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第四部
@66 一年後
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僕は腕輪を覗き込む。
“2074年 3月27日 15時34分02秒”
もうかなりの時間待たされている。僕は都内の役所でベンチに腰掛けていた。足を小刻みに上下に動かす。しばらくしてようやく僕の名前が呼ばれた。
窓口の前に座ると係員がタブレット端末を持って現れた。
「お待たせしました仁山さん。本日は…お父さまの状況が知りたいとのことでしたよね?」
係員は丁寧な口調で尋ねる。僕は肯定した。
「ええと、仁山 夏男(なつお)さんは現在…」
端末を操作している係員の顔が曇った。
「残念ながら、」
係員は言葉を選ぶように間を開けた。
「五年前の2069年四月に…ソマリアで亡くなっておられます。遺体は現地で埋葬されました」
僕が中学二年生の頃だ。
「そうですか」
「ご希望でしたら現地大使館の人間が詳細な情報を集めたり、遺体の日本への移送を交渉しますが…」
僕は首を横に振る。
「死因だけ教えてください」
「えっと…日本大使館に提出された書類には紛争に巻き込まれて死亡とあります」
僕は席を立ち、礼をひとこと言って窓口を去った。
父さんはずいぶんと前に死んでいた。本当ならば悲しむべきだろうが、僕が感じたのはほんの少しの安心感だった。理由はわかっている。二度と会えないのならば父さんの口から僕を拒絶する言葉は出ない。そうすれば僕の心の中の父さんは永遠にあの優しい父さんのままでいてくれる。
役所から出ると桜並木が目に入った。ちょうど満開の季節だ。僕は一人でその桜を横目に歩いてゆく。桜の木に隠れるように何本も柱が立っている。柱の先端には監視カメラがついており、道行く人々を見守る。平和な景色だ。桜を楽しむ家族、散歩する人…。
帰りの途中、僕はよく行く花屋に寄った。店先では色とりどりの花が顔を突き出して自己主張している。一番手前に置かれているのは薔薇やチューリップといった人気の種類ばかりだった。しかし僕が探しているのとは違う。
店員は僕に気がついて何かを探しているのかと尋ねた。
「供花には何がいいだろうか」
店員はすぐに答える。菊や百合、あるいは水仙もおすすめだと言う。僕は店員が指した花を一通り見て水仙に決めた。水仙にもいくつか色があって白や黄色、あるいは野生種には存在しない赤や青の花弁を持ったものまであった。僕は数秒間だけ迷って白いのを一本だけ買った。店員は鋏で花を切り、丁寧に包む。その間、僕は何の気なしに店の奥に吊り下げられた鳥籠を眺めた。中には白い鳥が一匹静かに佇んでいる。この店にはよく来るが、鳴いているところは見たことがない。そういう性格なのか、それともロボットなのか。
商品を受け取ってそのまま店を出る。店を出ると同時に腕輪に商品を購入した旨の通知が届いた。店のところどころに設置されたカメラが購入した商品と僕の顔を判別し、必要な金額を僕の口座に請求するのだ。
店員は不思議がった顔だった。供花だというのになぜ一本だけなのだろう、と。それは僕の悪意だ。息子を捨てるような父親に贈る花なんてたった一本でも充分すぎるだろう。
僕は家に着く。家賃の安い集合住宅。高校卒業と同時にここにやってきた。僕は扉の前に立って扉に顔を見せる。扉は一秒もせずに開く。
「ただいま」
「おかえり」
奥の部屋にいたユヅハがこちらを向く。そして僕を出迎えてくれたのは彼女だけではなかった。
「おおマオ、腹が空いたのかい?」
灰色の猫が僕の足元を回る。
「あとで餌を用意するから待ってくれ」
「さっきあげた」
ユヅハに言われ、僕はマオ用の食器を見る。マオが餌を食い散らかした跡が残っていた。僕は今すぐにでも餌をやりたい心を抑える。可哀想だがこれ以上肥満になったらマオの健康に悪い。
僕は上着をハンガーに掛け、買った花を持って台所に向かった。
「これ、使っていいかな」
僕は台所に置いてあった空のコーラ瓶を手に取る。中を洗って水道水を入れる。そして買ってきた水仙をそこに挿した。
「父さん、死んでた?」
