【青天白雪、紅の君。2072】 〜2072年夏、僕は無口な少女と出会った〜

凜 Oケイ

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第二部

@23 魏 邏陽(ウェイ ルオヤン)

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 広港市に着いた頃にはもう夜だった。ほとんど丸一日を移動に費やした格好だ。
 空港から数えるならば地図上で北海道から鹿児島までに相当する距離を僕たちは移動した。大陸国家の巨大さを思い知らされる。
 緩衝地帯と打って変わって小綺麗な駅に現れたのは背の高い少女だった。前髪が長く、眼はまるっきり隠れていた。彼女はゆったりした襟の高い服を着ていた。その身体つきは平坦でかなり中性的に見えた。
 ユヅハは少女を見て大きく喜び、二人はハグをして中国語でいくつか言葉を交わした。ユヅハが流暢な中国語を話すのは見ていてすこし新鮮だった。僕にその言葉はわからないがきっと再会の喜びを分かち合っているのだろう。
 少女は僕を見て少しだけ動きを止めたように見えた。
「○○、○○○○○」
 中国語で何かを言いながら少女は僕の方に近づいた。しっかりとした女性の声だった。彼女が差し出した手を見て握手だろうと僕は踏んでその手を握った。彼女の手に火傷のような跡があることに僕は気がつく。
「すまない、中国語はわからないんだ。英語か翻訳が使えると助かる」
 前髪の間から覗く彼女の目を探して僕は英語で話した。彼女は僕より数センチ背が高かった。
「大丈夫、日本語もできますよ」
「驚いたな。僕は仁山 コズだ。君の名前は何ていうんだい?」
「魏 邏陽(ウェイ・ルオヤン)といいます。よろしく、コズさん。ユヅハからあなたのことは聞いています」
「ウェイ・ルオヤン、よろしく」
 彼女が自己紹介をすると僕の視界(GDAI)に彼女の名前が表示された。僕は漢字を見て書きにくそうだな、などと考えた。
 彼女と日本で会ったなら僕は彼女が外国人だとはわからないだろう。よほど注意しなければ彼女の訛りに気が付けないほどに彼女の日本語の発音は良かった。聞いてみると小学生の頃にユヅハと出会ってから日本語を学び始めたのだという。
 ちょっとした自己紹介を終え、僕たちは地下駐車場にあるウェイの自動車に乗り込んだ。広港市にあるウェイの家に向かうのだ。映画で見るような古い型の自動車だった。ウェイは安全帯を締めてハンドルを握った。
「手動で運転を?」
「ここでは皆こうですよ。不安ですか?」
「いや…珍しかったもので」
 不安がないわけではないが、少なくとも彼女なら大丈夫そうだと僕は思った。
「ここFRCに個人証明企業はありません」
「環華人民銀行の管轄下だとばかり思っていた」
「環華人民銀行は共産党系の個人証明企業ですからね。FRCでは環華人民銀行だけでなく全ての個人証明企業の活動が禁止されています」
 個人証明を違法化している国家はいくつかあると聞いたことがあるが、僕はFRCがその一つだとは知らなかった。そして僕はそれをかなり時代遅れだと感じずにはいられなかった。藍色戦線のような組織がここFRCで大々的に活動できるのもその素地があるからだろう。
「わざわざ会いに来てくれて本当にありがとう。五年ぶりでしょうか」
 僕はウェイが僕と初対面だから敬語を使っているものだと思っていたが、ユヅハにも敬語なのを見るに誰に対してもこうなのだろう。中国語でもそうなのかはわからなかった。
「せっかく来るんだから会わないと」
 ユヅハは明るくそう言った。
「今回はユヅハの手伝いで来てくれたんですよね?」
 バックミラーを通してウェイが僕の方を見た。
「ああ、ユヅハはその…親との問題を解決したいんだ」
「知っています。ユヅハと親については…よく知っています」
