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第37話 クレマンティーヌの半生(後編)
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そんな閉ざされた世界に変化が訪れたのは、クレマンティーヌが6歳になった時。
数十年に一度の交流のため、エルフの里から長老アレゼルが神殿を訪れたのだ。
アレゼルは幼いクレマンティーヌを一目見るなり、「この娘の力を放置すれば、いずれ大陸を滅ぼしかねん」と断言し、自らその教育を買って出たという。
「それから8年間、私はアレゼルの下で魔法だけでなく、歴史、哲学、そして世界の理について学んだ。彼女は厳しく、風変わりで……そうさねえ、『変エルフ』と呼ぶのが一番しっくりくるような人物だったけれど、同時に、計り知れない知識と深い洞察力を持っていた。彼女との出会いがなければ、私はただ力を振り回すだけの危険な存在になっていたかもしれないねえ」
クレマンティーヌはアレゼルを思い出すように、遠い目をする。
「そして私が14歳になったある日、アレゼルは『もう私が教えることは何もない。あとは、お前自身の目で世界を見、お前自身の道を探すが良い』とだけ言い残して、あっさりと大神殿を去っていった。……実に彼女らしい、淡白な別れだったよ」
アレゼルが去った後、クレマンティーヌの中には抑えきれない思いが芽生えていた。
外の世界への強い憧れだ。アレゼルが語ってくれた世界の広さ、多様さ、そして未知なるものへの探求心。
それは、もはや大神殿という狭い世界に留まることを許さないほど溢れていた。
「母親である大司祭様は、反対なさらなかったのですか?」
ローレルが尋ねる。
「ふふ、驚くだろうけど、母も若い頃は世界を旅することに憧れていたらしいんだ。だから私の気持ちを理解してくれてね。『あなたの人生なのだから、あなたの望むように生きなさい』と、快く送り出してくれたさね。……まあ、内心は心配でたまらなかっただろうけどねえ」
こうしてクレマンティーヌの長い旅が始まったのである。
最初の目的地は、もちろんアレゼルがいるはずの『とこしえの森』。
だが、意気揚々と足を踏み入れたものの、広大で神秘的な森は若き天才魔女をも容易く迷わせた。
「いやはや、あの時は本当に参ったよ。森の中で実に1年間も迷子になってねえ。半べそかきながら、キノコや木の実で飢えを凌いでいたさ」
その告白に魔女たちは(あの先生が⁉)と驚きと笑いを隠せない。
結局森の奥深くで、当時のエルフの女王フォレスタに偶然発見されて助けられることになる。
けれど残念ながらアレゼルはまだ里には戻っておらず、クレマンティーヌは落胆したという。
「まあ、それでも、女王陛下のご厚意で、半年ほどエルフの里に滞在させてもらい、エルフの古い歴史や、人間とは異なる精霊術の体系を学ぶことができた。あれは貴重な経験だったねえ。そしてフォレスタ様の道案内で、ようやく森を出た私は、それから数年間、目的もなく、ただ気の向くままに大陸各地を放浪したのさ」
多くの土地を訪れ、様々な人々と出会い、知識と経験を深めていったクレマンティーヌ。
そして数年後に偶然立ち寄ったのが、このディンレル王国の王都リュンカーラだ。
そこで彼女は運命的な出会いを果たす。
市場で強力な魔法を、やや無茶苦茶に振り回して悪党を懲らしめている、2人の幼い王女の姿を目にしたのだ。
「……それが、アリスとアニス、君たちの主さね」
クレマンティーヌは、懐かしそうに微笑んだ。
「はぁ……たしかに、あの頃のアリス姫様とアニス姫様は、手がつけられないというか……無鉄砲でしたからねえ。私たち側近も、毎日肝を冷やしていましたわ」
アロマティカスが、遠い目をして呟く。
「そうかい? 私は、あの子たちを一目見て、すぐにわかったけどねえ」
クレマンティーヌは続ける。
「たしかにやんちゃで、少しばかり加減を知らないところはあった。だが、その瞳は曇りなく真っ直ぐで、魔法の扱いも荒削りながら非凡なセンスを感じさせた。何より弱い者を守ろうとする、強い正義感と優しさを持っていたねえ。……これは磨けば私をも超える逸材になる、と直感したのさ」
