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第3章 公爵令嬢の選択
第35話 エマ・グレイフォード(前編)
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オルガの最期の言葉に、アデルは顔を手で覆いながら、倒れて気絶したリョウの扱いを兵たちに指示した。
オルガ・フーガの肉塊となった遺体、魔族と化したポール・ルインズベリーの遺体、フィーリアが捕らえた賊たちも回収される。
オルガは死んだ。
己の復讐を果たしたのだ。
満足だったのだろうか?
私にはわからない。
せめて安らかに眠ってほしい。
残るはジーニアだけ。
「望まない世界なんていらないだっけ? そっくりそのまま返すわ! 私もあんたが望む世界なんていらない!」
「……誰にだって、理想を望む権利はあるっす。ですが、他者を犠牲にして得る行為には、報いってのがあるんすよ!」
ベレニスの風を纏ったレイピアとフィーリアのワイヤーを出す魔導具を駆使した攻撃に、ジーニアは防戦一方となり、憎悪に満ちた目で周囲を見据えた。
「……ざけんな。死体しかない道を歩いたこともねえクソどもが。マツバ様があたしを拾ってくれた。マツバ様があたしを育ててくれた。マツバ様があたしに好きに生きていいって言ってくれた」
ジーニアの虚無感漂う呟きに、背筋が凍るような寒気を感じた。
マツバ?
その名の人物が、ジーニアの上に位置する邪教の魔女か?
それも全部、話してもらう!
ベレニスとフィーリアの連携により、ジーニアの持つ漆黒の剣が弾かれた。
私も加勢して、一気に決めよう。
……そう思って動こうとした瞬間だった。
「あ~あ、まだ使うなって言われていたけど……奥の手を使うしかないかぁ。キヒ♥ 正体を現しなさぁい♥」
ジーニアの顔が歪んだ。
まだ何かあるのか?
転移魔法で逃げるつもりなら、させない!
そう思考を巡らせるが、シャルロッテを保護しに向かった兵士たちが短剣で斬られ死体に変わり……短剣を操っていた人物を見て、愕然とする。
「動かないで下さい。ベレニス様、フィーリア様は武器を収めて下がってください。……ローゼ様、アデル様、兵士の方々も同様です。攻撃しようとした瞬間、ヴィレッタ様の首にこの短剣が刺さります」
そう発したのは、ヴィレッタのメイド、エマさんだった。
後方からヴィレッタの首筋に向ける短剣がキラリと光る。
ヴィレッタは諦めたかのように天を仰いでいた。
「なっ……⁉」
驚く私たちに、ジーニアの高嗤いが響く。
「ルインズベリーの公爵令嬢はぁ、あたしが回収するからぁ。あんたはレスティア公爵令嬢を回収しなさぁい♥ キャハ♥ ウケるわ~。あたしたちの狙いが2人の公爵令嬢だったなんて、気づいてもいなかったのねぇ。可哀想で哀れで無能で可愛いわぁ♥」
ジーニアはそう言うと、シャルロッテを魔法で浮かばせた。
ジーニアは……邪教は、ヴィレッタを手に入れようと狙っていた?
一体いつから? 神聖魔法の大いなる使い手になると、わかっていたのか?
