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六話
しおりを挟む「アルヴィラ様、いつもありがとうございます。」
「いいのよ。私がやりたいと思って勝手にやっているだけだから。」
「アルヴィラ様!遊ぼ!遊ぼ!!」
「はいはい、何して遊ぼうかしら?」
いつもここへ寄付をしに来ると、帰る前に少しだけ子供達の遊びに付き合うことにしている。
こうして孤児院でたまに子供達と触れ合う機会を設けると、ふと自分に子供がいたら、なんて思ってしまう時がある。
伯爵令嬢だった時、まだ悪い噂のなかった頃。
私にはそれなりに友人がいた。
同じ年くらいに嫁いで結婚していった友人達は、その後すぐに子供ができて、今ではすっかりみんな母親の顔をしていた。
私はそれがとても羨ましかった。
私に子供ができたら一体どんな子なんだろう。
どれだけ可愛いのだろう、といつも考えていた。
しかし今はあんな旦那様との子供を望むことすら恐ろしくなっていた。
(もし自分の子供が旦那様のように育ってしまったら……。)
そう思うと途端に怖くなった。
私は昨日の食堂で旦那様に""後継を産むことは義務だ""という風に捉えられることを言った。
でも私はもし子供が産まれてきてくれたのなら、その子を愛情を持って育てようと思っていたし、子供が好きだから、例えあんな旦那様とでも自分の子供なら、と子を望んでいた。
しかし現実は子供を作るどころか寝室は別々、普段顔を合わせることも少なく、信頼がないからか、仕事も回ってこない。
夫婦のふの字もない生活を5年間、強いられただけだった。
18歳の頃に侯爵家に嫁いできた私は、今はもう23歳になっていた。
この国の女性の結婚適齢期は18歳~24歳。
年が重なれば重なるほど縁談は少なくなるし、もし離婚をしてバツイチとなれば尚更、純潔を重んじる貴族からの縁談は殆どないに等しい。
それでも貰ってくれると言う家は、大抵私の実家のコネを借りたいだけの野蛮な貴族か、運が良くても辺境の極小貴族だろう。
それも無理ならそれこそ貴族の愛人として生きていくしかない。
私自身、何か大きな趣味があるわけでもなく、たまに孤児院に行く、それ以外は暇を持て余し無駄な時間を過ごしただけだったのかもしれない。
こんなことがあり得るのか、と最初のころ旦那様に対して強い失望感と怒りを抱いたことをよく覚えている。
「アルヴィラ様?」
物思いに耽っていると突然、私を呼ぶ声がしてハッとして振り返る。
そこにはなんと、レバンタの姿があった。
「レバンタ……?」
「お久しぶりです、アルヴィラ様。」
センターで分けられた金色の髪に、エメラルドのようなグリーンアイをした、この優しそうな好青年の名はレバンタ・ブレス伯爵。
彼との出会いはある孤児院の寄付に訪れた時、たまたま彼もその孤児院に寄付していたのだ。
当時、私以外にも同じ貴族で孤児院に寄付している人を初めて見た私は、その物珍しさに彼と少し会話をした。
そしてそれから数ヶ月経ったある時、また別の孤児院で彼を見かけた。
それ以降、また次、また次、また次、とばったり会っては会話をする関係になってしまった。
今ではたまにプライベートでも交流する仲になっていた。
その関係は旦那様と出会う前、私がまだストレイの名前を名乗っていた頃からずっと続いている。
私の悪い噂が流れ始めてから、友人達は皆一様に私から背を向けた。
でも彼だけは私の噂を知っても尚、こうして私と関わりを持ってくれていた。
彼にとって私は、数いる友人の中の1人かもしれないけれど、今の私にとっては唯一の友人とも言えた。
「久しぶりね、どうしてここに?」
「寄付した帰りに子供たちと遊ぼうと思ったんですよ。アルヴィラ様は?」
「奇遇ね、私もなの。」
しかしここはアレンベル領の孤児院。
彼がここの孤児院にまで寄付をしに来ているとは知らなかった。
「凄いわね、私たち。この国に孤児院なんて何千とあるのに、その中で今日みたいに偶然会うことが何回もあるなんて。」
「知ってますか?偶然は重なれば運命、なのですよ?」
「……レバンタったら、ロマンチストなのね」
彼は確か今22歳。私のひとつだけ歳下だ。
