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第二部
@37 偽物
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ウェイは既に通報されたならばアンドロイドを破壊する意味がないと認め、僕と男は安堵した。この男は唯一避難しなかった人間だった。彼は”恋人”のアンドロイドを守るためにここに残ったのだろう。おそらくアンドロイドは業務上の理由でここを離れて避難することを拒んだのだ。彼がどのように彼女を愛するに至ったのかは誰も知らないが、彼の勇気は本物だった。
「ありがとう」
男が僕に呟いた。彼に感謝される筋合いなどない。彼は完全な被害者なのだから。僕は女性のアンドロイドを眺めた。そばかすの浮いた若い女性の容姿だった。
「君の恋人は美人だね」
僕は彼に微笑んだ。僕の言葉は罪滅ぼしのようなものだった。男はそれを聞いて嬉しそうな顔をして、すこし迷うような表情をした。
「君たちは早く逃げた方がいい…」
「何だって?」
「ぜんぶ偽物なんだ」
いち早く反応したのはウェイだった。
「どうゆう意味ですか?」
「…ここは元々審査所でも何でもないんだ」
どういうことだ? 僕は真っ先にそれがでまかせだという可能性を考えた。しかし彼がこの場でそれを言うメリットはあるのだろうか?
「…それを証明できる?」
ユヅハが言う。男はよろよろと壁際に歩み寄り、何かのスイッチを押した。機械が起動するような音がし、床に固定されていたいくつもの大きな箱が開き始めた。僕たちは中を覗き込んで驚く。中にいたのは人間だったのだ。
「全てアンドロイドです」
いくつかの”棺”は空っぽだった。男の恋人以外にも何体ものアンドロイドがこの基地で活動しているのだ。
「そして…データリンクで流れてくる数値は、環華人民銀行規格U50暗号で解読できる」
ウェイは半信半疑で言われた通りにコンピュータを操作した。巨大なスクリーンにゆっくりと画像が表示される。黒地に白い文字が書かれていた。いくつもの言語で同じ内容が表示されているらしく、その中には日本語もあった。
“罠にかかったな 恐怖分子め”
空気が全て鉛に置き換わったような気分だった。誰もが口をつぐむ。
「本隊からの支援は期待できません。脱出しなくては」
ウェイは素早く荷物から必要でない装備を投げ捨てて身軽な格好になった。
「ちょっと待って、彼に聞きたいことがある」
ユヅハが男に歩み寄った。
「萩原孔樹を知ってる?」
「…ああ、ここの最高責任者だ」
「どこにいる?」
「ここのどこかということしか…」
ウェイが樹脂製の簡易手錠を取り出した。
「彼を人質にしましょう」
「いや、私が人質になる」
ユヅハがウェイの目の前に立ってそう言った。萩原孔樹と連絡できるようになればユヅハは強力な切り札となるだろう。しかし萩原孔樹、ユヅハの父親が本当にユヅハを交渉材料として見るほどの思い入れがあるのかは確信できない。
「危険すぎます」
「そうだ。それはユヅハ、君を危険に晒すことになる」
「大丈夫コズ、信じて」
「…どちらにせよ萩原孔樹を探さなくては。彼がまだ避難していないことを祈りましょう」
「火災警報は僕たちが偽装したものだ。実際に火災は発生していない。君は脱出するなりここに残るなりするがいい」
僕は彼の制服についた埃を払った。僕は彼の胸に輝くフィネコン社のロゴを見た。
「本当はフィネコン社の従業員じゃないんだろう?」
「ええ、我々は環華人民銀行が用意した”エキストラ”です」
「全て罠だったんだな…でも教えてくれて良かったのか?」
僕は彼の立場を危うんだ。彼が僕たちに情報を提供したと環華人民銀行に判明したら彼はきっとひどい仕打ちを受ける。
「…あなたたちの勇気に対する敬意です。あなたたちの動機や正体は知りませんが…何か強い目的があるんでしょう?」
僕はユヅハをちらりと見た。赤い髪が揺れる。僕は再び彼に向き合った。
「さようなら」
僕たちがデータリンク室から出ると火災警報はすでに鳴り止んでいた。赤い電灯は無機質な白い電灯に戻っている。しかし人間は僕たちを除いて誰もおらず、異常な静けさが建物全体を支配していた。
「ウイルスの期限が切れた」
「この静かさからして…まだ警察などは施設に入っていないかもしれません。早くドームから脱出しましょう」
僕たちは潜入した際のこそこそとした動きとは対照的に大きな物音を立てながら廊下を走り抜けていった。
「…ウイルスが機能しなくなったいま、我々はどこにいてもセンサーに感知されます。隠れてももはや無駄です」
途中で僕たちは人に遭遇した。僕は彼の虚ろな目を見てすぐにアンドロイドだと気づいた。アンドロイドは僕たちを凝視するのみで、何も敵対的な行動はしなかった。
「本隊はもうやられたんだろうか」
僕は息を切らしながら半ば独り言のように呟く。
「とっくに私達の存在に気づいてて泳がしていた?」
中継機が特定できた時点で彼らは本隊の位置を割り出せていなかったかもしれない。彼らはその藍色戦線の本隊を特定する時間稼ぎとして僕たちに行動を許していたとしたら? 僕たちはパズルのピースが嵌るかのように綺麗に罠にかかったことになる。
「やけに上手くいくと思ったんだ…くそ…」
先頭を走るウェイはずっと無言だった。僕もユヅハもウェイを責めるつもりはないが、この計画の実行を藍色戦線の基地司令に提案したのは彼だった。彼にとっては数十人の戦友を敵に売ったようなものだ。彼の背中からは罪悪感か開き直りといったいかなる感情も読み取れなかった。
F出入口に向かっていくに連れて見たことのある景色が通り過ぎていく。僕たちがロッカールームに向かうときに通った道だった。
「この先が出口だ」
角を曲がる。出口は眩しく、光に包まれていた。それは僕たちに残された希望の道筋にすら見えた。
「ありがとう」
男が僕に呟いた。彼に感謝される筋合いなどない。彼は完全な被害者なのだから。僕は女性のアンドロイドを眺めた。そばかすの浮いた若い女性の容姿だった。
「君の恋人は美人だね」
僕は彼に微笑んだ。僕の言葉は罪滅ぼしのようなものだった。男はそれを聞いて嬉しそうな顔をして、すこし迷うような表情をした。
「君たちは早く逃げた方がいい…」
「何だって?」
「ぜんぶ偽物なんだ」
いち早く反応したのはウェイだった。
「どうゆう意味ですか?」
「…ここは元々審査所でも何でもないんだ」
どういうことだ? 僕は真っ先にそれがでまかせだという可能性を考えた。しかし彼がこの場でそれを言うメリットはあるのだろうか?
