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世界の闇
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ゼリックが獣王国に戻ってから一年の時が過ぎ、彼と共にやってきた者たちも周囲の者たちとすっかり打ち解けていた。
獣王国の国民たちは彼らを外の世界から来た新参者と邪険に扱うようなこともなく、互いに手を取り合い、まるで古くからの友人であったかのように接したのだ。
そして、そんな獣王国のために彼らもまたその腕っぷしの強さを使い傭兵団として国の防衛に貢献していた。
それによって獣王国はこれまで以上に強固で屈強な国となっていたのだった。
この状況は、種族間における和平協定を実現させ、共存共栄を望む獣王レオニスにとっても好ましいものであった。
しかし ────── そんな平和な時を過ごしていた獣王国ビステリアに、激震が走ることとなる。
その原因は獣王レオニスに対してゼリックが行った提言。
それは、これまでの数十年にも及ぶ平和を壊しかねないものであった。
「不敬であるぞ!ゼリック!!」
玉座の間に響き渡る大きな声。
声の主は、戦士長ザックスである。
「父上…」
怒りに震える父ザックスの姿を横目に見ながらも、自身の発言を撤回するつもりのないゼリックなのであった。
「少し落ち着くのだ、ザックス」
「は…はい。失礼しました」
「して…ゼリック、先ほどの発言は本気なのか?場合によっては私も黙っているわけにはいかぬぞ」
隣で怒りのあまり興奮した状態にあるザックスを落ち着かせたレオニスは、正面を向き直すと眼前で跪いているゼリックに対して威嚇の意味も込められた言葉を投げかける。
「はい。もちろん本気です」
「フゥー・・・。そうか…本気か…。おぬしのことだ、考え無しの提言というわけではないのだろう。その真意を教えてくれ」
「畏まりました」
─────────────────────────
ゼリックが行った提言。
それは、他種族との間で締結された『和平協定からの離脱』であった。
長きに渡るの争いの末にやっとの想いで成された和平協定。
それは獣王レオニスにとっても悲願であり、締結されるまでにも数多くの問題を乗り越えてきた。
そして、その姿をずっと隣で見てきたのが他ならぬザックスなのだ。
それ故にたとえ息子であろうともそれらを蔑ろにするような発言を許すことが出来なかったのである。
では、なぜゼリックは突然そのようなことを言い出したのか。
そこには十年という時間を外の世界で生きてきたからこそ目にした世界における闇があったのだった。
そして、ゼリックはその目で見てきた悲惨という言葉では言い表すことの出来ない光景について語り出した。
「獣王様は外の世界をご覧になったことはございますか?」
「ああ、他種族との会合の際にあちこち見て回ることはある」
「それで、見て回ったご感想は?」
「どの種族も自分たちの文化を大事にしつつも、積極的に他種族との交流をしているように思えたが ─────── 」
その言葉を聞いたゼリックは一瞬俯きひと息吐いた後、玉座に座るレオニスを真っ直ぐ見つめ言葉を続ける。
「それは国における陽の当たる場所。世界の一部でしかありません。それと同じく世界には陽の当たらない闇が存在するのです。そう!世界の闇が!!」
「世界の…闇…」
そこからゼリックは世界を見て回った中で実際に目にした酷く凄惨な闇の部分について熱弁を振うのであった。
貧困差による迫害。
暴力による支配。
未だ無くならない奴隷制度。
少ない賃金で酷使され続ける者たち。
そして、それを受けるほとんどの者が獣人族であるということ。
その恩恵を受けているのがヒト族であるということ。
次第に熱を帯びていくゼリックの言葉には憎悪の念すら浮かび上がっていく。
非力なヒト族にとって、あらゆる身体的な能力において上回る獣人族の存在は魅力的であった。
しかし、憧れから始まったそれも時間の経過と一部の邪な考えを持つ者たちによって便利な道具と化し、その扱いも次第に暴力的かつ威圧的なものへと変貌していった。
そして、そのような光景を目にし続けたゼリックは今の世界に絶望してしまったのだった。
⦅和平協定?平和な世界?種族間における争いを無くす?そんなもの嘘っぱちじゃないか…。そんな狂言を信じていた自分が恥ずかしい。同族がこんなにも苦しんでいるというのに、そんな事実を知りもしないでのうのうと生きてきたのか…。治外法権?笑わせるな!ヒト族如きが上から物を言ってんじゃねーぞ!!⦆
世界の闇に触れるたびにゼリックの中で何かが壊れ、別の何かが生まれた。
そして、そこからゼリックの旅の目的は大きく変わり始める。
いくつもの奴隷商やそれに関わる組織を潰し、それに協力してくれる仲間を増やしていきながら苦しめらている獣人族を救ってきた。
