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中編
18.他人事-3
しおりを挟む退職希望を告げに来たアルヴィドは、グンナルから尋ねられて、それまでの経緯を答えた。
在学中、イリスを凌辱し、その復讐として彼女の被害の記憶を植え付けられる。そして男性恐怖症となったアルヴィドは、まともな生活ができなくなったため、休学してひとまず生家であるエーベルゴート家へ帰った。
そこで当主と何らかのやりとりがあり、アルヴィドは卒業と同時に嫡男の地位から廃され、ノイマン家へ養子に出されるという追放を受けることに決まった。
ここまではイリスも、グンナルから聞かされて知っている。
しかしその際、アルヴィドは、エーベルゴート家の敷地内での記憶と、それを敷地外で思い返した記憶の全てを抹消された。
家に脈々と受け継がれる秘術等を外部へ漏らさないために、生後間もなくから仕込まれる特別な魔術によるものだ。通常はそこまで具体的な範囲の記憶だけを綺麗に切り取ることはできない。できないからこそ、イリスの記憶分離の秀でている点となっている。これも、エーベルゴートに伝わる秘術の一つであった。
そうして生まれてからエーベルゴート家の嫡男として積み上げてきた記憶を消され、アルヴィドは卒業間近に復学した。その時すでに、彼は元のアルヴィドではなかった。
記憶は消し過ぎると人格を損なう。特に幼少期の大部分を過ごしたはずの、家の中の記憶を失ったアルヴィドには、ほとんど何も残っていなかった。あるのは初めて親元を離れた、ルーヘシオンでの七年間の学校生活の記憶ばかり。
人格形成に重要な幼少期の記憶を消されたアルヴィドは、考え方などのまるで違う、過去の自分の思考の記憶はあっても、なぜその思考に至れたのかが理解できない状態に陥った。
復学時に人が変わったと評されたのは、間違いではなかった。
自信に満ち溢れた優等生の顔。それは、エーベルゴートの記憶があった、元の人格だからこそできたことだ。
家系へ伝わる秘術以外は、記憶を消される前と同じように扱える。学校での記憶もある。だが、同じ考え方にはならない。
他人の人生を途中から生き始めたような何者か。それが今のアルヴィドだった。
◆
「お前に話すべきか迷っていた。すでに多くを背負っているお前に、これ以上抱えさせるべきかと」
グンナルの話を聞き終えたイリスは愕然とした。
「そんな……。ではもう、あれは、私が復讐した彼ではないのですか」
記憶はある。だが思考は違う。
今のアルヴィドは、かつてイリスを犯した彼と、思考回路が異なる。仮に同じ場面になっても、今のアルヴィドは同じことをしない可能性がある。
むしろその可能性が高い。なぜなら彼は、再会したイリスの前から姿を消そうとしていた。普通は凌辱した相手の職場で進んで働こうとはしない。まともな人間ならするであろう行動を、取ろうとしていた。
「許す必要はない。確かに彼のしたことだ。アルヴィドには自分の行いとして記憶がある。私は彼を、償いのために残るよう引き止めた。……だが、もはや彼に心からの反省はできない」
省みようにも、記憶があろうと今は理解できない行動を、どうして反省できるというのか。
『……そうだな。他人事だ』
アルヴィドはそう口にしていた。まさしくその通りだったのだ。
彼からすれば、ただ記憶があるだけの、全く別人に等しい過去の自分の行動だったからだ。
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