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3話目
しおりを挟む「戸田ぁ、今日飲みに行かない? 定時であがるんだろ? 予定ないだろ?」
「ごめん、ちょっと用あるわ」
「えーっ、彼女か? やっぱり彼女いるんだな?」
「彼女は………いない。俺は忙しいの」
「ひどい……」
うだうだと絡んで来ようとする同僚をかわして、社員証カードを勤怠チェックのカードリーダにかざす。ピッと高い音を聞きながら、俺はそそくさと退勤した。
会社を出ると、マフラーをぐるりと巻いた。同じ時間でも夏はまだ明るかったけど、もう街はイルミネーションに彩られる季節だ。年末セールとクリスマスで雑多ななかを、俺はいつも通り帰った。
今日はクリスマスだ。街はすっかり浮かれてシャンシャンといたるところでベルが鳴り、ブランドものの小さな紙袋を手にして急ぐサラリーマンや、「チキン受け取ったら帰るから、ケーキよろしく」と電話しながら歩く女性、店の前で配っている風船をもらって喜んでいる子どもであふれている。
そんななかを、俺はいつも通りスーパーによって夕飯の材料を買い、そこ以外に寄り道はせずに帰宅した。
「ただいま……」
別に誰がいるわけでもないし、同棲した経験もないけど、なんとなく帰宅の声をあげて家に入る。冷え切った室内の空気を入れ替えながら冷蔵庫に買ってきたものを詰めながら、ふと冷凍庫の上のあたりの空間を見た。
メルが円の向こうに帰ってから三ヶ月が経っていた。
いつ来るとも言わずに、むしろもう会えないかとも言いながらも、メルは会いに来てくれた。だから三回目があるのではと、あの日から俺は出来る限り仕事は定時であがり、家にまっすぐ帰るようになった。
正直、もう二度と会えないのかもしれないとも思った。けど、もし俺が残業や飲み会でいないあいだに真っ暗な部屋にメルが来て、10分をぼんやり待って過ごしたりしたらと考えると落ち着かなかったからだ。
でも結局のところ、メルが来た様子もない。
それでも日々は進んでいくし、昨日がだめでも今日はもしかしたらということもある。そういうわけで、今日も俺はこうやってクリスマスに独り身である同僚の誘いを断ってさっさと帰ってきたのだ。
引きこもっているわけじゃないけど、どうせ定時で帰ってきて時間があるんだからと、自炊も始めた。昨日は麻婆豆腐だった。今日は鳥のもも肉が安かったから、照り焼きにしよう。でもメシの前に風呂にも入りたい。
タッチパネルで給湯器を動かし、ドボドボとバスタブにお湯が溜まっていく音を脱衣所の引き戸越しに聞きながら、さくさくと動いて夕飯の下準備をする。
スマホでレシピサイトを見ながら肉に下味をつけ、レタスをちぎってトマトを添えただけのサラダを冷蔵庫に突っ込んで米を炊飯器にセットした時だった。
「うひゃあ!」
バシャンと明らかに大きな水音が風呂場からした。反射的に風呂場に走っていた。
「メル!」
「とっ、トダナオヤぁ」
俺が脚を伸ばせるくらいの広さのバスタブのへりに、頭からずぶ濡れのメルがしがみついていた。
「みっ、水の上って気付かなくて……」
バスタブの真上に斜めに穴が開いている。いつも床に垂直なので、降りようとしたら落ちたらしかった。
「どこも打ってないか?」
落ちたときにバスタブに、体を打ち付けていないかと体をかがめると、にゅっと伸びたメルの腕が俺の首にしがみついた。
「打ってないよ。……会いに来ちゃった、トダナオヤ」
実に三ヶ月ぶりだ。ぎゅっと抱き締め返すと、メルは小さな声で、「会いたかった」と呟いた。
世界の当たり前なんて、思えば空間にあいた穴から美少年が飛び出してくる時点で崩壊していたんだなと思い知らされた。
「見て、トダナオヤ。大きくなってきたんだよ」
どうせ致してしまうのだろうし、体を拭いたりする手間もかけてられない。服を脱ぎ捨てた俺は、夕飯の準備の途中なんて放り出して、メルと一緒に湯船に浸かっていた。
