【R-18】【完結】魔女は将軍の手で人間になる

雲走もそそ

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人間編

35:待ち遠しい(1)

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 翌日、メルセデスは小庭園の東屋で一人呆けて過ごしていた。何をするでもなく、眺めるでもなく、視線はひたすら空中に投げ出したまま。
 草木が密集して茂る小庭園は、幸いにも見通しが悪く、メルセデスの様子がおかしくても誰の目にも止まらない。

(閣下はなぜ私に口づけられたのか……)

 昨晩からそのことだけが頭の中を占めていた。乾いた唇が一瞬触れただけ。それでもあれが口づけであることは知識として知っている。
 しかし、あれの意味が何なのかは、知識としていくつかの候補はあるものの、結局いずれか理解できない。親愛、友愛、愛情のどれなのか。
 考えてはみたが、どれも違うように思ったのだ。

 シヒスムンドからの誤解は解消できた。けれどもそれは、メルセデスが先遣隊の襲撃などを望んでしたのか、やむにやまれずか、という話であって、そこが解消しても別に好意的になる要素はない。
 そもそも理解と好悪は別次元にある。理解は理性が、好悪は感情がつかさどる。メルセデスも、母を殺した村人たちをそういう生き物だからと自分を納得させていたが、好悪でいえば嫌悪しかなかった。
 シヒスムンドはメルセデスに理解を示してくれたため、与えるべき罰と考えていた降嫁の件を取り消した。だが、メルセデスが彼の部下を殺したことに変わりはない。だから嫌われていることに間違いはないはずだ。
 従ってあの口づけは何らかの愛情を示すものではない。

(もしかしてからかわれた……?)

 メルセデスはシヒスムンドに対し、自分を見出してくれたことに対する礼として何をすればいいか尋ねた。すると肩や背中を抱きしめるように触られて、首も撫でられた。
 からかうことを目的として、体に触れることがあるとは知っている。王国でも、城の兵士に稀に体を触られた。特に親しくもなく、何の感情も抱いていない相手に体を触られるのは強烈な嫌悪感があった。口づけなど想像するのも吐き気がする。だから確かに、からかうという目的には沿っていた。

 しかしながら、シヒスムンドに触られた際は特に嫌悪感はなく、代わりになぜか緊張感と羞恥心を覚え、触れられた箇所が熱く感じた。おそらくシヒスムンドに対しては、救ってくれたという感謝と尊敬の念があったため、感じ方が違ったのだと考えられる。

 メルセデスの推測では、シヒスムンドは、メルセデスが接触や口づけで不快感を持つと想定していた。そしてシヒスムンドはメルセデスを嫌っている。だから嫌いなメルセデスに対し、からかう、もしくは嫌がらせとしてあれらの行為を行ったのではないか。
 そういえば最後に、礼はこれでいい、と言っていた。つまり謝礼として何かの貢献をさせるのではなく、溜飲の下がるようなことをしたので、礼はこれでいいということではないか。

 では、メルセデスの感じ方が想定と異なり、嫌悪感をまったく抱かなかったのは彼にとって大きな誤算のはずだ。

「今度ご説明差し上げなくては……」

 もっと別のメルセデスの嫌なことをされるのは気が重いが、彼がそれをしたいのならば仕方がない。
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