その後、アリスとアニスに「私たちの先生になって!」と強く請われ、クレマンティーヌは2人の家庭教師となる。
姉妹の類稀なる才能は彼女の指導によって急速に開花していく。
やがてアメリア王妃から、「どうか、この国の宮廷魔術師長として、娘たちと、そしてこの国の未来を導いてはくれませんか」と懇願され、彼女はその申し出を受け入れたのだ。
「……とまあ、私の半生なんて、大体こんなところさね。どうだい? 少しは面白かったかい?」
クレマンティーヌが話を終えると、魔女たちは、しばらくの間、感動と興奮の余韻に浸っていた。
「先生が……子供だったなんて、信じられない……!」
フェンネルが目をキラキラさせて言う。
「うんうん! 先生はずーっと先生だと思ってた!」
タイムも大きく頷く。
「クレマンティーヌ先生の若い頃……きっと、たくさんの冒険があったのでしょうね」
ディルが羨望の眼差しで呟いた。
和やかな空気が流れる中、マツバが、ふと真剣な表情でクレマンティーヌに問いかける。
「……それで、先生。先生のお父様というのは、やはり魔女の血筋の方だったのでしょうか? 魔女の家系は、代々女児しか生まれなくなるとも聞きますが……」
「さてねえ……」
クレマンティーヌは肩をすくめてみせた。
「そればかりは、本当にわからないのさ。まあ、いつかわかる時が来るのかもしれないし、来ないのかもしれない。……正直、私自身も少し気にはなっているんだけどねえ」
彼女がそう言って、少し考え込むような表情を見せていると、ドンッ! という轟音と共に、王都の貴族街の方角から、明らかに魔法によるものと思われる爆発の閃光と黒煙が上がる。
「……やれやれ」
クレマンティーヌは、大きなため息をついた。
「どうやら、アニスのお見合いは予想通り、というか予想以上に派手に失敗したようさね……」
彼女はやれやれと首を振りながらも、瞳にはすでに宮廷魔術師長としての責任感が溢れている。
「さあ、行くよ、みんな! 怪我人がいるかもしれない! 急いで現場に向かうさね!」
クレマンティーヌの号令一下、魔女たちは一斉に立ち上がり、爆発が起きた場所へと駆け出していく。
彼女たちの背中には王都の平和を守るという、魔女としての使命感が強く輝いているのだ。
数十年に一度の交流のため、エルフの里から長老アレゼルが神殿を訪れたのだ。
アレゼルは幼いクレマンティーヌを一目見るなり、「この娘の力を放置すれば、いずれ大陸を滅ぼしかねん」と断言し、自らその教育を買って出たという。
「それから8年間、私はアレゼルの下で魔法だけでなく、歴史、哲学、そして世界の理について学んだ。彼女は厳しく、風変わりで……そうさねえ、『変エルフ』と呼ぶのが一番しっくりくるような人物だったけれど、同時に、計り知れない知識と深い洞察力を持っていた。彼女との出会いがなければ、私はただ力を振り回すだけの危険な存在になっていたかもしれないねえ」
クレマンティーヌはアレゼルを思い出すように、遠い目をする。
「そして私が14歳になったある日、アレゼルは『もう私が教えることは何もない。あとは、お前自身の目で世界を見、お前自身の道を探すが良い』とだけ言い残して、あっさりと大神殿を去っていった。……実に彼女らしい、淡白な別れだったよ」
アレゼルが去った後、クレマンティーヌの中には抑えきれない思いが芽生えていた。
外の世界への強い憧れだ。アレゼルが語ってくれた世界の広さ、多様さ、そして未知なるものへの探求心。
それは、もはや大神殿という狭い世界に留まることを許さないほど溢れていた。
「母親である大司祭様は、反対なさらなかったのですか?」
ローレルが尋ねる。
「ふふ、驚くだろうけど、母も若い頃は世界を旅することに憧れていたらしいんだ。だから私の気持ちを理解してくれてね。『あなたの人生なのだから、あなたの望むように生きなさい』と、快く送り出してくれたさね。……まあ、内心は心配でたまらなかっただろうけどねえ」
こうしてクレマンティーヌの長い旅が始まったのである。
最初の目的地は、もちろんアレゼルがいるはずの『とこしえの森』。
