咽ぶ獣の恋渡り綺譚

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売

文字の大きさ
8 / 8

8.ふたりと卵 ★

しおりを挟む


「んっ、あ、……ああ……」
 与嘉はいつ陽が落ちて、いつ誰かが灯りを持ってきてくれたかもわからなかった。
 向かい合った洪紆の胡坐を跨いで座り、大きく脚を開いた姿になったのはもう一刻も前のはずだが、腹の痛みは相変わらずで、うんうんと気張ってみたり、腹を軽く押してみたりしたもののあまり進展がなかった。
 龍には医者がいないので自分でどうにかするしかないが、産卵など生まれて初めての経験だ。洪紆も刺激を与えればどうにかなるかもしれないと、何度か尻を揉んでみたり、潤滑油を塗ってぬぷぬぷと後蕾をほぐしてみたりしてくれたが、もっと奥の方に卵はあり、やはり変化はなかった。
「……洪紆、さま」
「うん?」
 耳を澄ませば、外からは鈴の音や太鼓の音がする。その音を聞いた与嘉は、不意に決心した。
 腹が痛くなったのは昼も過ぎた頃だったが、それほど長い時間どうにもならずにいるのだ。だが今はもう、おそらく年が替わるまでに時間がない。
 洪紆は生まれるまで傍にいると言ってくれたし、それは与嘉も嬉しく思った。だが、こうも膠着するとは思わなかった。
 早く洪紆を干支神としての務めに送り出したいし、与嘉の体力も持つかわからない。
 現状を打破するいい方法はないか、ずっと考えていた。その結果ひとつの提案を思いついた与嘉は、荒い息を整えながら夫を睨むように見上げた。
「まぐわいましょう」
「……はっ?」
「私の腹ではもしかしたら狭いのかもしれません。あなたの陰茎で広げてください。龍体でもいいですから」
「そっ、そそ、なっ、よっ」
「半龍でもいいです。とりあえず、広げてください。もしくは奥を少し刺激してもらえれば……」
「与嘉、無理を言うなっ」
「無理じゃありません。っん……はあ、……痛みはありますが……このままでいても、埒が明かない。医者も産婆もいないんですから、自分でどうにかしないと」
 幸い、痛みはあるものの最初ほどではない。おそらく卵が止まったからだろう。ならばなおさら今のうちと、与嘉は洪紆の首に絡みつかせていた腕を解き、自分が座っている洪紆のあぐらの股ぐらにずぼっと手を突っ込んだ。
「うおっ、よ、与嘉っ!」
「ああ、ちょうどよかった。洪紆様、半龍の時は少し大きくなりますからね」
 夫の前あわせを開いた与嘉は容赦しない。手のひらに握りこんだものを引きずり出した。
「……どうして少し勃ってるんです?」
「…………与嘉こそ、どうしてそんなに思い切りがいい……?」
「いつまでもこうしてられないからです。洪紆様、抱きづらいとは思いますが……ここを拓いてください」
 ここ半年ほどはまぐわっていないが、卵は硬い殻で守られていると聞くし、少し刺激するくらいなら大丈夫だろう。
 半勃ちでも既に太いものの茎を撫であげ、ここ、と膨らんだ腹の下に手のひらを当てながら洪紆を見上げると、なんとも複雑な顔をして角の生えた頭を下にしたり上にしたりと悩んでいる様子だったが、やがて腹をくくったらしく、深く頷いた。
「わかった。でも、苦しくなったり痛くなったり、なにかおかしいと思ったらすぐに言うんだぞ」
「はい」
 それはもちろんだ。飽くまでこれは刺激して産卵を促すためのものだ。異変があればすぐに中断する。
 頷いた与嘉を見て深呼吸をした洪紆は、寝台の脇にいつも置いてある物入れから小さな壺を取り出した。潤滑油が入ったもので、さっきも使ったばかりだったが、また新たに手のひらに少し出すと、それを指で擦って温める。するりと尻に手が回り、抱き寄せられるように与嘉の体は自然と洪紆に密着した。
「ぅン……あ、あ…」
 卵が動かなくなってからあれやこれやと試した時もほぐしたためか、与嘉の後孔はすんなりと指を含んだ。
