巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売

文字の大きさ
34 / 83
巣ごもりオメガと運命の騎妃

14.運命制度

しおりを挟む
 
 ざわざわと鳴りやまない人々の喧噪と、広場の隅に控えた楽団の奏でるささやかな音色が、夜空に吸い込まれていく。それらは混ざりあってひとつのまとまった音になってミシュアルの耳を騒がせたが、サリムの声は静かに響いた。

「ドマルサーニの運命制度を知っていますか?」
「運命制度? いいえ……」

 サリムたちがナハルベルカへ来る前にドマルサーニのことは多少勉強したつもりだが、それらは主に風土や政治や歴史、それから忌避される行為などだ。
 頭に叩き込んだ知識の中にあったものではないとミシュアルが首を振ると、サリムは丁寧に教えてくれた。

「ドマルサーニでは、アルファとオメガには運命のつがいがいると信じられています。運命のつがいについては?」
「聞いたことはあります。でも、噂程度で……」

 ミシュアルも、運命のつがいという話は聞いたことがある。生まれた時から相手が決まっているだとか、出会ったらすぐに相手がわかるだとかの眉唾ものの話ばかりで、ナハルベルカではまだ性徴が決まる前後の子どもが信じるような夢物語として知られていた。

 しかし、ドマルサーニでは子どもどころか王侯貴族に浸透したひとつの信仰であるとサリムは言った。

「ドマルサーニでは二ヶ月に一度、巡香会という出会いの場が開かれます。私も、巡香会で殿下と出会いました」
「皇太子も参加するような会なんですか?」
「はい。もともとは皇帝や皇太子の運命のつがいを探すための場なんです。運命のつがいを得ることは、希少な相手を傍に置くことができる権力や財、地位などを持っていると民に示すためのものでもあります。ドマルサーニでは、つがいを得た皇帝の代は栄えるとも言われているので」
「そんな意味があるんですね……」

 ナハルベルカとドマルサーニは国同士の仲が良いが、文化までは同じではない。国をふたつ隔てただけでもこんなにも違うのかと、今更ながらミシュアルは異国に来たのだと思い知った。

「なので、皇帝や皇太子はつがいを得るまで毎回巡香会に参加するのがしきたりです。それにやがて貴族が参加するようになり、民たちも加わって、今のようにアルファとオメガのための、開かれた出会いの場になりました」

 サリムは、運命のつがいを得られることは珍しく、普通に恋愛やなんらかの理由でつがいになった相手と結婚することがほとんどだと言った。

 しかし、出会うことが難しい相手を得られるという希少性や、運命のつがいを得ることができたオメガからはより優秀なアルファが生まれやすいという言い伝えにより、皇帝の一族はアルファが生まれれば必ず運命のつがいとなるオメガを探すことが恒例となっており、それが巡香会という集いの始まりだった。

「運命のつがいとの婚姻は特別です。普通の婚姻とは別と考えられ、つがいの他に結婚相手がいても許されるんです。だから、殿下が他に妃を娶ることはおかしいことではないんです」

 そう言うサリムの横顔は、ハイダルに向けられている。ミシュアルよりもだいぶ低いが、凛と背を伸ばしたその姿は、妃というよりは騎士として控えているように見えた。

 しかし、それでもサリムは皇太子妃だ。ミシュアルもいつかその位置に立つことを思えば、もし自分ならどう感じただろうと考えるだけでも胸が苦しくなった。

「……ですが、それでは……」

 ただアルファの名誉のためにつがうようなものではないか――そう言いかけた言葉を、ミシュアルは声にする前に飲み込んだ。

 ミシュアルにそのつもりがなくとも、この言葉はサリムを傷つけてしまう。そう思ったからだ。

 しかしサリムにはその言葉の続きがわかったようで、細い首がゆるく一度振られ、唇が綺麗に微笑みの形になった。

「悪いことばかりではありません。巡香会で運命のつがいに出会えなくても、オメガにはアルファと出会う機会が与えられます。上手くいけば玉の輿も狙えるんですよ」

 真面目な彼にしては珍しく、ふふと笑いながらサリムは茶化すように言ったが、ミシュアルは続いた言葉に笑い返すことができなかった。

「その最たるものが私です。私は幼い頃親に捨てられて、神殿で育ちました。そのうえオメガで……でも、オメガだったから巡香会に出られて、本来なら目の前に立つこともなかったはずの殿下のつがいになりました。それからずっと育てていただきました。これ以上を望むのは……きっと、悪いことです」

 そう言って、サリムは微笑んだ。
 唇が閉ざされ、静かな声は聞こえなくなる。代わって楽団の奏でる流麗な調べと周囲の喧噪がミシュアルの耳に入ってきたが、まるで自戒するような言葉に滲んだ悲しげな響きは、かき消えることなくミシュアルの耳にいつまでも響いていた。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

生き急ぐオメガの献身

雨宮里玖
BL
美貌オメガのシノンは、辺境の副将軍ヘリオスのもとに嫁ぐことになった。 実はヘリオスは、昔、番になろうと約束したアルファだ。その約束を果たすべく求婚したのだが、ヘリオスはシノンのことなどまったく相手にしてくれない。 こうなることは最初からわかっていた。 それでもあなたのそばにいさせてほしい。どうせすぐにいなくなる。それまでの間、一緒にいられたら充分だ——。 健気オメガの切ない献身愛ストーリー!

策士オメガの完璧な政略結婚

雨宮里玖
BL
 完璧な容姿を持つオメガのノア・フォーフィールドは、性格悪と陰口を叩かれるくらいに捻じ曲がっている。  ノアとは反対に、父親と弟はとんでもなくお人好しだ。そのせいでフォーフィールド子爵家は爵位を狙われ、没落の危機にある。  長男であるノアは、なんとしてでものし上がってみせると、政略結婚をすることを思いついた。  相手はアルファのライオネル・バーノン辺境伯。怪物のように強いライオネルは、泣く子も黙るほどの恐ろしい見た目をしているらしい。  だがそんなことはノアには関係ない。  これは政略結婚で、目的を果たしたら離婚する。間違ってもライオネルと番ったりしない。指一本触れさせてなるものか——。  一途に溺愛してくるアルファ辺境伯×偏屈な策士オメガの、拗らせ両片想いストーリー。  

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

悪役令息を引き継いだら、愛が重めの婚約者が付いてきました

ぽんちゃん
BL
 双子が忌み嫌われる国で生まれたアデル・グランデは、辺鄙な田舎でひっそりと暮らしていた。  そして、双子の兄――アダムは、格上の公爵子息と婚約中。  この婚約が白紙になれば、公爵家と共同事業を始めたグランデ侯爵家はおしまいである。  だが、アダムは自身のメイドと愛を育んでいた。  そこでアダムから、人生を入れ替えないかと持ちかけられることに。  両親にも会いたいアデルは、アダム・グランデとして生きていくことを決めた。  しかし、約束の日に会ったアダムは、体はバキバキに鍛えており、肌はこんがりと日に焼けていた。  幼少期は瓜二つだったが、ベッドで生活していた色白で病弱なアデルとは、あまり似ていなかったのだ。  そのため、化粧でなんとか誤魔化したアデルは、アダムになりきり、両親のために王都へ向かった。  アダムとして平和に暮らしたいアデルだが、婚約者のヴィンセントは塩対応。  初めてのデート(アデルにとって)では、いきなり店前に置き去りにされてしまい――!?  同性婚が可能な世界です。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。  ※ 感想欄はネタバレを含みますので、お気をつけください‼︎(><)

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。