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クワイエット・テラー
合流/発火
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レインとマイカを乗せたエアリアルクルーズは摩天楼を眼下に、暗黒の空を航行していた。マイカはだんだんと近くなっていく恐怖に目を背けたくなって、レインの座る操縦席のシートに顔を隠した。
「ほらマイカ、見えたよ。」
マイカはこんなことではダメだと、意を決して、おそるおそるシートから顔を出す。フロントガラス越しに灰色の大きな塊が視界に入ると、マイカはすぐにまた目を背けてしまった。
しかし、マイカはあることに気付き、目を背けたまま悲壮めいた声で言った。
「えっ!?ちょっとなんで!?」
根絶者イサゴージュの様子が明らかに、マイカがソートエッジに降り立った1時間ほど前とは違っていた。マイカは、そのとき見たイサゴージュの姿はもっとボロボロで傷だらけな印象であったが、今ではどうもそのような傷らしい傷は一向に見当たらない。
「なんかさっきと違わない!?」
「元気になっちゃってるみたいだね。ワイヤーもずいぶん減ってる。こりゃみんな慌ててるだろうなあ」
レインはずいぶんと他人事のように言った。
「そんな!もうちょっとだと思ってたのに!」
「しょせん俺たちにできることはこんなもんさ。でもあいつを縛り付けるだけも大変だったんだよ?実を言うと、俺もその作戦に参加してたんだけどね。」
レインは得意げに言った。
「あなたが?」マイカは疑いの目を向けた。
「そうだよ。顔の真ん中にドカンと一発かましてやったさ。……見直した?」レインはニヤッとしてマイカの方に振り向いた。
「なんであなたはそんなに余裕な感じなの?」マイカは冷たい目でレインを見つめていた。
「俺のうしろには、この世界を救うヒーローがいるからね」
「だから!」と言ってマイカは大きなため息をついた。「私はヒーローの自覚なんてないんだから。そんなに期待されても困るよ!」
「君がヒーローかどうかはあのバケモノのとこに行けばわかるよ」
マイカは顔を両手で覆った。レインはそんなマイカの反応を面白がった。もう自分が運んでいるこの少女がデウスの使者であることはほぼ確信に近いものがあった。
しかし、そのヒーローが想像していた存在とはほど遠い、この世界についての何の知識も持たないただの可愛らしい少女であったことがレインをより心躍らせた。
レインは思い出したかのように「そういえば」と言った。
「根絶者が現れたのはこれで2度目なんだ」
「えっ……!そうなの!?」マイカは両目を見開いて驚く。
「まだ驚くのは早いよ」レインはそう前置きをして言った。「最初に根絶者が現れたのは5年前だ。そのときの根絶者を倒したのが……聞いたら驚くよ?」
「もったいぶらないでよ!」
十分溜めをつくってから、レインは目を細めて、だんだんと近づいてくる根絶者を眺めながら言った。
「君のような現実世界から来た少女なんだよ」
マイカは運転するレインのシートにかぶりついて言った。
「冗談でしょ?」
マイカの表情は真剣だった。これで冗談でしたなんて言ったら殴られるんじゃないかとレインは思った。
「冗談じゃないよ。本当だよ」
マイカをなだめるようにレインは言う。
「私みたいに現実世界からここに来た人がもう一人いるってわけ!?……だとしたらその少女はどうやってあの根絶者を倒したのよ!?」
「それは知らないよ」
レインはあっけらかんとした口調で答えた。マイカは「はあ?」と思わず口から出た。
「5年前のことはトップシークレットなんだ。詳しいことはMIOと一部の優秀なセドレットしか知らないよ。第一、5年前俺はまだ学生だったし、あの時も今日みたいに外出禁止令が出ていたんだ」
「じゃあなんで、あなたはその少女の存在を知っているの?」マイカは食い下がった。
「そもそも、5年前の事件は全てMIOが解決したことになっている。だけど、俺がセドレットになったとき、噂になっていたんだ。本当はデウスがよこした使者が倒してくれたんだって。はじめはそんなの都市伝説に過ぎないって思ってたんだけどさ、上層部がその少女のことをイセリックってコードネームみたいに呼んでいたのを聞いちゃったんだよね。それから一気に信憑性が出てきたってわけ。」
「イセリック?」
「デウスが根絶者を倒すべく送った神がかり的な力をもつ者。君もそのイセリックなのさ」
マイカは、もう話についていけなくなってしまいそうで、もどかしかった。
「じゃあ5年前の……そのイセリックの少女はどうなっちゃったの?」
「それは聞かないほうがいい」
「なぜ!?」
「君の決意が鈍ってしまうかもしれないだろう?」
「私の決意って何……?」マイカはつっけんどんに言う。
「だから、根絶者を倒すという決意さ」
「あのね」マイカは突っ張った。「私はそんな決意した覚えはないけど!せめて、その少女がどうやって倒したか分かればまだ…」
「じゃあ帰るかい?君の世界に。」
レインは冷たく言い放った。
「俺は別にそれでもいいと思うけど。……ほら見てごらん」
さらにレインはそう言って前方を指差した。マイカはその先に目をやると、根絶者が体を左右に大きく揺さぶって、ワイヤーをその一枚岩のような頑丈な体から引き抜いているところだった。
「えっ!動いてる……」マイカは絶句した。
レインはマイカの反応を確認してから口を開いた。
「そのイセリックの少女は、根絶者と相打ちして死んだと俺は聞いている」
「相打ち?死んだ?」
マイカは顔をひきつらせながら聞き返した。
「うん。だからと言って君にも死ねと言っているわけじゃない。ちなみにその少女は、君よりもっと若くて、10歳ぐらいだったと聞いている。さて、君は何歳だったかな?」
マイカの顔はさらにひきつり、レインの意地悪な問いにも答えることなく、黙り込んだ。
――自分よりずいぶん小さい、小学生ぐらいの子があんな怪物と戦った?
