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クワイエット・テラー
青い希望 Ⅳ
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「アラヤ、どうかした?」
「よ、淀み反応が……」とアラヤはあたふたとしながら言った。「下降気味にあった淀み反応が、上昇しています……。それもすごいスピードで!」
アラヤの声に、フロア内が騒然とした。やきもきしていたロイスがざわざわとするSOMAの隊員らを押しのけて、アラヤのもとに一目散に駆け付けた。そして、鬼の形相でもって、アラヤに喰いかかるように言った。
「どういうことだ!?」
「これを見てください!」
アラヤは、側面のサブモニターのある値を指し示した。それは、根絶者の周りの大気がどれだけ淀んでいるかを数値化したものである。イサゴージュが周りの大気を淀ませながらソートエッジに接近していたことに気づいたアラヤは、急いでそれを計るためのセンサをー用意していた。
その「淀み反応」を示す数字が、勢いよく上昇していったのだ。
「ワイヤーで繋いだ時点よりも、上昇幅が20%も高い値を示しています……」
数値が跳ねあがっていく様をロイスは顔を青くして眺めていた。
「いったいどうなっているんだ……。これでは、損傷を与えるどころか、回復してしまっているではないか!」
「しかし、そんな様子は、見受けられ……」
アラヤのその先の言葉は、ヒクマの大きく張りあげられた声にかき消された。
「見てください!」ヒクマは正面モニターを指差して言った。「ヤツが動き始めました!」
根絶者が小刻みに震え始めていた。フロア内が、ますますざわついていく中で、追い打ちをかけるように、一人の隊員が大声を上げて、事態の悪化を皆に知らせた。
「俺たちのチームがつけた傷がなくなっている!」
その隊員の報告で、フロアに雷が落ちたかのように、皆の動きが固まった。
「どこだ!?」ヒクマがただちに問い詰める。
「胸あたりです!大きな亀裂があったはずです!」
アラヤは、すぐにパメラ・ブライズを起動する前のイサゴージュの姿をモニターに映し出して、照合した。確かに、パメラ・ブライズの攻撃を受ける前のイサゴージュの胸にははっきりと分かる亀裂が縦に走り、そこからわずかながら、あの橙色の体液のようなものが流れ出していた。
「これではっきりしたな」
ロイスはそっと目を閉じて言った。
「おそらく、このことは研究所の方でもとっくに把握しているはずです!ただちに、根絶者の回復を止めなければいけません!」
アラヤがそう伝えると、ルミナは、俯き頭を抱えるロイスの前に立った。
「すぐにMIOに我々の再出動許可を要請してください」
厳しい口調でルミナにそう言われ、ロイスはハッとして顔を上げた。
「わかった。きっと向こうも今頃慌てているはずだ」そう言って、ロイスは普段の穏やかなしゃべり方とは異なるやや激しい口調で命令を出した。「すぐにMIO本部につなげ!緊急だと伝えろ!」
まもなく、根絶者復活を裏付ける様々なデータが表示されているモニターとは反対側の、側面サブモニターが真っ黒になり、MIOの文字が中央に浮かび上がった。フロア内は一瞬にして静まり返る。
「ちょうど我々からもコンタクトをとろうとしていたところだ」
ロイスと同じぐらいかと思われる年配の男性の低い声がフロア全体に響き渡った。
「ゆっくり話している暇はない」そう前置きをして、ロイスは話し始めた。「今の状況は把握しているな?我々が喰いとめる。出動許可を出してくれ。」
返答まで、幾秒か沈黙があった。その沈黙の間、フロア内は静寂に包まれた。その静けさが、どこか得も言われぬ不安を煽った。実際、その返答はロイスたちにとって意外で不可解なものであった。
「出動は許可しない 」
ロイスは自分の耳を疑った。他の者たちも、開いた口が塞がらないという様子であった。ロイスもすぐには言葉が出てこず、口をモゴモゴとするばかりであった。
「なんだって!」
ロイスよりも先に、ヒクマが向こう見ずにもそう口にした。しかし、すぐに我に返り、相手がMIOであることを思い出した。とっさにルミナの方を見ると、ルミナは眉をひそめて静かに首を横に振った。
