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魔女編
28:魔女なんていない(3)
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「本当に、自由なのですね……。そして自由は、温情ではなく、同じ人間と思われているからこそ与えられている……」
「自由は、魔力を持たない者から与えられているのではないわ。最初から、持っているの」
これで証明された。アルビナは枷もつけられず、人として当たり前の自由と、自信をもって生きている。周囲が彼女に魔力があると知った上で。帝国に魔女という言葉がないことの、本当の意味を、メルセデスは知ってしまった。
「アルビナ様のご両親は、魔力をお持ちですか?」
「どちらも違うわ」
魔女の子供は魔女。それも違う。同じ人間で、単に、魔力を持っているか、持っていないか、個性が異なるだけ。
「私は……、母は、魔女では、ないのですね」
観念したように、メルセデスは呟いた。同時に、これまで流さずにこらえてきた涙が、するすると頬を滑り落ちていく。
良いことのはずだった。帝国では、メルセデスが魔女として経験したすべての辛いことは、どの人間にも起きえない。魔女として虐げられる女は存在しない。それでも、メルセデスを呑み込んだのは悲しみなのだろう。
「母が私を守るために村を焼いてしまったのは、いつか見た、我が子を守るために他人に怪我をさせたけれど許された母親と同じで、悪いことではなかったのですね。私は、母が処刑されたのは、仕方ないことだと思わなくてもよかったのですね。――悲しんでよかったのですね」
メルセデスがシュザンヌに過去を語った時、母親が死んだ理由については言及しなかったが、シュザンヌが想像した通り迫害の末に殺されてしまっていたのだ。
おそらくメルセデスは人並みに喜怒哀楽のある娘であったが、母の死は、幼い少女が受け入れるには、悲しみがすぎる出来事だった。彼女は自らの心を守るために、それを悲しい出来事ではなく、仕方のない出来事として処理するしかなかった。そうでなければ、正気のままでいられなかったのだ。
「いっそあの時、悲しみに呑まれて狂ってしまえばよかった」
流れ出る自らの涙に触れたメルセデスは呟く。今更その感情を思い出した自分自身に落胆したかのように。
「そうすれば、教えなど忘れて生きて、王太子の命令にも抵抗できて……、私が戦場に出て、誰かを殺すことはなかったかもしれない」
メルセデスはやっと、母の処刑を、自身にも降りかかるおそれのある不運ではなく、肉親を失った悲劇と思うことを自らに許した。
もはや、アルビナの目にはメルセデスへの嫌悪感はなかった。ただ、ようやく人として生きられるようになった子供のような女に、憐れみを覚えている。
この先メルセデスは、魔女だった頃のことを忘れられないだろう。肉親を失った悲しみは、自身がアルビナたちにしてしまったことを自覚させた。その罪は、手枷として彼女を縛り続ける。枷はこの先一生外されない決まりだ。彼女が忘れられることはない。
「昔の選択を悔やんでも、何も変わらないわ。後悔は、今という結果を踏まえて起きるものだけれど、昔の行動は、良くも悪くもその時取るべくして取ったのよ。最善ではなかったかもしれないけれど、仕方がないこと。私が望むのは謝罪でも懺悔でもない。あなたが、あれはしてはならないことだったと理解して、これからはそれを忘れないでいてくれれば……。それで、終わりよ」
当時、メルセデスが魔女としての処刑を恐れ、王太子に従って戦場へ出たのは、変えられない事実だ。その時得られた情報や精神状態では、他の選択肢は取れなかった。
今、罪の意識を持ったとしても、アルビナはその罪を問うつもりはないようだ。むしろ、メルセデスの母を失った悲しみは、今襲ってきている。アルビナと同じ苦しみを、今味わっている。それだけで、十分な罰と考えたのであろう。
「忘れるのよ。魔女だったことを」
テーブルに置かれたメルセデスの手に、シュザンヌは自らの手をそっと重ねた。
「背負った罪に囚われないでとまでは言わないわ。それもまた、あなたが人になるために必要なものよ。でも、魔女だったことは忘れてしまいなさい。これまで辛かった分、先のことを、幸せになることを考えなさい。忘却があなたに安寧をもたらすわ。きっと」