その末の帰国。
そこには個人としての行動に限界を感じたゼリックの国を挙げた宣戦布告が必要だという考えがあった。
そして、一年間獣王国で過ごしながらその生活を見て回り、さらに獣人族を守りたいという想いが大きくなったことで今回の提言へと至ったのである。
「俺は、力でも能力でも上回り、身体的にも優れている獣人族がヒト族の下で虐げられていることが我慢ならないのです」
「落ち着くのだゼリック。世界の中には確かにそういった部分があるかもしれない。しかし、そのために全てを壊すわけにはいかないのだ」
「目を瞑れと?見なかったことにして知らぬ存ぜぬを通せというのですか?」
「ゼリック!獣王様に対して何たる物言いだ!!」
息子による自身が仕える王に対する無礼な態度と物言いに我慢ならず身を乗り出して怒りを露わにするザックス。
しかし、その行動もレオニスによって制止させられる。
「静まるのだザックス。ゼリックよ、我々は何もその問題を蔑ろにしようとしているわけではない。だが、この世界にもバランスというものがある。そして、当然この獣王国ビステリアもまたそれを支える一部なのだ。そのバランスを保つために成されたのが和平協定であり、多くの者の協力により長い年月をかけてようやく辿り着いた平和なのだ」
「それが“偽り”だと言っているんですよ」
「ゼリック、少し大人になるのだ。和平協定によって全ての種族はあくまでも対等な関係となり、その上で我が国は治外法権が認められ独自のルールの中で生活が出来ておるのだ」
怒りのあまり興奮した様子のゼリックに対して静かに諭すように言葉を伝えるレオニス。
しかし、その話を聞いてもなおゼリックの怒りが収まることはない。
「そもそもその“認められている”ということ自体が間違っている。ヒト族の法が蔓延している世界の中で治外法権を認める?それこそが我々を下に見ている証拠ではありませんか!!」
「そうではない。一つの法の下で世界を治めるには現段階の我々では難しいという判断だ。決して ───── 」
「それは言い訳であり、逃げではありませんか!俺たち獣人族は決して逃げない!!」
「フゥー・・・。では、そなたはどうするつもりなのだ?」
「獣人族の基本に則り行動する」
「獣人族の基本…だと?」
「獣人族の基本的な考えである『力こそが正義』。我々にとって当然である実力主義の下、ヒト族どもを力で抑え込み支配下に置く」
「「なっ・・・!?」」
ゼリックによるヒト族との戦争宣言。
その衝撃的な発言を前に獣王レオニスを始めその場にいた戦士長ザックスや他の者たちも驚きを隠せないのであった。
獣王国の国民たちは彼らを外の世界から来た新参者と邪険に扱うようなこともなく、互いに手を取り合い、まるで古くからの友人であったかのように接したのだ。
そして、そんな獣王国のために彼らもまたその腕っぷしの強さを使い傭兵団として国の防衛に貢献していた。
それによって獣王国はこれまで以上に強固で屈強な国となっていたのだった。
この状況は、種族間における和平協定を実現させ、共存共栄を望む獣王レオニスにとっても好ましいものであった。
しかし ────── そんな平和な時を過ごしていた獣王国ビステリアに、激震が走ることとなる。
その原因は獣王レオニスに対してゼリックが行った提言。
それは、これまでの数十年にも及ぶ平和を壊しかねないものであった。
「不敬であるぞ!ゼリック!!」
玉座の間に響き渡る大きな声。
声の主は、戦士長ザックスである。
「父上…」
怒りに震える父ザックスの姿を横目に見ながらも、自身の発言を撤回するつもりのないゼリックなのであった。
「少し落ち着くのだ、ザックス」
「は…はい。失礼しました」
「して…ゼリック、先ほどの発言は本気なのか?場合によっては私も黙っているわけにはいかぬぞ」
隣で怒りのあまり興奮した状態にあるザックスを落ち着かせたレオニスは、正面を向き直すと眼前で跪いているゼリックに対して威嚇の意味も込められた言葉を投げかける。
「はい。もちろん本気です」
「フゥー・・・。そうか…本気か…。おぬしのことだ、考え無しの提言というわけではないのだろう。その真意を教えてくれ」
「畏まりました」
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ゼリックが行った提言。
それは、他種族との間で締結された『和平協定からの離脱』であった。
長きに渡るの争いの末にやっとの想いで成された和平協定。
それは獣王レオニスにとっても悲願であり、締結されるまでにも数多くの問題を乗り越えてきた。
そして、その姿をずっと隣で見てきたのが他ならぬザックスなのだ。
それ故にたとえ息子であろうともそれらを蔑ろにするような発言を許すことが出来なかったのである。
では、なぜゼリックは突然そのようなことを言い出したのか。