「しかし、根絶者が力を取り戻しつつあることはそちらでも分かっているはずだ。至急、阻止せねばならんだろう!」
ロイスは懇願するように言う。
「そんなことは百も承知だ」
その声は、最初の男性とは別の者だった。さきほどの男性よりもいくぶんか若々しい男性の声だった。
「パメラ・ブライズを使う。君たちのチマチマした攻撃ではあまりに頼りないからな」
再び、フロア内に電撃が走った。絶対にそうしないと宣言していた、MIO自らがパメラ・ブライズの二度目の起動を決断したのだ。その場にいる皆がもしかしたらと恐れていた事態が、現実のものとなってしまうことになりそうだ。
「ゼーヴ!」ロイスが怒鳴るように言った。「きさま、自分のいっていることが分かっているのか!?マトリウム炉にこれ以上の負荷をかけたら、それこそ極めて危険だ!住民を巻き込んで自爆するつもりか!?」
「ロイスさん、あんたこそ何を言っているんです」ロイスがゼーヴと呼んだ男が呆れたような声で言った。「ここで、根絶者を止めなければ、我々は終わりだ。カードを切るしかない」
「だから、我々で止めると言っているだろう!」ロイスは烈火の如く怒っている。
「そんな悠長な。分かっているのでしょう?イサゴージュは復活を果たしたどころかますます勢いをつけている。もうあなたたちの仕事でなんとかなる状況じゃないんですよ」
「では、住民には何と説明する!?」
そんなロイスの怒鳴り声にもひるむことなく、ゼーヴは飄々として答えた。
「説明している暇などありません。住民も分かってくれるでしょう。撃たなきゃやられる。こんな簡単な理屈なんですから」
ロイスは愕然とした。言い返せないでいると、再び最初の年配の男性が口を開いた。
「もう発射準備は整いつつある。くれぐれも勝手な行動は慎んでくれよ。」
その言葉を最後に、MIOとの通信は途切れ、モニターは根絶者の姿を再び映した。まだ頭部に関しては変化がなかったが、肉に埋まったワイヤーの数は明らかに減っているのが見てとれた。
フロア内は、陰鬱な雰囲気に包まれた。皆、自分たちが無力であるということを思い知らされ、悔しさの表情に満ち溢れていた。ロイスにとっても、同等であるはずのMIOの幹部メンバーから、非常に重要な決定に対して、完全に蚊帳の外に置かれたことが腹立たしかった。――それ以上に、MIOが無鉄砲で愚かな選択をしたことが許せなかった。
怒りで震えが収まらないロイスは、ルミナやヒクマに向けて言った。
「仮にパメラ・ブライズが無事に発射できたとしても、今度こそヤツの動きを止められるというのか?そんな保障はどこにある?こんな決定ばかげている!」
「ええ、私もそう思います。場当たり的な対応でしかありません」
ルミナも悔しさで溢れそうな感情を押し殺して言った。
「あんな馬鹿げた命令に従う必要がありますか!?今すぐ出動しましょう!」
ヒクマが皆の思いを代弁するかのように、ロイスに訴えかけた。
「ダメよ!」
そう答えたのはルミナだった。
「もうMIOはパメラの発射準備にとりかかっていると言っていたわ。今、私たちが動くのは危険よ!」
「ルミナの言う通りだ。ヒクマ、ここは耐えてくれ。」
ロイスは申し訳なさそうに言った。
「チクショウ!」
ヒクマがロイスとルミナに背を向けて、怒鳴り声をあげた。本来ならロイスに対してとるような態度ではないが、ルミナもロイスも咎めることなど到底できなかった。
ロイスは改めて、お払い箱にされ、やり場のない怒りを発散できずにいるメンバーら二十数名の前に歩み出た。ロイスの並々ならぬ雰囲気に、全員が自然と、気をつけの姿勢をとる。ロイスは、「皆、すまない」と言って話し始めた。
「私が不甲斐ないばかりに、MIOが無謀な決定を下してしまった。皆が考えているとおり、ここは我々の出番なんだ。私は、SOMMEという選りすぐりの精鋭部隊は、パメラ・ブライズよりも強力な兵器だと信じている。」
メンバーらは、熱心にロイスの言葉に耳を傾けていた。中には、感極まって目頭が熱くなっている者もいる。
「しかし、残念ながら、我々には待機命令が出てしまった。勝手に動くことは許されない。とはいえ、次のパメラ・ブライズが効かなかったら、今度こそ、MIOも我々を頼るだろう。各チーム準備だけは万全にしておいてくれ」
