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第三部
@57 北へ
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五星紅旗がはためく。僕は着陸した飛行機の窓から空港を一望した。滑走路はかろうじて除雪されているが、それ以外は完全に雪に埋もれ白一色だった。ここはハルビン(哈爾浜)。中国最北の省、黒龍江省の省都だ。僕とユヅハは友人を救うために再びここ中華人民共和国に立つ。ユヅハが邏陽に会いに行くと言った三日後だった。
空港で僕たちがまずしたことは大量に衣類を買うことだった。暖かい空港の中では薄着でも何も感じないが、今の外気温は零下一六度。万全でない格好で外を出歩くことは自殺行為に等しい。僕たちは加熱機能のある外衣だったり、耳まで覆う帽子だったり、そして靴をも買い込んだ。
僕たちは何重にもなった出口を一つ一つ出てついに外に出た。風が吹くと一瞬で頬が痛くなった。僕はユヅハがしているように毛布で顔の下半分を巻いた。加熱機能の恩恵を受けられる上半身や手袋の中は暖かかったが、脚や顔がとにかく冷たい。呼吸するたびに毛布の間から白い息が吹き出る。
「…これが氷点下の寒さか」
「明日はもっと寒くなる」
ユヅハによると、萩原孔樹は通常ならゴビ砂漠にあるあの審査所を管理しているが、毎年一月はこのハルビンに出張するのだそうだ。彼女は邏陽が萩原孔樹を殺害するなら警護が手薄になるこの出張中を狙うだろうと推測した。それが僕たちがこの極寒の地にいる理由だった。
「ホテルは予約していないから探さないと」
彼女は並んだ無人タクシーの一台に乗り込んだ。行き先が決まっていないのに乗ってどうするのだろうと僕は思ったが、彼女は目標地点をタクシーに入力することもなくMFD端末を取り出してホテルを探し始めた。単に暖を取るために先に車に乗り込んだのだろう。彼女は近場のホテルを一つ予約し、すぐにタクシーを走らせた。
「ホテルに着いたらすぐに邏陽に連絡する」
彼女の顔には焦りがあった。いつもなら冷静な彼女だが、親友である邏陽のことがあまりに大切なのだろう。邏陽と会える確証がないのにこの地へと飛んだのもその表れだ。もちろん僕が邏陽のことを大切に考えていないというわけではない。しかし僕は心のどこかで彼が僕たちを裏切るようなことはしないだろうという希望的観測を抱いていた。
ホテルに着いて、邏陽に通話をかけて、邏陽が出たならそこからどうにか話し合うことができるかもしれない。しかし彼に通話に出なかったら? 僕たちは萩原孔樹の正確な居場所すらわからない。僕たちはただ待つことしかできなくなる。
ホテルに着く頃には日はすでに沈み、街は一層寒くなっていた。チェックインしたあと、僕たちはしばらく盗聴器の有無を確認した。もし盗聴器が本当にあり、そしてそれを設置した誰かが少しでも技術を持っていなら僕たちがそれを見つけられるはずもないのだが、少なくともやらないよりはいいということだ。
ユヅハは緊張しながらMFD端末を机の上に置いた。そして邏陽に渡されたアドレスを入力し、通話ボタンを押す。呼び出し音が規則的に鳴る。
「…」
僕たちの期待は呼び出し音が鳴り続けるたびに失望へと変わっていった。
「…もう一回」
ユヅハはもう一度かけたが、結果は同じだった。もう一度、もう一度とユヅハは諦めず何時間も通話を繰り返しかけたが、やるたびに希望を打ち砕かれるだけだった。
「ユヅハ…今日はもう諦めよう。明日また試そう」
彼女はMFD端末を閉じて頭を抱えた。そう、僕たちには何もできないのだ。行動できないという事実が僕たちの不安を拡大させる。
時刻は夜八時を回り、二重窓からは夜景が見えた。僕はユヅハを説得してシャワーを浴びさせ、軽食をとって寝るように促した。もし通話が通じて彼と会おうとした場合、体力を消耗した状態ではまずいだろうと言うと彼女は納得した。僕は彼女が思い詰めすぎて憔悴してしまうことを心配していた。
僕たちは布団に入り電灯を消す。
「…邏陽が心配」
ユヅハが呟く。しばらくしても彼女も僕も眠れていなかった。
「僕もだ。彼はいざとなれば自分を犠牲にすることに躊躇しない」
僕は九月の審査所の襲撃を思い出す。審査所が偽物であると判明し、僕たちは急いでドームから逃げ出そうとした。しかし僕たちは完全に包囲されていた。そこで邏陽は彼による自爆を提案した。…そういえば彼はあのときも幽霊(魏雷進)を見ていた。