 長さも太さもある指が、卵を押し出そうとして蠢く中にゆったりと沈んでいく。根元まで埋まるとすぐに出て行き、指は二本になってまた沈んだ。
「……熱いな。それに、油いらずだ」
「中、濡れて……ん、んぁ…、はあ……っ」
 確かに、ぬちゃぬちゃとひどい水音がする。緩やかに与えられる刺激にうっとりとしながら、耳を犯すような音に頬を染めた与嘉は自分の腹を撫でた。
 卵の殻は頑丈と聞くが、こんなに恥ずかしい音が大きく響いていては、聞こえてしまうかもしれない。そんなことをぼんやりと考えた。
「与嘉、与嘉……」
「こううさ……んぅ……」
 耳の下や頬、瞼にくちづけが落ちてくる。そこよりもここにと顔を上向けると、ねだった通り唇が塞がれた。
 指は慎重に中を探り、広げていく。肌を重ねるのは久しぶりなのに、狭くなるどころか開きやすくなっているのは、もしかしたら卵を産むためなのかもしれなかった。
 くぷくぷと水を潰しながら三本の指が埋まる。指先が中の敏感なふくらみを不意にかすめるものだから、びくびくと腰が震え、与嘉の茎も緩く勃ちあがって、その先端を湿らせていた。
「腹はどうだ?」
「う、んっ……痛みは少しありますけど……だめです、動きません」
 息んでみても、卵はやはり微動だにしない。このまま詰まったらと考えるとぞっとして、与嘉は慌てて触れたままの洪紆の先端をぐるりと撫でた。
「早く入れてください。この子も生まれられないままでは苦しいはずです」
「わかった、わかったからあまり触るな。出そうになる」
 気が急いて仕方ない与嘉をあたりに散らばる枕を寄せ集めた中にそっと押し倒した洪紆は、余裕のない顔をしている。まだ半龍の姿をしているせいで、その股間にそびえ立つものはいつもよりもでっぷりと太く、雁先はいつもよりも張り出して返しがついていた。
 五十年も連れ添っているし、どちらも行為に関して淡白ではなかったので、与嘉は龍体(とは言っても多少大きさを操作してもらったが)の洪紆とまぐわったこともある。
 大きなものに貫かれる快楽への欲と、これで事態が進展してくれればという期待にごくりと唾を飲むと、広げられた脚の間に洪紆の腰がずいっと入った。
「っふ……」
 淡く開いた後孔にひたりと押し当てられたものは熱く硬い。それがぐぐっと押し入ってきて、慣らされた与嘉の穴を開いていく。
 馴染んだ感覚にほっと息を吐き、熱く太いものが体を開いていく感覚に陶然としながら、与嘉は両手を置いた腹を撫でた。
 人間の赤子がまるまる入っているわけではないので一般的な産み月の腹よりは小さいが、それでもこの中には誕生を待ち続けた命がある。どんな子かはまったくわからないが、楽しみなことに変わりはない。
(そういえば……名前、まだ決めてない)
 候補はそれこそ半紙三十枚分ほどもあったが、絞りきれていない。性別がわからないせいもあったが、いい名前をと考えれば考えるほどわからなくなってしまったのだ。
 だが、生まれてしまえば必要なものだし、きっとこれだという名前が付くはずだ。その名前は候補に上がったものか、はたまた考えもつかなかったものになるかと考えていた与嘉は、びくんと体を震わせた。
「ひっ…! ああっ、ア……ッ」
 熱く太い雄蕊が、敏感なふくらみを削るように這っている。
 思わず腰が浮いて脚を閉じそうになるが、両腕で抱えられているせいで身動きが取れない。ぐしゃぐしゃに乱れた衣をぎゅうっと握りしめながら腰をくねらせていると洪紆の上半身が倒れてきたので、与嘉はすぐにその首にしがみついた。
「あっ、は……はぅ、んンッ……」
 蕩けた穴は、えらの張った雁先をぐぷんと飲み込む。それだけでも十分に圧迫感があるが、胴の太い熱杭が更に押し入ってくるうえ、与嘉の胎はそれを異物だと思っていない。むしろ歓迎するようにとろとろの内壁で締め付けるものだから、なおさら与嘉本人はそこから生まれる快楽に振り回された。
「苦しくないか、与嘉」
「ひっ、あ……ぁうっ……、く、くぅしく、ない、です……っ」
