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第二部
@36 警報
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「解析ができました。警報は医務室側には救助隊が不要であると伝え、境界の警備員には救助隊が来ると通達されます」
僕たちは狭い倉庫で静かに喜んだ。
「しかし空間充電規格の信号をどこが管理しているのかは最後まで判明しなかったね」
僕は呟く。本来ならば確実さのためにどこの管轄かをはっきりとさせておきたかったが、僕たちには時間がなかった。
「ええ、しかしこの短時間で警報の系統に侵入できてしまうとは…設計として欠陥ですね」
僕たちはウェイを残して先に倉庫を出た。隠蔽ウイルスの有効期限は残り十分ほどだったが、フィネコン社側に侵入すればもうほとんど計画成功に近い。そのため僕たちは楽観的だった。倉庫を出て数秒後、火災警報がけたましく鳴り響く。白く光っていた電灯は一瞬にして禍々しい赤色に変わった。僕が腕環を眺めると充電は停止されていたたものの、従業員たちのように受取人の設定をしていないために警報は受信していなかった。
[レベル5の火災が発生しました。出火はフィネコン社審査所。空間充電規格で受信した指示を参考にして避難してください]
機械音声が繰り返される。
「三分後に突入しよう」
僕はユヅハにそう伝えて本隊に連絡を取った。李閲慕は報告に喜んだ。
「じゃあそろそろこっちの部隊を動かしても良さそうね」
僕たちは角に隠れ、フィネコン社側の様子を窺った。中からフィネコン社の従業員が駆け出していく。警報が鳴ってからすぐの突入は警備員に怪しまれる可能性があった。
三分後。
「医務室からの救助隊です。中にフィネコン社の従業員が取り残されています」
ウェイが警備員に話しかける。今なら怪しいウェイの大荷物も救急用具に見えるだろう。
「ああ、確認した。我々は避難する。頼んだぞ」
警備員は安堵したように走り去っていった。実際に審査所内部はもぬけの殻だろう。人が取り残されているというのは嘘だからだ。
一瞬だけ通信機にノイズが入ったような気がした。僕はそれと同時に雪の姿を見た。
「お兄ちゃん、がんばってね」
真っ赤なライトに照らされたこの場はまさに雪にぴったりだった。ゆらゆらとした白い服は赤く染まり、その眼はいつも以上に赤く光る。僕は雪に頷いて耳の中の通信機の位置を調整した。ここは電波の通りが悪いのかもしれない。
「さてと…」
僕たちは中に入るや否や拳銃を取り出して辺りを警戒した。ウェイだけはパソコンを携えて近場のコンピュータから情報を抽出していた。フィネコン社側のシステムもまた環華人民銀行側と切り離されているのだ。ドームに対して小さめといえど、フィネコン社の敷地もそこそこの広さがある。内部の構造を把握する方が時間を短縮できる。
「審査所はこちらの方向です」
ウェイがケーブルを抜き取り僕らを先導した。たどり着いた先は重厚な扉だった。見当たるような鍵はなく、力づくで開けるしかなかった。
“フィネコン社 データリンク室”
ウェイはF出入口を開口したのに使ったものとはまた違う機材をいくつか取り出した。粘土がついた小さな箱に見える。ウェイはそれを扉の片側にいくつも貼り付けた。
「耳を塞いでください」
ウェイが手元のスイッチを押すと、箱から火花が飛び出し、すこしして大きな爆音が鳴り響いた。扉が歪み、隙間が生まれる。ウェイはすかさず隙間からフラッシュバンを投げ入れる。無駄な警戒だった。すでに全ての人員が避難を完了しているだろう。
フラッシュバンが爆発したのを聞いて僕は扉を蹴り開け銃を持って中に飛び込む。ウェイが僕の肩を摑み、後ろに彼がいることを確認させてくれた。
「なっ───」
僕の狭窄した視界に入ったのは二人の人間の輪郭だった。僕はその人間たちが武装していないのを素早く確認した。
「伏せろ! 伏せろ!」
その人間たち───男性と女性のうち、女性は焦る様子もなく手を横に広げて伏せた。もう片方は耳を塞ぎ、目を瞑っていた。
