真柴さんちの野菜は美味い

晦リリ

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「社長、真柴さんからメールが来てます」
「転送してくれ」
「送りました」
 真柴に会いに行った日から二週間、都内に戻った阿賀野は本社の社長室にいた。
 目を通していた書類をぱさりと置いてマウスに触れると、水色の螺旋がくるくると踊るスクリーンセーバーがふっと消え、ピコンと軽やかな電子音とともに画面の真ん中に通知枠が現れる。差出人は真柴要となっているが、件名などは一切なかった。
「私はお怒りメールに一票入れる」
「僕も一票入れます」
「今日こそはそんなことはない」
「望みを捨てないことは良いことね。はいどうぞ」
 おかしげに笑いながら須藤が置いてくれたカップから漂う深いコーヒーの香りを楽しみながら通知をクリックすると、転送されてきたメールが開いた。

『阿賀野フード 御中 阿賀野徳磨様

 本日もまた、思ってもいないものが突然届き、大変驚きました。
 受け取っておいて難ですが、私には身に余るものです。使用することもないかと思います。
 申し訳ありませんが返品か、もしくは御社へ郵送致します。返品の場合は返品先を教えてくだされば、こちらから発送します。御社への郵送でしたら、未だ送り返せていない品と一緒にいい加減発送したいので、早急にご連絡先を教えていただけると嬉しいです。
 また、重ね重ねお伝えしていると思いますが、今後一切、私への贈り物はなさりませんようお願いいたします。わざわざ山奥まで来なければならない配達員さんが気の毒です。

 真柴要』

 メールなので書体こそ見やすいフォントとサイズで無機的に整然と並んでいるが、これが手紙だったなら、怒りに震えた文字になっていたかもしれなかった。
 二週間前、初めて姿を見た以外、阿賀野は真柴要という人間の情報を他に知らない。興信所など使ってもよかったが、人里離れた場所で一人暮らす彼の周りを他の誰かが嗅ぎまわることは、いくら自分から頼んだ調査だとしても考えるだけでいらついてしまったので、幸いというべきか、調査を依頼するには至っていない。
 けれどそれでも阿賀野がひとつめのプレゼントを郵送してから律儀に送られてくるメールの文面からは、人嫌いでありながら、他人への優しさを持った人物であるという事がにじみ出ていた。
「……その様子じゃ、また気に入ってくれなかったのね」
「今回こそは気にいると思ったんだがな」
 郵便局員の手間には心を配ってくれるのに、阿賀野にはどこまでもしょっぱい対応だ。思わず嘆息しながら言うと、副島が、あれ、と首をかしげた。
「先週もなにか送ってませんでしたか?」
「先週は腕時計と折り畳み財布が一個ね。花束を手配するとかも言ってなかった? あれは受け取ってもらえたの?」
 副島の向かいのデスクでぱらぱらと書類をめくっていた須藤が、そういえばと言いながら先週郵送したものを容赦なく羅列した。
「花束は日持ちしないし、また長らく車に揺られるのが可哀想だからと受け取ってもらえたらしい。玄関と居間と部屋に分けて飾ってるとメールが来た」
「よかったじゃない。じゃあ生もの送ればいいのに。今回はなにを贈ったのよ」
「タオルを贈った」
「タオル? ああ、農家さんだからよく使うものね」
「最高級品のオーガニックコットンで作られたやつだぞ。フェイスタオルでも一枚五千円する」
「一枚五千円のフェイスタオルって……あのね、タオルに罪はないけど、お歳暮じゃないんだから。馬鹿じゃないの」
 ばっさりと切り捨てられたが、馬鹿だというのは自覚している。
 今までも誰かしらと付き合ってきたなかで、プレゼントは気が向いた時に贈る程度だった。まさか三日と置かずになにかしら贈り物を郵送するような事態は初めてで、さずがにやり過ぎではないかという自分もどこかにはいるが、それを凌駕するのが、彼を早く手に入れたいという焦りだった。
 オメガとは何度も付き合ってきたし、一夜限りの関係だって何度もあった。けれど、彼らに対して感じていたのは義務のような感情だ。それなりのものを渡さなければその程度の男、ひいてはその程度のアルファと見られてしまう。一流のアルファであれと育てられた阿賀野にとって、それはありえない評価だ。だからこそ、相手を思ってと言うよりは自分というアルファの箔付けのためのプレゼントは宝飾品やブランド物が多かった。
 だからこそ、実のところ阿賀野は焦っていた。
「須藤。次はなにを贈ればいいと思う?」
「私に聞かないで」
「副島」
「うーん…僕もそういうのはあまりわからないです」
 仕事は出来るし、彼らがいるからこそ阿賀野の仕事はよりよく進んでいく。けれど、プライベートの事となると須藤は冷たいし、副島も苦笑するばかりでいい案を出してはくれない。
 タオルがお気に召さなかったならばそれに代わる何かを贈り、少しでも彼の心を開いてもらわなければいけない。出来る限り早急にだ。
 画面越しに怒りが伝わってくるメールを前にしたまま、阿賀野はとりあえず以前付き合っていたオメガ男性が喜んだプレゼントを贈ってみようと、スマートフォンの画面をスワイプした。
「……俺だ。オメガ用の首輪が欲しい、東堂百貨店の外商を俺のマンションまで呼んでくれ。夜八時頃でいい。……ああ、男性用だ。頼む」
 かけた先は実家で家令をしている執事長だ。突然の連絡にも驚かず、淡々と阿賀野の話を聞く彼が「かしこまりました」と言ったので、阿賀野が一人暮らししているマンションには間違いなく今夜、実家に出入りしている有名百貨店の外商が笑顔で訪れる事だろう。
 外商を呼んだからには、今日は遅くまで残ることも出来ない。さっさと仕事を片付けようとスマートフォンを置いてパソコンの画面に目を向けた阿賀野は開いたままだった真柴からのメールを再度読み直したが、阿賀野家の執事長の物分かりの良さとは全く反対な、阿賀野を拒否する文だけが、抑えた感情を表すように乱れのないフォントで並んでいた。



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