 腹の底を抉られているのに、そこから伝わるものはどうしてだか甘く体中を痺れさせる。
 口まであやふやになってしまって舌をもつれさせながら首を振ると、洪紆は嬉しそうに笑って鼻先にくちづけた。
「可愛いな、与嘉。お前がずっと可愛いから、子作りも忘れてたくらいだ」
「そんなの、私の、せいじゃなっ……ああ!!」
 押し込まれる陰茎は途中が膨らんでいるせいで、一度飲み込むとずるりと根元まで滑り込んでくる。半ばまで入っていたものが一気に内壁を押し広げたものだから思わず大きな声があがって、与嘉はぐいと背をそらした。
「あァ、あ……っうう……」
 一応洪紆が腰が進み過ぎないように加減をしてくれたのだろう。根元まで埋まることはなく、途中で止まった挿入はゆっくりと続き、天井を見上げるようにのけ反る与嘉の喉元にはいくつも唇が落とされた。
 けれど、やはり行き止まりはある。
 いつもより少しばかり腹側を押しあげるように洪紆の先端がぐいと当てられて、与嘉は押し出されるようにはあっと息を吐いた。
「ここか?」
「多分……」
 普通の人間と違い、与嘉の胎は龍の卵を孕めるように変化している。本人でさえ中がどうなっているかわかっていないが、なんとなく卵と近いような気がした。
「そっと動いてください……」
「わかった」
 与嘉の腹を緊張の面持ちでじっと眺めながら、洪紆はゆっくりと動き出す。軽く押しあげられるたび、結腸を拓かれるのと似たような疼きが、いつもとは違う場所から感じられた。
「うン、あう……」
 腹の痛みはまだあるが、快楽にないまぜになる程度のものだ。体の力を抜いて揺れに身を任せる。伺いを立てるように奥を軽く突かれるのは気持ちいいが、拓かれてしまうという本能的な怯えもあってか、時折ぞくぞくと与嘉の腰は震えた。
 半年ぶりのまぐわいは直に肌を感じられて心地よいし、洪紆は与嘉の体を知り尽くしているので、どこもかしこも気持ちよくなれる。だが、卵を気遣わないといけないためにどうにも動きが緩慢で、決定的な快楽が与えられないのがもどかしく、次第に与嘉はむずむずと自ら腰を揺らし始めてしまった。
「こ、こら、与嘉っ」
「だって、足りないです」
「それは俺も同じだ。今はこれで我慢してくれ」
 そっと動いてくれと頼んだのは与嘉の方なのに、宥められてむくれてしまいそうになりがらも、尖りかけた唇を啄まれると、すぐそちらに夢中になってしまう。
 深く舌を絡めたりはせず、小さなくちづけをいくつも繰り返しながら、洪紆はやがて他のところで与嘉を甘やかすことに決めたようだった。
 脚を抱えていた手はいつの間にか衣の中に入り込み、与嘉の胸を揉み上げ始めた。とは言っても、ふくらみなどは一切ない。だが愛されることを知っている体はすぐに反応して、やわく淡い膨らみはすぐにつんと尖った。
「う、んぅう……」
 ゆっくりと摘ままれ、軽く指の腹で転がされるだけでたまらない。そこからの疼きが腹の奥にまで伝播して、洪紆の先端を軽く食むように蠢いていた子宮の口が蕩けていく。
 それがきっかけだったのは間違いない。洪紆は軽く押しあげただけのつもりだったが、くぱっと開いた口に先端が当たり、その奥にあったものにまで衝撃が伝わった。
 ぷつんと音がしたのを感じたのは、二人揃ってだった。
「あっ」
 思わず与嘉が声をあげたとたん、どぷんと粘度の高い液体が溢れた。慌てて洪紆が腰を引いて体を離すと、与嘉の開いた後蕾からはどぷどぷと粘液が零れていった。
「……ぅんっ、あ、ァ、あああ!」
 まるで潤滑油だと洪紆が驚いていると、唐突に与嘉が叫んだ。まるでその滑りこそが必要だったとばかりに卵が動き出したのだ。
「与嘉っ?」
「た、たまご、たまご動いて……あーっ!」
 今まで動かなかったのが嘘のように、卵はどんどん下がってくる。
 あの粘膜の滑りがいいのか、それとも体内が弛緩する作用でもあるのか、洪紆の先端さえ含まなかった狭い口が大きく開いていく。あっという間にずるんとそこをくぐると後蕾が内側から開き、与嘉の開いた脚の間にいる洪紆からは卵が見えた。