大型の会議室ほどの広さがある部屋で、中の電灯は外の禍々しい赤色ではなく何もなかったかのような白色だった。扉を破った火薬やフラッシュバンの煙が空間に立ち込める。
「ともかく、審査手続きができればこちらのものです。彼らを見張っておいてください」
男性の方はしばらく立ったままだったが、僕とユヅハを視認してようやく伏せた。
ウェイはデータリンクに使うであろう巨大なスクリーンとコンピュータに向かった。
データリンク室には人が入れそうなほどの大きさの箱がいくつも床に固定されていた。椅子のように使うのだとするとそれこそ会議室のような風情だった。しかし奇妙なのは机がないことだった。
僕は取り残されていた従業員たちの方へと向かう。怖がらせないように拳銃を仕舞い、彼らと視線を合わせた。僕はまず女性の方に話しかけた。彼女の方が冷静に見えたからだ。
「英語は話せるかい?」
「はい、可能です」
彼女は落ち着き払っていた。
「なぜ避難しなかったんだい?」
「そのようにはなっていない」
「火災だとしても避難しないのかい?」
「はい」
僕がなぜかと尋ねる前にウェイが振り向いた。彼は重大な事実が判明したといった素振りだった。ウェイは作業を中断して従業員に歩み寄り、髪を摑んで頭を引っ張り上げた。彼らしからぬ粗暴な振る舞いに僕は声を上げた。
「ウェイ、彼らを丁重に扱うべきだ」
「あなた、人間じゃないでしょう?」
僕は動揺した。ウェイの従業員に対する質問はあまりに不可解すぎた。
「はい、私は環華人民銀行製のアンドロイドです」
「…顔を記録されました。通報される前に頭部を破壊してください。大部分の機能がそこに集約されているはずです───男の方もアンドロイドだったなら…破壊してください」
ウェイはコンピュータの方に立ち返り、僕は言われたとおりに彼女に照準を合わせた。彼女の目はウェイと同じく光沢に欠けている。彼女の顔に恐怖はなく、瞬きもせずにずっと知的な無表情を浮かべていた。
「これから君を破壊する。問題ないな?」
「私は自分の破損を避けるようにプログラムされています。あなたに破壊をやめるつもりがあるならそれを望みます」
「…悪く思わないでくれ」
「はい」
僕が撃とうとした瞬間、男性が飛び上がって女性を庇った。ユヅハが素早く彼に銃を向ける。男性は女性に覆いかぶさり、誰が見ても女性を守ろうとしているようだった。
「撃たないでくれ!」
男性が叫ぶ。僕は彼の顔に汗粒が浮かんでいるのが見えた。アンドロイドに汗を流す機能はない───この直感に根拠はなかった。
「撃つな! 彼は人間だ!」
ユヅハが驚いて銃を下ろす。二人はゆっくりと立ち上がり、対話の姿勢を見せた。
「落ち着いて。君は人間だね?」
僕が言う。男性は痩せこけていて眼鏡をかけている内気そうな青年だった。
「ああ…僕は人間だ…」
「そっちの女性は?」
答えは明白だった。
「…その、そうだ、人間だ」
男は明らかに一瞬考えた素振りだった。誰にでも嘘とわかる。
「嘘をついている」
ユヅハが再び銃を向ける。
「なぜ彼女を庇う?」
「彼女は…ぼくのガールフレンドなんだ。彼女を愛しているんだ! だから…撃たないでくれ」
僕は女性の方に尋ねることにした。
「君はアンドロイドだね?」
「はい」
男性の表情が曇る。
「君はその人間と…付き合っているのかい?」
「彼が自分に特別な愛情を抱いているのは事実です」
「人間の方はともかく、機械の方は破壊するべきです」
ウェイの言葉を聞いて男は女性の前に立って盾になった。
「撃つな! やめてくれ!」
「そこをどかなければ君も巻き添えになるぞ!」
僕は照準ができるだけ女性の方に向くように銃を構える。
「やめろ! お願いだ!」
切実な叫びが耳元で渦巻く。
「ウェイ、他に通報を防ぐ方法はないのか?」
僕は照準から目を逸らさずに後ろにいるウェイに尋ねる。
「…ありません」
僕はあらためて他に方法がないことを自覚した。彼の恋人、それが機械だったとしても。僕はそれを殺さなくてはならない。僕は彼の悲痛な覚悟に満ちた表情を自分と関係ないものだと切り離せなかった。
「正直に答えてくれ。技術的に通報を妨害することはできないか?」