耐えられないほど辛いことや未だに燃え滾る怒りがある。忘れられないそれらを、忘れてしまえたらどれほど幸せなことだろうか。
「自由は、魔力を持たない者から与えられているのではないわ。最初から、持っているの」
これで証明された。アルビナは枷もつけられず、人として当たり前の自由と、自信をもって生きている。周囲が彼女に魔力があると知った上で。帝国に魔女という言葉がないことの、本当の意味を、メルセデスは知ってしまった。
「アルビナ様のご両親は、魔力をお持ちですか?」
「どちらも違うわ」
魔女の子供は魔女。それも違う。同じ人間で、単に、魔力を持っているか、持っていないか、個性が異なるだけ。
「私は……、母は、魔女では、ないのですね」
観念したように、メルセデスは呟いた。同時に、これまで流さずにこらえてきた涙が、するすると頬を滑り落ちていく。
良いことのはずだった。帝国では、メルセデスが魔女として経験したすべての辛いことは、どの人間にも起きえない。魔女として虐げられる女は存在しない。それでも、メルセデスを呑み込んだのは悲しみなのだろう。
「母が私を守るために村を焼いてしまったのは、いつか見た、我が子を守るために他人に怪我をさせたけれど許された母親と同じで、悪いことではなかったのですね。私は、母が処刑されたのは、仕方ないことだと思わなくてもよかったのですね。――悲しんでよかったのですね」
メルセデスがシュザンヌに過去を語った時、母親が死んだ理由については言及しなかったが、シュザンヌが想像した通り迫害の末に殺されてしまっていたのだ。
おそらくメルセデスは人並みに喜怒哀楽のある娘であったが、母の死は、幼い少女が受け入れるには、悲しみがすぎる出来事だった。彼女は自らの心を守るために、それを悲しい出来事ではなく、仕方のない出来事として処理するしかなかった。そうでなければ、正気のままでいられなかったのだ。
「いっそあの時、悲しみに呑まれて狂ってしまえばよかった」
流れ出る自らの涙に触れたメルセデスは呟く。今更その感情を思い出した自分自身に落胆したかのように。
「そうすれば、教えなど忘れて生きて、王太子の命令にも抵抗できて……、私が戦場に出て、誰かを殺すことはなかったかもしれない」
メルセデスはやっと、母の処刑を、自身にも降りかかるおそれのある不運ではなく、肉親を失った悲劇と思うことを自らに許した。
もはや、アルビナの目にはメルセデスへの嫌悪感はなかった。ただ、ようやく人として生きられるようになった子供のような女に、憐れみを覚えている。
この先メルセデスは、魔女だった頃のことを忘れられないだろう。肉親を失った悲しみは、自身がアルビナたちにしてしまったことを自覚させた。その罪は、手枷として彼女を縛り続ける。枷はこの先一生外されない決まりだ。彼女が忘れられることはない。
「昔の選択を悔やんでも、何も変わらないわ。後悔は、今という結果を踏まえて起きるものだけれど、昔の行動は、良くも悪くもその時取るべくして取ったのよ。最善ではなかったかもしれないけれど、仕方がないこと。私が望むのは謝罪でも懺悔でもない。あなたが、あれはしてはならないことだったと理解して、これからはそれを忘れないでいてくれれば……。それで、終わりよ」
当時、メルセデスが魔女としての処刑を恐れ、王太子に従って戦場へ出たのは、変えられない事実だ。その時得られた情報や精神状態では、他の選択肢は取れなかった。
今、罪の意識を持ったとしても、アルビナはその罪を問うつもりはないようだ。むしろ、メルセデスの母を失った悲しみは、今襲ってきている。アルビナと同じ苦しみを、今味わっている。それだけで、十分な罰と考えたのであろう。
「忘れるのよ。魔女だったことを」
テーブルに置かれたメルセデスの手に、シュザンヌは自らの手をそっと重ねた。
「背負った罪に囚われないでとまでは言わないわ。それもまた、あなたが人になるために必要なものよ。でも、魔女だったことは忘れてしまいなさい。これまで辛かった分、先のことを、幸せになることを考えなさい。忘却があなたに安寧をもたらすわ。きっと」
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