【完結】ガン=カタ皇子、夜に踊る

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Third Chapter

strange jinx

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 『クノハルが拉致されただと!?』
『何ですって!?』
無音通信の機械越しにも、ロウとパーシーバーが勢いよく立ち上がる音がした。
「そうだ。帝国十三神将が4人も動いているが、何せ拉致された先がブォニートも精霊獣『ジンクス』もいるであろう『コロシアム』だ。……きっとザイテもいるだろう。
ロウ、止めはしない。すぐに行ってやれ」
ロウがドタバタと支度をしながら、いつもの妙に世間慣れした声で言う。
『「行くのは止めろ」なんて言われていたら、その瞬間に『シャドウ』への協力を打ち切る所だったよ』
『ええ、パーシーバーちゃんもテオ達にパーフェクトにエンドレスに幻滅する所だったわ!』
「それくらい分かっている」オレ達は頷いて、「ところで、ゲイブンはもう出たか?」
『ああ、もうテオの送迎に向かった。帝国城の牛舎にもうすぐ到着する頃だろう』
「ならば、帰りに入れ替わる。……夜が来るまでに全て解決していると良いのだが」
少なくともオレ達が出る前に、皇帝の精霊獣『ロード』が帝都を覆うように展開した結界と、敷かれた検問が全て解除されていれば一番良いのだが……。
『とても長い一日になりそうだな』
とロウは呟いた。
『ロウ、このエクセレントでブリリアントでアルティメットなパーシーバーちゃんも本気出すわよ!クノハルを拉致した連中なんて、ええいのえーい!ってやっつけてやるんだから!』


 『峻霜』、『閃翔』、『闘剛』、『幻闇』の4名に率いられた精鋭部隊による『コロシアム』の制圧は、当初は順調と言って良かった。
抵抗してくるマーロウスントの兵卒達を蹴散らし、部下に捕縛させ、『幻闇』の手によって自白させ、その情報を元に『峻霜』、『閃翔』、『闘剛』らは先陣を切って抵抗するマーロウスントの手の者と戦って殺さぬように倒している。
「ブォニートと精霊獣は何処だ」
『幻闇』が捕らえたマーロウスントの兵士の手足の指を切り落としながら訊ねると、彼らはあっさりと、
「と、特等席ニ!『コロシアム』ノ一番高みの――!」
「だそうだ」
すぐさま『急行する』と『闘剛』から『音の欠片』を通じて返事があった。
『こちら「峻霜」、近隣一帯の派生施設を軒並み制圧した』
『こちら「閃翔」、地上階の制圧に成功した。残るは――』
――『幻闇』は闇カジノだった建物を凝視する。
その間も、物好きな貧民街の住人達が、怖々と遠巻きにして彼らを見つめて小声で噂していた。
「『コロシアム』の地下中枢部、死の舞台がある所か。――『幻闇』、加勢する」
「ああーっ!間に合ったーっ!『幻闇』―!」そこに馬を駆って到着したのが『睡虎』である。「『コロシアム』の中には人質がいるみたいなんですよー!」
『人質?まさかロサリータ姫か?』と訊ねてきたギルガンドに、ハルハは『残念ながら』と真っ向から否定した。
「そうだったら遙かに良かったんですけれどね……。
ところでギルガンド、アナタ、先日に見合いをして、さる女人と男女交際を始めたそうですねー?」
『今はそんな私事を話すべき時では無い!』とギルガンドが怒鳴った。
「ところがどっこい、今こそが話すべき時なんですよー。ちなみに以前からギルガンドには聞きたかったんですがー、アナタって御自分がどれ程帝国城の女官達にモッテモテかご存じですかねー?」
『そんなつまらぬ事、私の知った事か!』
『……おい、まさか』
それを聞いていたヴェドの方が息を飲んだのが伝わってきた。
同様に幻闇にも、もう予測が付いていた。
――仮にその可能性が事実でなければ、『睡虎』まで増援としてここに今になって派遣される理由が一つも無いからだ。
「いえ、アナタはとてもモッテモテなんですよー。それこそアナタの交際相手を拉致させて結婚なんて二度と出来ない体に変えてでも、帝国を裏切って通敵してでも、我こそが次のアナタの交際相手の座に納まるべきと考える女官が続出してしまうくらいにはねー……」
『っ!』
『わあーっ!?ギルガンドの絶句する瞬間なんて、とっても珍しいですねー。
……って暢気な事を言っている場合じゃあ無いか……。
でも焦っちゃ駄目ですよー、『閃翔』。私も今から加勢するので、慎重に確実に救出活動もやりましょうー!」

