【完結】ガン=カタ皇子、夜に踊る

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Final Chapter

竜人族

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 ある程度動けるようになった時、真っ先に『闘剛』の見舞いに行ったギルガンドの耳に、その『闘剛』が幼い娘に絵本を読み聞かせてやっている声が届いた。
「……そして、おばけはまん丸のお菓子になってしまいました、とさ」
「とーと、おばけのおかしって、どんなあじなの?」
「うーん、とーともそのお菓子を食べた事がある訳じゃないからね。食べたらひんやりしそうだけれど」
「ひんやりなの?あのね、このまえ、まーまがつくったおかしもね、とってもひんやりだったよ!くだもものをぎゅーってしぼってね、まぜまぜしてね、ひやしたの。とーってもおいしかったんだよ!」
「そうか、まーまは料理の天才だからね。リリが美味しい美味しいって食べてくれると、まーまもとーとも嬉しいんだよ。そうだ、ちゃんと食べる前にご馳走さまはしたかい?」
「うん、リリちゃん、ちゃんとごちそうさましたよ!でもね……」
幼い娘は悲しそうに言った。
「とーともいっしょじゃないとね、まーまもリリちゃんも、おいしくないの……」
「……ごめんね。とーともうんと頑張って、少しでも早くお家に帰れるようにするから……」
これ以上の盗み聞きも気が引けて、ギルガンドは扉を叩いた。
「あっ!だーれー?」
娘が走ってくる足音。ギルガンドは扉を開ける。
「私だ」
「きゃーっ!ぎるがんどさまー!」
憧れの殿方と出逢えて、思わず黄色い声を上げた『闘剛』の娘は、すぐさま恥ずかしがって家具の影に隠れてしまった。小さな手と、顔の半分がモジモジと覗いたり隠れたりしている。
「『闘剛』、体は?」
背後からの大変熱のこもった視線にもギルガンドは構わず、彼に話しかけた。
『闘剛のモルソーン』は娘と彼を交互に見た後苦笑いして、
「もう手足の元も生えてきたし、復帰まではもう三日と言った所だろう。私のような『竜人』はとにかく生命力があるからね。『屈強』の加護をマルスリアザ闘神様より授かっているし」
そう言って、薄く鱗で覆われた首元を、新しく生えてきた腕の先で掻いたのだった。
「それに、君と戦った時の方が余程恐ろしかった」
「……」
少し黙り込んだギルガンドを気遣うように、モルソーンは明るく笑う。それから娘の方を見て、
「こら、リリシーテ。ギルガンドさんにご挨拶は?」
「でも……とーと……でもぉ……」彼女は散々モジモジとした挙げ句、「こんにちは、ぎるがんどさま!」と大声で叫んだ。そうするなり顔を赤くして父親の寝台の中に潜り込んでしまった。
「済まないね、ギルガンド君」
モルソーンは娘の形に膨らんだ掛布を優しく撫でてやると、
「そういや、君だって重傷なんだろう?今はお互い治療に専念しよう」
「こんな下らぬ手傷等!」
例の調子でギルガンドが言いかけたが、モルソーンはそれを真っ向から否定した。
「君、それは二度と言ってはいけない。君にも大事な人が出来たと聞いている。君の傷も痛みも、もう君一人だけが背負うものでは無くなってしまったんだよ」



 かつて、ギルガンドとモルソーンはやり合った事がある。

 当時は、帝国十三神将と後に呼ばれる彼らも、皇子ヴァンドリックの密命にて内々に、別々に動いていた。
「山奥に化け物が住み着いて村長の娘を掠っていった。おまけに度々村にやって来ては略奪を働く。どうか退治して娘を連れ戻して欲しい」
ある村からの訴えで、地方の行政庁から兵士が十数人ほど派遣されたのだが、その全員が這々の体で逃げてきた。
「あんなに強い化け物だなんて聞いていない!」
次にはその三倍の人数が派遣されたが、同様の報告が繰り返された。
こうなると地方の行政庁ではどうにも出来なくなって、帝国城まで訴えが届いたのだ。
けれども当時の帝国城は佞臣と悪女が幅を利かせており、中々正式な対応が取れないでいたところを、『あんなに強い化け物』と言う言葉をたまたま耳にした第二等武官ギルガンドが、自ら率先する形で退治しに行く――実際は皇子ヴァンドリックによって話を聞かされたのだが――と言う事になったのだった。