僕は男に尋ねる。彼が嘘をつく可能性は大いにあったが、僕は尋ねずにはいられなかった。
「通報ならもうされた…」
男は想像以上に正直な答えを返した。
「なに、彼女によってか?」
僕はアンドロイドの女性を顎で指す。
「いいや、皆に…」
「…皆だって?」
背後で何かがぶつかる音がし、僕は思わず振り向く。ウェイがコンピュータに拳を叩きつけた音だった。
「くそ! 間に合いませんでしたか!」
男はウェイの怒気に気圧されて発言をやめた。
「邏陽、大丈夫?」
ウェイはデータリンクの接続に目に見えて苦戦していた。ユヅハの落ち着いた声色に彼はすこしばかり冷静さを取り戻した。
「データリンクに接続できないのです。意味のない情報ばかりが流れています…切断された痕跡はないのですが…」
データリンクで得る情報は僕たちの切り札の一つだ。僕たちはそこで得た機密情報を使ってフィネコン社に脅しをかけることができ、それで藍色戦線の本隊の到着まで時間を稼げる予定だった。しかしここでデータリンクから情報を抽出できない、そして早期に通報までされてしまったとなると藍色戦線の本隊が攻撃を受ける可能性がある。
「コズさん、李閲慕に連絡を」
僕は頷く。
「こちら魏邏陽隊、データリンクの接続に想像以上に時間がかかりそうだ。そして我々の行動が既に通報された可能性が高い。本隊の行動を早めた方がいいだろう」
応答はなかった。
「こちら魏邏陽隊、重大な報告がある。応答せよ」
応答なし。僕はチャンネルを予備に切り替えた。
「こちら魏邏陽隊より藍色戦線本隊へ、応答せよ」
応答なし。
「こちら魏邏陽隊より藍色戦線本隊へ、応答せよ」
応答なし。
「ウェイ、まずいぞ。本隊と連絡がつかない」
「予備チャンネルは試しましたか?」
「両方だめだ。一体何が…」
「トラックが破壊された?」
ユヅハが呟く。僕たちが潜入する際に乗り捨てたトラックは本隊との中継機の役割を果たしている。それが破壊されたとすれば本隊との連絡が途切れたのも納得できる。しかしそれにしては相手の行動が早すぎる。辺りは一面の砂漠、どこにも即応的な攻撃力を隠せる場所はないはずだ。
「いずれにしても我々の行動は判明し、環華人民銀行は行動を起こしたと考えなくてはいけません…」
ウェイはいつもの余裕を喪失していた。髪に隠れた顔からでも焦りの表情が読み取れた。
僕たちは狭い倉庫で静かに喜んだ。
「しかし空間充電規格の信号をどこが管理しているのかは最後まで判明しなかったね」
僕は呟く。本来ならば確実さのためにどこの管轄かをはっきりとさせておきたかったが、僕たちには時間がなかった。
「ええ、しかしこの短時間で警報の系統に侵入できてしまうとは…設計として欠陥ですね」
僕たちはウェイを残して先に倉庫を出た。隠蔽ウイルスの有効期限は残り十分ほどだったが、フィネコン社側に侵入すればもうほとんど計画成功に近い。そのため僕たちは楽観的だった。倉庫を出て数秒後、火災警報がけたましく鳴り響く。白く光っていた電灯は一瞬にして禍々しい赤色に変わった。僕が腕環を眺めると充電は停止されていたたものの、従業員たちのように受取人の設定をしていないために警報は受信していなかった。
[レベル5の火災が発生しました。出火はフィネコン社審査所。空間充電規格で受信した指示を参考にして避難してください]
機械音声が繰り返される。
「三分後に突入しよう」
僕はユヅハにそう伝えて本隊に連絡を取った。李閲慕は報告に喜んだ。
「じゃあそろそろこっちの部隊を動かしても良さそうね」
僕たちは角に隠れ、フィネコン社側の様子を窺った。中からフィネコン社の従業員が駆け出していく。警報が鳴ってからすぐの突入は警備員に怪しまれる可能性があった。
三分後。
「医務室からの救助隊です。中にフィネコン社の従業員が取り残されています」
ウェイが警備員に話しかける。今なら怪しいウェイの大荷物も救急用具に見えるだろう。
「ああ、確認した。我々は避難する。頼んだぞ」
警備員は安堵したように走り去っていった。実際に審査所内部はもぬけの殻だろう。人が取り残されているというのは嘘だからだ。
一瞬だけ通信機にノイズが入ったような気がした。僕はそれと同時に雪の姿を見た。
