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第一章 ゼイウェンの花 編
21 レーヴの街に、勝運を
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「…コーちゃんさ。」
「はい。」
「申し訳ないんだけど、先にレーヴの商会に戻っててくれる?」
「それは良いですけど……どうしたんですか?」
念の為、後ろを再確認する。やはり誰かに尾けられていることがわかる。
「いや……ちょっと、気になることがあってサ。…婦人。」
「……ええ、わかっているわ。」
婦人は察して、僕らの少し後ろを歩いていた。
「わかりました、先に資料を整理しておきますね。」
頷いて、コールは建物の中へと入っていった。
その姿を見送って、僕らは中央広場の真ん中の方へと近づく。
「…さすがね。」
婦人は、微笑んだ。
「何がでしょう?」
「…前に私にこう言ったわね。この街には……『何もない』…と。」
婦人は、冷静に僕の言葉を反芻していた。
「…あなたはこの街の本質を、見抜いていたのね。」
「見抜いたというか、まあ………なんとなくの推測に過ぎませんが、ね。」
あの日、レーヴの町に降り立った時のことを思い出す。
「“自由市場”……。」
「……………?」
婦人は、僕のつぶやきに一瞬首をかしげる。
「あの市場に、“大陸の畑”であるならば出ていておかしくないはずのアレが、まったくと言って良いほど無かった。」
「アレ…………?」
僕は、大きく頷く。
「……“穀物加工品”、すなわち、パンです。」
「パン………。」
婦人は、僕の言葉を反芻する。
「以前にも言ったことがあると思いますが、都市は競争に勝つため、何らかの特出した産業や事業を興すことが多い。しかし、ここレーヴにはそれがない。その理由を、僕は、農業が中心の経済であるためと考えていました。」
ところがどっこい、“大陸の畑”はゼイウェン率いるレーヴの人々が元々の土地を開拓して作り上げたもの。つまり、元来ある土地の働きではない。
「特出した産業が十分に育ってないのは……そもそもの地場産業が大きく姿を変えていたから。」
婦人は、僕の言葉を思い出しているようであった。
「産業がここ数十年で変わったばかりということは、それに付随する加工産業もそこまで発展しないケースが多い。むしろ、生産したものを輸出して、ノウハウがある他方で加工した方が安く済むケースもある。」
英雄街道という整備された街道と、車労が根を張るこの町は、他国の同規模都市と比べて輸送面では大きくリードしている。それもまた、生産・加工分業に拍車をかけたのだろう。
「…とまあ、現状はこんな感じかなぁ…と。予想は立てられましたね。どうでしょう?」
「あなたの仰る通り。この街は……街は、“鉱山の町”にもなりきれず、“大陸の畑”にもなりきれなかった……。」
婦人の顔が、少しだけ曇った。別にそこまでとは思わないけどなぁ……。
「あなたがそう思うのは……………“理想の領主婦人”に、なれなかった。……という“後悔”からでしょうか?」
婦人が言わんとしていたことを察し、そう返す。
「え………?」
中央広場にぽつんと置かれた、大きな石に腰掛ける。
「僕は、決してそう思いませんね。」
一呼吸おく。
「…………何故かしら。」
「それは………。」
公商紋章に手をかける。
「…数字や情報、目に見えるものとしては現れない、みんなの思い、とでも言うべきもの……でしょうか。」
右手でポン、と軽く石をたたく。婦人は、石にチラッと目を向けた。
「僕らは、色々なものを商売道具にします。農作物はもちろん、土地、魔道具、魔物、そして……。」
石から降り立つ。
「……………“ヒト”。」
あたりが一瞬静まりかえる。婦人は、冷静だった。
「いや、何。ヒトと言っても……」
「……“人材”でしょ。わざわざややこしい言い方をしなくたっていいのに…。」
婦人はため息をつき、少しだけ苦笑する。
「僕は、前に婦人にこう言いましたね。『一流は、一見何の価値もないものに光を当てて、それを成長させることができる』と。そして、『この街には、磨けば光る原石が沢山ある』とも、ね。」
この言葉に、特別深い意味はない。僕が思ったことを脚色せず、ありのまま、込めている。
