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第19話 弔いの鐘
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王宮のアメリア王妃の寝室は重苦しい沈黙に包まれていた。
駆けつけたアリス、ヒイラギ、クレマンティーヌ、ザックス、エルフ姉妹が見たのはベッドに横たわり、浅い呼吸を繰り返す王妃の姿だった。
傍らにはアニスと、彼女に付き従う7人の若い魔女たちが、青ざめた顔で女神に祈りを捧げている。
ベッドの脇には憔悴しきった表情の国王アノスが、ただ茫然と妻を見つめていた。
「ザックス! どうなの⁉ お母様は助かるのよね⁉ あなたなら、どんな病でも治せるんでしょ⁉ お願い、お母様を助けて!」
アリスはザックスの腕に縋りつき、涙ながらに訴える。
ザックスはアリスの頭を優しく撫でながら、力なく微笑んだ。
彼の瞳の奥には深い絶望の色が浮かんでいた。
「……申し訳ありません、アリス様。俺の力が及ばない病もあるのです。王妃様の御身体を蝕んでいるのは……これは通常の病ではない。すでに深く進行しており、私の神聖魔法でも、もはや……」
ザックスの言葉にアリスは息をのみ、言葉を失った。
その響きが、母の命がもう手の届かないところにあることを残酷に告げているのを悟り。
「先生……何か、何か手はないの……?」
アリスは最後の望みを託すように、クレマンティーヌを見上げた。
大陸最高の魔女にして聖女と称される彼女もまた、静かに首を横に振るだけだった。
「……いつからだろうか。かなり以前から、少しずつアメリア様の生命力を蝕んでいたようだね。もっと早く気づいていれば……何かできたかもしれなかったが……」
クレマンティーヌの声には珍しく深い悔恨の色が滲んでいる。
すると、ベッドのアメリア王妃が、ふっと目を開けた。
「あら……? みんな、来てくれたのね……私の大好きな人たちが、こんなにたくさん……嬉しいわ……幸せよ……」
掠れた声だったが、表情は穏やかで慈愛に満ちている。
「「お母様!」」
アリスとアニスが、同時にベッドに駆け寄る。
「まあ……また2人とも、息ぴったりね。ふふふ……本当に、可愛い娘たち……」
アメリア王妃は優しく微笑み、震える手で2人の頬に触れようとした。
彼女は最後の力を振り絞り、言葉を紡ぎ始めていく。
「アノス……あなた……少し痩せたのではなくて? ……無理はしないで……この国を、娘たちを……頼みます……」
「……アメリア……私こそ……すまなかった……」
アノス王は嗚咽を堪え、妻の手を握りしめる。
「アリス……私の誇り……これから、きっと大変なことも多いでしょうけれど……あなたの信じる道を、真っ直ぐに進みなさい。あなたの思うままに、自由に……生きて……」
「はい……はい、お母様……必ず……」
アリスは涙をこらえ、強く頷いた。
「アニス……私の可愛い子……お姉ちゃんが、もし道を踏み外しそうになったら……あなたが、しっかり止めてあげるのよ……大丈夫、あなたなら、きっとできるわ……」
「うん……うん、任せて、お母様……絶対……」
アニスは声を詰まらせながらも、母の言葉を胸に刻んだ。
「クレマンティーヌ……本当に、ありがとう……あなたという素晴らしい師に娘たちが出会えたことはこの上ない幸運でした。……これからも……あの子たちを、どうか……正しく、導いてあげて……」
クレマンティーヌは潤んだ瞳でアメリアを見つめ返し、静かに力強く頷いた。
(……御心、たしかに受け取りました。アメリア様。必ずや、この命に代えても、アリス姫とアニス姫を導きましょう……)
クレマンティーヌは心の中で、固く誓いを立てていた。
「ザックス……落ち込まないで。命ある者はいつか必ず女神様の元へと還るのです……私は少しだけ、他の人より早かっただけ。……あなたの力はこれから先、もっと多くの人々を導き、救うためにあるのですから……」
ザックスは俯き、静かに涙を拭うと決意を秘めた顔で微笑み返した。
「……若い魔女たち……それと、エルフの娘さんたち。……これからも、どうか……私の娘たちの、良き友人でいてあげてね……あの子たちを、支えてあげて……」
皆、涙ながらに力強く頷き、王妃を安心させようとする。
最後に、アメリアはヒイラギへと視線を向けた。
「ヒイラギ……あなたは誠実で、強い人。……アリスのこと……頼みました……どうか……あの子を……幸せに……してあげて……」
「はっ……! このヒイラギ、命に代えましても必ず……!」
ヒイラギはその場で片膝をついて深く頭を垂れた。
彼の肩は震えている。
アメリア王妃は満足そうに微笑むと、囁くようなか細い声で呟いた。
それが彼女の最後の言葉となる。
「アリス……アニス……ああ、本当に……私は幸せでした……あなたたちの、母で……本当に、良かった……大好きよ……永遠に……」
その言葉を最後に、アメリア王妃は眠るかのように、静かに息を引き取った。