全員が威勢良く返事をした。ただ1人を除いては……。
「よ、淀み反応が……」とアラヤはあたふたとしながら言った。「下降気味にあった淀み反応が、上昇しています……。それもすごいスピードで!」
アラヤの声に、フロア内が騒然とした。やきもきしていたロイスがざわざわとするSOMAの隊員らを押しのけて、アラヤのもとに一目散に駆け付けた。そして、鬼の形相でもって、アラヤに喰いかかるように言った。
「どういうことだ!?」
「これを見てください!」
アラヤは、側面のサブモニターのある値を指し示した。それは、根絶者の周りの大気がどれだけ淀んでいるかを数値化したものである。イサゴージュが周りの大気を淀ませながらソートエッジに接近していたことに気づいたアラヤは、急いでそれを計るためのセンサをー用意していた。
その「淀み反応」を示す数字が、勢いよく上昇していったのだ。
「ワイヤーで繋いだ時点よりも、上昇幅が20%も高い値を示しています……」
数値が跳ねあがっていく様をロイスは顔を青くして眺めていた。
「いったいどうなっているんだ……。これでは、損傷を与えるどころか、回復してしまっているではないか!」
「しかし、そんな様子は、見受けられ……」
アラヤのその先の言葉は、ヒクマの大きく張りあげられた声にかき消された。
「見てください!」ヒクマは正面モニターを指差して言った。「ヤツが動き始めました!」
根絶者が小刻みに震え始めていた。フロア内が、ますますざわついていく中で、追い打ちをかけるように、一人の隊員が大声を上げて、事態の悪化を皆に知らせた。
「俺たちのチームがつけた傷がなくなっている!」
その隊員の報告で、フロアに雷が落ちたかのように、皆の動きが固まった。
「どこだ!?」ヒクマがただちに問い詰める。
「胸あたりです!大きな亀裂があったはずです!」
アラヤは、すぐにパメラ・ブライズを起動する前のイサゴージュの姿をモニターに映し出して、照合した。確かに、パメラ・ブライズの攻撃を受ける前のイサゴージュの胸にははっきりと分かる亀裂が縦に走り、そこからわずかながら、あの橙色の体液のようなものが流れ出していた。
「これではっきりしたな」
ロイスはそっと目を閉じて言った。
「おそらく、このことは研究所の方でもとっくに把握しているはずです!ただちに、根絶者の回復を止めなければいけません!」
アラヤがそう伝えると、ルミナは、俯き頭を抱えるロイスの前に立った。
「すぐにMIOに我々の再出動許可を要請してください」
厳しい口調でルミナにそう言われ、ロイスはハッとして顔を上げた。
「わかった。きっと向こうも今頃慌てているはずだ」そう言って、ロイスは普段の穏やかなしゃべり方とは異なるやや激しい口調で命令を出した。「すぐにMIO本部につなげ!緊急だと伝えろ!」
まもなく、根絶者復活を裏付ける様々なデータが表示されているモニターとは反対側の、側面サブモニターが真っ黒になり、MIOの文字が中央に浮かび上がった。フロア内は一瞬にして静まり返る。
「ちょうど我々からもコンタクトをとろうとしていたところだ」
ロイスと同じぐらいかと思われる年配の男性の低い声がフロア全体に響き渡った。
「ゆっくり話している暇はない」そう前置きをして、ロイスは話し始めた。「今の状況は把握しているな?我々が喰いとめる。出動許可を出してくれ。」
返答まで、幾秒か沈黙があった。その沈黙の間、フロア内は静寂に包まれた。その静けさが、どこか得も言われぬ不安を煽った。実際、その返答はロイスたちにとって意外で不可解なものであった。
「出動は許可しない 」
ロイスは自分の耳を疑った。他の者たちも、開いた口が塞がらないという様子であった。ロイスもすぐには言葉が出てこず、口をモゴモゴとするばかりであった。
「なんだって!」
ロイスよりも先に、ヒクマが向こう見ずにもそう口にした。しかし、すぐに我に返り、相手がMIOであることを思い出した。とっさにルミナの方を見ると、ルミナは眉をひそめて静かに首を横に振った。
「しかし、根絶者が力を取り戻しつつあることはそちらでも分かっているはずだ。至急、阻止せねばならんだろう!」
ロイスは懇願するように言う。
「そんなことは百も承知だ」