ユヅハが尋ねる。僕は出かける前に彼女に役所で父親の現況を確認してくると伝えていたのだ。
「五年前にはもう死んでたってさ」
「そう。もっといい容器あるけれど」
「いや、これでいい」
僕はそれを窓際に置いた。今後花を入れ替える予定はない。花が枯れたら瓶と一緒に捨てるのだ。それで僕と父さんの関係は終わる。
家にはもう一瓶花が挿してある。そっちは薔薇で、毎回枯れる前に替えている。花の前には小さな箱が置いてある。邏陽の遺書だ。
彼の遺書を解読するにはちょっとだけ手間を要した。記憶媒体としての規格がかなり古いもので、それもほとんど普及していなかったものだったのだ。僕たちはどこかの研究機関に解読を依頼することもできたが、内容が分からない以上そうする勇気はなかった。そのために僕たちは高い金額を払ってこの”ガラス”の規格に対応した機器を購入するしかなかった。
中身を読んで僕たちはこれを自分たちで解読して良かったと心の底から思った。内容は中国での一連の出来事についてもかなり言及されていたのだ。
「明日の午後は空いてるかい?」
ユヅハは頷く。
「なら君の両親の墓に行くのはどうかな」
父親の死を知って僕自身にもほんの少し心境の変化があったようだ。僕が知る限り、彼女が両親の墓に行ったのは一回だけだ。それも埋葬の手続きのために。彼女は僕の提案に同意したが、あまり気乗りしていないようにも見えた。
「あまり気が乗らないならやめておくかい?」
「いや、行く」
「よし、じゃあ決まりだ」
僕たちは大学生になった。高校は一年留年したものの、二人とも同じ大学に入学することができた。ちなみに経馬はというと工学系の専門学校に進んだそうだ。ある意味彼らしいといえば彼らしい。
僕は母さんの住んでいる家から離れた。ユヅハはあの豪邸を正式に父親から相続された形となったが、彼女はそれを売り払った。そして僕たちはいまこの狭い集合住宅で二人で暮らしている。家を含めてユヅハの受け取った遺産は少なくない額だが、学費や今後のことを考えれば贅沢は控えるべきなのだ。僕も少ない頻度だが労働を始めた。
彼女との共同生活を始めるにあたって不安があったのも事実だ。じっさい上手くいくことばかりではない。機嫌が悪いときなんかは彼女に良くない態度で接してしまうこともあったし、逆も然りだ。
共同生活で僕たちが最初に慣れなくてはならなかった問題は自分の見られたくない部分を相手に見せなくてはならないということだった。それは生理的なものもそうだし、精神的なものもそうだ。僕は彼女の前では隠していた、自分に対する自信の無さといったものを打ち明けなければならなかった。そして彼女は精神の不安定な部分といったものを僕に見せなくてはならない場合もあった。
僕たちはまだここで一ヶ月弱しか暮らしていないが、僕は彼女との今後の生活を悲観視してはいない。僕たちは大きな困難を何回も乗り越えた戦友でもあるのだ。僕たちの間には強い絆がある。
翌日午後、僕は停まったバイクに座っていた。
ここでも桜が咲いている。僕は左手を曇った空にかざす。薬指と小指の色味がわずかに違う。右手で薬指に触れてみるとほんのすこし硬い。ここに詰まっているのは僕の血肉ではない。先端技術で作られた人工筋肉や電子基板が入っている。まさしくユヅハの左手と同じものだ。彼女は僕が指を人工のものにすると言ったとき、もう少し肉を削って左手で二本目の親指を生やそうだなんて提案した。
「おまたせ」
僕はユヅハにヘルメットを投げ渡す。彼女は僕の後ろに座り、僕の腹に手を回した。準備完了だ。
「じゃあ行こう」
僕はバイクの電力を確認して走り出した。去年夏に経馬と共に免許(ライセンス)を取ったのだ。こういった種類のバイクはほとんどの車とは違って自動運転は補助的なものでしかない。つまりは自分の手でハンドルを握り、運転しなくてはならないのだ。責任は大きいが僕はこの自由さが好きだった。そしてこれはユヅハが学園にバイクを置いていたのと同じ理由だった。
「花でも買うかい?」
墓地へと向かう途中、花屋がある道を通る直前に僕はユヅハに尋ねる。彼女の持っていた親への憎しみは僕もよく知っている。しかし彼女もまた僕のようにただ死者への弔いとしての花を買いはしないだろうかと考えたのだ。
