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7.異能
しおりを挟むそれぞれそれなりの肩書を持った三人が従者を連れて帰って行ったのは、それから一時間ほど経ってからだった。
三人は日和が持ってきた敷布の上に並ぶなり、口々にまくしたてた。
「氷鷹様、婁遠府へお越しいただけましたら、府都の中心地に邸宅をご用意いたしますよ。それに、我が府都では十分な謝礼をお支払いいたします」
「果寒市の温め鳥には、それはそれは高温になる者がいるんです。ぜひご紹介させていただきたいのですが……」
「我が崑炬地区には湯場がありまして、氷鷹様さえよろしければそちらに逗留……いえ、お住まいになりませんか」
氷鷹がいれば、街の発展が期待できる。住居を構えて定住したとなれば尚更だ。
三者ともそれぞれが管轄する地域の利点をあげ、居住地をこの氷穴から移動させてはどうかと提案してきたが、日和を抱き込んだ天耀は一度も頷かなかった。
「温め鳥は日和がいるし、多く富を得たいわけでもない。住まいも俺はここで十分です」
だから勒芳村はもちろん、氷穴のある香槐山から離れるつもりはないとぽつりと言うと天耀はそれきり黙ってしまい、それをとりなすのがまた大変だった。
「で、でも天耀……天耀様、もし要請があれば、お手伝いには行けますよね?」
うんと頷けと思いながら日和が話を継ぐと、天耀はそれには素直に頷いてくれた。
「無理難題でなければ」
決して声を荒げたりしているわけではないが、訥々と響く低い声はどこか他人を拒絶しているようにも聞こえる。それは抱き込まれている日和でなくとも感じたようで、三人はそれならばと些か腰を引きながら帰って行った。
土産も持って帰っちゃうだろうなという心配をしていたのは日和だけで、天耀は特に表情を変えず、村長の瀚はなにかあれば私の方に連絡を、とどこかホッとしたような顔で告げていた。土産はありがたいことに持って帰られはしなかった。
客人たちが帰ると、氷穴の前はまたもとの静けさを取り戻す。日ごとに暖かくなっているとはいえ、まだ普通の鳥人には寒い時期だ。白い息を吐きながら来訪者たちを見送った瀚は、振り向くと深々と日和に頭を下げた。実際のところは、その背後から温め鳥を抱き込んでいる氷鷹に向けての礼だ。
「お騒がせしました、天耀様。日和もすまなかったな、既に氷鷹は居を構えたと言ったんだが、どうしてもと頼まれて断れなかった」
「仕方ないよ、氷鷹はどこでも必要とされてるし。それに、お土産もいっぱいもらったし。あれって全部もらってもいいの?」
洞穴の入り口には、荷車から降ろされたままの土産が布に包まれたまま山になっている。なにを持ってきたかを三人は言わなかったが、適当なものを持ってくるとも思えなかった。
「もちろんだ。氷鷹への心付けだからな」
「なら開けようかな。開けていい、天耀?」
「うん」
三人が話をしている間から気になっていたのだ。一応土産を贈られた側である天耀があっさり許可したので、日和は喜び勇んで包みをほどいた。
結果、中に入っていたのは大量の木炭と毛皮と立派な火鉢、それから干し肉だった。
「あっ、よかったじゃん、天耀。この木炭、いい音がする。長く焼ける、高いやつだよ。毛皮もすごいな、ちゃんとなめしてあるし……そうだ、これでお前の外套作ってもらおう。前に着てたのはもう捨てちゃったから」
「うん」
「干し肉はあとで厨の方に持って行こうかな……そうだ、天耀。厨の氷室、壁がちょっと割れてたんだ。そこの補強とかって出来る?」
「氷でよければ」
「氷室だから氷の方がありがたいよ。じゃあお願い」
「わかった」
ついでに持って行こう、と干し肉を抱えた日和の後ろを、天耀が付いていく。すると、俺も、と瀚が声をあげた。
「ついてっていいか、日和。氷鷹の力ってのを、見たことがないんだ」
「いいけど……天耀はいい?」
「ああ」
「ありがとうございます、天耀様」
どこかうきうきと瀚は頭を下げ、三人で厨奥の氷室に向かった。
氷室は氷穴からすぐの洞窟の奥にある。奥に行けば行くほどひんやりとして、南季でも涼しい場所だが、氷穴の奥の方から切り出した氷を置いておくことで、より涼しく保つことも出来た。
氷室に入るなり、日和は天耀に抱き上げられた。まだ出会ってから三日しか経ってないが、もう慣れたものだ。
氷鷹の体温が異常なほどに低いこと、当人ですらその低さに常に凍えていることは周知だ。温め鳥である日和は温度の下がらない温石の代わりとして傍にいるのだし、日和を抱き上げたところで天耀は重たげにもしていない。よっぽど米俵のように担がれたり、いきなり落とされたりしない限りは好きにしろと言ったのは、初日のことだった。それからは、すっと寄って来ては背後から抱きしめられたり、そのまま抱き上げられたりしていた。
「ここなんだけど」