その声は、最初の男性とは別の者だった。さきほどの男性よりもいくぶんか若々しい男性の声だった。
「パメラ・ブライズを使う。君たちのチマチマした攻撃ではあまりに頼りないからな」
再び、フロア内に電撃が走った。絶対にそうしないと宣言していた、MIO自らがパメラ・ブライズの二度目の起動を決断したのだ。その場にいる皆がもしかしたらと恐れていた事態が、現実のものとなってしまうことになりそうだ。
「ゼーヴ!」ロイスが怒鳴るように言った。「きさま、自分のいっていることが分かっているのか!?マトリウム炉にこれ以上の負荷をかけたら、それこそ極めて危険だ!住民を巻き込んで自爆するつもりか!?」
「ロイスさん、あんたこそ何を言っているんです」ロイスがゼーヴと呼んだ男が呆れたような声で言った。「ここで、根絶者を止めなければ、我々は終わりだ。カードを切るしかない」
「だから、我々で止めると言っているだろう!」ロイスは烈火の如く怒っている。
「そんな悠長な。分かっているのでしょう?イサゴージュは復活を果たしたどころかますます勢いをつけている。もうあなたたちの仕事でなんとかなる状況じゃないんですよ」
「では、住民には何と説明する!?」
そんなロイスの怒鳴り声にもひるむことなく、ゼーヴは飄々として答えた。
「説明している暇などありません。住民も分かってくれるでしょう。撃たなきゃやられる。こんな簡単な理屈なんですから」
ロイスは愕然とした。言い返せないでいると、再び最初の年配の男性が口を開いた。
「もう発射準備は整いつつある。くれぐれも勝手な行動は慎んでくれよ。」
その言葉を最後に、MIOとの通信は途切れ、モニターは根絶者の姿を再び映した。まだ頭部に関しては変化がなかったが、肉に埋まったワイヤーの数は明らかに減っているのが見てとれた。
フロア内は、陰鬱な雰囲気に包まれた。皆、自分たちが無力であるということを思い知らされ、悔しさの表情に満ち溢れていた。ロイスにとっても、同等であるはずのMIOの幹部メンバーから、非常に重要な決定に対して、完全に蚊帳の外に置かれたことが腹立たしかった。――それ以上に、MIOが無鉄砲で愚かな選択をしたことが許せなかった。
怒りで震えが収まらないロイスは、ルミナやヒクマに向けて言った。
「仮にパメラ・ブライズが無事に発射できたとしても、今度こそヤツの動きを止められるというのか?そんな保障はどこにある?こんな決定ばかげている!」
「ええ、私もそう思います。場当たり的な対応でしかありません」
ルミナも悔しさで溢れそうな感情を押し殺して言った。
「あんな馬鹿げた命令に従う必要がありますか!?今すぐ出動しましょう!」
ヒクマが皆の思いを代弁するかのように、ロイスに訴えかけた。
「ダメよ!」
そう答えたのはルミナだった。
「もうMIOはパメラの発射準備にとりかかっていると言っていたわ。今、私たちが動くのは危険よ!」
「ルミナの言う通りだ。ヒクマ、ここは耐えてくれ。」
ロイスは申し訳なさそうに言った。
「チクショウ!」
ヒクマがロイスとルミナに背を向けて、怒鳴り声をあげた。本来ならロイスに対してとるような態度ではないが、ルミナもロイスも咎めることなど到底できなかった。
ロイスは改めて、お払い箱にされ、やり場のない怒りを発散できずにいるメンバーら二十数名の前に歩み出た。ロイスの並々ならぬ雰囲気に、全員が自然と、気をつけの姿勢をとる。ロイスは、「皆、すまない」と言って話し始めた。
「私が不甲斐ないばかりに、MIOが無謀な決定を下してしまった。皆が考えているとおり、ここは我々の出番なんだ。私は、SOMMEという選りすぐりの精鋭部隊は、パメラ・ブライズよりも強力な兵器だと信じている。」
メンバーらは、熱心にロイスの言葉に耳を傾けていた。中には、感極まって目頭が熱くなっている者もいる。
「しかし、残念ながら、我々には待機命令が出てしまった。勝手に動くことは許されない。とはいえ、次のパメラ・ブライズが効かなかったら、今度こそ、MIOも我々を頼るだろう。各チーム準備だけは万全にしておいてくれ」
全員が威勢良く返事をした。ただ1人を除いては……。
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