【完結】ガン=カタ皇子、夜に踊る

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Second Chapter

間に合わぬ希望

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 何時ものように棒付きのあめ玉を加えたトキトハが、突如ヴェドを呼び出してこう告げた。
「医者として、とても残酷な事をこれから言わなきゃならん。もし聞きたくなければすぐに出て行ってくれ」
「……」
ヴェドは出ていかなかった。分かった、と彼女は頷いて、率直に言った。
「シューヤドリック殿下の病の特効薬の研究が一気に進展しそうなんだ。旧ザルティリャ王国領の復興作業に当たっていた者が、あの病に効く可能性がある新種の薬草を見つけた。だが、現状では殿下の病の進行の方が早くて間に合わない。――再来年の今頃に、試験薬が完成する見込みでね」
「……」
咄嗟に部屋から飛び出そうとしたヴェドにトキトハは続けた。
「無駄だ。今からその薬草を取りに行っても。
研究して分かったんだよ、その薬草はかの地のみ、しかも特定の季節に採取したものだけが薬効を得ている。この今に根こそぎ引っこ抜いた所で飼い葉にもなりゃしないんだ」
「……」
「こうなりゃ後は殿下の気力次第だ。ヴェド……分かるな?」
生きたいと強く願い病と闘う、シューヤドリックの気力次第なのだ。
「殿下は……半ば、月の世界にいらっしゃる……」
思わずトキトハはそこにあった椅子でヴェドを殴っていた。
思い切り手が痺れただけでヴェドは微動だにしなかったが。
「未練があるなら追いかけて連れ戻せ、10年来の仲なんだろう!?
男ってのは、だから馬鹿で嫌なんだ!体裁だの見栄だのを気にして!己こそが悲劇の主人公みたいに酔いしれやがる!ああ腹が立つ!
そうさ、アンタは確かに不幸かも知れない、だが勝手に己で己を不幸にするな!不幸だからって幸せになる事を放棄するな!誰だって幸せになりたくって生きているんだろうが!」
「……」
ヴェドがそれでも黙って目を閉じていたので、トキトハはまた椅子を振り上げた。
「もう止めてやれ、トキトハよ」
だが、入ってきたバズムに止められる。仕方なく彼女は椅子を下ろした。
「将軍、いつからですか」
「あんな大声でトキトハが怒鳴るのが悪いんじゃ。……そうか、シューヤドリックはもう長くないのか」
バズムまで辛気くさい顔をしたので、彼女は心底から苛立った。だが、バズムが連れていた少年が彼女の剣幕に怯えていたので、すぐに顔を改めて優しい声を出す。
「ごめんよ、怒鳴って。怖かっただろう」
「い、いえ……大丈夫、です!」
「トキトハ、この子を診てやってくれ。一応はハルハが診たんじゃが、貴様は本職じゃ」
「分かりました」
さっさと黙りのヴェドを追い出して、衝立の向こう側で彼女は少年の診察をした。
「将軍、この子の年は分かりますか?」
「分からん」
「あたしの見立てでは12から13の間ですね。明らかに痩せすぎです。固有魔法の様子も無し、どこもかしこも未成年ですね。他は……ん?」
「どうしたんじゃ」
「君……」トキトハの顔付きが変わっていく。「背中に大怪我をした事はあるかい?」
「ええと、あれみたいなもので、切られた事、何度かあります」
少年が指さしたのは外科手術で使う薄い医療用の刃物だった。
「そう、か。痛かっただろう、よく頑張った」
あえて優しい声を出しながらも、トキトハは内心で舌打ちしている。

 ――何処の誰だ。この少年の背中側の内臓の中に、『変なモノ』を埋め込んだ連中は。そしてこの少年も問題だ。それほどの大手術を受けながら、背中には何の術痕も残っていない。
故に、彼女はすぐにこの少年が何なのか思い至る。これほどの事を可能にする魔力を人の身で保有できるのは、この帝国において『精霊獣』を従える者のみだからだ。
そうか……だから将軍は帝国城に連れてきたのか。

 「将軍、この子を何処で見つけられたので?」
「それは今は言えん。じゃが……」
「承知しました――おいヴェド、まだいるんだろう?」
少年に服を着せながら、トキトハは大声を出した。
「……」
無言で、ヴェドが入ってきた。
「しばらく将軍とこの子の側にいてやってくれ。誰でも良い、手が空いている奴なら。『睡虎』、『幻闇』、『閃翔』にゃ、もう別件が入っているんだろ?」
「……どうした」
この少年に何があるのだ、と視線で訊ねたが、トキトハは今は言えないと首を左右に振った。
「そうじゃな、ワシからも頼むぞ」
バズム将軍まで珍しく真面目な顔をしているので、相当な何かがあるのだな、と悟ったヴェドは静かに頷いた。
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