236 / 297
Final Chapter
異世界転生の理由
しおりを挟む
けたたましいパトカーや救急車のサイレンが響き渡る中、オレはオレの体だったモノを見下ろしていた。
夜間警備のバイト帰り。
夜明け前にねーちゃんのバイトしているコンビニへ立ち寄って話をしていたら、ボケたじいさんの運転していた車(超☆高級車)が突っ込んできたのである。
――その5分前、オレは3つ年上のマヤ姉(以下ねーちゃん)と、入り口近くの店内の飲食コーナーの椅子に座って、少し話していた。
「あのさ。あんただって本当は進学したかったんじゃないの?」
ねーちゃんはいつだって身内には容赦ない。
今日の晩飯当番をどっちにするかって雑談から始まっていたのに、いきなりそうグサッと言われて、オレは折角のおごりでホットコーヒーを飲んでいたのを全部吹きそうになった。
「お、オレは良いんだって。ねーちゃんみたいに勉強は得意じゃなかったし。それよりねーちゃんこそ大学どうなんだよ?単位落としそうだとか絶対止めてくれよ。とーちゃんみたいな患者でも助けられるくらいの凄腕の医者になるんだろ?」
珍しく、ねーちゃんは少し黙った。
「……彼氏っぽいのが出来たかもしんない」
「『彼氏っぽいの』って何だよ?」
「詳しく言ったってドーテーには分かんないでしょ」
何だと。そっちがそう言うならこっちだってこう言ってやる!
「うるせえぞクソドブス!……かーちゃんには言ったの、心配するぞ?」
少し顔を赤くして、ねーちゃんはオレを睨み付けた。
「今週末空けときなさい、あんたも絶対によ!」
「えー、せめてイケメンかどうか教えろよ」
「……イケメンって言うより、側にいると安心できるし、この人なら大丈夫って信頼できるのよ。卒業したら……いつか……ううん、彼との将来を考えている」
「えぇ……何それ」
見た事の無いねーちゃんの横顔に、オレは戸惑ってしまった。
でも――この時、オレは素直になって本音を言えば良かったんだ。
『おめでとう、絶対幸せになれよ』って……。
「ほら、ドーテー小僧に言ったってやっぱり分かんなかったじゃない!」
言うなり、ねーちゃんは席を立った。
「逃げるのかよ?卑怯だぞねーちゃん!」
「違うわよ、棚卸し!シフト交代前の最後の一仕事よ!」
オレはわざとらしくため息を吐いて、山向こうの空が明るくなりつつあるコンビニの駐車場を見た。
ここは田舎のど真ん中の地方都市にあるので、駐車場だけは広いのだ。
その瞬間。
咄嗟にねーちゃんの背中をありったけの力で店の奥へと突き飛ばせたのは、オレがスタントマンの練習を積んでいたからだ。
でも、その代わりにオレは――コンビニに突っ込んできた無灯火の車とコンビニの壁の間に挟まれた。
「なっ……!?い、いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!トオル!?トオルぅーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
ねーちゃんのつんざくような絶叫。
ひび割れたフロントガラス越しの、固まった顔のじいさん。
おい、早くアクセルを踏むのを止めてくれ、うるせえクラクションはもう良いから、頼む、オレの体が、千切れ、ブレーキを、痛い、血が、
……そこで意識があっという間に薄れて、何も見えなくなった。
ああ、ねーちゃん、ごめん。かーちゃん、ごめん。
とーちゃんが病気で死ぬ時に約束したのに……オレがいるから心配するなって。
まさかオレが、一番先に、こうなるなんて……。
どうしようも無くボケた老人が、家族が隠した車の鍵を見つけて夜明け前に勝手に家を抜け出して、車ごとコンビニに突っ込んだ……と聞けば、よくある事故だったとオレも思う。
だけど、オレにとって『よくある事故』と済ませられない最悪の理由があった。
かーちゃんとねーちゃんがオレの棺桶にすがって何時間も泣き叫んでいるのだ。
もう……『長門透』の告別式も終わって、火葬場に着いたのに。
見るからに真面目で気弱で、でも優しそうな『彼氏っぽいの』が必死の説得を続けていたら、ねーちゃんは何とか火葬場に着いてしばらくしたら棺桶から離れてくれた。