「…買ってもいいかもしれない」
彼女は花屋で黄色いカーネーションの花束を買った。なぜその選択なのかはわからなかったが、綺麗だった。
僕たちは広い墓地に着く。バイクから降りると視界に広告が表示された。しかしさすがに墓地というので広告の量は控えめだった。大量の墓碑があったが、視界に目的の墓碑が強調表示されたため迷うことはなかった。
萩原夫妻の遺体は邏陽に殺害されたあと、現地で検死を受けた後に日本へと運ばれた。ユヅハは彼らと絶縁をしていたものの、ユヅハしか身元を引き受けるべき人間がいなかったのだ。ユヅハはそれを拒否せず受け取りここに埋葬した。墓碑を見てわかる通り、ユヅハは最も質素なプランで彼らを埋葬した。
静かな墓地を二人で歩く。まだすこし肌寒い風が頬を撫でる。僕たちは真っ白な二つの墓碑の前に立つ。
[ 萩原 孔樹 2019 - 2073 ]
[ 萩原 陶 2021 - 2073 ]
墓碑の上には二人の顔が立体的に表示されていた。…審査所で彼らと会った時を思い出す。僕は視界に”死因を見る”のタブがあることに気づいた。それを開くと、彼らは悪質なテロによって殺害されたと書かれていた。
「…悪質なテロなんかじゃない」
ユヅハが言う。彼女もタブを開いたのだろう。彼女は花束を落とすように二人の墓碑のもとに置いた。彼女は見下すように墓碑を眺める。
「…呪いは解けた。私はもう君たちの所有物じゃない。ステータスシンボルなんかじゃない。私は私のもの」
彼女の声は震えていた。
「…もう二度とここには来ない」
彼女はそう言ってゆっくりと曇り空を見上げる。
「…ありがとう邏陽。両親を殺してくれて」
僕はただ彼女の親への最後の挨拶を見守った。彼女は言い終えるとわだかまりが下りたような顔をした。彼女もまた昨日の僕と同じように別れの”儀式”を終えたのだ。
墓地を去るとき、僕も一瞬だけ曇り空を見上げた。
「さようなら」
僕は心の中でそう呟く。さようなら魏邏陽。さようなら父さん。さようなら萩原孔樹と萩原陶。さようなら藍色戦線の戦士たち。そしてさようなら、僕の中にいる雪。
僕は君たちを忘れはしない、忘れる権利などあってはならない。僕もまたいつか本当の意味で”安寧”にたどり着く時まで彼らは僕の一部なのだ。
“2074年 3月27日 15時34分02秒”
もうかなりの時間待たされている。僕は都内の役所でベンチに腰掛けていた。足を小刻みに上下に動かす。しばらくしてようやく僕の名前が呼ばれた。
窓口の前に座ると係員がタブレット端末を持って現れた。
「お待たせしました仁山さん。本日は…お父さまの状況が知りたいとのことでしたよね?」
係員は丁寧な口調で尋ねる。僕は肯定した。
「ええと、仁山 夏男(なつお)さんは現在…」
端末を操作している係員の顔が曇った。
「残念ながら、」
係員は言葉を選ぶように間を開けた。
「五年前の2069年四月に…ソマリアで亡くなっておられます。遺体は現地で埋葬されました」
僕が中学二年生の頃だ。
「そうですか」
「ご希望でしたら現地大使館の人間が詳細な情報を集めたり、遺体の日本への移送を交渉しますが…」
僕は首を横に振る。
「死因だけ教えてください」
「えっと…日本大使館に提出された書類には紛争に巻き込まれて死亡とあります」
僕は席を立ち、礼をひとこと言って窓口を去った。
父さんはずいぶんと前に死んでいた。本当ならば悲しむべきだろうが、僕が感じたのはほんの少しの安心感だった。理由はわかっている。二度と会えないのならば父さんの口から僕を拒絶する言葉は出ない。そうすれば僕の心の中の父さんは永遠にあの優しい父さんのままでいてくれる。
役所から出ると桜並木が目に入った。ちょうど満開の季節だ。僕は一人でその桜を横目に歩いてゆく。桜の木に隠れるように何本も柱が立っている。柱の先端には監視カメラがついており、道行く人々を見守る。平和な景色だ。桜を楽しむ家族、散歩する人…。
帰りの途中、僕はよく行く花屋に寄った。店先では色とりどりの花が顔を突き出して自己主張している。一番手前に置かれているのは薔薇やチューリップといった人気の種類ばかりだった。しかし僕が探しているのとは違う。