向かい合ったメルは、ざばっと水をまとって立ち上がり、もはや濡れて肌に張り付くだけのティッシュになった布をずるずると脱いでタイルに投げると、ほら、と下腹を見せてくれた。あの金色のタトゥーは更に範囲を広げている。けれど問題はそこじゃない。
薄くぺったりと平らだったメルの腹は、ふっくらと丸みを帯びていた。
食べ過ぎにしては位置が低いし、便秘のようでもない。けれど、メルの股間に可愛いペニスがぶら下がっている以上、俺の常識ではそれ以上考えられない。
「お、大きく? なってきた?」
「うん」
「ふ、太っ……てはないみたいだけど……」
お腹はふっくらしているけれど、手足はほっそりしたままだし、腰だって細い。まさかじゃないよな、という期待も込めつつメルを見ると、もう、とくちびるがとがった。
「太ってないよ! あ、でも、赤ちゃんのぶんは重くなったかも」
アカチャンノブンハオモクナッタカモ。
「あかっ……赤、チャン?」
「うん」
「だ……」
れの、と続きそうだった。思わず両手で自分の口をふさぐ。次の一文字だってこぼしちゃだめだ。
メルが俺に言うのだ。それなら、金色のタトゥーもどきに守られているようにも見える下腹に宿っているのは、俺の血を引く子なんだろう。
でもメルは、俺が手のひらで隠した言葉をわかっていたみたいだった。
「ぼくもね、誰の子かなって思った。でも、君の子ならいいなって思ってた。そしたら前も、今日も君のとこにこれた。だから、この子は君の子。じゃないとぼく、三回も君に会えなかったよ」
この子が君とぼくを繋いでくれるの、とメルは下腹を撫でた。
まだちょっと信じられない。でもメルがここにいるのは本当で、俺たちがセックスしたのも本当で、メルのお腹がふっくらしてるのも本当だ。
ココアミルク色の、やわらかそうな肌の下に、赤ちゃんがいるんだ。
そう思うと違和感や疑問なんて吹き飛んで、胸がぐっと詰まるような感動さえ覚える。けれど、それと同時に、俺は自分の血がさっと下がるのを感じた。
今これだけ膨らんでいるのだ。それに、メルのお腹の子のおかげでここに来れると言うことは、最初は偶然だったにしても、前回はその縁で来たということだ。ということはーーー
「もしかして、前回乱暴にしないで的なこと言ってたのって……」
「赤ちゃんまだちーっちゃいから、ゴンゴンってやられたらつぶれちゃうかなって思って」
「本当にすみませんでした」
奥をどつくような真似はしなかったと思うが、まさかそんなことになっているとは思いもしないで責め立ててしまったおぼえはある。
今さらながら申し訳ないと頭を下げると、メルはいいよぉと笑った。
「全然平気。トダナオヤとエッチすると、元気になれちゃうし。……でも、今日は優しく、とんとんってしてね」
はい、がんばらせていただきます。
こういうの、なんていうんだっけ。ブラジリアンだか、なんとかアンセックス。でもあれって、一週間くらいかけてやるやつだった気がする。少なくとも、10分でできるものじゃなかった気がする。じゃあこれ、ただののんびりエッチだ。
「んん……んー…」
メルが身じろぐと、たぷたぷに張ったお湯が揺れて少しこぼれる。でも体を冷やすのはよくないだろうと、減った分を補うように、むき出しの肩にお湯をざばっとかけた。
いま何時何分だろう。メルが帰るまで、あと何分だろう。
お腹に赤ちゃんがいるとわかった以上、激しいことをするのは怖いから挿入するだけにしようと提案したのは俺だった。でも二秒で却下された。
「だめ! せっかく来たんだよ。絶対中で出して。じゃないと動けなくしちゃうから」
やっぱり最初の金縛りはお前のせいだったのか、メル。
中で出さないなら金縛り、何が何でも一発はもらわないと気が済まないと怒るので、わかったからとなだめて挿入し、それから湯舟に揺られている。
正直なところ、めちゃくちゃ腰を振りたい。でも大丈夫なんだろうか。これが原因で流産なんてなったら、悔やんでも悔やみきれない。