だけどかーちゃんは離れない。
『彼氏っぽいの』が言葉を重ねて説得しても、親戚や火葬場の職員が困り果てても。
「大学に行かせてやれば良かった、もっと話を聞けば良かった、あの子は我慢強いからって甘えていた、ごめんなさい、ごめんなさい」
そんなこと言っても、大学に行かないと決めたのはオレの意志だし、とーちゃんが死んじゃってからかーちゃんはオレ達を育てるために働くのに必死だったし、何よりオレには大学に行くよりも優先したい夢があったから。
『俺はお笑いで天下一になったる。トオルは?』
『オレは一流のスタントマンになりたい!』
……そうやってあの時に約束をしたノリの方を見たけれど、ノリは茫然自失と言った顔で泣く事さえ出来ていなかった。ノリはいつもとびっきりの笑顔で笑っている癖に、今は無表情で――酷く青い顔でじっとオレの棺桶と、それに取りすがるかーちゃんとねーちゃんを声も無く見つめていた。
そう言えば、喪服のノリなんて初めて見た。
こうやって何度見てもノリに喪服だけは似合わなくて、違和感の塊……ちぐはぐに思えた。
デブだけどピカイチ明るくて、誰よりも笑顔が似合うヤツだったのにな。
……ノリにまでそんな顔をさせたのは、オレの所為だ。ごめん。
死んじゃったオレがこんな事を言えた義理じゃないけれど、もう誰も泣かないで欲しい。これ以上悲しまないで欲しい。
……こっちまで辛くなる。
何とかしてかーちゃん達を泣き止ませようと、オレは色々頑張ったけれど、今のオレは何も出来ないようだった。
完全に何にも触れないし声も届かないし、本物の幽霊状態で。
「私が代わりに死ねば良かった!」
オレの血まみれでズタズタの死体を見下ろしていた時より、かーちゃんのその言葉の方がメンタルに来た。
おい、『彼氏っぽいの』までもらい泣きを始めてんじゃねーよ。
べそべそ泣くのは良いからお前はかーちゃんをオレの棺桶から引っぺがして、とっととオレの体を荼毘に付せるようにしてくれよ。
……まだオレの体が原形留めていたら、オレだって焼くのをためらったかも知れないけれどさ。
あのボケたじいさんがブレーキの代わりにアクセルを踏みまくった所為で、何よりも誰よりもオレ自身がもう無理だって諦めるしか無い有様なんだ。挙げ句に司法解剖までされたから……。
「ママ、もうトオルを楽にしてあげようよ。このままじゃトオルはずっと痛いままだよ」
ねーちゃんがそう言ってかーちゃんにすがりつくと、かーちゃんは真っ青な顔をしたまま振り返って、ねーちゃんにすがりついて震えながら声を上げて泣いた。
「では……」
沈痛な顔をした職員の人が手を合わせてくれた。
そして、オレの体は火葬場の機械に飲み込まれて、僅かばかりの灰と骨になったのだった。
流石に燃えている最中のオレを観察する気にはなれなくて、オレは火葬場の外に出た。
ここは地方都市の郊外の更に外側……ほとんど山の中にある。
誰が植えたのか勝手に生えたのか知らないけれど、綺麗な辛夷の白い花が咲いていた。そうか、今はもう春だったのか。とーちゃんが死んだのも春だったな。あの時のように桜は散り際で、半分葉桜になりかけている。いや、花と一緒に葉が出ると言う山桜だろうか。
「あのさ、トオル君」
「ん?」
振り返ったら目を真っ赤にした『彼氏っぽいの』が立っていた。
そういや、名前を聞いていなかったな。
「ええと、僕は真宮光太郎って言うんだ。君のお姉さんの……マヤさんと真剣に交際させて頂いている、しがない大学生で、それで……」
まだズビズビと鼻を啜りながら、『彼氏っぽいの』(意地でもこう呼んでやる!)は自己紹介した。
「もし君が良かったらだけど、『異世界』に来ないかい?」
「異世界?何ですかそれ」
「平行世界とか異次元世界とか別次元世界とか、まあ色々言われているけれど……。実は、僕は『エージェント・E』でね、あちらの世界に招くに相応しい魂を選定する役目があるんだ」
「何を言っているのか、完全に意味不明なんですけど……」
そこでオレは気付いた。
――どうしてこの『彼氏っぽいの』は、幽霊状態のこのオレと当たり前のように会話が出来ているんだ?!