「さあ、道を開けなさぁい♥ この2人はぁ、あたしたちの仲間になる大切な人材なのぉ。……王女様ったら怖い顔しないでぇ? どお? あんたもこのあたしに忠誠を誓うなら、な・か・ま・に・く・わ・え・て・あ・げ・る。キャハ♥」
「誰が邪教なんかと……エマさん。私は知っている。貴女がヴィレッタに仕えている姿に、偽りがなかったのを」
そんな呼びかけにも無反応。
アデルもこの展開は予測していなかったのだろう。
公爵令嬢2人が人質では手も足も出ないでいた。
邪教は街で協力者を作る。
その情報だけは知っていた。
……でも、まさか、エマさんがそうだったなんて。
教会の扉から不気味な風が吹き荒れる中、歩き出すジーニアたち。
そこへ女性が1人、姿を現した。
「クスクス、久しぶりね、バネッサ・トリトリン。ノエルを知る仲間と再会できて嬉しいわ。エマ・グレイフォード、懐かしい名前ね。死亡していたのはエマなのかしら? 私もすっかり騙されたわ」
「……ディアナ」
驚き呟くエマさんに対し、ジーニアは舌打ちした。
そこにはビオレールでジーニアに協力し、私たちに敗れ、領外追放処分を受けた魔女にして占い師の妖艶な女性が佇んでいた。
「おかしいとは思った。あのリョウ・アルバースに祭壇を壊すように指示したのはディアナね」
「クスクス。気づいて念話を妨害したのは貴女ね。貴女ぐらいだもの、魔力の流れを読んで対処するなんて天賦の才を持っていたのは。それに公爵家のメイドをしていたなんて……本物のエマをバネッサとして、貴女が殺したのかしら?」
「違う、病死よ。私はトリトリンの家名を捨てたかった。ただそれだけ」
「……私の占い、知っているでしょ? 凶兆が出ているわ。貴女にそっち側は似合わないわよ」
「そう……でももう遅い」
「どうでもいい‼ どけ、ディアナ! エマも進め! ……キヒ♥ 勝敗はすでに決したのぉ♥ 今更現れても遅いのよぉ♥」
ディアナさんは道を開けるように、スッと横に移動した。
「そうですか。エマがトリトリン子爵家の……ノエルという魔女にも聞き覚えがあります。トリトリン家が恵まれない孤児たちを救おうと活動し、その協力をしていた魔女の名前ですね。先王逝去から数日後に自害したと、大人たちが噂していたのを覚えています」
首筋に短剣を向けられたまま語るヴィレッタの内容に、私も絶句する。
それは、私の両親を殺した魔女の話だからだ。
「お嬢様……騙していて申し訳ございません。ですが、今後も私が身の回りのお世話を約束します。公爵家と関係なく、1人の人間として」
歩みを続け、教会から外へと出る連中を追って、私たちも出る。
遠巻きに包囲する王国兵だが、アデルからの手出し無用の叫びに、静観の構えをしていた。
「じゃあねぇ♥ ご機嫌よう、ベルガー王国の皆様ぁ~。今後ぉ、いつ人が魔獣に変わるかビクビクしながら生きていってね~。キャハ♥」
……この一言を告げてから去りたかったのか。
現実としてあったのを目にしている兵たちに、動揺が走る。
愉悦に浸るジーニアはエマさんと共に、ヴィレッタとシャルロッテを連れて、転移魔法を発動しようとした。
くっ! このまま思い通りにはさせない!
「決めた。私も行く。連れて行きなさいジーニア」
「へえ♥ なら杖を捨てて、手を上げながら来なさぁい」
言われた通りに歩く。
ジーニアの愉悦を見て、端からこいつは私がそう言うのを待っていたんだと悟る。
ジーニアが小出しにしてきた戦力投入。
思い返せば、私とヴィレッタを殺すつもりがなかったからのやり口だったのだろう。
魔王の器である私を欲し、邪魔な存在であるリョウを殺す。
それがジーニアの真の目的!
「ローゼ!」
「ごめんベレニス。リョウにもこう言っておいて。ごめん、て」
手を上げながらゆっくり歩いて行く私、だったが……
アデルが何かを叫び、兵たちが動き、ディアナさんも驚愕し、ジーニアが激昂した。
何だ? 何が起きた。
「かは……」
口から血を吐いて崩れていくエマさんを、ヴィレッタが支えていた。
あの光はヴィレッタの神聖魔法?
……でも、もう。
「ヘヘ、これでシャイニング家は安泰だ。何せこの俺が、ヴィレッタを救ったんだからなあ。お前も殺してシャルロッテを救えば、この功で王も認めるだろう! このウイルヘルム・シャイニングをなあ! ……ふは、フハハハ!……ゴヒュッ」
テスタ宰相の息子のウイルヘルムが、背後からエマさんを刺殺したのだった。
「おのれ! どこからでしゃばりやがった! 恐ろしさもわからぬ無能がぁぁ‼」
そのウイルヘルムも、ジーニアの剣を口から刺され斃れていった。
私もベレニスとフィーリアと共に、エマさんを抱きしめるヴィレッタへと駆け寄る。
冷たくなるエマさんの体温。
唇は最期にこう動いた気がした。
―ごめんなさい―
と。
ジーニアは消えていた。シャルロッテと共に。
こうして多くの死者と悲しみだけを残した王都での事件は、黒幕のジーニアの逃走によって終息を迎えるのであった。
ヴィレッタが抱えていたエマさんの遺体は、王宮の霊安室へ運ばれた。
オルガ・フーガの肉塊となった遺体、魔族と化したポール・ルインズベリーの遺体、フィーリアが捕らえた賊たちも回収される。
オルガは死んだ。
己の復讐を果たしたのだ。
満足だったのだろうか?