どうしようと思いつつも、メルのふわふわで熱い体内にずっぷりと根元まで埋まったちんこはわずかな刺激の中でもむくむくと育ってしまっている。互いに動いてはいないけど、お湯の中にいるせいもあって体は少し揺れるし、メルの中は俺のちんこをぎゅむぎゅむと揉む。ものすごく気持ちいいけど、出そうで出ない。
もどかしいのはメルも同じなようで、動いて、とねだるものの、抱きしめてゆらゆらとするとそれだけで体内を軽く押されて、猫の子のような声で喉を鳴らしていた。
バスタブの上、換気扇の近くあたりに斜めに開いている穴はまだ綺麗な円だ。歪みだして大体一分くらいで閉じている気がするので、まだ大丈夫。
でも多分、今日も10分で閉じるのだろう。
それまでに一回はイかないといけないし、メルには気持ちよくなってほしい。どうしようか、と再度考え出した俺は、ふと落とした視線のさきにいいものを見つけた。
褐色の肌に、ほんのり赤みを帯びた乳首。そういえば触ったことがなかった。
あぐらをかいた俺の腰に向かい合って座っているメルの胸は、なんで今まで気付かなかったんだろうと思うくらいいい高さにある。ぽやっとした顔でやわらかい揺れに身を任せているメルをちらりと見ながら、まだとがってもいないやわらかそうなそこに、そっと口を寄せた。
「ひゃ……あっ、やぁっ♡」
これは好感触。一瞬驚いたようだったけど、声に甘いものがまじっているのを俺は聞き逃さない。
ぱくんと口で覆った平らな胸。でもひときわ皮膚が柔らかい場所がある。そこがメルの乳首だ。
「やだっ、くすぐった……っひゃ、ふふっ」
舌の表面で大きくざらりと何度も舐める。次第にやわらかい乳首のあたりから、つんとした尖りが舌を押すようになった。
俺の舌を押し返すけど、やわらかくて可愛い粒を舌先でくにゅくにゅと押しつぶす。すると俺の肩に置かれていたメルの手がするりとすべって、俺の頭をかき抱いた。自然と顔が胸に押し付けられた。
ぶっちゃけ、メルの胸は本当に平らだ。肉なんて全然ないし、ぎゅっと左右から寄せたところで谷間なんて夢のまた夢。谷間というなら、そこそこ胸板がある俺の方がまだ希望が持てる。けれど不思議と離れがたくて、俺は片方にしゃぶりつきながら、もう片方を指でいじるという状態でゆるく腰を振り出した。
このままだと俺はイけないと思う。でも、メルを気持ちよくしたい。
可愛くてエッチで、赤ちゃんが俺の子ならいいなって思ってくれたメル。どうにかなりそうなほど、好きだと思った。
「ふっ、ふっ、ん、ぅんっ……♡ とっ、トダナオヤぁ……ね、みぎも……右もおっぱい、ちゅってして」
喉から抜けるような高い声を出しながら、メルのお願いが俺の耳もとでささやかれる。しゃぶりついていた左胸から顔をあげてみると、すっかり左側の乳首はつんと尖り、俺の唾液にまみれててらてらと光っていた。
お望みにこたえるべく右側にもしゃぶりつきながら、手を下に滑らせた。
「ぅん……んっ…、ひゃあっ、や、だめ、一気にしちゃだめっ」
声とともに、びくびくんとメルの体内も震える。当たり前だ。俺のちんこをずっぷり嵌めながら乳首をしゃぶられ、あまつさえペニスも触られたら悲鳴だってあがる。けど、俺は容赦なく手のひらに収まるそれを上下に扱いた。
「あっあ、やらぁっ、一気にしないれっ、やらっ」
やだとは言うけどメルは俺の頭を離さないし、腰はさっきよりもゆらゆら揺れて、バスタブのお湯はバッシャンバッシャンこぼれてる。その揺れにさらに揺らされて、俺も腰が動いてしまうので、結局やわく突き上げていた。とは言っても、がつんがつん掘るような動きではない。根元まで埋まってしまっているので、すぐにくぱっと口を開いてくれた結腸はもちろん抜いてしまったけど、お腹に最大限配慮したゆるやかな動きだ。
そういえば、結腸にまでずっぷりはまっているけど、赤ちゃんはどこにいるんだろう。どこで育っているんだろう。
