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巣ごもりオメガと運命の騎妃
15.布市場へ
しおりを挟むまるで大きな旗のように色とりどりの布がはためく下を、ミシュアルは目を丸くしながら通り過ぎた。
ドマルサーニに到着して二日目、ミシュアルは国都メラの視察のために皇宮を出ていた。
今日のイズディハールは三日間行われるサマネヤッド同盟の会談があるため一緒に出掛けることができず、サリムが案内を務めてくれていた。
ドマルサーニの国都メラの市場は盛況だった。
手紙にもあった新しい市場は円形をしていて、中央にある尖塔から壁に向かって放射状に延びた縄に布がかかり、それが影の代わりになりながら風にはためく。売り物でもあるらしく、風にたなびく布を指さして店主と話をしたり、下ろしてもらった布を体に当てている姿も多く見られた。
「ここは布の取り引きに特化した市場です。西側にメラの商人、東側に他国からの商人を配置しています」
馬ではなく徒歩で歩きながら説明をしてくれるサリムと、その隣で異国の風景に興味津々なミシュアルの背後にはそれぞれ護衛がついているが、サリムは相変わらず護衛と同じような地味な騎士の服を着ているし、ミシュアルも動きやすいようにと胸元を開いたトウブに腰布を絞めた程度の格好だ。
腰に帯剣までしているふたりがドマルサーニの皇太子妃とナハルベルカの次期王妃だとは、誰も思わないだろう。見て行ってよとあちらこちらから気軽な声が飛んでいた。
「すごいですね、布の貿易だけでこんなに人が」
聞くところによると、店舗数だけでも百ほどあるという。それを求めてやってくる客に、取り引きのために訪れる買い手、積み荷を運んでくる行商人。彼らが行き交い、声を上げ、布がはためく市場は活気にあふれて壮観だ。
人波をゆったりと歩きながら、サリムは続けた。
「もともとはメラの東側にある市場に混ざっていたんですが、市場も狭くなってきてしまって。それで、ハイダル様が指揮を執って新しく布専門の市場を開設しました。土地の選定から市場の設計、景観まで手掛けたんです」
そう言いながら賑わう市場を眺めるサリムの表情はいつになく明るい。夜宴で見せた寂しげな風情はどこにもなく、ミシュアルはほっとしながら隣に並んだ。
「どのくらいで出来たんですか?」
「三年です。私も何度もここに連れてきてもらって、殿下からレンガの積み方や、設計図を見せてもらいました。見てください、あの尖塔の屋根」
言われてサリムの指さした方を見ると、市場の中央に建つ高い尖塔がある。その屋根は白っぽいレンガを積み上げて作った壁や建物の中では特に目立つ、赤い色をしていた。
「あの屋根は、殿下と話し合って決めたんです。ドマルサーニの砂漠の砂は白っぽいので、その中でも目立つ赤い色をと。そうすれば、遠くからでもわかりやすいから」
そう言うサリムの髪も、確かに人混みの中でも目立つ赤だ。確かにそうだと頷きながら、ミシュアルは意外だとも思っていた。
ナハルベルカで過ごしていた時はもちろん、ドマルサーニについてからミシュアルが目にしてきたハイダルとサリムは、ほとんど一緒にいることがなかった。それぞれが役職を持っていて忙しいということもあるだろうが、そもそも行動を共にしている様子もない。
そして、昨日聞いたばかりのドマルサーニ特有の運命制度だ。ミシュアルの頭の中では、すっかり二人の関係に名前がつこうとしているところだった。
(不仲なのかと思ってたけど……そうでもないのか)
好悪以前に体が本能的に引き寄せられるという言い伝えを信じるドマルサーニの運命制度にのっとってつがいになっただけで、そこに想いはないのだろうかとさえ思っていたが、ただ単にミシュアルが知らないだけのようだ。
ミシュアルとイズディハールの間にもいろいろあったように、サリムとハイダルの間にも当人たちしか知りえない何かがあるのだろう。
「いい色ですね」
「はい。ハイダル様のお好きな色です」
早とちりをしてしまったと恥ずかしく思いながら、ミシュアルは青空にも映える鮮やかな赤い屋根を見上げた。
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