私にはわからない。
せめて安らかに眠ってほしい。
残るはジーニアだけ。
「望まない世界なんていらないだっけ? そっくりそのまま返すわ! 私もあんたが望む世界なんていらない!」
「……誰にだって、理想を望む権利はあるっす。ですが、他者を犠牲にして得る行為には、報いってのがあるんすよ!」
ベレニスの風を纏ったレイピアとフィーリアのワイヤーを出す魔導具を駆使した攻撃に、ジーニアは防戦一方となり、憎悪に満ちた目で周囲を見据えた。
「……ざけんな。死体しかない道を歩いたこともねえクソどもが。マツバ様があたしを拾ってくれた。マツバ様があたしを育ててくれた。マツバ様があたしに好きに生きていいって言ってくれた」
ジーニアの虚無感漂う呟きに、背筋が凍るような寒気を感じた。
マツバ?
その名の人物が、ジーニアの上に位置する邪教の魔女か?
それも全部、話してもらう!
ベレニスとフィーリアの連携により、ジーニアの持つ漆黒の剣が弾かれた。
私も加勢して、一気に決めよう。
……そう思って動こうとした瞬間だった。
「あ~あ、まだ使うなって言われていたけど……奥の手を使うしかないかぁ。キヒ♥ 正体を現しなさぁい♥」
ジーニアの顔が歪んだ。
まだ何かあるのか?
転移魔法で逃げるつもりなら、させない!
そう思考を巡らせるが、シャルロッテを保護しに向かった兵士たちが短剣で斬られ死体に変わり……短剣を操っていた人物を見て、愕然とする。
「動かないで下さい。ベレニス様、フィーリア様は武器を収めて下がってください。……ローゼ様、アデル様、兵士の方々も同様です。攻撃しようとした瞬間、ヴィレッタ様の首にこの短剣が刺さります」
そう発したのは、ヴィレッタのメイド、エマさんだった。
後方からヴィレッタの首筋に向ける短剣がキラリと光る。
ヴィレッタは諦めたかのように天を仰いでいた。
「なっ……⁉」
驚く私たちに、ジーニアの高嗤いが響く。
「ルインズベリーの公爵令嬢はぁ、あたしが回収するからぁ。あんたはレスティア公爵令嬢を回収しなさぁい♥ キャハ♥ ウケるわ~。あたしたちの狙いが2人の公爵令嬢だったなんて、気づいてもいなかったのねぇ。可哀想で哀れで無能で可愛いわぁ♥」
ジーニアはそう言うと、シャルロッテを魔法で浮かばせた。
ジーニアは……邪教は、ヴィレッタを手に入れようと狙っていた?
一体いつから? 神聖魔法の大いなる使い手になると、わかっていたのか?
