【青天白雪、紅の君。2072】 〜2072年夏、僕は無口な少女と出会った〜

凜 Oケイ

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第三部

@56 連絡

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 魏邏陽からの連絡は想像以上に早く叶った。彼は”藍色戦線や萩原夫妻の暗殺といった話題”に一切触れなければ直接連絡を取っても良いという返答を僕たちに寄越した。前回の訪問からたった二日後、僕たちは喜んで同じように工場に足を運んだ。
「ここを操作して通話をかける。時間はきっかり十五分、時間になったら通話は勝手に切れる。…俺は同席を許可されてないから外で待ってるぞ」
 青年は相変わらずタンクトップを着ていた。彼が去ったのを確認して僕たちは魏邏陽に向けて通話をかけた。
「───聞こえますか?」
 画面に邏陽の顔が映る。画質は良くないが充分だ。彼は僕たちと中国で別れた時と同じ髪型をしており、火傷をした目元がはっきりと確認できた。
「久しぶり」
「やぁ、心配したよ」
 ユヅハと僕は笑顔で彼を迎える。
「こんな形でしか連絡できなくてすみません。今回の通話もかなり無理を言って叶ったものなんです」
「仕方ないさ。しかし顔色が良さそうで安心したよ。その…そっちの暮らしはどうだい?」
 僕は彼が今どこにいるかといったことを尋ねたかったが、あえてぼかすことにした。
「暮らしぶりは悪くありません。前にコズさんと旅行したところからは、だいぶ北の方なので少し寒いですけどね」
 僕と彼が旅行したところは主に天安門と万里の長城だ。そこから北となれば人民共和国の河北省より北ということになる。範囲はまだ広いが彼がまだ中華人民共和国にいるというのは重要な情報だった。
「そうか、風邪を引かないようにね」
 邏陽は「コズさんも」と返した。
「成功しそう?」
 ユヅハはただそう聞き、何も主語を入れなかった。しかし三人の誰もがこれが何を指しているのか理解している。萩原夫妻の暗殺のことだ。
「あぁ、”ビジネス”の話ですね。だいぶ自信を持っています。もちろん用心深くやります。…商売の鉄則ですからね」
 僕たちはしばらく本当に世間話をした。彼は名前を出さずに李閲慕が全く問題なく過ごせているということも述べた。邏陽は僕たちと話せて嬉しそうだった。残りの時間が五分程度になった頃、邏陽の話す割合が多くなっていった。彼はどこか焦っているようにも見えた。
「ユヅハ…伝えたいことがあります。あなたが左手を義手に換えたとき、あなたはまさに呪いのさなかにいました。しかし今は違う…自分の人生を歩んでください。あなたは父親のおもちゃではありません。彼の呪いに縛られてはいけません。あなたは自分の道を決定する権利を持っています…」
「そしてコズさん。あなたと出会えて本当に良かった…。ユヅハのそばにいてください。あなたがいれば大抵のことはきっと上手くいくはずです」
 彼の話を聞きながら僕はある仮説を抱いた。そして僕はその仮説を確認するために彼にひとつ質問をした。
「ありがとう邏陽…そういえば君の兄さんの調子はどうだい?」
 僕は彼が見る幽霊、魏雷進について尋ねた。彼は質問に意外さを感じたようだったが、安らかな顔で答えた。
「最近はとても身近に感じます…。彼といると安心するんです。正しい道を示してくれている気がして…」
 僕は仮説を確信に変えた。僕がまた何かを言う前にユヅハが口を開いた。
「リスクがあるのはわかっているけど…本当に万が一のときに直接連絡できる手段が欲しい。それもすぐに」
 リアルタイムの通信手段をくれということだろう。彼女の指す”万が一”がどういうものなのかはわからないが、邏陽にとっては無理な相談だろう。しかし邏陽は返答をしばらく保留した。
