ナスル戦記

拙糸

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前編

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辺り一面赤い花畑。花びらには、朝露がついている。冷たい空気が太陽の光でゆったりと暖まり、清々しい朝だ。

メィビン・サガミは、今日も地域パトロールをしている。彼は、ズール帝国が所有する、ナスル領の領主を務めていた。そんな彼の趣味は、毎朝の散歩。名目上ではパトロールとなっているが、この時間を使って、彼はたくさんの村人と交流する。


「おお、サガミさんじゃないですかぁ。」

「あらあらクマキさん、お元気そうで。」


なんていう会話をしながら、今日も平和だということをサガミは改めて感じていた。





サガミの家は、花畑から少し離れた高台の上にあった。代々花職人の家系らしく、家の中はたくさんの花で埋められていた。このナスルという地域は、かつて花が大好きな国王が治めていたために、彼の父と祖父は、専属の花職人として城に仕えていたこともある。

サガミは、今朝やっと乾燥させることができた、ササンという薬草をお茶にしたササン茶を飲み、ふとかつてのことに思いを馳せる。


(あれから、2年か…)


ここは、ズール帝国ナスル領。今現在は、帝国領として組み込まれているが、ここにも国があった。サガミは、ナスル国の外交官を勤めていた。


建国史を遡れば、初代国王が建国したのは、約五千年前のこと。各国の文献から、四陣営大戦以前のことは出てきておらず、大戦があった三千年前以前のことは、不明のままだった。だが、ズール帝国領として組み込まれ、王城の書庫を調べた際に、今まで見つかっていなかった5000年前の資料が初めて出てきたのだった。その資料は、大事な文化財として、ズール帝国の王都博物館に飾られている。そんな長い歴史をもつナスル王国は、異文化の人々が集まってできた国で、その部族達がすんだ地域には、その名残でさまざまな風習がある。また、伝統を重んじており、その戦法も、初期からほぼ変わっていない。古くさいように思われても、その戦い方でこれまで幾千もの戦いに勝利してきたのだ。……2年前までは。





ことの始まりは、ズール帝のとある一言だった。


「周辺諸国に、我が帝国に従うように服従勧告を出す! 従わぬ国も武力を以て制す!」


当時、ワーズ大陸には大小合わせて五十の国があり、それぞれがお互いを睨みつつ、領地を保っていた。そして、ナスルもまた領地を得るために、隣国と戦っていた。そんな最中である。ふざけた命令が飛んできたのは。

ナスル城内は、混乱していた。ナスルの王、ジヴィアのもとに、臣下達が詰めかけていた。サガミもまた、家を飛び出して城へと向かった。


「もしズール帝の言うことが本当なら、独立を保つためには戦うしかなくなってしまう。でも、ジヴィア様は戦うのがお嫌いな方だ。一体どうなされるおつもりなのだろうか…」





バンッと臣下の1人が机を叩く。


「なんなんじゃあ、ズール帝国の奴らはぁ! 弱小国だと甘く見おって……ジヴィア様、戦いましょうぞ!」

「いや、待て。今戦っても、帝国の奴らの前に我らの死体の山を築くだけでは? ここは奴らに従いましょう。時を待つのです!」

「何を甘いことをぬかしやがる! お前は俺らナスル軍が負けると言いてぇのか?」

「私はそういうことを言いたいわけじゃ……我々はこれ以上犠牲を出すわけにはいかないのです!」

「では、国を明け渡せと!?」

「そういうことではっ…!」


皆が皆、好き放題に発言している。ナスル軍を軸にした開戦派と大臣達を軸にした従属派に別れていた。大臣達が開戦に意欲的じゃないのは、以前戦争でボロボロに負けてしまったからだ。そんな荒れた話し合いの向こうで、ジヴィア王は神妙な面持ちでそれを聞いていた。そして、重い口を開く。


「まあ、待て。ここはひとつ、戦略的外交で道を切り開いてみぬか?」

「お待ち下さい、ジヴィア様。いくらなんでも、あのへっぽこ外交官にこの度のことを任せるわけにはいきません。」


そう言われ、サガミは苦い顔をする。否定もできないからだ。


「でも、将軍。聞くところによると、成績こそはよくないが、彼の対応は各国の外交官からは評価されているそうだが?」

「ぐぬぬ………」


王に言われて、否定ができなくなってしまったようだ。

議場が静まり返ったところで、ジヴィアは口を開いた。


「武力で制しても、何もいいことなど起きぬ。征服側も抵抗されるし、被征服側も苦しい思いをするだけだ。私は、平和的解決を望んでいる。民を守るために、な。老いぼれの戯言だと思って、どうか聞いておくれ。」


再び、議場に沈黙が訪れたのだった。





「ジヴィア様、私には荷が重すぎます。」


サガミは、ジヴィアの執権室へと訪れていた。ジヴィアは、ソファに腰を下ろし、まあ座れとサガミに促した。


「そなた、まだ自分の力量を信じきれていないな?」

「そんな…私なんかが……」


ジヴィアは、改めて姿勢を正す。


「…………そなたは、此度のズール帝国の所業が如何にして行われるか、知っておるか?」


そう言われ、隣国の外交官から聞いた話を思い出した。


「ええ、確か従っても王家は追放され、領主として帝国の人間が送り込まれるとか。戦争で負けたとしたら、もっとひどいことになるそうですね。」

「彼らの自信は、何処から来ていると考えるか?」


色々と、考えてみる。


「……高等魔法を使えるとか?」

「うむ。確かにそれも理由の1つだな。」


まさか、それ以外に理由があるのか?…………………………………………………………まさか。


「“サクラ”の存在、ですか?」


ジヴィアは、大きくうなずく。


「諸外国征服が此度の奴らの目的だ。複数の国をまとめて効率よく征服するには、先に複数国を“調略”し、“見せしめ”をすれば良い。震え上がったところをエビで釣り上げるわけだ。国という名のタイをな。」

「ズール帝国がそんなことを計画しているとは……」


とても信じがたい。下手をすれば、隣国だけでなく、遠方の国からも批判を受ける可能性だってあるのだ。それを防げるという確証はない。普・通・の・国・に・は・。


「奴らが確証を得ているもう1つの理由が、高等魔法を使役できるということだ。帝国騎士学校で、優秀な魔法使いが育ったらしいからの。油断はできぬ。」

「…………勝つ術なし、ですか。」

「それを切り開くためにそなたがいるのだ、サガミよ。」


ジヴィアはソファを立ち、窓辺へと歩みを進める。窓に映るその顔は、悲しみに満ちていた。


「我らのためにも、やってくれぬか?」


躊躇いがあり、すぐには返事が出来なかった。失敗したら、国王に顔向けが出来なくなってしまうからだ。サガミは、心配性で、すぐに考え込んでしまう癖がある。それを察したジヴィアが、サガミに助け船を出す。


「大丈夫。失敗しても責めたりせぬわ。儂のことをどなたと心得る?」

「ジヴィア様、語法がごちゃごちゃです…」

「まあ、そう気にするではないわ!」


わっはっは、と豪快に笑い飛ばす。サガミも、自然と笑っていた。


「ジヴィア様、頑張ってみます。」

「そう、その意気じゃ。頑張れよ!」


こうしてサガミは、国王に背を押され、交渉へと向かうのだった。

……この後、どんな結末が待っているのかを、彼はまだ知らない。
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