「与嘉、卵が見える」
「あう、ああ、だ、め、……だめぇ、ううーっ!」
 洪紆は驚くばかりだが、与嘉はそれどころではない。
 腹が痛かったのは子宮から出るためだったらしく、今は痛みがないが、代わりに卵がざらついた表面でまんべんなく内壁を擦るものだから、あちらもこちらも気持ちよくなって仕方ない。膨らんだ腹の下で顔をあげる先端からは、とろとろと先走りとも白濁ともつかないものが尽きず垂れていた。
「ンっ、んん、あ、あぁっ!」
 外から大きなものに入られるのは慣れているが、こんなに大きなものに内側から押し広げられたことはない。産みたいのに出せないような出したくないようなもどかしさでじたばたともがいていると、起きようと声を掛けられた。
「前かがみで俺にもたれた方がいいかもしれない。与嘉、動けるか?」
「ううぅー……」
 産めるならもうなんでもいいし、正直くぷくぷと白濁をこぼし続けながら腹の下で揺れてるものを見られるのは恥ずかしい気がしたので、与嘉は唸りながらも洪紆に腕を引っ張られて体を起こした。
 正座の体勢になると、向かいに座った洪紆がおいでと手を広げてくれる。そこに抱きつくと自然と尻が浮いて、これはいいかもと思ったとたん、体内で角度が変わったからか、卵が今にも裂けそうなほど後蕾を押し広げた。
「う、あ―――!!」
「よしよし……」
 背中にまわった洪紆の手がゆっくりと背中から腰にかけて撫でてくれる。そのおかげで緊張がほぐれたのか、やがて卵は一番径の広い箇所を越えると、ぬぷんと濁った音を立てて転がり落ちた。
「ぅあっ……あ、っは……」
 寝台の上にそこそこの重さがあるものが落ちた音と、自分の体から大きなものが出た衝撃、それから前立腺を削がれるような刺激にとうとう吐精したことでぐったりと力を抜いた与嘉の体を、洪紆が支える。ずるずると崩れ落ちそうだったが、横に軽く倒されて膝にもたれると、びしゃびしゃになった敷布の上にころんと転がる丸いものが見えた。
「……す……すごい色……」
 卵は金色で、細かな金の粒を大量に吹き付けたような表面はビカビカと輝いていた。拳よりも一回りほど大きく、これが本当に自分の腹から生まれたのかと驚いた与嘉だったが、またぐうっと痛んだ腹に眉を寄せた。
「いっ……う、あ」
「まだ水が残ってるんだろう。もう卵は産まれたから、急がなくていい」
「んんっ……」
 そうは言うが、与嘉の耳には遠くから響く年越しの鐘の音が聞こえた。もうそんな時間なのだ。洪紆を早く送り出さなければならない。
「っふう、うっ……こう、洪紆様、もう行ってくださ……っあぁ!?」
 ぬるんと大きな塊が腹の中を通った。なに、と思う間もなくそれは与嘉の体から出て行こうとする。粘液が詰まった袋でも下りたかと思ったが、それにしては形がある気がして、与嘉は混乱しながらついさっき離そうとしたばかりの洪紆の衣を握り締めた。
「あ、あぁ、なに、なんで……出る、うぅーッ……」
 洪紆の陰茎で擦られ、卵に潰され、さんざん刺激された前立腺がまたもや削がれる。ぶるっと大きく震えた与嘉は、さっきと同じ感覚に混乱しながらぐっと体を丸めた。
 鐘が響く合間の一瞬の静寂の中、かつんと者がぶつかる音がした。与嘉ははあはあと息を喘がせながら洪紆の衣を掴んだ手をぎゅっと握り直し、その背を、洪紆の手が抱きしめている。
 ゴーンとひと際大きな鐘がなった。銅鑼が響く音も聞こえる。新しい年が明けたようだったが、二人はそれどころでなかった。
 濡れた敷布の上には、金色の卵と、それにぶつかって止まったらしい、青に金がちらほらと散る一回り小さな卵があった。
「二個……?」
「二個だ……」
 呆然と口々に呟き、寄り添うようにくっついた二個の卵を見つめる。だが、ゴーンと響いた鐘にはっとして、与嘉はぐいと洪紆の衣を引っ張った。
「卵。卵、拾ってください」
「……うぁ、あ、ああ、そう、そうだな」