「お兄ちゃん、がんばってね」
真っ赤なライトに照らされたこの場はまさに雪にぴったりだった。ゆらゆらとした白い服は赤く染まり、その眼はいつも以上に赤く光る。僕は雪に頷いて耳の中の通信機の位置を調整した。ここは電波の通りが悪いのかもしれない。
「さてと…」
僕たちは中に入るや否や拳銃を取り出して辺りを警戒した。ウェイだけはパソコンを携えて近場のコンピュータから情報を抽出していた。フィネコン社側のシステムもまた環華人民銀行側と切り離されているのだ。ドームに対して小さめといえど、フィネコン社の敷地もそこそこの広さがある。内部の構造を把握する方が時間を短縮できる。
「審査所はこちらの方向です」
ウェイがケーブルを抜き取り僕らを先導した。たどり着いた先は重厚な扉だった。見当たるような鍵はなく、力づくで開けるしかなかった。
“フィネコン社 データリンク室”
ウェイはF出入口を開口したのに使ったものとはまた違う機材をいくつか取り出した。粘土がついた小さな箱に見える。ウェイはそれを扉の片側にいくつも貼り付けた。
「耳を塞いでください」
ウェイが手元のスイッチを押すと、箱から火花が飛び出し、すこしして大きな爆音が鳴り響いた。扉が歪み、隙間が生まれる。ウェイはすかさず隙間からフラッシュバンを投げ入れる。無駄な警戒だった。すでに全ての人員が避難を完了しているだろう。
フラッシュバンが爆発したのを聞いて僕は扉を蹴り開け銃を持って中に飛び込む。ウェイが僕の肩を摑み、後ろに彼がいることを確認させてくれた。
「なっ───」
僕の狭窄した視界に入ったのは二人の人間の輪郭だった。僕はその人間たちが武装していないのを素早く確認した。
「伏せろ! 伏せろ!」
その人間たち───男性と女性のうち、女性は焦る様子もなく手を横に広げて伏せた。もう片方は耳を塞ぎ、目を瞑っていた。
大型の会議室ほどの広さがある部屋で、中の電灯は外の禍々しい赤色ではなく何もなかったかのような白色だった。扉を破った火薬やフラッシュバンの煙が空間に立ち込める。
「ともかく、審査手続きができればこちらのものです。彼らを見張っておいてください」
男性の方はしばらく立ったままだったが、僕とユヅハを視認してようやく伏せた。
ウェイはデータリンクに使うであろう巨大なスクリーンとコンピュータに向かった。
データリンク室には人が入れそうなほどの大きさの箱がいくつも床に固定されていた。椅子のように使うのだとするとそれこそ会議室のような風情だった。しかし奇妙なのは机がないことだった。
僕は取り残されていた従業員たちの方へと向かう。怖がらせないように拳銃を仕舞い、彼らと視線を合わせた。僕はまず女性の方に話しかけた。彼女の方が冷静に見えたからだ。
「英語は話せるかい?」
「はい、可能です」
彼女は落ち着き払っていた。
「なぜ避難しなかったんだい?」
「そのようにはなっていない」
「火災だとしても避難しないのかい?」
「はい」
僕がなぜかと尋ねる前にウェイが振り向いた。彼は重大な事実が判明したといった素振りだった。ウェイは作業を中断して従業員に歩み寄り、髪を摑んで頭を引っ張り上げた。彼らしからぬ粗暴な振る舞いに僕は声を上げた。
「ウェイ、彼らを丁重に扱うべきだ」
「あなた、人間じゃないでしょう?」
僕は動揺した。ウェイの従業員に対する質問はあまりに不可解すぎた。
「はい、私は環華人民銀行製のアンドロイドです」
「…顔を記録されました。通報される前に頭部を破壊してください。大部分の機能がそこに集約されているはずです───男の方もアンドロイドだったなら…破壊してください」
ウェイはコンピュータの方に立ち返り、僕は言われたとおりに彼女に照準を合わせた。彼女の目はウェイと同じく光沢に欠けている。彼女の顔に恐怖はなく、瞬きもせずにずっと知的な無表情を浮かべていた。
「これから君を破壊する。問題ないな?」
「私は自分の破損を避けるようにプログラムされています。あなたに破壊をやめるつもりがあるならそれを望みます」
「…悪く思わないでくれ」
「はい」
