないのだ、誰だって目を疑うだろう。
 ペット同伴可能なこの食堂で一休みしているのも、猫シルフが未だによく分からない状態に陥っている事が大きな理由なのだ。

 シルフはこの様子だし、私は壁際の小さな席でジョーヌベリー(黄色みのある野いちごのような果物。オセロマイトの特産品らしい)の氷菓子を堪能していた。
 ほどよい酸味と口の中いっぱいに広がる甘みが氷菓子ならではのひんやりとした刺激と共にやって来ては、非常に満足感を与えてくれる。
 ん~っ! ジョーヌベリーの氷菓子美味しい!
 これはあくまでもシルフを待っているだけであって、決して私がこれを楽しみたいだけとかそんな訳ではない。断じて違うぞ。
 待っている間暇だから暇つぶしに食べているだけなんだ。これが目当てだったとか、そんな事ない。
 私がジョーヌベリーの氷菓子を味わっていると、突然誰かが机の上に、コトッ…とグラスを置いて話しかけて来た。

「相席しても構わないかな」

 深緑の髪を三つ編みにして肩に流している、落ち着いた雰囲気の男性だった。暗めのローブを羽織っているからかその服装はよく見えないが、その所作からして恐らくは貴族の人だろう。
 貴族の人がどうしてこんな所に?

「構いませんよ」
「…………ありがとう。あぁ、それは君が飲みなさい」
「これは、ほんのお気持ち…と言う事ですか?」
「………まぁ、それは僕の奢りだから、気にせずどうぞ」

 男が差し出してきたグラスにはオレンジ色の液体が並々注がれている。何の飲み物だろうかとじっと見つめていると、男が「それはジョーヌベリーの果実水だよ」と微笑みながら教えてくれた。
 確かにグラスの中からほんのりと甘い香りが漂ってくる。それじゃあいただきます、とそれを口に含む。
 氷菓子と同じかそれ以上にジョーヌベリーの甘みを感じられる素晴らしい飲み物だ、これは。…本当にいいなこれ。皇宮でも飲めないかなこれ。

「………本当に飲むなんて…」

 そんな事を呟きながら、男はぎょっとしていた。

「貴方が飲めと言ったから飲んだのですが…?」
「いや、君は貴族のご令嬢だろう? それなのに見知らぬ男から出されたものを何の疑いもなく飲むなんて……と思ったんだ」

 男は信じられないとばかりに眉をひそめていた。
 だって私毒効かないから……とは言えないわね、普通の女の子は毒が効くものだし。
 そんな事より、何故私がそれなりに高貴な身分であるとバレてしまったのか。まさかこの男、皇帝側の人間…?!
 瞬時に私の体は緊張状態へと移行した。もし目の前の男が皇帝側の人間なのだとしたら、非常に不味い。
 ……いや待てよ、今までこの人は私の事を貴族の令嬢と言っていた。私がこの国の王女だと知らない又は気づいていない可能性もある。
 まだ敵と決めつけるには早過ぎる…とりあえず、一旦は警戒しつつ様子見ね。

「おや、ではこれには毒でも入っていたのでしょうか。大変ですね…ほとんど飲んでしまいましたわ」

 私は口元に軽く手を当てて演技をする。
 本当に私への殺意があるのなら、きっと何かしらの反応を見せる筈だ。
 優雅に笑窪を作りながら私は男を観察する。しかし男の様子は先程と変わらず、ただ驚いているだけのようだった。
 そして男は小さくため息をついて、

「いいや、そんなものは入れてない。それは本当に相席させて貰うお礼にとつい先程頼んだばかりのものだ…すまないね、変な事を言って無闇矢鱈と怖がらせてしまって。あまりにも君が無防備なものだから、つい、声をかけてしまったんだ……」

 深々と頭を下げてきた。その言葉に嘘は感じられず、私は慌てて、頭を上げてください! と伝える。
 そして先程の言葉で気になった所を男に尋ねた。

「あの、何故見ず知らずの私に注意をしようと…?」
「…君のような無防備な貴族の子供はろくでもない大人達の格好の餌なんだ。だから危険な目に遭う前になんとかこういう場から離れさせないと、と思い、相席させてくれと少女が怖がって逃げてしまいそうな事をわざわざ言ったのに……」

 男は、はぁぁぁ…と重苦しい息を吐きながら、片手で頭をガシガシと掻き乱した。

「…君はそれを了承してしまった。更には僕が差し出したものに迷いなく口を付けて…駄目じゃないかそんな事したら…危ないだろう…そもそもどうして貴族令嬢がこんな所に護衛一人つけず……」

 ゴンッという音と共に男の額が机に落ちる。
 ──もしかしなくても、この人めちゃくちゃいい人なのでは? なんだかとても私の心配をしてくれているぞ?
 …敵かと疑った事が少し申し訳なくなってきた。なんだ、凄くいい人そうじゃない。
 とにかく気を取り直して、机に突っ伏す男に声をかける。

「……ご心配ありがとうございます、お兄さん。ところで、どうして私が貴族令嬢だと思ったんですか? この通り、私は今どう見ても貴族令嬢らしくない格好をしていますが…」

 どこにでもあるようなローブとシャツにズボンスタイル。壁に立てかけるように剣を置き、肩には謎の猫と来た。誰が見てもこの格好は貴族令嬢とは思えないだろう。
 顔を上げた男は一瞬きょとんとした後くすっと笑って、