 『――がああアっ!!!』その瞬間、『闘剛』の絶叫が4人に伝わった。『体が、動かない……!?固有魔法か、さては、いよいよ……!?』

 『闘剛』のその苦悶の声を踏み潰すかのように――心から哀れむような、相手を見下したような――酷く傲慢で居丈高な声がした。

 『貴様モ「不幸」で「悲惨」ダな』
 『ただの人の身デ精霊獣「ジンクス」を侮るカら、そウなるのだよ』


 「公王様あ、こりゃあすげえ!」
普段であれば重さを気にしたことも無い鎧甲冑が拘束着のように重たくされて、全く動けないままの『闘剛』を一方的に暴行しながら、ザイテは大喜びしている。
「あの帝国十三神将がよお!これじゃあ、まるで肉の詰まったずだ袋ですぜえ!!!」
「ザイテ、もうクノハルとやらの見世物の準備は整ったのか?」
『音の欠片』を踏み潰しながら、ブォニートは落ち着いて訊ねる。
「へへへへ……きっちりとさらって、地下牢に放り込んでありまさあ!」
「では、直ちに最初の『ファンファーレ』を鳴らせ。楽しい催しになりそうだ」
――ぐったりと首を折って、二人の会話を聞くロサリータは縛り付けられた椅子から全く動かない。ぽろぽろと涙だけを流している。
「ああ、私の愛しいロサリータ」
ブォニートは優しく指先でその涙を拭う。
「『ジンクス』がいる限り、何も心配など要らないのだよ。何もかもが『不幸』で『悲惨』になるが、私達だけは『幸福』でいられるのだから」
「…………、」ロサリータは低い声で呟いた。
「うん?」とブォニートは優しい声で聞き返した。「どうしたんだい、ロサリータ」
「……みんな……貴方が、殺したの?」
「誰一人として好きで殺してなどいない。これには全て深い訳があってね。
まずロデアナだが――誰よりも私に愛されていたのにだ、私が愛した事を知った途端に襲いかかってきたのだよ。とうの昔に死んでしまった婚約者を返せと叫びながら。だから仕方なく私のこの手で殺すしか無かったのだ」
彼女の母親は父親無くして彼女を産んだ女だとして後ろ指を指されていたが、間違いなく娘の彼女を愛おしんで、慈しんで育ててくれた。
「…………、…………」
ロサリータは動かない。頭に流れ込んでくる情報が与える衝撃が大きすぎて、動けないのだ。
「愛しい君の乳母と乳母子……そうそう、名はフェレネとフェルニだったか。彼女達はそれを知って、王太子共に密告しようとしたのだよ。だからやむを得なかったのだ。事故に見せかけたのは私の――君のための、むしろ思いやりと慈悲なのだよ?分かってくれるね?」
二人はいつだってロサリータの味方だった。どんな時でも側にいて支え、不遇な彼女を何度でも励ましてくれた。哀れみからで無く、真心からそうしてくれた。
「……」
「そうだ、最後は母上だった。ロデアナ達を殺すしか無かった、不幸で悲惨な私の心情など何も考えず、ましてや不幸で悲惨な身の上に私を産んだ事を一度も謝る事も無く、私を一方的に尋問してきたのだ。だからね、とても苦労して終わらせたんだよ」
彼女の祖母は冷遇などには負けもしない、いつも強かで毅然とした女だった。とても厳しく彼女を教育したが、そこには一つの悪意も歪んだ思いも無かった。正統ではない暗い生まれの彼女がこれ以上後ろ指を指されないために、いつか立派に己の足で立って歩いて行く事が出来るようにするために、心底から思いやってくれていたのだ。
だからロサリータも、彼女達の事を誰よりも愛して慕っていた……。
「そう、私の『不幸』と『悲惨』を終わらせるためにね。だから私は『ジンクス』を手に入れる事が出来たのだ。
私に、あまりにも大きな『幸運』をもたらす『ジンクス』を!」
「………………」
違う、とロサリータは心の中で呟いた。それは違う、違う、違う。

 しかし言葉にする気力が完全に失せている彼女は、今はただただ声も無く泣き続けるのだった。
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