【完結】ガン=カタ皇子、夜に踊る

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Final Chapter

巡る者達

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 ホーロロ国境地帯の部族衆の居住地の集落にて。
「えっ!?聖地が帝都に降りてきている……本当なの!?」
その情報を真っ先に得たのは、馴染みとなった行商人と世間話を話していたコトコカだった。
「ああ、聖奉十三神殿の拝殿から巡礼に行けるんだが、もう人混みで凄くってな。隣の帝国第一高等学院の敷地に人があふれ出す寸前なんだと」
「はあ……私も聖地巡礼に行きたいわ。無理でもせめてこの目で聖地を見てみたい……」
「帝都近くに行けば見られるぜ。人が多すぎて巡礼は無理そうだったが、俺だってしっかり目玉に焼き付けてきたからな!」
「それは良かったわね……羨ましいわ」


 「あらら……」とコトコカから話を聞いて、ネレーは残念そうに溜息をついた。「コトコカ様もトウル様も、二度と帝都には入れませんものねえ」
コトコカも溜息を重ねて、
「せめて聖地を目で見てみたかったんだけれど、こればっかりは仕方ないわよねえ……」
「遠くからこっそり見るくらいなら良いんじゃないでしょうか?」
トウルは狩ってきた大きな獣を捌きながら言う。暴れていた獣を一撃で仕留めた腕前を、ホーロロ国境地帯の部族衆は褒めそやし、捌いた後の肉を分けて貰おうとちょっとした行列を作っていた。今夜は何処の家もご馳走だろう。トウル本人も気前よく分けてやりながら、
「でも、セージュドリック殿下を置いていく事は出来ないよなあ」
「本当に、空に浮かんでいる、『聖地』があるんだね……」そのセージュドリックは火を熾して、膠を煮詰めている。少し哀しそうに、「一度で良いから、見てみたいなあ……。でも、ここのみんなを、置いてはいけないから」
「セージュドリック様」それを聞いていた、一緒に鍋をかき混ぜていた部族衆の首長の一人の愛娘ジュイが小首をかしげて、「あのですね、私のおにーちゃん達が足を怪我しているのは知っていますよね?」
「うん、やっとトウルが仕留めた、あの暴れた獣に襲われた時の怪我が、まだ治っていないんだよね。早く治るように祈って――」
「それでですね、帝国との交易品の高級紙の運び手が今足りないのも知っていますよね?」
まさか。ごくりとセージュドリックが息を飲むと、
「帝都に入ったら処刑されちゃうコトコカおねーちゃんとトウルおにーちゃんは無理ですけれど、ネレーさんとセージュドリック様が運び手をやって下さるのなら、おとーちゃんも特別に許してくれるんじゃないでしょうか?」


 「結論から言おう。我らホーロロに住む者全員、大反対だ」
ホーロロ国境地帯の部族衆の主立った者達は、大きな館の中に集まって討論していたが、やがてセージュドリックの方を向いて、そう告げた。
「です、よね……」
セージュドリックは肩を落とすが、仕方ないと大人しく諦める。
ホーロロ国境地帯の部族衆がこうやって落ち着いているのは、一応は皇子の一人である彼がここに帝国からの人質として派遣されているからだ。それが人質どころか神使として崇拝されているのは、たまたま彼に精霊獣ドルマーがいるからなのである。
「しかし、高級紙の運び手が足りないのも事実。交易品を運ぶのが何時もより遅れれば、また帝国から難癖を付けられかねない。折角この地が落ち着いてきたのに、また問題が発生するのも困るのだ」
「……ではどうしたら、良いのでしょうか?」
「故に、我らもこうして難儀しているのだ」
そこでコトコカが手を上げた。
「私に一つだけ妥協案があります。ただ、ちょっと癖のある妥協案でして……」
「言ってみなさい」と首長の一人が促すと、そうだそうだと他の者も賛同した。
「うむ、行き詰まっていたのだから聞く価値はある」
「では謹んで。セージュドリック殿下とジュイを政略的に婚約させ、それについて皇帝からの了承を得るためと言う名目で、二人を運び手の一員に命じては如何でしょうか」

 はああああああああああああああああああ!?と真っ先に大声で叫んだのはジュイの父親である。
「ジュイはまだ10才なのだぞ!?」
落ち着け、と周りの首長達が抑えつけたところで、コトコカも宥めるように、
「セージュドリック殿下は一応は皇族なので、その年での婚約はそれ程珍しい事ではありません。それに、この婚約には双方に利点があります」
「確かに……神使様の血がホーロロに住む者に受け継がれるのは……これ以上無い栄誉ではあるが……」
むしろ、想定外の僥倖だとさえ言えるだろう。
「帝国としても縁組一つでこのホーロロ国境地帯の更なる安定化が見込めるなら、そう悪い顔はしません。ただ、残る問題は、セージュドリック殿下とジュイの相性なのですけれど……」
そこに駆け込んできたのはそのジュイであった。
「とーちゃん、どうしたの!?凄い声だったけれど、何があったの?!」
「ねえジュイちゃん、もし貴女がセージュドリック殿下と婚約する事になったら、嬉しい?それとも嫌?」
コトコカが優しい声で訊ねると途端にジュイは少女らしくモジモジとして、
「セージュドリック様は、優しい、もん……嫌じゃ……別に……嫌いじゃないから……」
『いや、セージュドリック……』そこで困った声を出したのは精霊獣ドルマーである。神使が顕現したと次々にホーロロ国境地帯の部族衆が床にひれ伏す中、『幾ら恥ずかしいからと、私を目隠し代わりに使うのは流石にどうかと思うのだが……』
精霊獣ドルマーで真っ赤に染まった顔を隠しながらセージュドリックは叫ぶ、
「だって、こんなの……僕、限界だよ!」


 コトコカの書いた書状を携え、高級紙の運び手の部族衆と連れだって、セージュドリックがホーロロ国境地帯から旅立ったのはその翌日であった。ジュイと手を繋いで、一路、帝都を目指す。
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