店員は僕に気がついて何かを探しているのかと尋ねた。
「供花には何がいいだろうか」
店員はすぐに答える。菊や百合、あるいは水仙もおすすめだと言う。僕は店員が指した花を一通り見て水仙に決めた。水仙にもいくつか色があって白や黄色、あるいは野生種には存在しない赤や青の花弁を持ったものまであった。僕は数秒間だけ迷って白いのを一本だけ買った。店員は鋏で花を切り、丁寧に包む。その間、僕は何の気なしに店の奥に吊り下げられた鳥籠を眺めた。中には白い鳥が一匹静かに佇んでいる。この店にはよく来るが、鳴いているところは見たことがない。そういう性格なのか、それともロボットなのか。
商品を受け取ってそのまま店を出る。店を出ると同時に腕輪に商品を購入した旨の通知が届いた。店のところどころに設置されたカメラが購入した商品と僕の顔を判別し、必要な金額を僕の口座に請求するのだ。
店員は不思議がった顔だった。供花だというのになぜ一本だけなのだろう、と。それは僕の悪意だ。息子を捨てるような父親に贈る花なんてたった一本でも充分すぎるだろう。
僕は家に着く。家賃の安い集合住宅。高校卒業と同時にここにやってきた。僕は扉の前に立って扉に顔を見せる。扉は一秒もせずに開く。
「ただいま」
「おかえり」
奥の部屋にいたユヅハがこちらを向く。そして僕を出迎えてくれたのは彼女だけではなかった。
「おおマオ、腹が空いたのかい?」
灰色の猫が僕の足元を回る。
「あとで餌を用意するから待ってくれ」
「さっきあげた」
ユヅハに言われ、僕はマオ用の食器を見る。マオが餌を食い散らかした跡が残っていた。僕は今すぐにでも餌をやりたい心を抑える。可哀想だがこれ以上肥満になったらマオの健康に悪い。
僕は上着をハンガーに掛け、買った花を持って台所に向かった。
「これ、使っていいかな」
僕は台所に置いてあった空のコーラ瓶を手に取る。中を洗って水道水を入れる。そして買ってきた水仙をそこに挿した。
「父さん、死んでた?」
ユヅハが尋ねる。僕は出かける前に彼女に役所で父親の現況を確認してくると伝えていたのだ。
「五年前にはもう死んでたってさ」
「そう。もっといい容器あるけれど」
「いや、これでいい」
僕はそれを窓際に置いた。今後花を入れ替える予定はない。花が枯れたら瓶と一緒に捨てるのだ。それで僕と父さんの関係は終わる。
家にはもう一瓶花が挿してある。そっちは薔薇で、毎回枯れる前に替えている。花の前には小さな箱が置いてある。邏陽の遺書だ。
彼の遺書を解読するにはちょっとだけ手間を要した。記憶媒体としての規格がかなり古いもので、それもほとんど普及していなかったものだったのだ。僕たちはどこかの研究機関に解読を依頼することもできたが、内容が分からない以上そうする勇気はなかった。そのために僕たちは高い金額を払ってこの”ガラス”の規格に対応した機器を購入するしかなかった。
中身を読んで僕たちはこれを自分たちで解読して良かったと心の底から思った。内容は中国での一連の出来事についてもかなり言及されていたのだ。
「明日の午後は空いてるかい?」
ユヅハは頷く。
「なら君の両親の墓に行くのはどうかな」
父親の死を知って僕自身にもほんの少し心境の変化があったようだ。僕が知る限り、彼女が両親の墓に行ったのは一回だけだ。それも埋葬の手続きのために。彼女は僕の提案に同意したが、あまり気乗りしていないようにも見えた。
「あまり気が乗らないならやめておくかい?」
「いや、行く」
「よし、じゃあ決まりだ」
僕たちは大学生になった。高校は一年留年したものの、二人とも同じ大学に入学することができた。ちなみに経馬はというと工学系の専門学校に進んだそうだ。ある意味彼らしいといえば彼らしい。
僕は母さんの住んでいる家から離れた。ユヅハはあの豪邸を正式に父親から相続された形となったが、彼女はそれを売り払った。そして僕たちはいまこの狭い集合住宅で二人で暮らしている。家を含めてユヅハの受け取った遺産は少なくない額だが、学費や今後のことを考えれば贅沢は控えるべきなのだ。僕も少ない頻度だが労働を始めた。
彼女との共同生活を始めるにあたって不安があったのも事実だ。じっさい上手くいくことばかりではない。機嫌が悪いときなんかは彼女に良くない態度で接してしまうこともあったし、逆も然りだ。