その言葉を発した時、婦人は了解の意思を示したものの、疑念の残る顔をしていた。
だけど今は……。
「…僕の言わんとしていること、なんとなく分かっていただけたようですね。」
「そうね。」
婦人は、懐から扇を取り出し、扇ぐ。
「……この街に溢れているのは、“ヒト”だ。それも、とびきり熱意があって、生活をよりよくするために努力する、ね。」
ここ数日、レーヴの様子を観察して、たくさんの人の話も聞いた。それらが導き出した、僕の答え。
「……僕は、この街の人々に、商運を賭けようと思います。」
婦人に、笑顔を向ける。
「レーヴの人々に、商運を、ね。具体的にどうするのかは、追って聞くとして……。さっき言ってたわね、エレッセ王都、マーゼに乗り込むって。あなたは一体、何をするつもりなの?」
今回の事件の全貌、すべてが明らかになったとは言い切れないものの、なんとなく見えてきた。ここにきて、僕がやらなければならないことは、ただ一つ。
「フーロン商会を、叩き潰します。」
拳を握りしめ、笑顔でそう婦人に返す。
「……なるほど。法スレスレの行為も躊躇わず、利益のためならば、命をも商売の天秤にかける。同業であれ、誰であれ、商売の邪魔をする者には老若男女、容赦しない。」
婦人は、ピシャッと扇を閉じる。
「畏怖と尊敬の念を込めて付けられた名前は……“灰の商人”。」
「私には、あなたがそんな恐ろしい評価を受ける人物には思えないわね。」
…僕は、婦人の方へと笑顔を向ける。
「残念ですが…。僕は、英雄じゃありませんからね。」
僕と婦人の間を、乾いた風が吹き抜けていった。
◇
クラムとウェリスの会話を、ある人物が物陰から聞いていた。ウェリスが、真に迫った表情でクラムに問いかける。
「…でも、分かっているでしょうね。フーロン商会をつぶすということは……。」
「……そうですね。あなたの家族を敵に回すことになるでしょうね。」
「えっ…………………。」
そう返した瞬間、物陰に息を潜めた人物は、思わず声を漏らした。
「……あなたは本当に、それで良いんですか?」
「ええ…。もう、揺らがないわ。私は……このレーヴの領主。エレッセ王家とは、もはや無関係だから。」
婦人の決心を聞き、何かを考え込む。
影は、どこかへと走り去って行った。
「はい。」
「申し訳ないんだけど、先にレーヴの商会に戻っててくれる?」
「それは良いですけど……どうしたんですか?」
念の為、後ろを再確認する。やはり誰かに尾けられていることがわかる。
「いや……ちょっと、気になることがあってサ。…婦人。」
「……ええ、わかっているわ。」
婦人は察して、僕らの少し後ろを歩いていた。
「わかりました、先に資料を整理しておきますね。」
頷いて、コールは建物の中へと入っていった。
その姿を見送って、僕らは中央広場の真ん中の方へと近づく。
「…さすがね。」
婦人は、微笑んだ。
「何がでしょう?」
「…前に私にこう言ったわね。この街には……『何もない』…と。」
婦人は、冷静に僕の言葉を反芻していた。
「…あなたはこの街の本質を、見抜いていたのね。」
「見抜いたというか、まあ………なんとなくの推測に過ぎませんが、ね。」
あの日、レーヴの町に降り立った時のことを思い出す。
「“自由市場”……。」
「……………?」
婦人は、僕のつぶやきに一瞬首をかしげる。
「あの市場に、“大陸の畑”であるならば出ていておかしくないはずのアレが、まったくと言って良いほど無かった。」
「アレ…………?」
僕は、大きく頷く。
「……“穀物加工品”、すなわち、パンです。」
「パン………。」
婦人は、僕の言葉を反芻する。
「以前にも言ったことがあると思いますが、都市は競争に勝つため、何らかの特出した産業や事業を興すことが多い。しかし、ここレーヴにはそれがない。その理由を、僕は、農業が中心の経済であるためと考えていました。」
ところがどっこい、“大陸の畑”はゼイウェン率いるレーヴの人々が元々の土地を開拓して作り上げたもの。つまり、元来ある土地の働きではない。
「特出した産業が十分に育ってないのは……そもそもの地場産業が大きく姿を変えていたから。」
婦人は、僕の言葉を思い出しているようであった。
「産業がここ数十年で変わったばかりということは、それに付随する加工産業もそこまで発展しないケースが多い。むしろ、生産したものを輸出して、ノウハウがある他方で加工した方が安く済むケースもある。」