「昔からよく相談してたから」
 ユヅハが窓の外を見ながら言う。
「あなたが親の下を離れて日本に行くと聞いたとき、ようやく親から解放されたのだと思っていました。しかし何も解決されていなかった…」
 ウェイは悲しそうに言った。
「うん…だから今回で決着をつける」
「整理のつかない恐怖や劣等感は、その場から離れたとしてもいつまでも心に残り続けます…それは人生を変えるほど深刻です。いわば精神的に去勢されたのと同じです」
 ウェイは僕に何かを説明しようとしていた。
「それを解消する方法はそう多くありません。精算するのです、自分の中で全てが一段落するように」
「それで君は親に会いたいと…」
 ユヅハは頷いた。
「書類上の絶縁じゃ私の傷は癒せない。最後に心に残る親の顔が無害なものじゃなきゃ私はずっと親の存在に怯えることになる」
 彼女は自分の中にある親への恐怖を克服したいのだ。
 ユヅハの言った通り、広港市は先程の緩衝地帯付近と違ってかなり綺麗な街並みをしていた。あちこちに三次元映像の看板や装飾があり、見てて退屈しなかった。車はすぐに止まった。もしかしたらそこそこの時間乗っていたのかもしれないが、今日乗った列車に比べれば数分のようなものだった。
 大粒の雨が僕たちの頭と肩を濡らした。僕は水滴がついたGDAIグラスを外した。ウェイの家は住宅街にあるすこし古びた四階建ての建物だった。集合住宅だろう。
「君の部屋は何階なんだい?」
「ああ、よく誤解されるんですがまるごと私のなんです。仕事場も兼ねています」
 なぜ僕の周りはみなこう当たり前のように大きな建物に住んでいるのだろう。僕の実家は郊外のくせにもっとこじんまりとしていた。小さいながらも自分の部屋があった。今思うと殺風景な部屋だった。僕には同級生のように趣味らしい趣味は何もなかった。
「ウェイはコンピュータ関連の仕事をしている。それで収入は悪くない」
 ユヅハは手で髪を揉みながらそう言った。
「運が良かったんです。時代が必要としてくれて」
「僕たちと同じ十八歳だというのに、立派だよ」
 二階に上がる階段を歩くウェイは光栄だと述べた。僕は多少の迷いがあったがひとつ問いを投げた。
「そうだ、その…ユヅハの両親とはいつ会うんだい?」
 質問のあとに数秒の沈黙があった。口を開いたのはウェイだった。
「それについて話し込むにはもう遅いかもしれません…とりあえず今夜はゆっくりしましょう」
「…そうだな、悪かった」
「謝ることじゃない」
 ユヅハの提案で僕たちはシャワーを浴びることにした。汗を流したかった僕にはちょうど良い提案だった。
「お兄ちゃんってウェイさんのことどう思ってる?」
 水しぶきのなか、聞き慣れた声が話しかける。
「どう…って、まだ会ったばかりだろう」
 目を瞑って頭を洗いながら僕は言う。清潔なシャワー室は使っていて心地よかった。
「ほら、女性としてとか」
「よせよ、友達の親友だ」
「友達の友達なら異性として見ちゃダメなの?」
「…魅力的だと思うよ、ウェイは」
「ふーん」
 シャワーを浴び終わった僕が髪の水を落としていると唐突に扉が開いた。立っていたのはまさにウェイだった。
「なっ…」
「ああ、すみません。タオルを渡していなかったもので」
 僕はタオルを受け取り、素早く扉を閉めた。
「その、聞こえていたか?」
 僕と雪の会話のことだ。
「いえ何も…シャワーの音しか聞こえませんでした。どうかしましたか?」
「何でもない、気にしないでくれ」
「上がったらお茶を淹れますよ。よかったら飲みますか?」
「ああ、ありがとう」
 僕は扉越しにウェイが歩み去っていく足音を聞いた。
「…でも彼女は僕に興味がないみたいだな」
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