本当にそうであるとしたら、自分のメンタリティのいかに弱いことかと、マイカは強引に思わされてしまった。しかし、そんな話を聞かされたら自分が情けなくなるのも無理はないではないか。マイカはやり場のない怒りを覚えた。
「私にあれと戦おうって気にさせるための作り話じゃないでしょうね?」
「君は案外ひねくれ者なんだね。一本芯の通った女性だと思っていたけど……」
そう言って、レインは露骨にがっかりしたそぶりを見せた。マイカはそこまで言われては、引き下がるわけにはいかなかった。そもそも、作倉に与えられた課題をクリアするという意味でも、そしてなにより自分自身がこれ以上あれに襲われないようにするため、とにかく行動に移すしかないのだ。
マイカは己のプライドをかけても、決意する時だと判断した。このままでは、レインにも作倉にも失望されてしまう。それはマイカにとって、なんだかとても腹立たしかった。
「やる」マイカはそっとつぶやいた。「どうしたらいいか分からないけど、逃げない。やるだけのことはやってみる」
「そうこなくちゃ!」
レインは不敵な笑みを浮かべて、エアリアルクルーズのスピードをさらに上げた。
「ほらマイカ、見えたよ。」
マイカはこんなことではダメだと、意を決して、おそるおそるシートから顔を出す。フロントガラス越しに灰色の大きな塊が視界に入ると、マイカはすぐにまた目を背けてしまった。
しかし、マイカはあることに気付き、目を背けたまま悲壮めいた声で言った。
「えっ!?ちょっとなんで!?」
根絶者イサゴージュの様子が明らかに、マイカがソートエッジに降り立った1時間ほど前とは違っていた。マイカは、そのとき見たイサゴージュの姿はもっとボロボロで傷だらけな印象であったが、今ではどうもそのような傷らしい傷は一向に見当たらない。
「なんかさっきと違わない!?」
「元気になっちゃってるみたいだね。ワイヤーもずいぶん減ってる。こりゃみんな慌ててるだろうなあ」
レインはずいぶんと他人事のように言った。
「そんな!もうちょっとだと思ってたのに!」
「しょせん俺たちにできることはこんなもんさ。でもあいつを縛り付けるだけも大変だったんだよ?実を言うと、俺もその作戦に参加してたんだけどね。」
レインは得意げに言った。
「あなたが?」マイカは疑いの目を向けた。
「そうだよ。顔の真ん中にドカンと一発かましてやったさ。……見直した?」レインはニヤッとしてマイカの方に振り向いた。
「なんであなたはそんなに余裕な感じなの?」マイカは冷たい目でレインを見つめていた。
「俺のうしろには、この世界を救うヒーローがいるからね」
「だから!」と言ってマイカは大きなため息をついた。「私はヒーローの自覚なんてないんだから。そんなに期待されても困るよ!」
「君がヒーローかどうかはあのバケモノのとこに行けばわかるよ」
マイカは顔を両手で覆った。レインはそんなマイカの反応を面白がった。もう自分が運んでいるこの少女がデウスの使者であることはほぼ確信に近いものがあった。
しかし、そのヒーローが想像していた存在とはほど遠い、この世界についての何の知識も持たないただの可愛らしい少女であったことがレインをより心躍らせた。
レインは思い出したかのように「そういえば」と言った。
「根絶者が現れたのはこれで2度目なんだ」
「えっ……!そうなの!?」マイカは両目を見開いて驚く。
「まだ驚くのは早いよ」レインはそう前置きをして言った。「最初に根絶者が現れたのは5年前だ。そのときの根絶者を倒したのが……聞いたら驚くよ?」
「もったいぶらないでよ!」
十分溜めをつくってから、レインは目を細めて、だんだんと近づいてくる根絶者を眺めながら言った。
「君のような現実世界から来た少女なんだよ」
マイカは運転するレインのシートにかぶりついて言った。
「冗談でしょ?」
マイカの表情は真剣だった。これで冗談でしたなんて言ったら殴られるんじゃないかとレインは思った。