 与嘉を膝から下ろし、そっと横たえると洪紆は恐る恐ると言うように膝立ちで移動し、二個の卵を拾い上げた。
「与嘉。……本当に二個ある」
「本当ですね……」
 まさか双子だとは思いもしなかった。
 洪紆に起こしてもらい、信じられない気持ちで卵を二個抱える。寒いだろうと洪紆が着ていた羽織りを肩にかけてもらったが、胸に抱いた卵はそれ以上に温かく、ずしりと重い。こんな大きなものが二つも腹に入っていたなんてと驚くのもつかの間、すぐにパキンと硬い音がした。
「あっ」
 金色の卵にひびが入った。それを追うように、青地に金の散る卵の方にもひびが入る。
 慌てて与嘉が敷布の上に置くと、パキパキとひびは大きくなり、とうとう殻の上部が壊れ、そこから小さな龍の頭が飛び出した。少し遅れて、青い卵の方はごとごとと揺れたかと思うと、バキンと大きな音を立てて殻の一部が飛び、細い尻尾だけが飛び出した。
 鐘が響く音を遠くに聞きながら、卵が砕けていくさまを見守る。やがて、敷布の上には小さな龍が二匹、ぱたぱたとのたうつように転がった。
 小龍たちは親が誰なのかわかっているのか、与嘉の脚にすり寄る。それを洪紆が掴み、与嘉に抱かせると、きゅううと高い声で鳴きあっていた。
「……洪紆様、龍の双子は……」
「最後に産まれたのは……どうだろう、俺も知らない」
「……良くないことでしょうか?」
 腕に抱いた二匹の龍は、金と青の体を絡め合ってきゅうきゅうと鳴いている。その目はそれぞれの色を持ち寄るようにと誂えたように、金龍の目は青く、青龍の目は金色だった。
 双子だったことは思いがけないことだが、与嘉にとっては嬉しいことだ。けれど、子どもの誕生すべてが祝福されるものではないということは、与嘉自信が身をもって経験している。
 五十年連れ添っても、まだわからないことの多い龍という生き物だ。この命が奪われることがないかと竦めた肩を、洪紆の手のひらが抱いた。
「良くないことなどあるはずがない。俺と与嘉の子だ。ひとりでも十分だったのに、二人産まれたらその倍は嬉しいに決まってる。それに、お前が心配してくれた俺の加護だって、十分働くはずだ」
 ありがとう、と洪紆は与嘉の額にくちづけを落として労ってくれたが、はっと目を見開いた与嘉に、その甘さに浸る余裕はなかった。
「加護! ちょっ、洪紆様、今すぐ母屋に行ってください! 年が明けたんですよ、祝詞を唱えるお役目があるでしょう!」
「いや、でも、夜が明けてからでも良くないか」
「良くないです、ただでさえ他の方に分担してもらってるんですよ! 私は大丈夫ですから、早く行って!」
「でも」
「でもじゃないです、祝詞は読むってあなたが言ったんでしょう! せめてそれだけはこなしてきてください!」
「だけど」
「行け!」
「はい……」
 どうにかこの場に居座ろうとした洪紆を与嘉は許さなかったが、しおしおと項垂れながら寝台から降り、これから一年の加護を担う干支神にしてはしょげた背中が部屋を出ようとしたとき、ごろんと寝台に寝転びながら、洪紆様と声をあげた。
「ここで待っていますから、ちゃんとお役目を果たしてきてくださいね。終わったら、戻ってきてください。そうしたらこの子たちの名前を考えましょう」
 ね、と笑いかけると小さな龍たちは二匹揃ってきゅううんと鳴き声をあげ、大きな方の龍は「わかった!!」と一気に気勢の上がった大音声で叫ぶと、ばたばたと走って行った。
 今度こそその背を見送った与嘉は、つぶらな瞳をぱちぱちと瞬かせている二匹を見つめた。
 神々しい金の龍と、晴れ渡る青空のような青い龍。ただでさえ生まれにくい龍の子が生まれ、しかも二匹だ。干支神として今年に益をもたらす洪紆の加護は弥増いやますだろう。
 微笑んだ与嘉は、母屋の方から聞こえてきたわーっという歓声を聞きながら、愛らしい二匹の龍を抱え、洪紆の貸してくれた上着にくるまって、ようやくの休息に瞼を閉じた。
 いい年になりますように、と願った龍の伴侶の願いは、きっと叶えられることだろう。