共同生活で僕たちが最初に慣れなくてはならなかった問題は自分の見られたくない部分を相手に見せなくてはならないということだった。それは生理的なものもそうだし、精神的なものもそうだ。僕は彼女の前では隠していた、自分に対する自信の無さといったものを打ち明けなければならなかった。そして彼女は精神の不安定な部分といったものを僕に見せなくてはならない場合もあった。
僕たちはまだここで一ヶ月弱しか暮らしていないが、僕は彼女との今後の生活を悲観視してはいない。僕たちは大きな困難を何回も乗り越えた戦友でもあるのだ。僕たちの間には強い絆がある。
翌日午後、僕は停まったバイクに座っていた。
ここでも桜が咲いている。僕は左手を曇った空にかざす。薬指と小指の色味がわずかに違う。右手で薬指に触れてみるとほんのすこし硬い。ここに詰まっているのは僕の血肉ではない。先端技術で作られた人工筋肉や電子基板が入っている。まさしくユヅハの左手と同じものだ。彼女は僕が指を人工のものにすると言ったとき、もう少し肉を削って左手で二本目の親指を生やそうだなんて提案した。
「おまたせ」
僕はユヅハにヘルメットを投げ渡す。彼女は僕の後ろに座り、僕の腹に手を回した。準備完了だ。
「じゃあ行こう」
僕はバイクの電力を確認して走り出した。去年夏に経馬と共に免許(ライセンス)を取ったのだ。こういった種類のバイクはほとんどの車とは違って自動運転は補助的なものでしかない。つまりは自分の手でハンドルを握り、運転しなくてはならないのだ。責任は大きいが僕はこの自由さが好きだった。そしてこれはユヅハが学園にバイクを置いていたのと同じ理由だった。
「花でも買うかい?」
墓地へと向かう途中、花屋がある道を通る直前に僕はユヅハに尋ねる。彼女の持っていた親への憎しみは僕もよく知っている。しかし彼女もまた僕のようにただ死者への弔いとしての花を買いはしないだろうかと考えたのだ。
「…買ってもいいかもしれない」
彼女は花屋で黄色いカーネーションの花束を買った。なぜその選択なのかはわからなかったが、綺麗だった。
僕たちは広い墓地に着く。バイクから降りると視界に広告が表示された。しかしさすがに墓地というので広告の量は控えめだった。大量の墓碑があったが、視界に目的の墓碑が強調表示されたため迷うことはなかった。
萩原夫妻の遺体は邏陽に殺害されたあと、現地で検死を受けた後に日本へと運ばれた。ユヅハは彼らと絶縁をしていたものの、ユヅハしか身元を引き受けるべき人間がいなかったのだ。ユヅハはそれを拒否せず受け取りここに埋葬した。墓碑を見てわかる通り、ユヅハは最も質素なプランで彼らを埋葬した。
静かな墓地を二人で歩く。まだすこし肌寒い風が頬を撫でる。僕たちは真っ白な二つの墓碑の前に立つ。
[ 萩原 孔樹 2019 - 2073 ]
[ 萩原 陶 2021 - 2073 ]
墓碑の上には二人の顔が立体的に表示されていた。…審査所で彼らと会った時を思い出す。僕は視界に”死因を見る”のタブがあることに気づいた。それを開くと、彼らは悪質なテロによって殺害されたと書かれていた。
「…悪質なテロなんかじゃない」
ユヅハが言う。彼女もタブを開いたのだろう。彼女は花束を落とすように二人の墓碑のもとに置いた。彼女は見下すように墓碑を眺める。
「…呪いは解けた。私はもう君たちの所有物じゃない。ステータスシンボルなんかじゃない。私は私のもの」
彼女の声は震えていた。
「…もう二度とここには来ない」
彼女はそう言ってゆっくりと曇り空を見上げる。
「…ありがとう邏陽。両親を殺してくれて」
僕はただ彼女の親への最後の挨拶を見守った。彼女は言い終えるとわだかまりが下りたような顔をした。彼女もまた昨日の僕と同じように別れの”儀式”を終えたのだ。
墓地を去るとき、僕も一瞬だけ曇り空を見上げた。
「さようなら」
僕は心の中でそう呟く。さようなら魏邏陽。さようなら父さん。さようなら萩原孔樹と萩原陶。さようなら藍色戦線の戦士たち。そしてさようなら、僕の中にいる雪。
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