【R-18】【完結】壊された二人の許しと治療

雲走もそそ

文字の大きさ
63 / 114
中編

20.過去との対峙-4

しおりを挟む


 具合が悪いからと言って、帰ろうとした。立ち上がると、急に視界が狭まって、倒れそうになった。両肩を持たれて、支えられる。

 彼は休もうと言った。
 でもイリスは無理にでも帰るべきだと思った。
 何かが、絶対に、おかしい。ここは危ない。

 肩を抱かれている。手の力が強い。
 帰りたいのに足が真っ直ぐ前へ出ない。踏み出しても誘導される。ふらついて自力では立てない。
 彼が向かったのは隣の部屋へ続く扉だった。他の生徒たちの隣を通っているのに、誰も見向きしない。声も出ない。
 
「隣の部屋……。ソファと、埃除けの布のかかった、家具がいくつか、残ってる……」
「今の恐怖の度合いは」
「九十……」
「この時の君じゃない。思い出している、今の君の恐怖だ」
「……七十」

 扉が閉まる音。元いた部屋の話声などは聞こえなくなった。絶えず大きな笑い声がしていたのに、こちらの部屋はひどく静かだ。

 今聞こえている、はあ、はあ、という荒い呼吸は、記憶の中の音ではない。現実で語るイリスの息遣いだ。

「動けない。声も、出ない。怖い。でも悪いことなんて、起きるはずない」
「それ以外に何か思ったか」
「彼に、何かされることなんて、ない。自分を、安心させようと、してた」

 ひどく喋りづらい。言葉を続けるための息が足りない。

 突き飛ばされて、ソファに倒れ込む。アルヴィドが馬乗りになった。
 侮辱の言葉。淫魔。雑ざりもの。

「下着を、脱がされて」
「場面が飛んでる。戻るんだ」
「笑ってる。あ、あぁ……。彼が、私の、足を持ち上げて……」
「まだその場面じゃない。今の恐怖の度合いは」

 誰かの声が遠くに聞こえる。それよりも、息遣いの方が近くて、その声が何を話しているのかわからない。

「な、中に、入ってきて……。あ、刺されてる、みたいで、痛くて、怖くて、そ、れで……!」
「息をして」

 言葉が、出ない。苦しい。

「い、や……!」

 傷を、繰り返し抉られるような痛み。体が強張って動かない。
 息が、止まる。
 あの男は、笑っている。
 このまま、壊される。

「しっかりしろ、イリス!」
「あッ……!」

 がくん、と揺さぶられて、圧し掛かる影が消えた。

「ここは公園だ! 実際に起きていることじゃない! 記憶は君を傷つけたりしない!」

 急な眩しさに襲われる。

「目を開けて、僕を見ろ!」

 右手が痛い。だが、温かい。

「あ……、はっ、はぁっ……!」

 急に呼吸が戻った。
 あの男はいない。あの部屋ではない。屋外で、空の下にいる。日光を遮る影。

 徐々に視界が慣れてくる。
 誰かが隣にいる。イリスを揺さぶった手がまだ肩に置かれている。右手も、その人が握っていた。
 見上げると、一瞬誰かわからなかった。全く別人の姿だから、記憶の続きにはならなかった。

 右手に何かの雫が落ちる。

「どうして……、あなたが泣いてるの」

 やっと正面からイリスと顔を合わせたアルヴィドは、涙を流していた。
しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

十歳の花嫁

アキナヌカ
恋愛
アルフは王太子だった、二十五歳の彼は花嫁を探していた。最初は私の姉が花嫁になると思っていたのに、彼が選んだのは十歳の私だった。彼の私に対する執着はおかしかった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

処理中です...