英雄街道という整備された街道と、車労が根を張るこの町は、他国の同規模都市と比べて輸送面では大きくリードしている。それもまた、生産・加工分業に拍車をかけたのだろう。
「…とまあ、現状はこんな感じかなぁ…と。予想は立てられましたね。どうでしょう?」
「あなたの仰る通り。この街は……街は、“鉱山の町”にもなりきれず、“大陸の畑”にもなりきれなかった……。」
婦人の顔が、少しだけ曇った。別にそこまでとは思わないけどなぁ……。
「あなたがそう思うのは……………“理想の領主婦人”に、なれなかった。……という“後悔”からでしょうか?」
婦人が言わんとしていたことを察し、そう返す。
「え………?」
中央広場にぽつんと置かれた、大きな石に腰掛ける。
「僕は、決してそう思いませんね。」
一呼吸おく。
「…………何故かしら。」
「それは………。」
公商紋章に手をかける。
「…数字や情報、目に見えるものとしては現れない、みんなの思い、とでも言うべきもの……でしょうか。」
右手でポン、と軽く石をたたく。婦人は、石にチラッと目を向けた。
「僕らは、色々なものを商売道具にします。農作物はもちろん、土地、魔道具、魔物、そして……。」
石から降り立つ。
「……………“ヒト”。」
あたりが一瞬静まりかえる。婦人は、冷静だった。
「いや、何。ヒトと言っても……」
「……“人材”でしょ。わざわざややこしい言い方をしなくたっていいのに…。」
婦人はため息をつき、少しだけ苦笑する。
「僕は、前に婦人にこう言いましたね。『一流は、一見何の価値もないものに光を当てて、それを成長させることができる』と。そして、『この街には、磨けば光る原石が沢山ある』とも、ね。」
この言葉に、特別深い意味はない。僕が思ったことを脚色せず、ありのまま、込めている。
その言葉を発した時、婦人は了解の意思を示したものの、疑念の残る顔をしていた。
だけど今は……。
「…僕の言わんとしていること、なんとなく分かっていただけたようですね。」
「そうね。」
婦人は、懐から扇を取り出し、扇ぐ。
「……この街に溢れているのは、“ヒト”だ。それも、とびきり熱意があって、生活をよりよくするために努力する、ね。」
ここ数日、レーヴの様子を観察して、たくさんの人の話も聞いた。それらが導き出した、僕の答え。
「……僕は、この街の人々に、商運を賭けようと思います。」
婦人に、笑顔を向ける。
「レーヴの人々に、商運を、ね。具体的にどうするのかは、追って聞くとして……。さっき言ってたわね、エレッセ王都、マーゼに乗り込むって。あなたは一体、何をするつもりなの?」
今回の事件の全貌、すべてが明らかになったとは言い切れないものの、なんとなく見えてきた。ここにきて、僕がやらなければならないことは、ただ一つ。
「フーロン商会を、叩き潰します。」
拳を握りしめ、笑顔でそう婦人に返す。
「……なるほど。法スレスレの行為も躊躇わず、利益のためならば、命をも商売の天秤にかける。同業であれ、誰であれ、商売の邪魔をする者には老若男女、容赦しない。」
婦人は、ピシャッと扇を閉じる。
「畏怖と尊敬の念を込めて付けられた名前は……“灰の商人”。」
「私には、あなたがそんな恐ろしい評価を受ける人物には思えないわね。」
…僕は、婦人の方へと笑顔を向ける。
「残念ですが…。僕は、英雄じゃありませんからね。」
僕と婦人の間を、乾いた風が吹き抜けていった。
◇
クラムとウェリスの会話を、ある人物が物陰から聞いていた。ウェリスが、真に迫った表情でクラムに問いかける。
「…でも、分かっているでしょうね。フーロン商会をつぶすということは……。」
「……そうですね。あなたの家族を敵に回すことになるでしょうね。」
「えっ…………………。」
そう返した瞬間、物陰に息を潜めた人物は、思わず声を漏らした。
「……あなたは本当に、それで良いんですか?」
「ええ…。もう、揺らがないわ。私は……このレーヴの領主。エレッセ王家とは、もはや無関係だから。」
婦人の決心を聞き、何かを考え込む。
影は、どこかへと走り去って行った。
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