いくら男性に結婚適齢期がないと言っても彼ももういい歳なので、婚約者の1人や2人居てもおかしくないと思った。
しかしいつ聞いても彼にはそのような方はいないようだった。
こんなにイケメンでロマンチストで良い男なのに、何だかすごく勿体無い気がした。
「あなたと久しぶりに話せて嬉しいわ。最近出かけられてなかったから……。」
「何かあったんですか?」
そう心配そうに聞いて、私を覗き込んで来る彼はやっぱり優しい。
普通ならこの反応が当たり前なんだろう。
でもあの邸宅で5年間も過ごして来た私からすれば、気にかけてくれる人がいると言うのは身に染みるほど嬉しいことだった。
何故なら今まで旦那様は心配するどころか、私が浮かない顔をしていても声すら掛けてこない人間だったから。
そもそも顔すら合わせない人間だったけれど。
いつの間にかそれが私の中での"当たり前"になってしまっていたのかもしれない。
「……最近は外に出るだけで世間の目が痛いもの。」
私がそう呟いたあと、彼は黙り込んでしまった。
私はその時、やっぱり相談するんじゃなかったかも、と思った。
もしかしたら鬱陶しがられたかも、とか、重いと思われたかも、と思い、焦って訂正した。
「ごめんなさい、折角あなたと話しているのにこんな暗い話するものじゃないわね、忘れて。」
私は唯一の友人を失いたくなくて、いつもこうやって一歩引いた態度を取ってしまう。
いくら相談に乗ってくれるとは言ってくれても、彼にとっては私個人の重い話なんて退屈で面倒くさいでしょうに。
いつも噂の話をすると旦那様が"気にする必要はない"と言っていたように、もしかしたら私が過剰に反応しているだけなのかもと錯覚してしまう。
「いいえ、僕は忘れません。」
いやに真剣にそう言うものだから、私は少しだけ身構えてしまった。
でもレバンタは気にしていないようで特徴的な緑の瞳を揺らしながら私に呟く。
「辛いことがあるなら、何でも僕に相談して下さい。きっとアルヴィラ様のお力になりますから。」
あまりにも私のことを真っ直ぐ見つめてくれるレバンタに、思わず涙が溢れそうだった。
こんなに純粋な想いで人に見つめられたのはいつぶりだろう。
思えばかなり久しぶりな気がする。
久しぶりに他人にちゃんと"感情を持った人間"として接してもらえたような気さえする。
だから私はレバンタのその言葉だけでも充分、嬉しかった。
「……ありがとう、レバンタ。でもまだ私は大丈夫。」
恥ずかしいことに、相談できる仲の友人がいない私はこの人を頼る他ない。
だからこそ、まだ耐えられる今の時点では相談しない。
彼に今私が感じている、この嫌な気持ちを感じてほしくないから。
でもここぞという時にはもちろん、頼らせて貰うつもりだ。
「でももし……耐えられないくらい辛くなったら、その時は相談させて貰うわね。」
そう言って彼に笑いかけると、レバンタは少しだけ眉を下げた顔をした。
「………わかりました、待ってますね。」
そう言ってレバンタは優しく微笑んでくれた。
同じ男の人なのに、あの人とは全然違う。
レバンタとは数年の付き合いになるけど、未だに私の中の彼の印象は好印象のものしかない。
きっと他の令嬢からもモテモテなんだろうな、とボンヤリした頭で考えていた。
旦那様とレバンタの共通点なんて、それこそ顔が良いというところくらいだ。
それ以外は全てまるで誂えたかのように、見事なまでに正反対だ。
本当にあの冷たくてデリカシーの欠片もない口下手な旦那様なんかとは大違いだ。
私は改めてレバンタが私の友人として居続けてくれることに感謝した。
今日、子供達と触れ合えたことや、こうして久しぶりにレバンタと話せたことで、今朝、旦那様に傷つけられた心の痛みが少しだけ和らいだのを感じた。
でもこれからまたあの男の待つ邸宅に帰ることを思うと、途端に気分は落ちる。
いくら考えてもこの1ヶ月で旦那様が、レバンタのような優しさや気遣いができる良い男になれるとは思えない。
その考えがまた、私の帰宅を妨げる足枷になっていた。
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