「君達の概念で最も近しい言葉だと『天使』とか『神の分霊』なんだけれど、実際はそこまで万能じゃない。僕なんてただの『エージェント』としての権能しか持っていないし、それに『エージェント』だって複数人いるし……。ああ、こちらの世界の『神』からも許可はちゃんと貰っているから。
でね、実は僕が『エージェント』の一人として選ばれた原因が、僕達の『本体』が存在している世界で重大な問題が生じているからなんだ」
「だから、何を言って……?」
理解は今はしなくて良い、こうやって聞いてくれるだけで良い、と『彼氏っぽいの』は首を左右に振った。
ただ、とオレにはちっとも訳の分からない言葉を並べ続ける。
「もし君があちらの世界の『重大な問題』と相対してくれるのなら、もう一度だけマヤさんやお義母さんと話をさせてあげることが出来る」
「かーちゃん達に……もう泣くなって言えるんですか」
「うん。約束する。たとえ地獄への道が人間の善意で敷かれているとしても、きっと僕達を救うのは人の優しさだろうから」
「……」
どう答えたら良いのか分からなくて、オレは黙って真宮光太郎と名乗る謎の男を見つめた。
でも、答え方が分からないだけで、もうオレの腹は決まっていた。
「……あの」
オレはしばらく考えてから、口にした。
「ねーちゃんのこと、頼みます。気が強そうに見えるけど結構強がっていて、本当は凄い泣き虫なんで……」
「うん……。よく知っている。でも、しっかり頼まれたよ」
コイツが真面目な顔で約束したら、辺りが白い光に包まれた。
――気付いたら懐かしの我が家の玄関にいた。
ちょうど喪服のかーちゃんとねーちゃんが骨壺の入っている箱を交互に抱いて、黒い靴を脱いでいる所だった。
「なあ、かーちゃん、ねーちゃん」
「「トオル!?」」
かーちゃん達がオレの方を見る、でもオレの姿が見えてはいないようだ。
「あんま泣くなよ。オレ、ちょっと行ってくるだけだから」
ねーちゃんがわああああっと泣き叫んで箱を抱きしめたまま玄関に座り込んだ。ごめんって何度も繰り返しているけど、ねーちゃんは何も悪くなんてない。
だからもう、オレに謝るな。悲しむなよ。幸せになれよ。
「何処に行くの!?」
かーちゃんはオレの体を掴もうと手を伸ばす――でも、触れなかった。
オレの手もかーちゃんをすり抜けたし、これは抱きしめるのも無理そうだった。
「ちょっと……遠い所だから。もう、帰らないつもり」
「行かないで!ダメ!一人で行かないで!」
「元気にしてろよ。風邪とか引くなよ。じゃあな!」
オレはそうやって二人に別れを告げると、泣きそうな顔を見せたくなくて、振り返らないように――勢いよく玄関から外に出たのだった。
夜間警備のバイト帰り。
夜明け前にねーちゃんのバイトしているコンビニへ立ち寄って話をしていたら、ボケたじいさんの運転していた車(超☆高級車)が突っ込んできたのである。
――その5分前、オレは3つ年上のマヤ姉(以下ねーちゃん)と、入り口近くの店内の飲食コーナーの椅子に座って、少し話していた。
「あのさ。あんただって本当は進学したかったんじゃないの?」
ねーちゃんはいつだって身内には容赦ない。
今日の晩飯当番をどっちにするかって雑談から始まっていたのに、いきなりそうグサッと言われて、オレは折角のおごりでホットコーヒーを飲んでいたのを全部吹きそうになった。
「お、オレは良いんだって。ねーちゃんみたいに勉強は得意じゃなかったし。それよりねーちゃんこそ大学どうなんだよ?単位落としそうだとか絶対止めてくれよ。とーちゃんみたいな患者でも助けられるくらいの凄腕の医者になるんだろ?」