「冗談じゃないよ。本当だよ」
マイカをなだめるようにレインは言う。
「私みたいに現実世界からここに来た人がもう一人いるってわけ!?……だとしたらその少女はどうやってあの根絶者を倒したのよ!?」
「それは知らないよ」
レインはあっけらかんとした口調で答えた。マイカは「はあ?」と思わず口から出た。
「5年前のことはトップシークレットなんだ。詳しいことはMIOと一部の優秀なセドレットしか知らないよ。第一、5年前俺はまだ学生だったし、あの時も今日みたいに外出禁止令が出ていたんだ」
「じゃあなんで、あなたはその少女の存在を知っているの?」マイカは食い下がった。
「そもそも、5年前の事件は全てMIOが解決したことになっている。だけど、俺がセドレットになったとき、噂になっていたんだ。本当はデウスがよこした使者が倒してくれたんだって。はじめはそんなの都市伝説に過ぎないって思ってたんだけどさ、上層部がその少女のことをイセリックってコードネームみたいに呼んでいたのを聞いちゃったんだよね。それから一気に信憑性が出てきたってわけ。」
「イセリック?」
「デウスが根絶者を倒すべく送った神がかり的な力をもつ者。君もそのイセリックなのさ」
マイカは、もう話についていけなくなってしまいそうで、もどかしかった。
「じゃあ5年前の……そのイセリックの少女はどうなっちゃったの?」
「それは聞かないほうがいい」
「なぜ!?」
「君の決意が鈍ってしまうかもしれないだろう?」
「私の決意って何……?」マイカはつっけんどんに言う。
「だから、根絶者を倒すという決意さ」
「あのね」マイカは突っ張った。「私はそんな決意した覚えはないけど!せめて、その少女がどうやって倒したか分かればまだ…」
「じゃあ帰るかい?君の世界に。」
レインは冷たく言い放った。
「俺は別にそれでもいいと思うけど。……ほら見てごらん」
さらにレインはそう言って前方を指差した。マイカはその先に目をやると、根絶者が体を左右に大きく揺さぶって、ワイヤーをその一枚岩のような頑丈な体から引き抜いているところだった。
「えっ!動いてる……」マイカは絶句した。
レインはマイカの反応を確認してから口を開いた。
「そのイセリックの少女は、根絶者と相打ちして死んだと俺は聞いている」
「相打ち?死んだ?」
マイカは顔をひきつらせながら聞き返した。
「うん。だからと言って君にも死ねと言っているわけじゃない。ちなみにその少女は、君よりもっと若くて、10歳ぐらいだったと聞いている。さて、君は何歳だったかな?」
マイカの顔はさらにひきつり、レインの意地悪な問いにも答えることなく、黙り込んだ。
――自分よりずいぶん小さい、小学生ぐらいの子があんな怪物と戦った?
本当にそうであるとしたら、自分のメンタリティのいかに弱いことかと、マイカは強引に思わされてしまった。しかし、そんな話を聞かされたら自分が情けなくなるのも無理はないではないか。マイカはやり場のない怒りを覚えた。
「私にあれと戦おうって気にさせるための作り話じゃないでしょうね?」
「君は案外ひねくれ者なんだね。一本芯の通った女性だと思っていたけど……」
そう言って、レインは露骨にがっかりしたそぶりを見せた。マイカはそこまで言われては、引き下がるわけにはいかなかった。そもそも、作倉に与えられた課題をクリアするという意味でも、そしてなにより自分自身がこれ以上あれに襲われないようにするため、とにかく行動に移すしかないのだ。
マイカは己のプライドをかけても、決意する時だと判断した。このままでは、レインにも作倉にも失望されてしまう。それはマイカにとって、なんだかとても腹立たしかった。
「やる」マイカはそっとつぶやいた。「どうしたらいいか分からないけど、逃げない。やるだけのことはやってみる」
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