僕はユヅハを安心させるために彼女の頭をそっと抱いた。僕は今にも邏陽から通話をかけてきてMFD端末が鳴らないかと願ったが、暗闇の中は暖房が発する音だけが響いていた。
しばらくして僕とユヅハはようやく眠りに落ちた。寒さで疲れていたのだろう。
空港で僕たちがまずしたことは大量に衣類を買うことだった。暖かい空港の中では薄着でも何も感じないが、今の外気温は零下一六度。万全でない格好で外を出歩くことは自殺行為に等しい。僕たちは加熱機能のある外衣だったり、耳まで覆う帽子だったり、そして靴をも買い込んだ。
僕たちは何重にもなった出口を一つ一つ出てついに外に出た。風が吹くと一瞬で頬が痛くなった。僕はユヅハがしているように毛布で顔の下半分を巻いた。加熱機能の恩恵を受けられる上半身や手袋の中は暖かかったが、脚や顔がとにかく冷たい。呼吸するたびに毛布の間から白い息が吹き出る。
「…これが氷点下の寒さか」
「明日はもっと寒くなる」
ユヅハによると、萩原孔樹は通常ならゴビ砂漠にあるあの審査所を管理しているが、毎年一月はこのハルビンに出張するのだそうだ。彼女は邏陽が萩原孔樹を殺害するなら警護が手薄になるこの出張中を狙うだろうと推測した。それが僕たちがこの極寒の地にいる理由だった。
「ホテルは予約していないから探さないと」
彼女は並んだ無人タクシーの一台に乗り込んだ。行き先が決まっていないのに乗ってどうするのだろうと僕は思ったが、彼女は目標地点をタクシーに入力することもなくMFD端末を取り出してホテルを探し始めた。単に暖を取るために先に車に乗り込んだのだろう。彼女は近場のホテルを一つ予約し、すぐにタクシーを走らせた。
「ホテルに着いたらすぐに邏陽に連絡する」
彼女の顔には焦りがあった。いつもなら冷静な彼女だが、親友である邏陽のことがあまりに大切なのだろう。邏陽と会える確証がないのにこの地へと飛んだのもその表れだ。もちろん僕が邏陽のことを大切に考えていないというわけではない。しかし僕は心のどこかで彼が僕たちを裏切るようなことはしないだろうという希望的観測を抱いていた。
ホテルに着いて、邏陽に通話をかけて、邏陽が出たならそこからどうにか話し合うことができるかもしれない。しかし彼に通話に出なかったら? 僕たちは萩原孔樹の正確な居場所すらわからない。僕たちはただ待つことしかできなくなる。
ホテルに着く頃には日はすでに沈み、街は一層寒くなっていた。チェックインしたあと、僕たちはしばらく盗聴器の有無を確認した。もし盗聴器が本当にあり、そしてそれを設置した誰かが少しでも技術を持っていなら僕たちがそれを見つけられるはずもないのだが、少なくともやらないよりはいいということだ。
ユヅハは緊張しながらMFD端末を机の上に置いた。そして邏陽に渡されたアドレスを入力し、通話ボタンを押す。呼び出し音が規則的に鳴る。
「…」
僕たちの期待は呼び出し音が鳴り続けるたびに失望へと変わっていった。
「…もう一回」
ユヅハはもう一度かけたが、結果は同じだった。もう一度、もう一度とユヅハは諦めず何時間も通話を繰り返しかけたが、やるたびに希望を打ち砕かれるだけだった。
「ユヅハ…今日はもう諦めよう。明日また試そう」
彼女はMFD端末を閉じて頭を抱えた。そう、僕たちには何もできないのだ。行動できないという事実が僕たちの不安を拡大させる。
時刻は夜八時を回り、二重窓からは夜景が見えた。僕はユヅハを説得してシャワーを浴びさせ、軽食をとって寝るように促した。もし通話が通じて彼と会おうとした場合、体力を消耗した状態ではまずいだろうと言うと彼女は納得した。僕は彼女が思い詰めすぎて憔悴してしまうことを心配していた。
僕たちは布団に入り電灯を消す。
「…邏陽が心配」
ユヅハが呟く。しばらくしても彼女も僕も眠れていなかった。
「僕もだ。彼はいざとなれば自分を犠牲にすることに躊躇しない」
僕は九月の審査所の襲撃を思い出す。審査所が偽物であると判明し、僕たちは急いでドームから逃げ出そうとした。しかし僕たちは完全に包囲されていた。そこで邏陽は彼による自爆を提案した。…そういえば彼はあのときも幽霊(魏雷進)を見ていた。
僕はユヅハを安心させるために彼女の頭をそっと抱いた。僕は今にも邏陽から通話をかけてきてMFD端末が鳴らないかと願ったが、暗闇の中は暖房が発する音だけが響いていた。
しばらくして僕とユヅハはようやく眠りに落ちた。寒さで疲れていたのだろう。
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