珍しく、ねーちゃんは少し黙った。
「……彼氏っぽいのが出来たかもしんない」
「『彼氏っぽいの』って何だよ?」
「詳しく言ったってドーテーには分かんないでしょ」
何だと。そっちがそう言うならこっちだってこう言ってやる!
「うるせえぞクソドブス!……かーちゃんには言ったの、心配するぞ?」
少し顔を赤くして、ねーちゃんはオレを睨み付けた。
「今週末空けときなさい、あんたも絶対によ!」
「えー、せめてイケメンかどうか教えろよ」
「……イケメンって言うより、側にいると安心できるし、この人なら大丈夫って信頼できるのよ。卒業したら……いつか……ううん、彼との将来を考えている」
「えぇ……何それ」
見た事の無いねーちゃんの横顔に、オレは戸惑ってしまった。
でも――この時、オレは素直になって本音を言えば良かったんだ。
『おめでとう、絶対幸せになれよ』って……。
「ほら、ドーテー小僧に言ったってやっぱり分かんなかったじゃない!」
言うなり、ねーちゃんは席を立った。
「逃げるのかよ?卑怯だぞねーちゃん!」
「違うわよ、棚卸し!シフト交代前の最後の一仕事よ!」
オレはわざとらしくため息を吐いて、山向こうの空が明るくなりつつあるコンビニの駐車場を見た。
ここは田舎のど真ん中の地方都市にあるので、駐車場だけは広いのだ。
その瞬間。
咄嗟にねーちゃんの背中をありったけの力で店の奥へと突き飛ばせたのは、オレがスタントマンの練習を積んでいたからだ。
でも、その代わりにオレは――コンビニに突っ込んできた無灯火の車とコンビニの壁の間に挟まれた。
「なっ……!?い、いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!トオル!?トオルぅーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
ねーちゃんのつんざくような絶叫。
ひび割れたフロントガラス越しの、固まった顔のじいさん。
おい、早くアクセルを踏むのを止めてくれ、うるせえクラクションはもう良いから、頼む、オレの体が、千切れ、ブレーキを、痛い、血が、
……そこで意識があっという間に薄れて、何も見えなくなった。
ああ、ねーちゃん、ごめん。かーちゃん、ごめん。
とーちゃんが病気で死ぬ時に約束したのに……オレがいるから心配するなって。
まさかオレが、一番先に、こうなるなんて……。
どうしようも無くボケた老人が、家族が隠した車の鍵を見つけて夜明け前に勝手に家を抜け出して、車ごとコンビニに突っ込んだ……と聞けば、よくある事故だったとオレも思う。
だけど、オレにとって『よくある事故』と済ませられない最悪の理由があった。
かーちゃんとねーちゃんがオレの棺桶にすがって何時間も泣き叫んでいるのだ。
もう……『長門透』の告別式も終わって、火葬場に着いたのに。
見るからに真面目で気弱で、でも優しそうな『彼氏っぽいの』が必死の説得を続けていたら、ねーちゃんは何とか火葬場に着いてしばらくしたら棺桶から離れてくれた。
だけどかーちゃんは離れない。
『彼氏っぽいの』が言葉を重ねて説得しても、親戚や火葬場の職員が困り果てても。
「大学に行かせてやれば良かった、もっと話を聞けば良かった、あの子は我慢強いからって甘えていた、ごめんなさい、ごめんなさい」
そんなこと言っても、大学に行かないと決めたのはオレの意志だし、とーちゃんが死んじゃってからかーちゃんはオレ達を育てるために働くのに必死だったし、何よりオレには大学に行くよりも優先したい夢があったから。
