あなたの命がこおるまで

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売

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6.来客

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 日和が氷穴で暮らすのは、毎年東季の半ばからだ。決まった日付はなく、人々の服装が身軽になりはじめると日和にとっては既に暑い時期となっているので、その頃には氷穴で日々を過ごすことになる。
 けれど、今年はまだ外に雪がちらほら残る東季の初めから氷穴で暮らすことになった。日和を唐突に温め鳥として指名した氷鷹、天耀のせいだ。
 温かい場所を求め、温め鳥を欲するのが氷鷹というのが定説だが、天耀はなぜだか村長の申し出を断り、村に移住するのではなく、日和の氷穴で暮らすことを選んだ。自ら放つ冷気もあって寒いのが苦手なはずなのになぜ、と不思議なものだったが、天耀の口数は非常に少ない。温め鳥に指名されたため一緒に暮らすことになって三日経った今も、日和から話しかけない限りは天耀が口を開くことはなかった。
「本当に、村に住まなくていいの?」
「いい」
 氷穴で暮らしている間、日和は織物と湖にもぐって魚を獲ることで生計を立てている。さすがにまだ雪解け水が流れ込んでいる湖にもぐることは出来ないが、機織り機を実家から持ち込んだため、これなら作業が出来る。しかし、機織り機は風雨を避けるために氷穴の部屋の中に置いている。必然的に日和は氷穴にこもることになり、すると外で陽にあたっていたはずの天耀もなぜだか氷穴についてきた。
 寒くはないのかと思ったのも束の間、座り込んだ日和を後ろから包むように抱き、それからはじっとしている。
 氷穴に誰かがいることももちろん、抱き込まれていることも、ずっと黙りこくられているのも妙な心地だ。話しのきっかけを、と機を織りながら聞いてみたが、返ってきたのは短い一言だけだった。
(氷鷹って、みんなこんな感じなのか?)
 話しに聞く氷鷹は、能力を使って自然を動かし、人々から畏敬の目を向けられる存在だ。けれど、日和を抱きこんで暖をとっている天耀はひんやりとしているだけで、特になにをするわけでもない。桶も使わず水を運ぶことが出来るのはありがたかったが、今のところ見せてくれた異能はそれだけだ。
 涼しいのはありがたいが、これでは穀潰しを抱えているようなものだ。どうにかしなければと考えていると、おおい、と声が聞こえた。
「いるか、日和」
 村長の瀚の声だ。どうしたんだろうと立ち上がると、天耀も後ろからついてくる。鷹どころか、まるで雛だ。背後に天耀をくっつけたまま外に出ると、やはりそこには瀚と、見知らぬ鳥人が大勢いた。
「天耀様、ご来客です」
「婁遠府より参りました、府長の啓舒と申します」
「私は果寒市長の昭良です」
「崑炬地区の区長をしております、連孟といいます」
 やって来た三人は、近隣でも特に大きな都市と地区の長たちだった。
 おそらくそれぞれが管轄する場所に天耀を招き入れたいのだろう。土産と称した荷車を引いた従者をそれぞれ従えていた。
 しかし、当の本人は謝礼を言うでもなく日和の後ろに佇んだままだ。何とも言えない沈黙が漂った。
「……えっと…」
 重苦しい空気に日和が一石を投じたのは、明らかに焦った顔をした瀚が、来客たちの後ろ側から手振りで「しゃべれ!」と伝えてきたからだ。
 なんで俺が、と思いながら口火を切ると、全員の視線が日和に集まる。それだけでもう氷穴の奥に戻りたい気持ちになりながら背後の天耀を振り返ると、金色の目が小さな温め鳥を見下ろしていた。
「とりあえず……受け取っていい?」
 温め鳥は、氷鷹の従者としての側面もある。受け取るなら自分がとそろりと腕を胸元に持ち上げると、天耀は浅く頷いた。
「じゃあ……こちらに」
 日和が指示すると、荷車に積まれた大量の手土産がどさどさと洞窟の入り口に積まれていく。あっという間に小山が三つもできた。
「それじゃあ……天耀、お客さんたち、話があるみたいだけど、どこでする?」
「ここでいい」
「……敷布、持ってくるよ」
 日和は氷鷹を天耀しか知らない。
 けれど、氷鷹が全員こんな感じじゃないといいな、と思いながら、日和は一切もてなす気が感じられない天耀の代わりに、せめて客人たちを座らせるための敷布を持ってくるべく氷穴の部屋に戻った。その背を、また雛のごとく長躯の天耀が追いかける。
「そ、外の方が氷鷹にとってはより暖かいですから」
 明らかに歓待している様子のない天耀の代わりに、今度は瀚が上擦った声で来客たちに愛想を振り撒くのが聞こえた。
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