【R-18】【完結】魔女は将軍の手で人間になる

雲走もそそ

文字の大きさ
80 / 180
人間編

34:謝礼(2)

しおりを挟む
 話が終わったとみて、シヒスムンドは立ち上がった。帰りを察して、メルセデスは秘密の通路の扉まで先回りし、彼の着てきた外套を準備している。

「閣下には、どのような貢献をすればよろしいですか?」

 外套を差し出しながら、メルセデスが質問してきた。意味を計り兼ねたシヒスムンドに説明が重ねられる。

「閣下が謁見の間で私を選んでくださったことに対してのです。事件の調査は、陛下からのご命令ですから、これを引き受けたことは、閣下へのお礼になりません」
「なるほどな……」

 すでに彼女の国における最上級の謝意を受け取ったが、それとは別に明確な貢献が必要と考えているらしい。メルセデスの律義さに感心しつつ、嗜虐心が首をもたげてきたので、あれでよいとは言わないことにした。

 外套を渡そうとする手を引いて、油断しきった体を胸に引き寄せる。

「あっ」

 彼女の手から外套が床へ落ちた。

「愛妾たちは身ごもりようもないと言ったが……、そういえばこの後宮において唯一、男と二人になる環境があったな」

 耳元に、あえて抑えた声でそう吹き込んだ。
 先ほどの初心な様子に、少し触れれば慌てふためき動揺するだろう想像していた。それを笑ってやるつもりだった。

 だが、腕の中へすっぽりと収まった体は、微動だにせず、むしろ固くなっている。
 シヒスムンドは、予想した反応とは違ったが、以前放火犯の面通しの最中に脅したときのように、怯えているのだろうとたかをくくっていた。

 だが、脅かし過ぎたと思い開放する前に、うつむく彼女の耳が赤く染まっていることに気づく。

 驚きに体を固くしているが、恐怖による硬直ではない。これまで抱いてきた女たちの様子と全く異なる。
 表情を見たくなり、メルセデスのうなじを手の甲で撫で上げるようにして、顔を仰がせていた。

「閣下……」

 色の白い頬もうなじも、先ほどとは比べ物にならないほど赤く色づいていた。見つめる青灰色の瞳も、心なしか潤んで見える。

 最初は、いたずら心からだった。からかってやろうと。
 だが、腕の中でぎこちなく立ちすくんだままのメルセデスの肢体の、柔らかな感触と香油の甘い香りに、情欲の火がつけられたのは誤算だった。恐怖も嫌悪もない瞳への歓喜が、それを後押しする。

「んっ……」

 シヒスムンド自身も気づかないうちに、メルセデスの薄い唇へ口づけていた。
 その思わずした行動が、逆にシヒスムンドを冷静にした。
 ここまでするつもりはなかった。自らがここまでするとは思ってもみなかった。

 感触を確かめる間もない一瞬の軽い口づけだけで、さっと体を離した。
 急いで床に落ちた外套を拾って羽織る。

「礼はこれでいい」

 まるで言い訳だと感じながら、シヒスムンドは硬直したままのメルセデスを置いて後宮を後にした。




「ダビド!」

 秘密の通路から駆け込むように皇帝の居室へ戻れば、机に向かっていたダビドが驚いた様子で顔を上げている。

「どうした、シグ。隠し通路は常に冷静に歩け。道を間違っては――」

 立ち上がったダビドのいつもの小言が始まるが、無視して掴みかかるようにその両肩に手を置いた。

「ダビド、誓いを覚えているか。俺が、あの男のようになったら、お前の手で……。お前が俺の遺志を継ぐと」

 ダビドの口が引き結ばれる。安易に持ち出してはならない話だ。しかし、確認せずにはいられない。

「ああ、誓ったさ。だが同時に、お前も誓ったはずだ。必ず正しい道を行き、俺にそんなことはさせないとな」

 最初の誓いの直後に、ダビドに要求されて誓った。

「わかっている。お前にこれ以上の負担は……。だが、俺は自分が恐ろしい」

 先ほど、メルセデスの唇を思わず奪ってしまった。それほどまでにシヒスムンドは渇望していたのだ。自分の欲求を理性が止める間もなかったことに、シヒスムンドは心底恐怖した。
 いずれこの欲望に呑まれて、大陸統一の野望を忘れ去ってしまうのではないか、と。

 今まで全てを諦めて来れたのに、たった一人がここまで自分をかき乱す。

「落ち着け。大丈夫だよ。お前は。そう心配できているなら、大丈夫だ」

 肩を叩くダビドの手と励ましに、少し気が落ち着いてくる。

(そうだ。大丈夫だ。これは一時的なもので、俺はメルセデスを利用して、欲望を満たそうとしているだけだ。心を奪われてなどいない。俺に主導権がある。いつでも捨てられる。野望を忘れることなど、ありえない……)

 シヒスムンドが自分へ言い聞かせる内容は、人道から外れていた。だが今のシヒスムンドにとっては、それよりも自分が果たすべき野望の道から逸れていないことの方が重要だった。
 すべてをかけてでも、何を利用しても、大陸統一を果たさなければならない。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

男嫌いな王女と、帰ってきた筆頭魔術師様の『執着的指導』 ~魔道具は大人の玩具じゃありません~

花虎
恋愛
魔術大国カリューノスの現国王の末っ子である第一王女エレノアは、その見た目から妖精姫と呼ばれ、可愛がられていた。  だが、10歳の頃男の家庭教師に誘拐されかけたことをきっかけに大人の男嫌いとなってしまう。そんなエレノアの遊び相手として送り込まれた美少女がいた。……けれどその正体は、兄王子の親友だった。  エレノアは彼を気に入り、嫌がるのもかまわずいたずらまがいにちょっかいをかけていた。けれど、いつの間にか彼はエレノアの前から去り、エレノアも誘拐の恐ろしい記憶を封印すると共に少年を忘れていく。  そんなエレノアの前に、可愛がっていた男の子が八年越しに大人になって再び現れた。 「やっと、あなたに復讐できる」 歪んだ復讐心と執着で魔道具を使ってエレノアに快楽責めを仕掛けてくる美形の宮廷魔術師リアン。  彼の真意は一体どこにあるのか……わからないままエレノアは彼に惹かれていく。 過去の出来事で男嫌いとなり引きこもりになってしまった王女(18)×王女に執着するヤンデレ天才宮廷魔術師(21)のラブコメです。 ※ムーンライトノベルにも掲載しております。

処理中です...