【完結】ガン=カタ皇子、夜に踊る

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Final Chapter

マステマ・ジャッジメント

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 『揺籃』の前に立つヴェロキラプトルは忌々しそうに舌打ちする。
「……ハルハの妨害工作に加えて、また知らん精霊獣のスキルかい。きっとハルハが情報を隠しとったんやろうなあ……。『マステマ・ジャッジメント』の魔力充填が予定の半分も行っとらんわ」
「……ノリ?」
『揺籃』の中からか細い呼び声が聞こえて、ヴェロキラプトルは我知らず柔らかい声を出す。
「どうしたんやアルア。何や怖い夢でも見たんか?」
「……あのね、遠い世界に……行く夢を見たの……」
「そうか。何処に行っても俺が側におるで」
「うん……ノリは、家族だもんね」
「そうや、アルアは俺の大事な家族や!」
「……」
声は消える。また夢の中に落ちたのだろう。ヴェロキラプトルは呟いた。
「完全に帝都を焼け野原には出来んやろうけど……撃つか」



 「どうにも胡散臭いとは思っておったが、ここまで臭かったとは流石のワシも思わんかったぞ」
「……っ……」
『峻霜』、『閃翔』、『闘剛』、そして『逆雷』が帝国軍を率いてやって来た姿に、ハルハは安堵したのか、それとも苦笑したのか――答える事も無く、そのまま意識を失ったのだった。
「……。言い返す力も無かったんじゃな……」
オレ達からハルハを受け取って、『逆雷のバズム』は背中を見せる。
「『逆雷』殿、『裂縫』に」
『闘剛のモルソーン』が頼むと、そのまま一度頷いてから走って行った。
「ハイエルフが二人逃げた。こっちだ」
オレ達が走り出すと、3人は視線を交わしてすぐさま追いかけてきた。


 聖地の中は、ヘルリアンの体が上から下まで右から左までどこもかしこも――秩序正しく整然と、密度たっぷりに並べられている『ディストピア』だった。ありとあらゆる種族の死体が、ヘルリアンとして聖地のシステムの中に組み込まれていたのだ。
そうか。オレ達も嫌々ながら理解した。
ヘルリアンは月光を浴びて体に魔力が溜まる。
毎晩のように月光を浴びやすくするためにも、聖地は天空にあったのだ。


 散々に迷った挙げ句、どうにか迷路のような道を走り抜けて、やがてオレ達は広い通路に出る。
その真正面の突き当たりには見るからに怪しい、巨大な扉があった。
だが、扉の前には先ほど逃げたハイエルフ二人が、それぞれ隷械獣を従えて待ち構えていた。
ここまで追い詰められている癖に、二人とも楽しそうに笑っている。
「ここまで来られた事は褒めてやりましょう。下等生物の分際で中々努力しましたわね?」
「――!」
「……」
挑発にギルガンドが苛立ち、ヴェドが視線で押さえる。
「けれどももう、帝都は手遅れですわよ?だって……三、二、一……発射!」
次の瞬間、天空にあるはずなのに、聖地がまるで地震に遭ったかのように激しく揺れた。
「きゃああっ!?」
ハイエルフ達はお互いに抱き合いながら、悲鳴を上げる。
――まさかコイツらにも予定外の事態が起きているのか!?
「どうして……!?精霊獣ロード共の魔力は既に階の構築と維持で限界のはずだわ……!?新たな結界なんて無理よ!」
「まさか……まさかもう精霊獣を従える者が帝都に一人いたの!?」



 愛馬にして駿馬ブレイ号に跨がり、疾駆してバズムがよろず屋アウルガに到着した時、ロウは丁度、地獄横町の跡地から一人戻ってきたのだった。
「……また爺さんか。今度は何を――」
「乗れ!」とバズムはロウの手を掴んで無理矢理にブレイ号に乗せ、気に入らない男を乗せるのをブレイ号が嫌がるのも構わず、鞭を当てて走らせた。ロウが手放してしまった杖が地べたに転がっていた。
「爺さん、止めてくれ!目が見えないんだ、俺は!」
『きゃーっ!?ロウが誘拐されたわーっ!このパーシーバーちゃんのの大事なロウに何をするつもりなのよーっ!!!!!!このヘンタイ、チカン、ヘンシツシャーっ!シキジョウキョウのスケベジジイーっ!!!誰か助けてーっ!このままじゃロウが酷い事をされちゃうーっ!!!』
慌ててパーシーバーがロウの足にしがみつき、それから大変な苦労を重ねてどうにかロウの頭にしがみつく。
「振り落とされたくなくば黙っておれ!」
ロウはと言えば、バズムから濃厚な血の臭いがして鼻がきかないわ、巨大な馬にいきなり乗せられた恐怖で動けないわ、しかもその馬は全速力で走っているため下手に身動きも取れず困り切ったわ、の三重苦であった。抵抗すれば彼は馬から転落するだろうし、抵抗しなければこのまま拉致される。
どちらに転んでもロウにとっては何も良い事が無い。

 ロウがこの状況からどうやって逃げようか、そればかりを考えていた間にブレイ号は帝国城に到着する。バズムは暴れるブレイ号からロウを抱えて飛び降り、ブレイ号は自由になった途端に猛々しく吼えて、慌てて兵士達が鞭や縄を手になだめにかかる。
「おい爺さん助けてくれ!止めてくれ!俺は何も悪い事なんてしていないんだ!」
「ええい、者共、此奴を取り押さえろ!担ぎ上げて運ぶんじゃ!」
しかもロウが抵抗した所為で、兵士達がロウの手足を掴んでまるで屠殺された後の家畜の体のように運び始めたのだ。パーシーバーは半狂乱でロウにすがり、止めて助けてと必死に泣き叫ぶ。
『止めてーっ!このパーシーバーちゃんの大事なロウに酷い事しないでーっ!誰かお願い、ロウを助けてーっ!!!!!』
「おい、爺さん!」
「喧しい!」
そのままロウは階段やら廊下やらを通り過ぎ――ようやく到着したのは。
「『逆雷』、その者は……あっ!」
『精霊獣!まだ在野にいたのか!』
今も結界を展開し維持し続けている、皇帝ヴァンドリックと精霊獣ロードの御前だった。



 「……大凡の事情は分かった。だが条件がある」
ロウは居心地が悪かった。こんなにふかふかで座り心地の椅子に腰掛けた事は、実に十数年ぶりであったから。
しかしそれにも増して虫の居所が悪かった。
あんな拉致同然の手口で帝国城に無理矢理連れてこられて、へそを曲げないような男では無い。
「何だ。申せ」と皇帝は言う。
「『逆雷』を二度と俺に関わらせるな。『閃翔』もだ。借金取り共より俺にとっては迷惑なだけだ!」
「分かった。そうしよう」
しかしと言いたげな、酷く不満そうなバズムに視線を送って静かにさせると、皇帝ヴァンドリックは精霊獣パーシーバーを見つめる。
「それで……」
ロウの膝に腰掛けて、パーシーバーは小声で言う。
『……パーシーバーよ、精霊獣パーシーバー。ロウの望みがこのパーシーバーちゃんの望み、それだけよ。褒美も何も要らないわ……』
「あい分かった」と皇帝は頷いた。
『感謝する』
ロードが呟くと、パーシーバーは首を横に振って、
『……。それで、「マステマ・ジャッジメント」を防ぐ結界を張るための魔力が欲しいんでしょ?私の魔力なら幾らでもあげるから、ロウの望みを叶えてあげて……』
小さなその手を差し出し、ロードはそれを恭しく掴んだのだった。
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