享年、36歳。若すぎる、あまりにも早すぎる死だった。
弔いの鐘の音が、夕暮れの王都リュンカーラに、悲しく、長く、木霊した。
駆けつけたアリス、ヒイラギ、クレマンティーヌ、ザックス、エルフ姉妹が見たのはベッドに横たわり、浅い呼吸を繰り返す王妃の姿だった。
傍らにはアニスと、彼女に付き従う7人の若い魔女たちが、青ざめた顔で女神に祈りを捧げている。
ベッドの脇には憔悴しきった表情の国王アノスが、ただ茫然と妻を見つめていた。
「ザックス! どうなの⁉ お母様は助かるのよね⁉ あなたなら、どんな病でも治せるんでしょ⁉ お願い、お母様を助けて!」
アリスはザックスの腕に縋りつき、涙ながらに訴える。
ザックスはアリスの頭を優しく撫でながら、力なく微笑んだ。
彼の瞳の奥には深い絶望の色が浮かんでいた。
「……申し訳ありません、アリス様。俺の力が及ばない病もあるのです。王妃様の御身体を蝕んでいるのは……これは通常の病ではない。すでに深く進行しており、私の神聖魔法でも、もはや……」
ザックスの言葉にアリスは息をのみ、言葉を失った。
その響きが、母の命がもう手の届かないところにあることを残酷に告げているのを悟り。
「先生……何か、何か手はないの……?」
アリスは最後の望みを託すように、クレマンティーヌを見上げた。
大陸最高の魔女にして聖女と称される彼女もまた、静かに首を横に振るだけだった。
「……いつからだろうか。かなり以前から、少しずつアメリア様の生命力を蝕んでいたようだね。もっと早く気づいていれば……何かできたかもしれなかったが……」
クレマンティーヌの声には珍しく深い悔恨の色が滲んでいる。
すると、ベッドのアメリア王妃が、ふっと目を開けた。
「あら……? みんな、来てくれたのね……私の大好きな人たちが、こんなにたくさん……嬉しいわ……幸せよ……」
掠れた声だったが、表情は穏やかで慈愛に満ちている。
「「お母様!」」
アリスとアニスが、同時にベッドに駆け寄る。
「まあ……また2人とも、息ぴったりね。ふふふ……本当に、可愛い娘たち……」
アメリア王妃は優しく微笑み、震える手で2人の頬に触れようとした。
彼女は最後の力を振り絞り、言葉を紡ぎ始めていく。
「アノス……あなた……少し痩せたのではなくて? ……無理はしないで……この国を、娘たちを……頼みます……」
「……アメリア……私こそ……すまなかった……」
アノス王は嗚咽を堪え、妻の手を握りしめる。
「アリス……私の誇り……これから、きっと大変なことも多いでしょうけれど……あなたの信じる道を、真っ直ぐに進みなさい。あなたの思うままに、自由に……生きて……」
「はい……はい、お母様……必ず……」
アリスは涙をこらえ、強く頷いた。
「アニス……私の可愛い子……お姉ちゃんが、もし道を踏み外しそうになったら……あなたが、しっかり止めてあげるのよ……大丈夫、あなたなら、きっとできるわ……」
「うん……うん、任せて、お母様……絶対……」
アニスは声を詰まらせながらも、母の言葉を胸に刻んだ。
「クレマンティーヌ……本当に、ありがとう……あなたという素晴らしい師に娘たちが出会えたことはこの上ない幸運でした。……これからも……あの子たちを、どうか……正しく、導いてあげて……」
クレマンティーヌは潤んだ瞳でアメリアを見つめ返し、静かに力強く頷いた。
(……御心、たしかに受け取りました。アメリア様。必ずや、この命に代えても、アリス姫とアニス姫を導きましょう……)
クレマンティーヌは心の中で、固く誓いを立てていた。
「ザックス……落ち込まないで。命ある者はいつか必ず女神様の元へと還るのです……私は少しだけ、他の人より早かっただけ。……あなたの力はこれから先、もっと多くの人々を導き、救うためにあるのですから……」
ザックスは俯き、静かに涙を拭うと決意を秘めた顔で微笑み返した。
「……若い魔女たち……それと、エルフの娘さんたち。……これからも、どうか……私の娘たちの、良き友人でいてあげてね……あの子たちを、支えてあげて……」
皆、涙ながらに力強く頷き、王妃を安心させようとする。
最後に、アメリアはヒイラギへと視線を向けた。
「ヒイラギ……あなたは誠実で、強い人。……アリスのこと……頼みました……どうか……あの子を……幸せに……してあげて……」
「はっ……! このヒイラギ、命に代えましても必ず……!」
ヒイラギはその場で片膝をついて深く頭を垂れた。
彼の肩は震えている。
アメリア王妃は満足そうに微笑むと、囁くようなか細い声で呟いた。
それが彼女の最後の言葉となる。
「アリス……アニス……ああ、本当に……私は幸せでした……あなたたちの、母で……本当に、良かった……大好きよ……永遠に……」
その言葉を最後に、アメリア王妃は眠るかのように、静かに息を引き取った。
享年、36歳。若すぎる、あまりにも早すぎる死だった。
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