しおりを挟む
感想 4

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(4件)

coco
2025.09.11 coco

干支神様、尻に敷かれてますね~
それぞれに合った、伴侶ですよね。
是非12の干支神様の物語、制覇して欲しいです。お待ちしてます。

2025.09.12 晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売

愛伴侶家の干支神様達、年に一度書くのが楽しいです。
できるだけ十二支制覇したいので、気長におまちいただけると嬉しいです♥

解除
白眼
2025.02.11 白眼

このシリーズ大好きです。干支神様が溺愛故にちょいポンコツになってしまう、大変美味しゅうございます。機会があれば、他の干支神様のお話もよろしくお願いします。

2025.02.11 晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売

溺愛神様とその伴侶たちを楽しんでいただけて嬉しいです。
出来るだけ毎年書きたいとは思いつつ、穴だらけになってしまってますね……頑張ります!
感想ありがとうございました!

解除
みたんこ
2024.01.13 みたんこ

完結おめでとうございます。
産卵シーンがエロくて美しくて…… 自分が獣と化したありし日を封印したくなりました。
人の腹から卵を2個って事は1つ2kgくらいかな?だったらダチョウサイズよね。新生児と比べて遜色ない大きさだな~とか、暫くおかしな妄想世界から抜け出せなくなりました。
また今年の末に、このシリーズが更新されることを年神様にお祈りしておきます。素敵なお話をありがとうございました。

2024.01.19 晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売

読了ありがとうございます!
産卵シーン、初めて書いたもので、ああでもないこうでもないと試行錯誤しまくりましたが、楽しんでいただけたようでうれしいです!ダチョウの卵、どのくらいなんだろうと思ったら結構大きくてびっくりしました。あれよりはもう一回りほど小さいイメージです。
また年末に、今度は巳を書けたらなあと思っておりますので、もし更新があった場合は読んでくださるとありがたいです。
感想ありがとうございました!

解除

あなたにおすすめの小説

神父様に捧げるセレナーデ

石月煤子
BL
「ところで、そろそろ厳重に閉じられたその足を開いてくれるか」 「足を開くのですか?」 「股開かないと始められないだろうが」 「そ、そうですね、その通りです」 「魔物狩りの報酬はお前自身、そうだろう?」 「…………」 ■俺様最強旅人×健気美人♂神父■

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王

ミクリ21
BL
姫が拐われた! ……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。 しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。 誰が拐われたのかを調べる皆。 一方魔王は? 「姫じゃなくて勇者なんだが」 「え?」 姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

花と娶らば

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
生まれながらに備わった奇特な力のせいで神の贄に選ばれた芹。 幽閉される生活を支えてくれるのは、無愛想かつ献身的な従者の蘇芳だ。 贄として召し上げられる日を思いつつ和やかに過ごしていたある日、鬼妖たちの襲撃を受けた芹は、驚きの光景を目にする。 寡黙な従者攻×生贄として育てられた両性具有受け ※『君がため』と同じ世界観です。 ※ムーンライトノベルズでも掲載中です。

王子様の愛が重たくて頭が痛い。

しろみ
BL
「家族が穏やかに暮らせて、平穏な日常が送れるのなら何でもいい」 前世の記憶が断片的に残ってる遼には“王子様”のような幼馴染がいる。花のような美少年である幼馴染は遼にとって悩みの種だった。幼馴染にべったりされ過ぎて恋人ができても長続きしないのだ。次こそは!と意気込んだ日のことだったーー 距離感がバグってる男の子たちのお話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。