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Final Chapter
昔の姻戚関係
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「――興が削がれた。止めだ」
ギルガンドの軍刀の刃は『化け物』の首筋に当てられていたが、すっと退けられて鞘に仕舞われる。
「……本気では無かっただろう、貴様」
どっと息を吐きながら『化け物』はその場に胡座をかいて座り込んだ。
粗末な家から出てきた身重の女が『化け物』に走り寄って、泣きながらすがった。
「あなた、あなた……!」
「心配するな。無傷だ」
それから『化け物』は女を落ち着かせると、ギルガンドの方を向いて、
「貴様、名は何と?」
「ギルガンドだ。第二等武官ギルガンド・アニグトラーン」
「……アニグトラーン、だと……?」『化け物』はしばらく何かを思い出そうとしているようだったが、はたと手を打った。「思い出した!私の叔母の一人が嫁いだ先だ!」
「は?」
何がどうしてこのような『化け物』と彼に縁戚関係が?
単なる言いがかりだと判断したギルガンドは思わず軍刀に手をやったが、
「私はモルソーンと言う。モルソーン・サルトーン。これでも疫病で滅びた竜人の王国エルデベルフォーニの生き残りだ。
竜人はエルフや吸血鬼程では無いが長生きだ。王女であった私の叔母がアニグトラーンに嫁いだのも、もう130年は昔になる」
とモルソーンは自己紹介を始めた。
「……。叔母とやらの名は?」
「ヴィヴィシーテだ。聞いた事は無いか?」
「家系図にあった、高祖母様の名……」
乳母キバリから見せられた家系図の中に、確かにその名前があった。3人目の子を産んだ時の産褥で亡くなったと。
……とすれば非常に不本意だが、この男と彼は遠い親戚と言う事になるのか。
王侯貴族が異種族の血を受け入れる事は、そう珍しい事では無い。その種族が持っている加護だったり、特性だったりを己の一族の血脈に混ぜるため、政略結婚でもそれなりに聞く話だった。
モルソーンは懐かしそうに、
「……花嫁を乗せた、あの華やかな馬車の隊列を、私は今でも覚えている。……直後にエルデベルフォーニは恐ろしい疫病に襲われて、私以外の皆が死んでしまったからな」
「貴様、年は幾つなのだ」
「今年で140になる。国が滅んだ後は山奥にこもって100年以上は修行していたのだが、どうにも人恋しくなって里に下りてきた。しかし私以外の竜人がもういないと言う事をすっかり忘れていて、村人達を驚かせてしまったのだ。それでもどうにも寂しいから身の回りの世話をしてくれる女を頼んで……その、それで……」
その先を言わなくても、女の腹を見れば、『どうしてどうなったのか』はよく分かる。
しかし、
「頼んだ?その娘は、貴様が拉致したのでは無いのか?」
「拉致?」モルソーンは不審そうに、「リーニャは自分からここに来てくれたぞ?それに、村からただで貴重な働き手を奪うのも酷いから、村には珍しい獣や貴重な薬草を四六時中送り届けている。何せ私は金を持っていないからな」
「……。貴重な薬草とは、まさかアレか?」
ギルガンドは家の軒下を指さした。
帝都で売れば同じ量の金貨の山と引き換えになる程の貴重で希少な薬草や茸が、小山となって幾つも積まれていた。
「そうだ。あれも毒蛇が多い所に生えているから、人間では採りに行くのも大変だろうと思って」
「あの領主の娘の言った事は事実だったのか」
一昨日の夜の事を思い返して、ギルガンドは露骨に嫌そうな顔になった。
『ねえワティ。神々に誓って、私は脅された訳でも、無理強いされた訳でも無いわ。あの人の事を好きになってしまったの。私は先妻の子だったから誰からも愛されなかった……。けれど、あの人と一緒にいると本当に幸せなの。あの人は見た目こそ怖いけれど心は誰よりも優しい人よ。明日には隠れて村を出て行くけれど、心配しないで。貴女の幸せをいつまでも願っています。貴女の親友のリーニャより』
――手紙を読み終えたギルガンドは田舎貴族の娘を睨んだままだった。
「この手紙の真贋は?」
「ありません。でも、高等武官様も村人達の様子がおかしいとは思われませんでしたか」
「……」
略奪に遭っていると訴えているにもかかわらず、いたく富裕な村人達の有様をギルガンドも思い出した。
「私の憶測ですが、村長はリーニャを人質にして、リーニャの愛した人を使役しようと企んでいるのだと思います。だってリーニャは村にいた時、ずっと酷い目に遭ってきたのだから……」
「ただの憶測で化け物退治を断る事は出来ぬ。だが……考えてはおく」
「!――あ、有り難うございます!」
「早く出て行け」
「はい!」と彼女は安堵の顔をして、そのまま部屋を出て行った。
「……そうだったのか。兵士達が何度も来たのは、てっきり私のこの姿がまだ怖がられているからだとばかり思っていた……」
粗末な家の中。ギルガンドはモルソーンから薬草茶を出されたのを一気に飲み干して、頷く。
「ああ。……貴様はこれからどうするつもりだ」
モルソーンはじっと身重の妻を見つめて、
「誰も来られないような山奥に……移り住むしか無いだろう」
「一度欲にまみれ味を占めた人間は地獄の果てまで追いかけてくるものだ」
ギルガンドが冷酷にそう告げた途端、わっとモルソーンの妻が泣き出した。
「ごめんなさい、ごめんなさい、近くに住んでいたいなんて言った私が馬鹿だった!分かっていたのに、あの人達がどれほど醜いかなんて一番分かっていたのに……ワティの事が心配だからって……」
鱗まみれの手でモルソーンは妻の頭を撫でて、
「君の親友を思いやる気持ちはとても尊いものだよ。私は君のそう言う所が好きになったのだ」
「でも、」
「駄目だ、泣いている時間までは無い。動ける内に、引っ越しの支度を急ごう。さあ、早く!」
涙を拭いて妻は頷き、腹を抱えて立とうとしたのをモルソーンが支えたところで、ギルガンドは口にした。
「帝都に来る気はあるか」
「……帝都?いや、もう知人も親戚もいないから――」
モルソーンが何とも言えない顔をして断りかけた時、
「我らの主君が強者を求めておいでだ。さっき戦って分かったが、貴様はそれなりに強い。私に付いて帝都に来るならば家も仕事も斡旋してやれるが、どうする?」
「……そのためにさっきは襲ってきたのか」
モルソーンは腕組みして考え込んだが、妻がそっとその手を握って頷くと、ややあってから、分かった、と答えた。
「どの道、私達はここにはいられない。自慢では無いが私には力がある。奴隷にされぬ限りは、荷運びでも何でもやろう」
村長は目の前の光景に、ついつい笑みが浮かびそうになるのを必死に堪えていた。
彼らの目論見通り、間抜けな第二等武官様は、大金を稼ぐ化け物を捕縛して連れてきたのみならず、化け物に孕まされた馬鹿娘をも抱きかかえてきたのだから。
元々、先妻の娘で食い扶持ばかりがかかる邪魔な存在だったが、これでようやく娘にも存在価値が生まれた。特に孕んでいれば、好き勝手に逃げる事ももはや出来ないだろう。生まれたばかりの赤ん坊まで抱える事になれば、尚更だ。
「村長、話がある」
第二等武官様に呼び出された時、村長は目に涙さえも浮かべて、
「何と御礼を申し上げれば良いのか……!」
と足下に跪いて迫真の演技で感謝の言葉を述べたのだった。
集まってきた村人達も同様に、
「これでこの村も救われまする!」
「何と有り難い事でしょうか!」
よしよし、と村長は内心でほくそ笑みつつ、
「その化け物はこちらで処分します故、どうか娘を――」
「村長」第二等武官は冷酷――と言うよりは驕慢な態度で告げた。「私に隠している事はあるか?」
「まさか!第二等武官様に隠し事など、とても恐れ多く……!」
「そうか」
視界の何処かでキラリと光ったものがあったが、村長は最初はそれが何か分からなかった。
彼を見つめる村人達の顔色が一瞬で青くなった時にようやく、己が片耳を切り落とされていた事に気付いたのだった。激痛とぬるりと首筋に滴り流れる血の感触が遅れてやって来た。
悲鳴を上げてのたうち回る村長を傍目に、ギルガンドはついでにモルソーンの縄も切ってしまい、早々に軍刀を拭って鞘に収めている。
そこに領主が馬に乗ってやって来て、
「多少の事ならば温情で見逃してやったものを。……あまりにも悪質であるが故、この村には相応の処分を下す!」
と宣告したのだった。
「リーニャ……元気でね」
二人の娘は泣き笑いしながら抱き合って、別れを告げた。
「貴女こそよ、ワティ。もし帝都に来る事があったら、絶対に連絡を頂戴ね」
「必ず行くわ。私だって良い婿様を見つけたいもの!」
「じゃあ、またね!」
「またね。――必ずよ!」
「私に意見するな!」
重傷の怪我人であるにも関わらず、ギルガンドは例の烈しさで真っ向から食ってかかった。
「君も相変わらずだな」しかしモルソーンは楽しそうに、余裕のある顔をして大らかに笑う。「でも、どんなに強い男だって妻と娘が束になると勝てないものだ。勝てないからたまらなく幸せなんだ」
「黙れ」
そこに足音が近づいてきて、すぐにモルソーンの妻リーニャが顔を見せる。
「リリちゃん、お腹空い……あら、ギルガンド様!」
「まーま!」娘は寝台から飛び出てきて、母親に抱きついた。抱き上げられて目を輝かせて、「いいにおい!あまい!まーま、おかし!?おかし!?」
「ふふふ。あのねリリちゃん、モリエサ姫様が『メレンゲ』の新作を幾つかお考えになったの。でも全部は食べきれないから、少し分けて頂いたのよ。ご一緒にギルガンド様もいかが?」
今の彼女は娘を産んだ後に、皇室御用達の御菓子工房『インペリアル・ヴァイオレット』の特別顧問であるモリエサ皇女の、助手の一人として働いているのだった。
リーニャ夫人はそう言って、小さな紙袋を見せたのだが。
「結構だ。私はこれで帰る」
ギルガンドは無愛想に言うと、さっさと病室を出て行ってしまった。
「あらあら」
いつもの事なのでリーニャ夫人は全く気にせず、文字通り指をくわえて待っている娘と、その娘を見て穏やかに笑っている夫のために、持参した水筒から湯飲みへと、お茶を注ぎ始めたのだった。
ギルガンドの軍刀の刃は『化け物』の首筋に当てられていたが、すっと退けられて鞘に仕舞われる。
「……本気では無かっただろう、貴様」
どっと息を吐きながら『化け物』はその場に胡座をかいて座り込んだ。
粗末な家から出てきた身重の女が『化け物』に走り寄って、泣きながらすがった。
「あなた、あなた……!」
「心配するな。無傷だ」
それから『化け物』は女を落ち着かせると、ギルガンドの方を向いて、
「貴様、名は何と?」
「ギルガンドだ。第二等武官ギルガンド・アニグトラーン」
「……アニグトラーン、だと……?」『化け物』はしばらく何かを思い出そうとしているようだったが、はたと手を打った。「思い出した!私の叔母の一人が嫁いだ先だ!」
「は?」
何がどうしてこのような『化け物』と彼に縁戚関係が?
単なる言いがかりだと判断したギルガンドは思わず軍刀に手をやったが、
「私はモルソーンと言う。モルソーン・サルトーン。これでも疫病で滅びた竜人の王国エルデベルフォーニの生き残りだ。
竜人はエルフや吸血鬼程では無いが長生きだ。王女であった私の叔母がアニグトラーンに嫁いだのも、もう130年は昔になる」
とモルソーンは自己紹介を始めた。
「……。叔母とやらの名は?」
「ヴィヴィシーテだ。聞いた事は無いか?」
「家系図にあった、高祖母様の名……」
乳母キバリから見せられた家系図の中に、確かにその名前があった。3人目の子を産んだ時の産褥で亡くなったと。
……とすれば非常に不本意だが、この男と彼は遠い親戚と言う事になるのか。
王侯貴族が異種族の血を受け入れる事は、そう珍しい事では無い。その種族が持っている加護だったり、特性だったりを己の一族の血脈に混ぜるため、政略結婚でもそれなりに聞く話だった。
モルソーンは懐かしそうに、
「……花嫁を乗せた、あの華やかな馬車の隊列を、私は今でも覚えている。……直後にエルデベルフォーニは恐ろしい疫病に襲われて、私以外の皆が死んでしまったからな」
「貴様、年は幾つなのだ」
「今年で140になる。国が滅んだ後は山奥にこもって100年以上は修行していたのだが、どうにも人恋しくなって里に下りてきた。しかし私以外の竜人がもういないと言う事をすっかり忘れていて、村人達を驚かせてしまったのだ。それでもどうにも寂しいから身の回りの世話をしてくれる女を頼んで……その、それで……」
その先を言わなくても、女の腹を見れば、『どうしてどうなったのか』はよく分かる。
しかし、
「頼んだ?その娘は、貴様が拉致したのでは無いのか?」
「拉致?」モルソーンは不審そうに、「リーニャは自分からここに来てくれたぞ?それに、村からただで貴重な働き手を奪うのも酷いから、村には珍しい獣や貴重な薬草を四六時中送り届けている。何せ私は金を持っていないからな」
「……。貴重な薬草とは、まさかアレか?」
ギルガンドは家の軒下を指さした。
帝都で売れば同じ量の金貨の山と引き換えになる程の貴重で希少な薬草や茸が、小山となって幾つも積まれていた。
「そうだ。あれも毒蛇が多い所に生えているから、人間では採りに行くのも大変だろうと思って」
「あの領主の娘の言った事は事実だったのか」
一昨日の夜の事を思い返して、ギルガンドは露骨に嫌そうな顔になった。
『ねえワティ。神々に誓って、私は脅された訳でも、無理強いされた訳でも無いわ。あの人の事を好きになってしまったの。私は先妻の子だったから誰からも愛されなかった……。けれど、あの人と一緒にいると本当に幸せなの。あの人は見た目こそ怖いけれど心は誰よりも優しい人よ。明日には隠れて村を出て行くけれど、心配しないで。貴女の幸せをいつまでも願っています。貴女の親友のリーニャより』
――手紙を読み終えたギルガンドは田舎貴族の娘を睨んだままだった。
「この手紙の真贋は?」
「ありません。でも、高等武官様も村人達の様子がおかしいとは思われませんでしたか」
「……」
略奪に遭っていると訴えているにもかかわらず、いたく富裕な村人達の有様をギルガンドも思い出した。
「私の憶測ですが、村長はリーニャを人質にして、リーニャの愛した人を使役しようと企んでいるのだと思います。だってリーニャは村にいた時、ずっと酷い目に遭ってきたのだから……」
「ただの憶測で化け物退治を断る事は出来ぬ。だが……考えてはおく」
「!――あ、有り難うございます!」
「早く出て行け」
「はい!」と彼女は安堵の顔をして、そのまま部屋を出て行った。
「……そうだったのか。兵士達が何度も来たのは、てっきり私のこの姿がまだ怖がられているからだとばかり思っていた……」
粗末な家の中。ギルガンドはモルソーンから薬草茶を出されたのを一気に飲み干して、頷く。
「ああ。……貴様はこれからどうするつもりだ」
モルソーンはじっと身重の妻を見つめて、
「誰も来られないような山奥に……移り住むしか無いだろう」
「一度欲にまみれ味を占めた人間は地獄の果てまで追いかけてくるものだ」
ギルガンドが冷酷にそう告げた途端、わっとモルソーンの妻が泣き出した。
「ごめんなさい、ごめんなさい、近くに住んでいたいなんて言った私が馬鹿だった!分かっていたのに、あの人達がどれほど醜いかなんて一番分かっていたのに……ワティの事が心配だからって……」
鱗まみれの手でモルソーンは妻の頭を撫でて、
「君の親友を思いやる気持ちはとても尊いものだよ。私は君のそう言う所が好きになったのだ」
「でも、」
「駄目だ、泣いている時間までは無い。動ける内に、引っ越しの支度を急ごう。さあ、早く!」
涙を拭いて妻は頷き、腹を抱えて立とうとしたのをモルソーンが支えたところで、ギルガンドは口にした。
「帝都に来る気はあるか」
「……帝都?いや、もう知人も親戚もいないから――」
モルソーンが何とも言えない顔をして断りかけた時、
「我らの主君が強者を求めておいでだ。さっき戦って分かったが、貴様はそれなりに強い。私に付いて帝都に来るならば家も仕事も斡旋してやれるが、どうする?」
「……そのためにさっきは襲ってきたのか」
モルソーンは腕組みして考え込んだが、妻がそっとその手を握って頷くと、ややあってから、分かった、と答えた。
「どの道、私達はここにはいられない。自慢では無いが私には力がある。奴隷にされぬ限りは、荷運びでも何でもやろう」
村長は目の前の光景に、ついつい笑みが浮かびそうになるのを必死に堪えていた。
彼らの目論見通り、間抜けな第二等武官様は、大金を稼ぐ化け物を捕縛して連れてきたのみならず、化け物に孕まされた馬鹿娘をも抱きかかえてきたのだから。
元々、先妻の娘で食い扶持ばかりがかかる邪魔な存在だったが、これでようやく娘にも存在価値が生まれた。特に孕んでいれば、好き勝手に逃げる事ももはや出来ないだろう。生まれたばかりの赤ん坊まで抱える事になれば、尚更だ。
「村長、話がある」
第二等武官様に呼び出された時、村長は目に涙さえも浮かべて、
「何と御礼を申し上げれば良いのか……!」
と足下に跪いて迫真の演技で感謝の言葉を述べたのだった。
集まってきた村人達も同様に、
「これでこの村も救われまする!」
「何と有り難い事でしょうか!」
よしよし、と村長は内心でほくそ笑みつつ、
「その化け物はこちらで処分します故、どうか娘を――」
「村長」第二等武官は冷酷――と言うよりは驕慢な態度で告げた。「私に隠している事はあるか?」
「まさか!第二等武官様に隠し事など、とても恐れ多く……!」
「そうか」
視界の何処かでキラリと光ったものがあったが、村長は最初はそれが何か分からなかった。
彼を見つめる村人達の顔色が一瞬で青くなった時にようやく、己が片耳を切り落とされていた事に気付いたのだった。激痛とぬるりと首筋に滴り流れる血の感触が遅れてやって来た。
悲鳴を上げてのたうち回る村長を傍目に、ギルガンドはついでにモルソーンの縄も切ってしまい、早々に軍刀を拭って鞘に収めている。
そこに領主が馬に乗ってやって来て、
「多少の事ならば温情で見逃してやったものを。……あまりにも悪質であるが故、この村には相応の処分を下す!」
と宣告したのだった。
「リーニャ……元気でね」
二人の娘は泣き笑いしながら抱き合って、別れを告げた。
「貴女こそよ、ワティ。もし帝都に来る事があったら、絶対に連絡を頂戴ね」
「必ず行くわ。私だって良い婿様を見つけたいもの!」
「じゃあ、またね!」
「またね。――必ずよ!」
「私に意見するな!」
重傷の怪我人であるにも関わらず、ギルガンドは例の烈しさで真っ向から食ってかかった。
「君も相変わらずだな」しかしモルソーンは楽しそうに、余裕のある顔をして大らかに笑う。「でも、どんなに強い男だって妻と娘が束になると勝てないものだ。勝てないからたまらなく幸せなんだ」
「黙れ」
そこに足音が近づいてきて、すぐにモルソーンの妻リーニャが顔を見せる。
「リリちゃん、お腹空い……あら、ギルガンド様!」
「まーま!」娘は寝台から飛び出てきて、母親に抱きついた。抱き上げられて目を輝かせて、「いいにおい!あまい!まーま、おかし!?おかし!?」
「ふふふ。あのねリリちゃん、モリエサ姫様が『メレンゲ』の新作を幾つかお考えになったの。でも全部は食べきれないから、少し分けて頂いたのよ。ご一緒にギルガンド様もいかが?」
今の彼女は娘を産んだ後に、皇室御用達の御菓子工房『インペリアル・ヴァイオレット』の特別顧問であるモリエサ皇女の、助手の一人として働いているのだった。
リーニャ夫人はそう言って、小さな紙袋を見せたのだが。
「結構だ。私はこれで帰る」
ギルガンドは無愛想に言うと、さっさと病室を出て行ってしまった。
「あらあら」
いつもの事なのでリーニャ夫人は全く気にせず、文字通り指をくわえて待っている娘と、その娘を見て穏やかに笑っている夫のために、持参した水筒から湯飲みへと、お茶を注ぎ始めたのだった。
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