真柴さんちの野菜は美味い

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売

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 きらきらとした陽光が地面に不規則な模様を描く木漏れ日の下に座り込んで、阿賀野はぼんやりと真柴宅を見ていた。
 松前から聞いた話は、遡ること半世紀も前の話だった。
 元々あの家には、真柴の祖父母が住んでいた。
「要のじいさんは鷹介さんつって、アルファだった。その嫁が文月さんっていう人で、オメガだったんだ」
「隔世遺伝ですか」
「どうだろうなあ、でも要は文月と体質が似てんだって、鷹介さんも言ってたなぁ」
 既に鬼籍に入っているが、二人とは親交があったという松前は、どこか懐かしげに真柴の家の昔話を話してくれた。
 真柴の祖母、文月はここから車で三十分ほど行ったところにある村の出身だった。そこで十代の半ばまで育ったらしいが、彼は生まれつき、人を惑わすと忌まれていた。
 アルファをはじめとする性徴がはっきりと明確に証明され、人類は二種類の性別のほかに、更に三種類に分類されるとわかったのは近代になってからだ。それ以前は単なる個人の出生や生育環境による個人差だと思われていた。そのため、オメガは悪いものに憑かれた病人とされたり呪われた家系だと蔑まれたり、おそらくはアルファであった高位の人間、殿上人たちをおかしくさせる色狂いや傾国と呼ばれたりもしていた。
 近代になってから研究が進み、オメガの発情期がオメガ自身を色狂いと呼ばれるような状態にしてしまうことや、本人の意思を問わず振りまかれてしまうフェロモンがアルファを狂わせることも判明し、それまでは虐げられたり蔑まれたりするだけだったオメガの人権についての道徳が教育に組み込まれたりもしているのが現状だ。
 今でこそ個人の資質ではなく、オメガとしての体質であることがわかっているが、そんなことが解明されていない時代の、小さな片田舎だ。あの家は色狂わせが産まれやすいと忌み嫌われていたのが、文月の生家だった。
「文月さん、匂いがすごかったんだわ。俺はベータで、それほどオメガの匂いもわかんねえし、発情期になってようやくわかる程度だ。でも、文月さんはよく…なんて言やぁいいんだろうな、ああでも社長さんはアルファだからわかるか。オメガの匂い、あるだろ。あの匂いがした」
 生まれつき、文月は匂いが強いオメガだった。
 そのため性徴がはっきりとする十代の前半より前から何度も攫われたり、匂いに当てられたアルファに追い掛け回されたりしていた。けれどあの家の子だからと誰も助けてはくれず、まだ年端もいかない頃に暴行事件に巻き込まれかけたことを切っ掛けに、真柴の祖父である鷹介と出会った。
「俺もどういう経緯かは知らねえが、元々村に敷地持ってた鷹介さんがあそこに家を建てたんだよ。あそこは村からも離れてるし、文月さんも安心して暮らせるだろうからって。んで、そこに文月さんを住まわせて一緒になったって話だ。まあ、要の父ちゃん…健介ってんだけどな。あれが生まれてしばらくしてから、学校も遠いし不便だろうって引っ越してったよ」
「それじゃあ、リフォームしたんですね、あの家」
「リフォームしたのはいつだったかな、二十年くらい前だな、確か。文月さんの発情期が来た時に療養するってんで別荘代わりにしてたみたいだが、やっぱり人が住まんと古くなるのが早いからな。鷹介さんが退職して、こっちで住むからって二人で戻ってきたんだわ。その後すぐくらいじゃねえかな、要が越してきたのも。あれも匂いが強くてな、昔みたいに呪われた家だーとかって言われてるわけじゃねえらしいが、人が怖いっつって、今に至るわけだ」
「真柴君はここの生まれではないんですね」
 初夏の昼下がりとはいえ、じんわりと暑い。額がじっとりと汗ばむのを感じながらも、初めて知った真柴に関しての情報が衝撃的で、阿賀野は背中に冷や汗さえかいていた。
「生まれは都内だよ。でも色々あったみたいでな。中学二年くらいにこっちに来たよ。…っと、あんまりべらべらしゃべるもんじゃねえな。あとは要に聞いてくれ」
 俺の悪い癖だとガリガリと頭を掻いた松前は、よっこらせと勢いをつけて立ち上がった。
「でも、まあ……社長さん。運命だなんだってのは俺もわかんねえけどさ、要がいいってんなら、ちゃーんと守ってやってくれ。要のじいさん、鷹介さんはそういう人だったよ。こんなこと言っちゃあこそばゆいけどよ、文月さんを愛してんだなぁって思ったよ。だから、運命とやらじゃなくても文月さんはいつも幸せそうだった」
 懐かしいよと細めた目尻に皺を寄せながら、松前は笑った。
「運命だからだとかそういうのじゃなくて、社長さん、要を幸せにしてやってくれ。あそこは鷹介さんと文月さんの家だったが、要には逃げ場所のままなんだ」
 頼んだよ、と松前は大仰に阿賀野の方をばしばしと叩くと、松前はそれじゃあなあと手を振って行ってしまった。
 しっとりと肌を湿らせる汗を、まだ熱風というほどではない風が冷やしていく。
 今日は暑いのだ。真柴が喜ぶだろうと思って持ってきた甘夏のムースは冷えてこそ美味しいものだからと、このために新しく買ったクーラーボックスに保冷剤をたくさん入れてきた。それでも車内に置きっぱなしにしているので、早く渡さなければならない。
 それなのに、なぜだか阿賀野はそこから動けないまま、真柴の家がある山の方を見たまま、しばらく風の音を聞いていた。



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