「…それを証明できる?」
ユヅハが言う。男はよろよろと壁際に歩み寄り、何かのスイッチを押した。機械が起動するような音がし、床に固定されていたいくつもの大きな箱が開き始めた。僕たちは中を覗き込んで驚く。中にいたのは人間だったのだ。
「全てアンドロイドです」
いくつかの”棺”は空っぽだった。男の恋人以外にも何体ものアンドロイドがこの基地で活動しているのだ。
「そして…データリンクで流れてくる数値は、環華人民銀行規格U50暗号で解読できる」
ウェイは半信半疑で言われた通りにコンピュータを操作した。巨大なスクリーンにゆっくりと画像が表示される。黒地に白い文字が書かれていた。いくつもの言語で同じ内容が表示されているらしく、その中には日本語もあった。
“罠にかかったな 恐怖分子め”
空気が全て鉛に置き換わったような気分だった。誰もが口をつぐむ。
「本隊からの支援は期待できません。脱出しなくては」
ウェイは素早く荷物から必要でない装備を投げ捨てて身軽な格好になった。
「ちょっと待って、彼に聞きたいことがある」
ユヅハが男に歩み寄った。
「萩原孔樹を知ってる?」
「…ああ、ここの最高責任者だ」
「どこにいる?」
「ここのどこかということしか…」
ウェイが樹脂製の簡易手錠を取り出した。
「彼を人質にしましょう」
「いや、私が人質になる」
ユヅハがウェイの目の前に立ってそう言った。萩原孔樹と連絡できるようになればユヅハは強力な切り札となるだろう。しかし萩原孔樹、ユヅハの父親が本当にユヅハを交渉材料として見るほどの思い入れがあるのかは確信できない。
「危険すぎます」
「そうだ。それはユヅハ、君を危険に晒すことになる」
「大丈夫コズ、信じて」
「…どちらにせよ萩原孔樹を探さなくては。彼がまだ避難していないことを祈りましょう」
「火災警報は僕たちが偽装したものだ。実際に火災は発生していない。君は脱出するなりここに残るなりするがいい」
僕は彼の制服についた埃を払った。僕は彼の胸に輝くフィネコン社のロゴを見た。
「本当はフィネコン社の従業員じゃないんだろう?」
「ええ、我々は環華人民銀行が用意した”エキストラ”です」
「全て罠だったんだな…でも教えてくれて良かったのか?」
僕は彼の立場を危うんだ。彼が僕たちに情報を提供したと環華人民銀行に判明したら彼はきっとひどい仕打ちを受ける。
「…あなたたちの勇気に対する敬意です。あなたたちの動機や正体は知りませんが…何か強い目的があるんでしょう?」
僕はユヅハをちらりと見た。赤い髪が揺れる。僕は再び彼に向き合った。
「さようなら」
僕たちがデータリンク室から出ると火災警報はすでに鳴り止んでいた。赤い電灯は無機質な白い電灯に戻っている。しかし人間は僕たちを除いて誰もおらず、異常な静けさが建物全体を支配していた。
「ウイルスの期限が切れた」
「この静かさからして…まだ警察などは施設に入っていないかもしれません。早くドームから脱出しましょう」
僕たちは潜入した際のこそこそとした動きとは対照的に大きな物音を立てながら廊下を走り抜けていった。
「…ウイルスが機能しなくなったいま、我々はどこにいてもセンサーに感知されます。隠れてももはや無駄です」
途中で僕たちは人に遭遇した。僕は彼の虚ろな目を見てすぐにアンドロイドだと気づいた。アンドロイドは僕たちを凝視するのみで、何も敵対的な行動はしなかった。
「本隊はもうやられたんだろうか」
僕は息を切らしながら半ば独り言のように呟く。
「とっくに私達の存在に気づいてて泳がしていた?」
中継機が特定できた時点で彼らは本隊の位置を割り出せていなかったかもしれない。彼らはその藍色戦線の本隊を特定する時間稼ぎとして僕たちに行動を許していたとしたら? 僕たちはパズルのピースが嵌るかのように綺麗に罠にかかったことになる。
「やけに上手くいくと思ったんだ…くそ…」
先頭を走るウェイはずっと無言だった。僕もユヅハもウェイを責めるつもりはないが、この計画の実行を藍色戦線の基地司令に提案したのは彼だった。彼にとっては数十人の戦友を敵に売ったようなものだ。彼の背中からは罪悪感か開き直りといったいかなる感情も読み取れなかった。
F出入口に向かっていくに連れて見たことのある景色が通り過ぎていく。僕たちがロッカールームに向かうときに通った道だった。
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