氷室に入った日和は、壁の一部を指さした。それほど大きなものではないが、北季の前に確認した時はなかったのに、いつの間にか壁に亀裂が走っていたのだ。
「塞げばいい?」
「うん。でも、氷でやったらすぐ溶けるだろうし……やっぱりちゃんと壁とか作った方がいいのかな」
湖から切り出してきた氷は、藁をかぶせたりして溶けるのを遅らせることは出来る。けれど、壁に張り付かせる程度ではいくら涼しい氷室とは言っても、すぐに溶けてしまう。
長年使ってきた氷室だが、特に壁を補強したりなどはしていないので、一時しのぎではなく寒いうちにきちんと氷室自体を補強すべきかと日和が考え込んでいると、屈んだ天耀におもむろに地面に下ろされた。
「水を持ってくる。中のものは全部外に出して」
「うん?」
ぽつりと言うなり、天耀はさっさと氷室から出て行った。残されたのは日和と瀚だけだ。
「外に出す?」
「天耀様はなにをしようとしてるんだ、日和」
「さあ……俺もわかんない」
言葉少なな天耀だ。出会って三日の日和がわかることなど、抱き寄せられたときに「寒い」と考えていることくらいだ。わかるはずもないと肩をすくめ、とりあえずと近くの棚に手をかけた。
「手伝って、村長。天耀、なにかするみたいだから」
「あ、ああ」
幸い、まだ氷室にはあまり食べ物が保管されていない。ほとんど空の棚や台、水がめを移動させていると、外からバサバサと音がした。氷室から出ると、つい数日前にも見た水球を浮かばせた天耀がいた。
「なっ、そ、水⁉」
「おかえり。水汲みに行ったの? 水がめの分も頼めばよかった」
「あとでまた行く。日和、村長さん、下がって」
村長は目を見開いているが、日和は昨日も見たせいか、すごいとは思うもののもう驚くこともない。
驚く瀚と日和の脇を水球を引き連れて通り過ぎた天耀は、氷室に入った。巨大な水球も、扉の幅に合わせてぶよぶよと歪みながらそれに続いた。
何をするんだろうと覗き込む日和と村長の前で、天耀は背を向けて立ったままだった。大げさに身振り手振りをくわえたりもしない。けれど、氷室の中の温度が急激に下がり始めた。
それなりに厚着をしている瀚は自分で自分の腕を抱いてガタガタと震え、日和さえも寒いと感じる。一体何が、と氷室の中に入ろうとした矢先だった。
内側からふくれあがったように見えた瞬間、突然弾けた水球は周囲に叩きつけられた。ビキビキと恐ろしいほどの音を立てながら瞬く間に壁や天井が凍りついていく。凄まじい音はやがてパキパキと高い音に変わり、まるで囁くようなピシピシと小さな音になり、そして静かになった。
「うわ……」
さすがの日和も寒さを感じる。体温を少し上げながら氷室を覗き込むと、元は剥き出しの岩肌だった壁面が、床以外全て氷で分厚く覆われていた。
「すごい。これ、どのくらいもつ?」
しゃべると空気が白くけぶる。けれど、ゆっくりと振り返った天耀の呼吸が白く染まることはない。ただでさえ白い顔を真っ白にさせて、天耀はゆっくりと口を開いた。
「……三月はもつはずだ。溶け始めたら、また氷を張り直す」
「そんなにもつのか。すごいな」
氷室には氷を置いているとはいえ、それほど長くはもたない。溶けるたびに氷穴の奥の奥までもぐり、氷を切り出して運ぶのは重労働だった。しかし、驚くほどの勢いで凍ったこの氷室は、三ヶ月もこの状態を保つことが出来るという。想像もできないほどの異能だった。
素直に感動して氷壁を見渡していた日和の背後から、瀚もそろりと氷室に入ってくる。口をぽかんと開けている瀚に思わず笑いながらふと天耀を見た日和は、佇む氷鷹にそろりと歩み寄った。そのまま手を取る。大きな手はまるで凍ったように冷たかった。
「日和……?」
「外行こう。村長、先に外出てるよ」
「あ? ああ……」
氷室に瀚を残して、日和は天耀の手を引っ張って外に出た。そのまま厨まで行き、低い足台に天耀を座らせた。
大人しく従う天耀は、座るとさすがに日和を見上げることになる。見下ろした天耀の少し開いた唇は震えていた。
天耀は氷鷹だ。ただでさえ自らの冷気でいつも凍えているのに、あんなに寒い場所を作り、そこに居続けるのは苦痛だっただろう。それでも能力を使ってくれた。
そのことに対するお礼には足りないかもしれないが、長い睫毛に細かな氷の粒をつけている男を、日和は温めてやりたいと思ったのだ。
「ありがとな」
少し広げた両腕で天耀を抱きしめ、天耀のそれに比べれば小さな翼で凍えた背中を覆う。
どこに触れても天耀は震えていて、ひどく冷えていた。けれど体温をあげるにしたがって、凍りついたように動かなかった腕が上がり、やがて日和を抱いた。その力は少しずつ強くなり、まるで縋りつくようだ。
天耀の吐息が胸にあたる。北季の隙間風のような冷たさのそれも温められたらいいのにと思った。
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