 その村に到着して真っ先にギルガンドが覚えた違和感は、とても富裕な村に見えた事だった。
およそ山奥に化け物が住み着いて度々に略奪の憂き目に遭っているにも関わらず、村長の家屋は豪勢な新築だったし、その時は寒い季節だったのだが、一介の村人の着ている服ですら分厚くて立派な毛皮の外套であったから。
かえって、ギルガンドを滞在させる事になった、その地方の領主である田舎貴族の方が貧相に見える程だった。
しかし、この村は確かに、ほんの数年前までは貧しい田舎の農村だったと領主は語った。
「いつ、何処からこんな金が出てきたのかは……さっぱりでして……」
「兎に角、化け物を退治すれば良いだろう」といつのも調子でギルガンドは告げる。
「ええ……」
見るからに気弱そうな顔の領主一家は頷いた。
「明日は村を回って化け物の情報を集める」
「宜しくお頼み申し上げます」


 その夜更けの事だった。侵入者の気配にギルガンドは手元に置いておいた軍刀を握りしめながら起き上がった。
「誰だ」
「領主の娘ワティでございます」
と若い娘の声で答えがあって、邪魔だとギルガンドは追い払おうとしたのだが、
「違うのです!拐かされたと言う村長の娘リーニャについてお話があって参りました。灯りを付けていただけませぬか」
「何だ」とひとまずギルガンドは灯りを付けてやった。
何かの覚悟を決めたかのような真剣な顔の若い娘が戸口に立っていた。彼女は戸を閉めると、
「彼女と私は幼なじみで、親友でした。その彼女が村から姿を消す数日前に、これを私にくれたのです」
と一通の文を差し出したのだった。
「……」
仕方なく中を改めると、文面には意外な事が記されていた――。


 翌日の朝からギルガンドは村を回って化け物について話を聞いて回った。
やれ、人の形をしているのだが、体中に鱗が生えている。
やれ、よく村に降りてきては、村人から大事な食料や物資を奪っていく。
やれ、挙げ句の果てに大事な村長の娘まで拉致していった。
やれ、兵士が幾ら束になっても相手にはならなかった。
やれ、どうか生きたまま捕まえて欲しい。村人達の手で思い知らさねば悔しくて堪らない。


 ……そうやって村人達から拝み倒されるように頼まれて、ギルガンドは無表情で首だけ縦に振ったのだった。
最後に村長のところへ聞きに行くと、
「どうか化け物を生きたまま、娘を無事なまま連れ戻してはいただけませぬか」
と哀願されたのだった。
「娘の方は分からんが化け物は生きたまま連れ帰るように善処しよう」
「おお……!」村長は一瞬だけニヤリと笑ったが、すぐに神妙な顔になって、「宜しくお願い致しまするぞ」とひれ伏したのだった。



 次の日の明朝、ギルガンドは早速に山奥へと偵察に行った。
兵士達の報告にあったように、山奥の急流が滝となって落ちているその近くに粗末な家が建てられていて、そこに化け物は居住しているらしい。炊事の煙が上がっていた。上空から確認すると家の外には襤褸をまとった、噂通りの姿の『化け物』がいて、素手素足で家の周りにある大樹を殴り蹴りつけ、あまつさえ気合いを込めると、根こそぎに引き抜いていた。
「――」
ギルガンドは軍刀を抜いて構えるなり、『化け物』めがけて急降下した。
「っ!?」
『化け物』はギルガンドの素早い初撃を見事に躱しながら、反撃の拳を繰り出した。
「『剛化』!」
ひらりと回避したギルガンドの代わりに、拳の直撃を受けた大樹に大穴が空く。
「――ほう」
飛び散る木くずをも余裕の顔で回避しながら、ギルガンドは感心していた。『化け物』等と呼ばれているが、中々の武芸者だと見て取ったのだ。あのヴェドでも固有魔法なしでこの芸当をやるのは難しいだろう。
「……」
一方、『化け物』はギルガンドに並大抵の攻撃が当たらないと知って、先ほど引き抜いた大樹の幹を抱えるなり、ぶんぶんと振り回し始めたのだった。バサリバサリと四方八方の空間をこそげるように動く大樹の枝葉が邪魔でギルガンドは空へ飛ぶが、そこ目がけて大樹そのものが投げつけられた。
「邪魔だ」
大樹を真二つに切って、逆に幹の方を投げつけ返したその隙に、ギルガンドは再び『化け物』に肉薄した。キラリと日光を浴びて軍刀が燦めくが、同時に『化け物』も体を回転させつつ、一撃必殺の蹴りを繰り出している。

 「――きゃああああああああああああああああああああああ!!!!」
 若い女の悲鳴が辺りをつんざいた。
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