そこには十年という時間を外の世界で生きてきたからこそ目にした世界における闇があったのだった。
そして、ゼリックはその目で見てきた悲惨という言葉では言い表すことの出来ない光景について語り出した。
「獣王様は外の世界をご覧になったことはございますか?」
「ああ、他種族との会合の際にあちこち見て回ることはある」
「それで、見て回ったご感想は?」
「どの種族も自分たちの文化を大事にしつつも、積極的に他種族との交流をしているように思えたが ─────── 」
その言葉を聞いたゼリックは一瞬俯きひと息吐いた後、玉座に座るレオニスを真っ直ぐ見つめ言葉を続ける。
「それは国における陽の当たる場所。世界の一部でしかありません。それと同じく世界には陽の当たらない闇が存在するのです。そう!世界の闇が!!」
「世界の…闇…」
そこからゼリックは世界を見て回った中で実際に目にした酷く凄惨な闇の部分について熱弁を振うのであった。
貧困差による迫害。
暴力による支配。
未だ無くならない奴隷制度。
少ない賃金で酷使され続ける者たち。
そして、それを受けるほとんどの者が獣人族であるということ。
その恩恵を受けているのがヒト族であるということ。
次第に熱を帯びていくゼリックの言葉には憎悪の念すら浮かび上がっていく。
非力なヒト族にとって、あらゆる身体的な能力において上回る獣人族の存在は魅力的であった。
しかし、憧れから始まったそれも時間の経過と一部の邪な考えを持つ者たちによって便利な道具と化し、その扱いも次第に暴力的かつ威圧的なものへと変貌していった。
そして、そのような光景を目にし続けたゼリックは今の世界に絶望してしまったのだった。
⦅和平協定?平和な世界?種族間における争いを無くす?そんなもの嘘っぱちじゃないか…。そんな狂言を信じていた自分が恥ずかしい。同族がこんなにも苦しんでいるというのに、そんな事実を知りもしないでのうのうと生きてきたのか…。治外法権?笑わせるな!ヒト族如きが上から物を言ってんじゃねーぞ!!⦆
世界の闇に触れるたびにゼリックの中で何かが壊れ、別の何かが生まれた。
そして、そこからゼリックの旅の目的は大きく変わり始める。
いくつもの奴隷商やそれに関わる組織を潰し、それに協力してくれる仲間を増やしていきながら苦しめらている獣人族を救ってきた。
その末の帰国。
そこには個人としての行動に限界を感じたゼリックの国を挙げた宣戦布告が必要だという考えがあった。
そして、一年間獣王国で過ごしながらその生活を見て回り、さらに獣人族を守りたいという想いが大きくなったことで今回の提言へと至ったのである。
「俺は、力でも能力でも上回り、身体的にも優れている獣人族がヒト族の下で虐げられていることが我慢ならないのです」
「落ち着くのだゼリック。世界の中には確かにそういった部分があるかもしれない。しかし、そのために全てを壊すわけにはいかないのだ」
「目を瞑れと?見なかったことにして知らぬ存ぜぬを通せというのですか?」
「ゼリック!獣王様に対して何たる物言いだ!!」
息子による自身が仕える王に対する無礼な態度と物言いに我慢ならず身を乗り出して怒りを露わにするザックス。
しかし、その行動もレオニスによって制止させられる。
「静まるのだザックス。ゼリックよ、我々は何もその問題を蔑ろにしようとしているわけではない。だが、この世界にもバランスというものがある。そして、当然この獣王国ビステリアもまたそれを支える一部なのだ。そのバランスを保つために成されたのが和平協定であり、多くの者の協力により長い年月をかけてようやく辿り着いた平和なのだ」
「それが“偽り”だと言っているんですよ」
「ゼリック、少し大人になるのだ。和平協定によって全ての種族はあくまでも対等な関係となり、その上で我が国は治外法権が認められ独自のルールの中で生活が出来ておるのだ」
怒りのあまり興奮した様子のゼリックに対して静かに諭すように言葉を伝えるレオニス。
しかし、その話を聞いてもなおゼリックの怒りが収まることはない。
「そもそもその“認められている”ということ自体が間違っている。ヒト族の法が蔓延している世界の中で治外法権を認める?それこそが我々を下に見ている証拠ではありませんか!!」
「そうではない。一つの法の下で世界を治めるには現段階の我々では難しいという判断だ。決して ───── 」
「それは言い訳であり、逃げではありませんか!俺たち獣人族は決して逃げない!!」
「フゥー・・・。では、そなたはどうするつもりなのだ?」
「獣人族の基本に則り行動する」
「獣人族の基本…だと?」
「獣人族の基本的な考えである『力こそが正義』。我々にとって当然である実力主義の下、ヒト族どもを力で抑え込み支配下に置く」
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