「さあ、道を開けなさぁい♥ この2人はぁ、あたしたちの仲間になる大切な人材なのぉ。……王女様ったら怖い顔しないでぇ? どお? あんたもこのあたしに忠誠を誓うなら、な・か・ま・に・く・わ・え・て・あ・げ・る。キャハ♥」
「誰が邪教なんかと……エマさん。私は知っている。貴女がヴィレッタに仕えている姿に、偽りがなかったのを」
そんな呼びかけにも無反応。
アデルもこの展開は予測していなかったのだろう。
公爵令嬢2人が人質では手も足も出ないでいた。
邪教は街で協力者を作る。
その情報だけは知っていた。
……でも、まさか、エマさんがそうだったなんて。
教会の扉から不気味な風が吹き荒れる中、歩き出すジーニアたち。
そこへ女性が1人、姿を現した。
「クスクス、久しぶりね、バネッサ・トリトリン。ノエルを知る仲間と再会できて嬉しいわ。エマ・グレイフォード、懐かしい名前ね。死亡していたのはエマなのかしら? 私もすっかり騙されたわ」
「……ディアナ」
驚き呟くエマさんに対し、ジーニアは舌打ちした。
そこにはビオレールでジーニアに協力し、私たちに敗れ、領外追放処分を受けた魔女にして占い師の妖艶な女性が佇んでいた。
「おかしいとは思った。あのリョウ・アルバースに祭壇を壊すように指示したのはディアナね」
「クスクス。気づいて念話を妨害したのは貴女ね。貴女ぐらいだもの、魔力の流れを読んで対処するなんて天賦の才を持っていたのは。それに公爵家のメイドをしていたなんて……本物のエマをバネッサとして、貴女が殺したのかしら?」
「違う、病死よ。私はトリトリンの家名を捨てたかった。ただそれだけ」
「……私の占い、知っているでしょ? 凶兆が出ているわ。貴女にそっち側は似合わないわよ」
「そう……でももう遅い」
「どうでもいい‼ どけ、ディアナ! エマも進め! ……キヒ♥ 勝敗はすでに決したのぉ♥ 今更現れても遅いのよぉ♥」
ディアナさんは道を開けるように、スッと横に移動した。
「そうですか。エマがトリトリン子爵家の……ノエルという魔女にも聞き覚えがあります。トリトリン家が恵まれない孤児たちを救おうと活動し、その協力をしていた魔女の名前ですね。先王逝去から数日後に自害したと、大人たちが噂していたのを覚えています」
首筋に短剣を向けられたまま語るヴィレッタの内容に、私も絶句する。
それは、私の両親を殺した魔女の話だからだ。
「お嬢様……騙していて申し訳ございません。ですが、今後も私が身の回りのお世話を約束します。公爵家と関係なく、1人の人間として」
歩みを続け、教会から外へと出る連中を追って、私たちも出る。
遠巻きに包囲する王国兵だが、アデルからの手出し無用の叫びに、静観の構えをしていた。
「じゃあねぇ♥ ご機嫌よう、ベルガー王国の皆様ぁ~。今後ぉ、いつ人が魔獣に変わるかビクビクしながら生きていってね~。キャハ♥」
……この一言を告げてから去りたかったのか。
現実としてあったのを目にしている兵たちに、動揺が走る。
愉悦に浸るジーニアはエマさんと共に、ヴィレッタとシャルロッテを連れて、転移魔法を発動しようとした。
くっ! このまま思い通りにはさせない!
「決めた。私も行く。連れて行きなさいジーニア」
「へえ♥ なら杖を捨てて、手を上げながら来なさぁい」
言われた通りに歩く。
ジーニアの愉悦を見て、端からこいつは私がそう言うのを待っていたんだと悟る。
ジーニアが小出しにしてきた戦力投入。
思い返せば、私とヴィレッタを殺すつもりがなかったからのやり口だったのだろう。
魔王の器である私を欲し、邪魔な存在であるリョウを殺す。
それがジーニアの真の目的!
「ローゼ!」
「ごめんベレニス。リョウにもこう言っておいて。ごめん、て」
手を上げながらゆっくり歩いて行く私、だったが……
アデルが何かを叫び、兵たちが動き、ディアナさんも驚愕し、ジーニアが激昂した。
何だ? 何が起きた。
「かは……」
口から血を吐いて崩れていくエマさんを、ヴィレッタが支えていた。
あの光はヴィレッタの神聖魔法?
……でも、もう。
「ヘヘ、これでシャイニング家は安泰だ。何せこの俺が、ヴィレッタを救ったんだからなあ。お前も殺してシャルロッテを救えば、この功で王も認めるだろう! このウイルヘルム・シャイニングをなあ! ……ふは、フハハハ!……ゴヒュッ」
テスタ宰相の息子のウイルヘルムが、背後からエマさんを刺殺したのだった。
「おのれ! どこからでしゃばりやがった! 恐ろしさもわからぬ無能がぁぁ‼」
そのウイルヘルムも、ジーニアの剣を口から刺され斃れていった。
私もベレニスとフィーリアと共に、エマさんを抱きしめるヴィレッタへと駆け寄る。
冷たくなるエマさんの体温。
唇は最期にこう動いた気がした。
―ごめんなさい―
と。
ジーニアは消えていた。シャルロッテと共に。
こうして多くの死者と悲しみだけを残した王都での事件は、黒幕のジーニアの逃走によって終息を迎えるのであった。
ヴィレッタが抱えていたエマさんの遺体は、王宮の霊安室へ運ばれた。
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