『俺はお笑いで天下一になったる。トオルは?』
『オレは一流のスタントマンになりたい!』
……そうやってあの時に約束をしたノリの方を見たけれど、ノリは茫然自失と言った顔で泣く事さえ出来ていなかった。ノリはいつもとびっきりの笑顔で笑っている癖に、今は無表情で――酷く青い顔でじっとオレの棺桶と、それに取りすがるかーちゃんとねーちゃんを声も無く見つめていた。
そう言えば、喪服のノリなんて初めて見た。
こうやって何度見てもノリに喪服だけは似合わなくて、違和感の塊……ちぐはぐに思えた。
デブだけどピカイチ明るくて、誰よりも笑顔が似合うヤツだったのにな。
……ノリにまでそんな顔をさせたのは、オレの所為だ。ごめん。
死んじゃったオレがこんな事を言えた義理じゃないけれど、もう誰も泣かないで欲しい。これ以上悲しまないで欲しい。
……こっちまで辛くなる。
何とかしてかーちゃん達を泣き止ませようと、オレは色々頑張ったけれど、今のオレは何も出来ないようだった。
完全に何にも触れないし声も届かないし、本物の幽霊状態で。
「私が代わりに死ねば良かった!」
オレの血まみれでズタズタの死体を見下ろしていた時より、かーちゃんのその言葉の方がメンタルに来た。
おい、『彼氏っぽいの』までもらい泣きを始めてんじゃねーよ。
べそべそ泣くのは良いからお前はかーちゃんをオレの棺桶から引っぺがして、とっととオレの体を荼毘に付せるようにしてくれよ。
……まだオレの体が原形留めていたら、オレだって焼くのをためらったかも知れないけれどさ。
あのボケたじいさんがブレーキの代わりにアクセルを踏みまくった所為で、何よりも誰よりもオレ自身がもう無理だって諦めるしか無い有様なんだ。挙げ句に司法解剖までされたから……。
「ママ、もうトオルを楽にしてあげようよ。このままじゃトオルはずっと痛いままだよ」
ねーちゃんがそう言ってかーちゃんにすがりつくと、かーちゃんは真っ青な顔をしたまま振り返って、ねーちゃんにすがりついて震えながら声を上げて泣いた。
「では……」
沈痛な顔をした職員の人が手を合わせてくれた。
そして、オレの体は火葬場の機械に飲み込まれて、僅かばかりの灰と骨になったのだった。
流石に燃えている最中のオレを観察する気にはなれなくて、オレは火葬場の外に出た。
ここは地方都市の郊外の更に外側……ほとんど山の中にある。
誰が植えたのか勝手に生えたのか知らないけれど、綺麗な辛夷の白い花が咲いていた。そうか、今はもう春だったのか。とーちゃんが死んだのも春だったな。あの時のように桜は散り際で、半分葉桜になりかけている。いや、花と一緒に葉が出ると言う山桜だろうか。
「あのさ、トオル君」
「ん?」
振り返ったら目を真っ赤にした『彼氏っぽいの』が立っていた。
そういや、名前を聞いていなかったな。
「ええと、僕は真宮光太郎って言うんだ。君のお姉さんの……マヤさんと真剣に交際させて頂いている、しがない大学生で、それで……」
まだズビズビと鼻を啜りながら、『彼氏っぽいの』(意地でもこう呼んでやる!)は自己紹介した。
「もし君が良かったらだけど、『異世界』に来ないかい?」
「異世界?何ですかそれ」
「平行世界とか異次元世界とか別次元世界とか、まあ色々言われているけれど……。実は、僕は『エージェント・E』でね、あちらの世界に招くに相応しい魂を選定する役目があるんだ」
「何を言っているのか、完全に意味不明なんですけど……」
そこでオレは気付いた。
――どうしてこの『彼氏っぽいの』は、幽霊状態のこのオレと当たり前のように会話が出来ているんだ?!
