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16.幽囚-1
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公爵家の騎士はその夜、自分を含めて六名による騎馬で、ベラーネク伯爵家の馬車を囲むように同行していた。馬車と騎士たちのそれぞれが下げたランプで足元を照らしながら、夜道をゆっくり進んでいく。夜遅いので人気はなく、ただ馬車の車輪が石畳の上を転がる音と、馬の爪音だけが、暗闇へ染みて消えていく。
場所は王都の貴族たちの邸宅が密集する地域で、定期的に兵士が巡回しているため治安はかなり良い。御者台には馬を操る者だけでなく護衛も一人乗っているので、それで事足りると想像される。
それでも騎士たちは、執事を経由してなされた主人の命令で、伯爵家の馬車の帰り道を守っていた。
馬車の中にいるのは、公爵家の三女でずいぶん前にベラーネク伯爵家へ嫁いだヴィオラだ。騎士は幼い頃から彼女を見ていたためか、いつまでたっても『お嬢様』の感覚が抜けない。そのお嬢様は城で筆頭秘書官という大変な職に就いていたが、どうやら昨日で退職し、夫の傍へ戻ることになったそうだ。
これまではヴィオラは王都に住んでいて、父の公爵や兄を訪ねて時折公爵家の屋敷へ足を運んでおり、騎士も彼女の元気そうな顔を見る機会があった。しかし、それが今後は無くなってしまうとなれば寂しくなると、同僚たちと話していたところだ。
幼いころの病や、その後の辛い道のりを、家族だけでなく騎士を含む使用人一同承知している。末っ子ということもあってか、皆ヴィオラを気にかけていた。
『お嬢様の馬車の護衛をお願いします』
先ほど突然召集されて、執事からそのように伝えられた。
何があったのか知らないが、ヴィオラは父の公爵に叱責を受け、すぐに出ていけと言われたらしい。あの冷静で愛情深い主人が、そのような感情的なことをするとは、にわかには信じがたかった。
だが、丁度目撃した、伯爵家の馬車へ乗り込もうとしていたヴィオラは、執事が急いで用意したであろう濡れた布を手渡され、それを頬に当てて冷やしていた。頬を打たれたのだろう。
公爵がそこまでするほどのことが、起きているのだ。
『旦那様は、離れて追いかけるようにと仰せです。が……、そうですな、もう暗いので見失っては困りますから、傍へ寄ってもやむを得ないでしょう』
公爵が本当にヴィオラを見放したのなら、最低限の護衛は伯爵家から連れてきているのだから、騎士たちに送らせるなどしなかったはずだ。見捨てることなどできないのだ。
しかし正面きってそうできない心情を慮った執事は、詭弁を弄して、主人の本当にしたかったであろうことを伝えてくれた。騎士たちは頷いて、最初から馬車の周囲を守るように同行しているのだった。
(しかしお嬢様になにがあったのか……)
箱馬車の中のカーテンは閉じられていて、ヴィオラの様子はうかがい知れない。騎士は一行の最後尾に付いているのでよく分かるが、他の騎士たちも気がかりなようでちらちらと馬車へ視線を送っている。
「なんだ、あれは?」
馬車と騎士たちがどこかの家の高い塀の角を曲がったところで、誰かが声を上げた。
場所は王都の貴族たちの邸宅が密集する地域で、定期的に兵士が巡回しているため治安はかなり良い。御者台には馬を操る者だけでなく護衛も一人乗っているので、それで事足りると想像される。
それでも騎士たちは、執事を経由してなされた主人の命令で、伯爵家の馬車の帰り道を守っていた。
馬車の中にいるのは、公爵家の三女でずいぶん前にベラーネク伯爵家へ嫁いだヴィオラだ。騎士は幼い頃から彼女を見ていたためか、いつまでたっても『お嬢様』の感覚が抜けない。そのお嬢様は城で筆頭秘書官という大変な職に就いていたが、どうやら昨日で退職し、夫の傍へ戻ることになったそうだ。
これまではヴィオラは王都に住んでいて、父の公爵や兄を訪ねて時折公爵家の屋敷へ足を運んでおり、騎士も彼女の元気そうな顔を見る機会があった。しかし、それが今後は無くなってしまうとなれば寂しくなると、同僚たちと話していたところだ。
幼いころの病や、その後の辛い道のりを、家族だけでなく騎士を含む使用人一同承知している。末っ子ということもあってか、皆ヴィオラを気にかけていた。
『お嬢様の馬車の護衛をお願いします』
先ほど突然召集されて、執事からそのように伝えられた。
何があったのか知らないが、ヴィオラは父の公爵に叱責を受け、すぐに出ていけと言われたらしい。あの冷静で愛情深い主人が、そのような感情的なことをするとは、にわかには信じがたかった。
だが、丁度目撃した、伯爵家の馬車へ乗り込もうとしていたヴィオラは、執事が急いで用意したであろう濡れた布を手渡され、それを頬に当てて冷やしていた。頬を打たれたのだろう。
公爵がそこまでするほどのことが、起きているのだ。
『旦那様は、離れて追いかけるようにと仰せです。が……、そうですな、もう暗いので見失っては困りますから、傍へ寄ってもやむを得ないでしょう』
公爵が本当にヴィオラを見放したのなら、最低限の護衛は伯爵家から連れてきているのだから、騎士たちに送らせるなどしなかったはずだ。見捨てることなどできないのだ。
しかし正面きってそうできない心情を慮った執事は、詭弁を弄して、主人の本当にしたかったであろうことを伝えてくれた。騎士たちは頷いて、最初から馬車の周囲を守るように同行しているのだった。
(しかしお嬢様になにがあったのか……)
箱馬車の中のカーテンは閉じられていて、ヴィオラの様子はうかがい知れない。騎士は一行の最後尾に付いているのでよく分かるが、他の騎士たちも気がかりなようでちらちらと馬車へ視線を送っている。
「なんだ、あれは?」
馬車と騎士たちがどこかの家の高い塀の角を曲がったところで、誰かが声を上げた。
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