「…わかりました。今から言うアドレスにかけ、私の名前を呼び出してください。…しかし私が出ることにはあまり期待しないでください」
 僕は驚く。彼が僕たちに与えたのは一般的なインターネットを介した通信手段だったのだ。このような回線はフィネコン社と環華人民銀行に内容を知らせているようなもので、そういった回線で話すことの危険さを彼は僕たち以上にわかっているはずだ。
 僕は疑念を抱きながらもアドレスを紙に書き残した。残り時間が少なくなり、僕たちは別れの挨拶をした。
「残念だけど時間みたいだ…”ビジネス”の成功を祈るよ。さらばだ、邏陽」
「さよなら、また会いに行く」
「さようなら…二人とも、お元気で」
 僕たちは通話が切れるまで手を振り続けた。
「…どうにかしなくてはならない」
 ユヅハが振っていた手をゆっくり下ろして呟いた。
「…ああ、彼は何かを隠している」
 僕が立てていた仮説は彼が自分の身体を危険に晒すつもりではないかというものだ。そしてそれには二つ根拠がある。一つ目は僕たちへのやけに優しい言葉。そしてもう一つは彼が幽霊を身近に感じているということだ。
 僕は雪が自分自身であったということを雪との別れによって突き止めた。雷進の幽霊もそうであるということを示す証拠は何もないが、もしそうであるなら雷進の幽霊は雪と似たような意味を持っている可能性が高い。邏陽は何らかに葛藤しているのだろう。
「邏陽が本当にアドレスを渡すと思わなかった」
 ユヅハが言う。これもまた邏陽が何らかの異常な状態にある可能性を示している。彼が暗殺を成功させ、今後も普段どおりに生活をするならば安全が確保できない手段での通信は何があっても避けるはずだ。しかし彼は”万が一”の通信手段を通常のインターネット通話とした。
「…邏陽は北方と言っていた。北方といえば、」
 ユヅハが言っている途中でドアが開いた。タンクトップの青年だ。
「通話は問題なかったか?」
 僕とユヅハは肯定する。
「場を用意してくれてありがとう」
 僕は立ち上がって彼と握手をした。ごつごつとした職人の手だ。彼はユヅハを見る。
「萩原さん…こないだは事情も知らないのに親がどうとか言って悪かった」
「問題ない」
 彼は僕に視線を戻す。
「俺…近いうちにこの仕事を辞めると思う。今までは単に金払いのいい相手だと思ってた…。でも俺は間接的に人の死に関係してたんだ…。もちろん殺しとかにも事情があるんだろうけど…俺はそれに関わる勇気はない…」
 彼は自分が人の死に関与することを受け止めきれないのだろう。誰も彼を責めることはできない。
「でも安心してくれ、あんたらと藍色戦線の…別の連絡手段が見つかるまではここを貸すから」
「助かるよ」
「…ありがとう、あんたが気づかせてくれた」
 帰り道、僕は青年の顔を思い出す。自分の持つ専門的な技術に誇りを持っている職人の顔だ。
「彼はきっといい家庭に育ったんだろうね」
 皮肉ではなく僕はただそう思った。ユヅハはそれを聞いてあることを尋ねた。
「あれが普通? 親を殺されるのを嫌がるのが」
「そう思う。両親と愛情で繋がってる人は多いらしいしね」
 彼女はそれを聞いてしばらく目を閉じた。
「親と愛情で繋がる…想像がつかない」
 彼女はそれが問題であるとか、悲惨であるとは全く思っていないようだった。ただ彼女にとってはそれが当たり前なのだ。僕のように一瞬でも親に愛情を感じた経験があるわけではない。
「邏陽に会いに行く」
 日が暮れかけた頃、急に立ち止まったユヅハはそう呟いた。逆光で彼女の表情は見えない。彼女ならそうすると思っていた。むしろこの言葉を待っていたぐらいだ。
「場所はわかるのかい?」
「親の場所なら大体は」
 どんな殺害手段を取るにせよ、邏陽は萩原夫妻に近づくはずだ。
「うん。よし、行こう」
 ユヅハと僕は夕暮れの街を再び歩き出す。
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