穴といえばメルにはアナルしかないようだし、俺がちんこを突っ込んだ覚えがあるのもアナルだけだ。そうなると結腸か、そのあたりに子宮につながるものがあるんだろうけど、予想もつかない。そこんところ上手くできてるんだろうけど、なおさらメルは何者なんだろうかという謎は深まった。
謎は深まるし、正体もよくわからないし、でもこの時間が永遠に続けばいいと思う。だけど10分はすぐに来てしまう。もうやがて、俺たちはまた別れることになる。
「ふぅっ、ぁんっ、いっちゃう、いっちゃうよぅ」
ぎゅうぎゅうと頭を抱きしめられる。ペニスを上下に扱かれ、ぷくぷくと蜜を吐き出す鈴口を時折親指の腹でざらざらと撫でてやるとメルの体内はそれに反応してうごめいた。時折ぎゅーっと引き絞られ、ひくひくと痙攣するように締められるので、絶頂が近いのだろう。
それなら、と俺もようやく本腰をいれて動き始めた。あくまでゆっくりと、無理をさせないように。
「ぁひっ、んっ、んっ、……ふぁっ、あっ、あ……」
やがて、ぎゅううっと、抱きしめるように俺のちんこがしめつけられた。伸びあがるようにしてメルの体が反り返り、俺の頭も解放される。手のひらに握ったままのメルのペニスはひくひくっと震えて、揺れる湯の中に白いものがふわっと漂った。
最初の時や二回目の時みたいな激しさはない。でもメルの体内に絞られて、俺の腰も震えた。堪えることもなく奥にはめこんだまま出すと、メルはぐったりと俺の肩にもたれながら熱い呼吸を繰り返した。
もしかしたら、互いにちょっとのぼせたかもしれない。寒い季節のはずなのに、しっとりと汗ばんだ互いの肌を合わせて呼吸を整えていたけど、ふと換気扇のあたりを見た俺はため息を止められなかった。
円が歪んできた。ギリギリ間に合ったけど、もうお別れの時間だ。
「メル、……時間みたいだ」
絶頂の余韻にひくんと不規則に震えながら、メルが悲しそうな目で俺を見た。金色の双眸がとろけそうに濡れてる。半開きのくちびるにちゅっとキスをすると、甘えるようにくちびるが追いかけてきてもう一度キスした。
このまま、メルを返さないでおきたい。稼ぎは悪くないはずだし、貯金だってそれなりにある。メル一人、そのあと子どもが一人増えたって、暮らしていけると思う。足りないなら俺はもっと働くし、二人のためなら残業だって喜んでする。
「メル。もう、俺のとこに…」
「……帰るね」
すっと伸びてきた指が、俺の口につんと当てられた。
さっきまでの泣き出しそうな顔はいつの間にか笑顔になっていて、メルは急いで、と俺をせかした。
「一人じゃ入れない。上に抱っこして」
「う、うん」
早く早くとせかされて、俺はあたふたとメルを抱き上げて斜めの円の中にどうにか送り出した。
「ちょっ、ちょっと待って!」
湯からあがってしまえばそれなりに寒く、円の歪み具合を見て残り時間を計算しつつ、俺は急いで風呂場から飛び出すと、部屋の中をびちゃびちゃにしながらリビングに走った。
「これかぶって! 体冷やさないで」
わざわざ取りに行ったのは、リビングのソファに置きっぱなしにしている起毛のブランケットだ。俺の体でもすっぽりかぶれるそれを円の中に投げ入れると、メルは頭からブランケットをかぶって微笑んだ。
「あったかい。ありがと」
ぶわぶわと円が大きく歪みだした。
「メル! いつでもいいからな、俺、待ってるからな!」
俺からメルのほうに行く方法はわからない。図書館とか、インターネットで調べてみようと思う。でも今は、待っていることを伝えたくて叫ぶと、メルはううん、と首を振った。
「この子がいるから、大丈夫。ごめんね、トダナオヤ。……もう、来ない」
ばいばい、と手が振られる。呆然とする俺の前で、円は無情にも閉じた。
のちに俺は後悔することになる。
この時無理やり手を突っ込んで、メルを引きずり出してこの世界にとどめておくんだったと。
年が明け、雪が解け、花が咲く。
それでも俺は、メルを待っていた。
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