【青天白雪、紅の君。2072】 〜2072年夏、僕は無口な少女と出会った〜

凜 Oケイ

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第二部

@34 前進

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[2072年 9月 8日 木曜日 18:43]
 僕は視界の隅に表示されていた日時を非表示にした。
 砂漠の道路を僕たちのトラックが駆ける。中にいる僕らからはいま見えないが、トラックにはケイタス物流のロゴが大きく刻まれている。今回の移動こそが審査所への攻撃のためだった。
 僕とウェイは薄暗いトラックの荷室で待機していた。荷室自体は広いものの、様々な電子機器が搭載されていたため僕たちが使えるスペースは狭かった。僕たちは共にアルミホイルのような銀色の服を着ていた。起動すると完全ではないが人間の目やカメラから見えにくくなる。着心地はまったく快適とは言えず、僕は暑さと動きにくさにストレスを感じていた。僕は拳銃に消音器を取り付けながらウェイの荷物を見た。彼が言うところによると、突入やハッキングに必要な機材が入っているとのことだった。僕とユヅハはほとんど手ぶらで服の下に最低限の応急処置キットと通信機、そして予備の弾倉を隠しているのみだった。僕はいま一度止血帯の使い方を頭の中で反芻した。
「そろそろ着くわよ。魏邏陽、仁山コズ、萩原ユヅハ、準備しときなさい」
 静寂に割り込んできたのは李閲慕の声だった。僕は耳に入れてある通信機を指で抑えた。李閲慕は本隊と僕たちを繋ぐ役割を果たしている。
「了解、通信に問題はないかい?」
「無問題(モウマンタイ)よ」
 しばらくしてトラックは停まった。運転席のドアが開く音が聞こえる。ここからじゃ見えないが、計画通りならばケイタス物流の制服を着たユヅハが車から降りて警備員に話しかける。僕はユヅハがそれほど演技派には思えなかったが、彼女は意外と嘘が上手だった。
「ケイタス物流。ここ宛に荷物が届いている」
 ユヅハがゲートの警備員に話しかける。彼女のつけている通信機を通して警備員の声も聞こえた。
「ああまたか。どうせあっちの村の人間が住所を間違えてやがるんだ。受取人の名前は?」
 僕とウェイは無言で会話に耳を傾ける。事前に何回も藍色戦線の工作員が同じ手口を繰り返しているため、彼らは疑いなく僕らがケイタス物流の人間だと信じている。
「───さん宛。他にも同じ住所で別の宛名が」
 しばらくの沈黙があった。警備員が施設の名簿を確認しているのだろう。
「ここ砂漠気候研究センターにそんな名前のやつはいない。やっぱり間違えてんだよ」
「わかった。他の荷物も確認しても?」
 この台詞が合図だった。僕とウェイは腕環を操作した。着ていた服の模様が変化し、風景と馴染み始めた。もちろんこれとて完全ではないが、日が落ちかけた砂漠の変化のない景色では見つけるのに苦労するだろう。僕とウェイは荷室の床にあるハッチを開いた。
「自分が作る影の方向や動きにに注意してください。この時間の影は想像以上に遠くまで伸びます」
 僕は頷く。ハッチは直に車体の下の地面へと繋がっている。そこから出た僕たちはタイヤの隙間から這い出た。ユヅハが警備員の時間を取っているのを確認して僕たちは素早く広い門の端を通り抜けた。
「あそこだ」
 僕は交番ほどの大きさの建物を指差した。警備員の詰所だ。ウェイは頷いて近くを警戒しながら近づき、窓から中を覗き込んだ。換気のためか窓は開いていた。
「中には誰もいないようです。ドアから入りましょう」
 中に入るとウェイはすぐさま机の上にコンピュータにいくつも装置を接続した。
「隠蔽の準備をします。四分間かかります。ドアを見ていてください」
 施設の無人警備システムは僕たちが一般に使うようなインターネットとは完全に切り離されている。そのためこのように内部のコンピュータに物理的に接続をしないと無人警備システムをハッキングすることはできないのであった。そしてウェイは更に僕たちの存在を隠蔽するウイルスをシステムに流し込む。こうすれば僕たちは監視カメラやセンサを気にせずに済む。
 数分後、警備員の声が通信機越しに聞こえた。
「もう充分だ。お前らの客に住所はしっかり書くように念を入れておいてくれ」
 どうやらユヅハはこれ以上警備員の時間を取ることに失敗したようだった。
「ウェイ、まずい。警備員が戻ってくる」
「あと三十秒です」
 僕はウェイが大量に汗をかいているのを見た。僕は入り口の陰に隠れて拳銃を取り出す。頼む、間に合ってくれ。
「あと二十秒です」
 僕はどうにかして自分の呼吸を落ち着かせ、ウェイの荷物を素早く手に取った。こうすれば彼が隠れるときに身軽になれる。
「あと十秒!」
 僕はザクザクという靴が砂を踏む音をドア越しに聞いた。
「あと五秒…」
 ウェイが小声で言う。僕はドアノブが下がるのを確認した。警備員は扉を開けようとしている。
「終わりました」
 ウェイは接続していた機器を抜いてとっさに机の下に隠れた。僕はドアの横に隠れる。こうすればドアが開けられてもドアの裏の死角に隠れることができる。
 ドアが開き、警備員が入ってくる。僕と彼の距離は一メートルもなかった。僕は手に銃把の感触を感じながら息をひそめる。
「ふーっ…」