「自覚が無いんだね……君、この店の中で誰よりも姿勢が良いんだよ。それにその氷菓子を食べる姿も綺麗だった。体に染み付いたマナーはそう簡単には取れないものだからね」

 氷菓子を指さして言った。
 彼を貴族の人だろうと私が判断したのと似たその理由に、「あっ」という声を漏らす。

「…これからは姿勢にも気をつけるようにします」
「いやいや、これからとか無しにしよう? 一人じゃ危ないって僕の忠告は全て無視されてしまったのか?」
「大丈夫です。五人ぐらいなら同時に相手出来ます」
「君、貴族令嬢だよな…?」

 男は呆れたようにため息をつきながら顔に手を当てていた。
 最初こそ落ち着いた雰囲気の男という印象を抱いたが、今ではただの優しいお兄さんという印象が強くなった。
 全然シルフも元に戻る気配が無いし、もう少しこのお兄さんとお話するのも悪くないかもしれない。そう思い、私は名乗る事にした…勿論、偽名だけれど。

「私、スミレって言います。これも何かの縁ですし、お兄さんのお名前を伺っても良いでしょうか?」

 スミレというのはアミレスからアを抜いて残りの文字を入れ替えたら出来た名前だ。

「僕は……リードと呼んでくれたら嬉しいかな」

 お兄さんはリードさんと言うらしい。私はそれにこくりと頷いて、

「分かりました。では、リードさん…で良いですか?」

 と呼び方の確認をした。世の中にはさん付けが生理的に無理な人もいらっしゃるそうなので、その辺はしっかりと確認していこうと思う。

「何から何まで丁寧なお嬢さんだ。それで構わないよ。こちらはスミレちゃん、でいいかい?」
「はい。問題無いです」

 リードさんが爽やかな笑みを浮かべながら握手を求めてきたので、私もそれに笑顔で応えた。
 そして私達はのんびりと会話を始めた。会話の種にとリードさんが話題を提供してくれたので、特に退屈する事なく過ごせた。
 リードさんは旅をしているらしく、これまでの二年間で色んな国々に行ってきたのだとか。フォーロイト帝国に来たのはつい三日程前で、現在はここの近くの宿屋に宿泊しているらしい。
 まだあと一ヶ月程はフォーロイト帝国に滞在し続ける予定らしく、その次にはオセロマイト王国に行く予定だそうだ。
 この間まではハミルディーヒ王国にいたとかで、現在、大陸西側の国を一つずつ見て回ってるのだとか。
 リードさんの色んな国の話はとても面白くて興味深かった。聞いているだけでその情景が私の脳内にも溢れるようで……いつか本当にその国へと行ってみたいなぁと思い馳せてしまう。

「リードさんは東の出身なんですよね?」
「そうだね、僕は連邦国家ジスガランド出身だよ。ジスガランドについては面白い話が無いから全然話せないなぁ……」

 リードさんはそう言うと、近くを歩いていた店員そんを呼び止めて、新たにジョーヌベリーの果実水を二つ頼んだ。
 ジスガランドと言えば確か、リンデア教という宗教の元に東の六つの国が集まり形成された連邦国家…だったわね。その為大陸内でも一二を争う宗教国家なのよね。
 この大陸にも宗教はいくつも存在するのだけど、その中でも大きな二大宗教がある。
 大陸の西側で主に信仰されいる国教会の天空教てんくうきょうという多神教の宗教と、大陸の東側で主に信仰されているリンデア教という一神教の宗教の二つだ。
 天空教はそのまま天の神々を崇める宗教で、リンデア教はかつて唯一なる神へと至った一人の人間を崇める宗教だ。
 ちなみに、実はその国教会の一番偉い人が二作目の攻略対象の一人なのだ。人類最強の聖人だなんて肩書きを持つ、誰よりも純粋な青年。…滅多に表舞台に姿を表さない彼と出会う事は、そうそう無いだろう。

 我がフォーロイト帝国は宗教の統一を行っていない珍しい国で、様々な暮らしや様々な教えが混在する国なのだ。
 ハイラさんの授業で聞いた話には、フォーロイト帝国はその歴史上一度たりとも宗教を強制したり規制した事が無いのだとか。
 それは、宗教の統一を行う必要が無いからなのだとハイラさんは考察していた。わざわざ強制せずともこの国の人間は王を敬う。王を崇める。宗教などという繋がりがなくとも、絶対に皇家に忠誠を捧げ手を取り合うこの氷の国の人間ならば問題無い……と、代々皇帝達は考えていたのでは。
 そう、ハイラさんは話していた。
 なのでこの国には無宗派の人も多くいる。かく言う私も無宗派だ。この世界に神々が実在している事は知っているけれど、別に崇めている訳ではないし。

「ジョーヌベリーの果実水二つ、お持ち致しました」

 店員さんが両手にグラスを持って現れる。それを受け取ったリードさんが、片方、私に差し出してきて。

「スミレちゃんも一つどうぞ、さっきも言ったけれど僕の奢りだから安心して飲みなさいな」

 甘い物が好きなんだろう? とリードさんは大人の余裕を感じさせる笑みで言い、自身も果実水に喉を鳴らした。

「ではお言葉に甘えて……いただきます、リードさん」

 そうして、私はもう一度ジョーヌベリーの果実水を味わい、その美味しさに頬を緩める事となった。
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