僕が撃とうとした瞬間、男性が飛び上がって女性を庇った。ユヅハが素早く彼に銃を向ける。男性は女性に覆いかぶさり、誰が見ても女性を守ろうとしているようだった。
「撃たないでくれ!」
男性が叫ぶ。僕は彼の顔に汗粒が浮かんでいるのが見えた。アンドロイドに汗を流す機能はない───この直感に根拠はなかった。
「撃つな! 彼は人間だ!」
ユヅハが驚いて銃を下ろす。二人はゆっくりと立ち上がり、対話の姿勢を見せた。
「落ち着いて。君は人間だね?」
僕が言う。男性は痩せこけていて眼鏡をかけている内気そうな青年だった。
「ああ…僕は人間だ…」
「そっちの女性は?」
答えは明白だった。
「…その、そうだ、人間だ」
男は明らかに一瞬考えた素振りだった。誰にでも嘘とわかる。
「嘘をついている」
ユヅハが再び銃を向ける。
「なぜ彼女を庇う?」
「彼女は…ぼくのガールフレンドなんだ。彼女を愛しているんだ! だから…撃たないでくれ」
僕は女性の方に尋ねることにした。
「君はアンドロイドだね?」
「はい」
男性の表情が曇る。
「君はその人間と…付き合っているのかい?」
「彼が自分に特別な愛情を抱いているのは事実です」
「人間の方はともかく、機械の方は破壊するべきです」
ウェイの言葉を聞いて男は女性の前に立って盾になった。
「撃つな! やめてくれ!」
「そこをどかなければ君も巻き添えになるぞ!」
僕は照準ができるだけ女性の方に向くように銃を構える。
「やめろ! お願いだ!」
切実な叫びが耳元で渦巻く。
「ウェイ、他に通報を防ぐ方法はないのか?」
僕は照準から目を逸らさずに後ろにいるウェイに尋ねる。
「…ありません」
僕はあらためて他に方法がないことを自覚した。彼の恋人、それが機械だったとしても。僕はそれを殺さなくてはならない。僕は彼の悲痛な覚悟に満ちた表情を自分と関係ないものだと切り離せなかった。
「正直に答えてくれ。技術的に通報を妨害することはできないか?」
僕は男に尋ねる。彼が嘘をつく可能性は大いにあったが、僕は尋ねずにはいられなかった。
「通報ならもうされた…」
男は想像以上に正直な答えを返した。
「なに、彼女によってか?」
僕はアンドロイドの女性を顎で指す。
「いいや、皆に…」
「…皆だって?」
背後で何かがぶつかる音がし、僕は思わず振り向く。ウェイがコンピュータに拳を叩きつけた音だった。
「くそ! 間に合いませんでしたか!」
男はウェイの怒気に気圧されて発言をやめた。
「邏陽、大丈夫?」
ウェイはデータリンクの接続に目に見えて苦戦していた。ユヅハの落ち着いた声色に彼はすこしばかり冷静さを取り戻した。
「データリンクに接続できないのです。意味のない情報ばかりが流れています…切断された痕跡はないのですが…」
データリンクで得る情報は僕たちの切り札の一つだ。僕たちはそこで得た機密情報を使ってフィネコン社に脅しをかけることができ、それで藍色戦線の本隊の到着まで時間を稼げる予定だった。しかしここでデータリンクから情報を抽出できない、そして早期に通報までされてしまったとなると藍色戦線の本隊が攻撃を受ける可能性がある。
「コズさん、李閲慕に連絡を」
僕は頷く。
「こちら魏邏陽隊、データリンクの接続に想像以上に時間がかかりそうだ。そして我々の行動が既に通報された可能性が高い。本隊の行動を早めた方がいいだろう」
応答はなかった。
「こちら魏邏陽隊、重大な報告がある。応答せよ」
応答なし。僕はチャンネルを予備に切り替えた。
「こちら魏邏陽隊より藍色戦線本隊へ、応答せよ」
応答なし。
「こちら魏邏陽隊より藍色戦線本隊へ、応答せよ」
応答なし。
「ウェイ、まずいぞ。本隊と連絡がつかない」
「予備チャンネルは試しましたか?」
「両方だめだ。一体何が…」
「トラックが破壊された?」
ユヅハが呟く。僕たちが潜入する際に乗り捨てたトラックは本隊との中継機の役割を果たしている。それが破壊されたとすれば本隊との連絡が途切れたのも納得できる。しかしそれにしては相手の行動が早すぎる。辺りは一面の砂漠、どこにも即応的な攻撃力を隠せる場所はないはずだ。
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