 警備員はため息をつき、扉も閉めずに椅子に座った。その机のすぐ下にはウェイが隠れている。警備員はちょうどこちらに背を向けている。一か八か。僕は素早くドアの陰から身を出して外に出た。警備員に動きはなかった。
「ウェイ、今から石を投げ込む。警備員が注目した隙に窓から脱出してくれ」
 僕は通信機に囁く。声を出せないために彼の返事はなかった。しかし僕はウェイがやってくれると信じて地面から石を拾い上げて投げ込んだ。
 コトン。
 警備員が振り向いて石を拾い上げる。僕はドアのつがいの方の隙間から中を覗き込む。そして小さな音が外からの窓のあたりから聞こえた。僕はゆっくりとその方向を見やる。ウェイが窓の下で仰向けになっていた。彼は脱出に成功したのだ。ウェイは仰向けのまま親指を立てた。僕たちは腰を落として移動して別の建物の陰に隠れた。
「隠蔽手続きが完了しました。次の段階に移行してください」
 ここからちょうど僕たちのトラックが見えた。トラックはゆっくりと動き出し走り去っていった。表向きにはユヅハがトラックに乗って村に向かったように見えるが、あのトラックは無人になっている。ユヅハは施設を取り囲むフェンスを切り開けて侵入するようになっている。本来ならばフェンスにペンチの刃が当たっただけで警報が鳴り響くが、ウェイの隠蔽によってそれは無効化されている。
 僕とウェイは顔に汗を浮かべながら無言でユヅハからの通信を待つ。他に方法がないとはいえ一時的にでも彼女をこの敵地に一人にしておくのは心配にならざるを得なかった。
「こちら萩原ユヅハ、侵入に成功」
 ようやく通信が入り、僕とウェイは安心して頷いた。
「ドームのF出入口に近づけますか? 我々が安全化しておきます」
「了解」
 僕とウェイは堂々と隠れずに歩いてドームに近づいた。ドームは白く巨大で、巨大な卵が何らかの手違いで地面に埋まってしまったように見えた。
 F出入口というのは施設における正式名称ではなく、便宜上僕たちが名付けたものだった。ここが選ばれた理由は最もフェンスから近く、事前の観測によって人の出入りがないことがわかっていたからだ。僕は通信機の宛先を藍色戦線の本隊に切り替えた。さきほどユヅハが放置したトラックがこのあたりを周回し、本隊との中継機の役割を果たしている。
「魏邏陽隊から藍色戦線本隊へ。敷地内に潜入し、隠蔽を開始した。今のところ計画通り」
「了解したわ。そのまま進行してちょうだい」
 李閲慕の返事は短かった。
 僕たちはF出入口に向かった。扉は過酷な砂漠の気候に晒され、劣化しているようだった。案の定扉は施錠されていたが、物理錠だったのでウェイのハッキングによって解錠することができなかった。
 ウェイは彼の荷物から大きめの聴診器のようなものを取り出して扉に貼り付け、手元の小さなモニターを灯した。
「これで中の様子が少しわかります」
 しばらく彼はモニターを凝視する。
「…人間が出すような音は検出されませんでした。やりましょう」
 ウェイはペットボトルほどの金属の筒を取り出して鍵のあたりに押し当てた。
「開口まで五、四、三、二、一」
 小さな爆発音がしてドアの表面が歪む。ウェイが筒を取り外すと完全に破壊された鍵が見えた。ウェイは扉を蹴り開けて中に飛び込んだ。僕はすこし後ろで銃を構えながらそれを見守る。幸い中には誰もおらず、何も起こらなかった。
 ウェイは小さめのノートパソコンを開いて操作した。画面を覗くと施設の全体図が表示されていた。
「もう内部構造まで摑めたのかい?」
「さきほど警備系統に接続したときに抽出することができました。まずはここに向かいます」
 ウェイが指差したのはロッカールームだった。
「ここで環華人民銀行の制服を手に入れます。そうすればわざわざ人間から隠れないでも済みます」
 ユヅハと合流した僕たちはロッカールームに向かって歩いた。 劣化したドームの外壁と違って内部は綺麗そのものだった。
「ここっていつから稼働している?」
「六年前ですね」
 ユヅハが呟き、ウェイが答えた。かなり真新しい施設ということだ。
 僕たちは無事に誰にも会うことなくロッカールームにたどり着いた。これは大きな賭けだった。僕たちは最悪、数人を排除することも覚悟していた。素早く誰もいないことを確認した僕たちは手当り次第にロッカーをこじ開けた。
「さあ、着替えましょう」
 僕とウェイはようやく暑苦しい特殊迷彩服を脱ぐことが許された。僕が出入口を見張りつつ、ユヅハたちはロッカーからサイズの合いそうな制服を取り出した。
 もちろんこういった事を気にする場ではないのはわかっているが、ウェイとユヅハは迷わず下着姿になった。こう見るとウェイの身体つきはやはり男性的だった。そして彼の手と同じように火傷跡が全身にあった。ユヅハは鞭の跡があり、この中でそのままの皮膚を持っているのは僕だけだった。
 代わって僕が着替え終わり、僕たちは完全に環華人民銀行の従業員に化けた。
「二人とも似合っていますよ」
 環華人民銀行の制服は暗緑色に赤のアクセントという地味な色合いだった。
 ウェイは彼の荷物を手にとった。彼がノートパソコンを取り出したバッグだった。荷物を持っているだけで怪しまれる可能性はあったが、必要なものばかりなので仕方がない。
「行きましょう」
 僕たちは着てきた服を適当にロッカーに詰め込んでロッカールームから堂々と出た。制服の持ち主が異常に気づく頃には既に僕たちが作戦を終えているだろう。
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