だが、意気揚々と足を踏み入れたものの、広大で神秘的な森は若き天才魔女をも容易く迷わせた。
「いやはや、あの時は本当に参ったよ。森の中で実に1年間も迷子になってねえ。半べそかきながら、キノコや木の実で飢えを凌いでいたさ」
その告白に魔女たちは(あの先生が⁉)と驚きと笑いを隠せない。
結局森の奥深くで、当時のエルフの女王フォレスタに偶然発見されて助けられることになる。
けれど残念ながらアレゼルはまだ里には戻っておらず、クレマンティーヌは落胆したという。
「まあ、それでも、女王陛下のご厚意で、半年ほどエルフの里に滞在させてもらい、エルフの古い歴史や、人間とは異なる精霊術の体系を学ぶことができた。あれは貴重な経験だったねえ。そしてフォレスタ様の道案内で、ようやく森を出た私は、それから数年間、目的もなく、ただ気の向くままに大陸各地を放浪したのさ」
多くの土地を訪れ、様々な人々と出会い、知識と経験を深めていったクレマンティーヌ。
そして数年後に偶然立ち寄ったのが、このディンレル王国の王都リュンカーラだ。
そこで彼女は運命的な出会いを果たす。
市場で強力な魔法を、やや無茶苦茶に振り回して悪党を懲らしめている、2人の幼い王女の姿を目にしたのだ。
「……それが、アリスとアニス、君たちの主さね」
クレマンティーヌは、懐かしそうに微笑んだ。
「はぁ……たしかに、あの頃のアリス姫様とアニス姫様は、手がつけられないというか……無鉄砲でしたからねえ。私たち側近も、毎日肝を冷やしていましたわ」
アロマティカスが、遠い目をして呟く。
「そうかい? 私は、あの子たちを一目見て、すぐにわかったけどねえ」
クレマンティーヌは続ける。
「たしかにやんちゃで、少しばかり加減を知らないところはあった。だが、その瞳は曇りなく真っ直ぐで、魔法の扱いも荒削りながら非凡なセンスを感じさせた。何より弱い者を守ろうとする、強い正義感と優しさを持っていたねえ。……これは磨けば私をも超える逸材になる、と直感したのさ」
その後、アリスとアニスに「私たちの先生になって!」と強く請われ、クレマンティーヌは2人の家庭教師となる。
姉妹の類稀なる才能は彼女の指導によって急速に開花していく。
やがてアメリア王妃から、「どうか、この国の宮廷魔術師長として、娘たちと、そしてこの国の未来を導いてはくれませんか」と懇願され、彼女はその申し出を受け入れたのだ。
「……とまあ、私の半生なんて、大体こんなところさね。どうだい? 少しは面白かったかい?」
クレマンティーヌが話を終えると、魔女たちは、しばらくの間、感動と興奮の余韻に浸っていた。
「先生が……子供だったなんて、信じられない……!」
フェンネルが目をキラキラさせて言う。
「うんうん! 先生はずーっと先生だと思ってた!」
タイムも大きく頷く。
「クレマンティーヌ先生の若い頃……きっと、たくさんの冒険があったのでしょうね」
ディルが羨望の眼差しで呟いた。
和やかな空気が流れる中、マツバが、ふと真剣な表情でクレマンティーヌに問いかける。
「……それで、先生。先生のお父様というのは、やはり魔女の血筋の方だったのでしょうか? 魔女の家系は、代々女児しか生まれなくなるとも聞きますが……」
「さてねえ……」
クレマンティーヌは肩をすくめてみせた。
「そればかりは、本当にわからないのさ。まあ、いつかわかる時が来るのかもしれないし、来ないのかもしれない。……正直、私自身も少し気にはなっているんだけどねえ」
彼女がそう言って、少し考え込むような表情を見せていると、ドンッ! という轟音と共に、王都の貴族街の方角から、明らかに魔法によるものと思われる爆発の閃光と黒煙が上がる。
「……やれやれ」
クレマンティーヌは、大きなため息をついた。
「どうやら、アニスのお見合いは予想通り、というか予想以上に派手に失敗したようさね……」
彼女はやれやれと首を振りながらも、瞳にはすでに宮廷魔術師長としての責任感が溢れている。
「さあ、行くよ、みんな! 怪我人がいるかもしれない! 急いで現場に向かうさね!」
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