「君達の概念で最も近しい言葉だと『天使』とか『神の分霊』なんだけれど、実際はそこまで万能じゃない。僕なんてただの『エージェント』としての権能しか持っていないし、それに『エージェント』だって複数人いるし……。ああ、こちらの世界の『神』からも許可はちゃんと貰っているから。
でね、実は僕が『エージェント』の一人として選ばれた原因が、僕達の『本体』が存在している世界で重大な問題が生じているからなんだ」
「だから、何を言って……?」
理解は今はしなくて良い、こうやって聞いてくれるだけで良い、と『彼氏っぽいの』は首を左右に振った。
ただ、とオレにはちっとも訳の分からない言葉を並べ続ける。
「もし君があちらの世界の『重大な問題』と相対してくれるのなら、もう一度だけマヤさんやお義母さんと話をさせてあげることが出来る」
「かーちゃん達に……もう泣くなって言えるんですか」
「うん。約束する。たとえ地獄への道が人間の善意で敷かれているとしても、きっと僕達を救うのは人の優しさだろうから」
「……」
どう答えたら良いのか分からなくて、オレは黙って真宮光太郎と名乗る謎の男を見つめた。
でも、答え方が分からないだけで、もうオレの腹は決まっていた。
「……あの」
オレはしばらく考えてから、口にした。
「ねーちゃんのこと、頼みます。気が強そうに見えるけど結構強がっていて、本当は凄い泣き虫なんで……」
「うん……。よく知っている。でも、しっかり頼まれたよ」
コイツが真面目な顔で約束したら、辺りが白い光に包まれた。
――気付いたら懐かしの我が家の玄関にいた。
ちょうど喪服のかーちゃんとねーちゃんが骨壺の入っている箱を交互に抱いて、黒い靴を脱いでいる所だった。
「なあ、かーちゃん、ねーちゃん」
「「トオル!?」」
かーちゃん達がオレの方を見る、でもオレの姿が見えてはいないようだ。
「あんま泣くなよ。オレ、ちょっと行ってくるだけだから」
ねーちゃんがわああああっと泣き叫んで箱を抱きしめたまま玄関に座り込んだ。ごめんって何度も繰り返しているけど、ねーちゃんは何も悪くなんてない。
だからもう、オレに謝るな。悲しむなよ。幸せになれよ。
「何処に行くの!?」
かーちゃんはオレの体を掴もうと手を伸ばす――でも、触れなかった。
オレの手もかーちゃんをすり抜けたし、これは抱きしめるのも無理そうだった。
「ちょっと……遠い所だから。もう、帰らないつもり」
「行かないで!ダメ!一人で行かないで!」
「元気にしてろよ。風邪とか引くなよ。じゃあな!」
オレはそうやって二人に別れを告げると、泣きそうな顔を見せたくなくて、振り返らないように――勢いよく玄関から外に出たのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
貧弱の英雄
カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
※修正要請のコメントは対処後に削除します。
エレンディア王国記
火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、
「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。
導かれるように辿り着いたのは、
魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。
王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り――
だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。
「なんとかなるさ。生きてればな」
手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。
教師として、王子として、そして何者かとして。
これは、“教える者”が世界を変えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる