【完結】ガン=カタ皇子、夜に踊る

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Final Chapter

一人を除いて

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 『逆雷のバズム』、『峻霜のヴェド』、『閃翔のギルガンド』、『財義のロクブ』、『賢梟のフォートン』、『毒冠のヌスコ』、『闘剛のモルソーン』、『幻闇のキア』、『浮仙のレトゥ』、『昏魔のアイイナ』、『礼範のカルポ』、『裂縫のトキトハ』――『睡虎のハルハ』以外の帝国十三神将が勢揃いしている前で、ガルヴァリナ帝国の皇帝ヴァンドリックはこう告げた。
「知っている者もいるであろうが、先日、聖地リシャデルリシャの最高大神官の一人サルサ・ユトゥトゥゼティマルトリクスから斯様な文書が届いた」

 『神々より帝国の現状の為政について重要な警句が下ったが故、明後日帝国城に降りていく』

 「……無礼・非礼と言うより、国家同士の公式文書としては完全に破綻しておりますね」
と真っ先に口にしたのはフォートンである。
「この今時に神託で国家運営を行わせよう等と、逆に神々への冒涜であろう」
カルポも賛同する。貧乏貴族の出身ではあるが、フォートン、ロクブらの盟友であり、切れ者の宰相であった。
「されどされど!陛下、『天空の聖地』の侵入を拒める国は、残念ながら今でもこの世界の何処にもありませぬねえ?」
何処か面白半分の声で言ったのはレトゥだ。
れっきとした大貴族の生まれでありながら、身代を傾けるでは済まず、家を潰したほどの発明狂の男は何時でも愉快そうにしている。
「弁えよ、レトゥ殿。ハルハが不在と言う事は、陛下は既に決断されているのだ」
ヌスコが冷酷な声で彼らを抑えると、ヴァンドリックは頷いて、
「ハルハには使者を命じた。どうにも明後日は都合が付かぬ故、せめて5日延ばせぬかと。
……報告せよ、アイイナ」
「はっ」と彼女(彼)は顔を伏せて恭しく話し出した。「ご下命通りに聖奉十三神殿の皇族が葬られる墓廟を隈無く調べて参りましたが、『一般には』問題ありませんでした」
「一般には、とはどのような意味だ?」
ヴァンドリックが訪ねると――、
「人の骨格が、没年や男女によって異なっているのはトキトハ、貴女もお詳しいでしょう」
トキトハが顔色を変える。
「おい、まさか!」
百戦錬磨のバズムさえもが絶句する中、優秀な諜報員アイイナは言うのだった。
「歴史上に精霊獣を従えたと記録にある皇族の亡骸のみが、恐らく別人のものであろう死体とすり替えられていたのです。無論、この帝国の太祖ガルヴァール・ガルヴァリーノスさえも例外ではありませんでした……。彼は建国の際の戦いで右足に大きな傷を負ったと記録にはありますが、骨には何の痕跡も……」


 「いやー、遅くなりましたー!」折悪しくそこにやって来たのはハルハである。「サルサ叔母上を説得するのにこーんなにも時間がかかってしまいましてー!申し訳もございませんー」
「それで、首尾はどうでした?」
フォートンが訊ねると、
「ごねて押してどうにか4日だけ延ばせましたがー、もうこれが限界ですー!」
……と言ってから、ハルハもその場に漂う異様な雰囲気に気付いた。
「わあーっ!?もしかして……怒ってますー……?」
「あんな事をされれば、怒るも何も仕方の無い事でしょう。貴女も大人しくされた方が宜しい」
フォートンが上手く言い繕うと、ハルハも大人しく跪いた。
ヴァンドリックは告げる。
「では4日後に最高大神官の一人サルサと会談する。各、その支度をせよ」


 その時、突如としてミマナ皇后の精霊獣『オラクル』が姿を見せて、この言葉だけを残して、すぐに消えた。
『影の子が祈りの階に、祈りの階は光の橋に、光の橋は遠き月に……』



 「……では、赤斧帝も、墓を暴かれたベリサも、トラセルチアの先代国王陛下も、いえ、もっと大勢の精霊獣を従えた者の亡骸が……」
話を聞いて、さしものミマナの顔色も悪くなった。
ヴァンドリックは彼女を抱きしめながら、耳元で囁く。
「ミマナ。そもそもどうして聖地リシャデルリシャは長らく天空に浮かび、かつ自由に移動出来ているのだ?レトゥが言っていた、あれほどの事を可能にする大量の魔力は並大抵の事では集まらぬと……」
「まさか精霊獣を従えた者の亡骸を……?」
「いや、それでも到底賄えぬであろう。精霊獣を従える者は滅多に現れぬのだから。
これはエルフ族が関わっている事全てを見直す必要がある。例えば、ヘルリアンの浄化のように……」
「陛下、何をお考えなのですか」
「……ミマナ。私を信じてくれるか」
ヴァンドリックはじっと彼女の目を見つめて訊ねる。
だが、信じるも何も、彼女の人生と彼女の一切合切はヴァンドリックのためにあるのだ。
「私は陛下のために世界を滅ぼす事があっても、その逆は許しませんわ」
「ヘルリアンは月光を浴びる事で、体に魔力が蓄積していく……そしてエルフは『治風』でそれを浄化する」
ミマナはヴァンドリックの言わんとする事を理解した。
この世界で何よりも怖れられる月光の禁忌に、愛するヴァンドリックはとうとう手をかけ暴こうとしているのだ。
「それも、エルフの仕組んだ絡繰りだと?」
しかしミマナは恐れなかった。
彼女が何よりも恐れる事は、ヴァンドリックから彼女への寵愛と興味と関心が失せてしまう事、これのみだったから。
「……だが、一つも証拠が無い。聖地に誰を派遣すべきだろうか」
嬉しい。
この愛しい人に愛され必要とされ信頼して貰える事がこの世の何よりも嬉しく幸せでならない。
最大の禁忌にさえ唾を吐きかける覚悟で、彼女は微笑んでこう言った。
「『閃翔』と『幻闇』が宜しいでしょう」
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